麓の村
あれから石碑を後にした俺達は麓の村を目指して下山していた。
村に行く目的としては、幼馴染の一人であるカインに肉を届ける事、そしてこの少女の事を村の村長に相談するためだ。
当初は村長に事情を説明して少女を預かって貰う予定だったが、少女の正体が分からない以上、下手に預けたら村が事件に巻き込まれる可能性が出てきたため、現状を伝えるだけにした。
細い獣道を下る事2時間、麓の村に到着する。
村に着いた俺達は、村長に話をする前にカインの所に行くことにした。
道すがらに何人かの村人の姿を見つけたが、俺の姿を見るや否や全員がそそくさと建物の中に引っ込んでいく。
そんな様子を見て不思議に思ったのか、少女が聞いて来る。
「ねぇ、なんで村の人達は隠れちゃうの?」
「俺が来たからな…普通の人間は俺見たいなのとは関わり合いたくないんだろ」
「なんで?」
「なんでって…そんなの俺が”神の左手を持つ男”なんて呼ばれてるからだろうよ」
俺はそれ以上何も言わず、無言のまま歩き出す。
俺の言葉の意味をいまいち理解出来なかったのだろう、少女が首を傾げながらも黙って後を着いて来る。
無言のまま村の中を歩く事数分、他の家々よりも少し大きいな家の前に着く。
俺はドアをノックする事もせずにそのまま家の中に入って行く。
「おいカイン!居るか!」
「おーう!ちょっと待ってろ!」
家の奥からそんな声が聞こえてきてから、少し待っていると一人の男が姿を現した。
ボサボサの茶髪の髪に、作業服のような物を着た男――俺の幼馴染でありこの村で色んな物を作っているカインだ。
「前に頼まれた肉を持ってきてやったぞ」
「あぁーやっと持ってきた!ったく、もうすぐ冬だってのに全然持って来ないから、村の人間から大丈夫なのかって俺が散々せっつかれたんだぞ…」
「悪かったって、俺だって色々あって忙しかったんだよ…悪いが解体はしてねぇからそこは任せるぞ」
そう言いながら昨日狩った得物をすべて地面に置く。
「うへぇ、これ解体すんのかよ…絶対俺一人じゃ手が回らねぇな…後で村の連中にも手伝わせないと…っと、ありがとな、これで今年の冬も何とかなりそうだ」
「これだけの量を今から解体して干し肉に加工って間に合うのか?」
「お前が解体して持ってきても良いように一応準備だけはしてあったからな、まぁ急いで解体すればなんとかなるだろ」
普段は俺が解体までして肉を持ってくるのだが、流石に昨日あんな事があったために肉を解体している余裕なんて無かった。
「言わなくても分かってるさ、テオは何かとトラブルに巻き込まれやすいからな…今もそうなんだろ?」
俺の隣に立つ少女にチラリと視線を向けた後、確認するように俺の顔をみる。
「あぁ…昨日山でシャーキに襲われてる所を助けてな、どうやら記憶がないらしい」
「…なるほど、そりゃまた厄介なパターンだな」
カインも俺の幼馴染というだけはあり、俺が巻き込まれた面倒事についても良く知っている。
恐らくカインの頭の中では、以前にあった隣国の姫さんとの一件が思い起こされている事だろう。
「っと、そうだ。お前今年の冬はどうするんだ?」
カインが思い出したかのようにそんな事を聞いて来る。
カインが言っているのは、俺が今年の冬をどう過ごすのかという事だろう。
普段は山の中で暮らしている俺だが、冬の間だけは山の中ではなく街で過ごすこともある。
というのもここら辺の冬はとても厳しく、一度冬が訪れればとてもじゃないが外に出られるものではない。
冬の時期、ただ何もせず家に籠ってるのも嫌なので良く街で過ごすのだが……何故カインがそんな事を聞いて来るのだろうか?。
「なんでそんな事聞くんだよ」
「いやな、ビックスさん達がちょっと前にここに立ち寄ってな、今年のお前の予定を俺に聞いて来たんだよ」
カインが口にしたその名前に俺は眉をピクリと動かす。
ビックスというのは俺の店に来る商人の一人だ。
「ここに来たって事は……」
「あぁ、お前の店に向かったはずだが、途中すれ違わなかったか?」
「寄り道してからここに来たからな、普段の道は通らなかったんだよ……って、ちょっと待て」
「ん?どした」
「お前さっき”達”って言わなかったか?」
「あぁ、ビックスさん含む他の商人の人達も全員着てたぞ。皆お前の今年の予定に興味津々って感じだったな」
「はぁ……マジかよ」
カインの言葉に思わず項垂れてしまう。
というのも、俺が冬を自宅で過ごす場合は冬の厳しさもあり尋ねてたくても尋ねられないという状況になるのだが、俺が街に居る場合は話が変わる。
街の中は魔法によって一定の温度に保たれるため、街の中に限られるものの外に出る事は出来る。
そして商人達も同じ街で過ごすため、俺が街に留まっている時はここぞとばかりに色々な注文をしてくる。
俺も冬の間はやる事も無くて暇だから商品の注文を受けるのは構わないのだが、毎日朝昼晩と尋ねてくるのには流石に辟易する。
そんな俺の心境が顔にでていたのだろう、カインが苦笑いを浮かべながら話しかけてくる。
「ははは、お前も大変だな。っで、結局どうするんだよ?」
「あー、一応今年は街で過ごすつもりだ。ちょっと調べたい事もあるしな」
そう言ってちらりと少女に視線を向ける。
「なるほどね。ところでよ、あっちの方はどうなんだよ?」
「あっち?」
「勿論、こっちに決まってんだろ」
聞き返した俺に、カインが顔をよせて小声で話しかけながら、片手の親指と人差し指で輪っかを作り、その輪に反対の手の人差し指を抜き差しして見せてくる。
所謂、性交渉のジェスチャーである。
「街って事はあれだ、勿論花街にも行った事あんだろ?それで可愛い子と沢山ヤったりしたんだろ?」
ニヤニヤと笑顔を浮かべながらそう聞いて来るカインとは対照的に、俺は若干の冷や汗を浮かべていた。
というのもカインがその事を口に出した途端、左手から凄まじい威圧感を感じているからだ。
確かに俺は以前、成人する前に一度はヤってみたい!と花街に行った事がある。
ただ、アリスがそれを許してくれるはずがないため、何処で何をするかは告げずに、ただ勘繰らないで欲しいとだけ言って左手を布で何重にもグルグル巻きにして花街に繰り出したのだ。
花街を歩きながら色々な女の子の際どい服を見ては鼻を伸ばし、ようやく満足の行く子を見つけいざ!というタイミングでアリスが我慢の限界を迎えてしまい、強引に布を引き裂いてしまった。
そして俺が何をしようとしていたのかを理解したアリスはそれはもう左腕を真っ赤に燃え上がらせ、文字通り烈火の如く怒りだしボヤ騒ぎになってしまった。
その頃から名が知れていた俺は、以前に街の危機を救ったという事実があったため、燃えた建物を元に戻す事、それとけが人の治療をする事でお咎めなしで済んだ。
だが、花街の人間からは出禁を言い渡されてしまったのであれ以来花街に行くことは無くなった。
まぁ、出禁されてようとなかろうと、あれ以来アリスは花街に近寄る事も嫌うし、話を聞くだけでも不機嫌になるようになってしまったので関係ない話なのだが。
とにかく、これ以上アリスの機嫌が悪くなる前に話を打ち切るとしよう。
「その話はまた今度な、ちょっと村長に用があるからよ」
「ん?村長なら今は村に居ないぞ。ミリアの奴も付き添いで行ってるから家に行っても無駄だぜ?」
「そうなのか?ったく、こんなタイミングで居ないなんてな…」
「秋のこの時期は何時もの事だろ?二、三日で戻ってくると思うから大人しく待ってろよ」
「はぁ……仕方がないか。俺は家に戻るわ、連中も首をながーくして俺の帰りを待ってるだろうしな」
俺はそう言ってカインの家を出て、商人達が待っているであろう自宅への帰路についた。