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手料理

少女を風呂に入れた後、俺達は食卓に座り食事を取っていた。


ちなみに俺の家には少女が着れそうな服なんて一着も無かったため、アリスに頼んで少女が着ていた服を洗浄、補修してそれを着て貰っている。


(しかし、コイツは一体何処からやってきたんだか…)


教会関係者だとしても教会のあるタルエットからここまではかなりの距離がある。

馬車でも半月は掛かる距離であり、とてもじゃないが子供の足で移動できる距離ではない。

ならば誰か一緒に来て、その誰かとはぐれてしまったのだろうか?。

仮に少女が教会の関係者だとすれば、俺の元に連れてくるために教会の連中が少女を連れてきたという可能性はある。


目の前で黙々と料理を食べる少女に視線を向けながらそんな事を考えていると、そんな俺の視線に気が付いたのか、少女が手を止めてこちらを見る。


「…?どうしたの?」

「いや…料理は口に合ったかどうか気になってな」


そう言って適当に誤魔化す。

そんな俺の言葉を疑いもせず、少女は料理の感想を告げてくる。


「とっても美味しいよ、こんなに美味しいの初めて、料理上手なんだね」

「まぁな…こんな森の奥でずっと一人暮らししてれば自然と出来るようになるさ」


俺が作ったなんて言いはしたが、この料理を作ったのは俺ではなくアリスだ。

流石に左手が勝手に動いて作ってくれましたなんて言えるはずもなく、自分が作ったと嘘をついたのだが…。


『む…この料理を作ったのは私だぞ?』


案の定、アリスからそんな声が上がる。


「分かってるさ…でもそのまま正直に言う訳にもいかんだろ?」

『むー…大体、お前が料理出来ればそんな嘘をつく必要もないと言うのに』

「料理が出来ればって…俺が料理しようとしても自分がやるって言って止めるじゃねぇか…」

『うぐっ…し、仕方ないじゃないか…またあんな目に遭うかもしれないと考えたら…』


アリスがいう”あんな目”というのは、俺が初めて料理をした時の事だろう。

黙々とアリスが作った料理を食べる少女を眺めながら、その時の事を思い出す。









「あ?俺が料理を?」

『あぁ、お前ももう成人して立派な大人になったんだ。料理の一つでも出来るようになっても良いんじゃないか?』

「んー…料理かぁ…」

『普段私が作ってるのを側で見てるんだ。何となくやり方も分かってるだろうし、試しにやってみたらどうだ?』


確かにアリスの言う通り、俺ももう子供じゃないんだし、全部まかせっきりにするのではなく自分である程度では出来るようになっても良いかもしれないな。


という訳で、今夜の晩飯は俺が作る事になったのだが…。


『まずは材料を切る所からだな』

「おう、適当な大きさに切れば良いんだな?」


そう言いながらまな板の上に野菜を置き、右手で包丁を握る。

さてと…とりあえずはアリスが何時もやっている事を真似てみるか。


まな板の上に置かれた野菜に狙いを定めながら、右手を振り上げ――


「ほっ!」


ダァ――ン!


勢いよく包丁を叩きつけ、その衝撃でまな板の上から寸断された野菜が零れ落ちる。


「ふむ…力を入れ過ぎたか…もっとこう手首のスナップを利かせる感じか?」

『お…お前は一体何をやっている!?』

「何って…アリスが何時もやってるように片手で野菜を切ろうとしたんだが」

『そこまで真似する必要は無い!私は左手しかないから片手でやってるだけでお前は両手使えるんだからちゃんと両手を使え!両手を!』


落ちた野菜を拾い上げ、水で洗ってから再度切るのに挑戦する。


『まず左手で野菜をしっかり抑えるんだぞ』

「はいはい…それくらい言われなくても出来ますよっと…」


そう答えながら無造作に左手で野菜を鷲掴み、右手で包丁を構える。


『あっちょっと待ってそんな掴み方じゃ――』


ダン!ダン!ダン!ダン!ダン!


『怖い怖い怖い怖い!!親指が!親指が切れるぅぅ!!』

「あぁ?なんだよギャンギャン叫びやがって…」

『叫びたくもなるわ!!あんな掴み方してたら何時か親指を切り落とすぞ!?』

「アリスなら親指取れてもすぐ生やせるだろ」

『そういう問題じゃない!お前は左手の感覚がないから平気かもしれないが、私は切ったら痛いんだからな!?』


ギャンギャンと喚きたてるアリスをなだめるために、包丁を一旦置き右手で左手を軽くポンポンと叩く。


「あーもう分かったって、分かったからどうすりゃいいか教えてくれ、こっちはお前の調理の仕方しか見た事ねぇんだからよ」

『むぅぅぅ…本当に分かってるのか?全く…』


ぶつくさと文句を言いながらもアリスが料理の指示を出してくる。


『まずは包丁の握り方だ、親指と人差し指で刃を左右から挟むように握り、残りの指で柄を握るんだ』

「こうか?」

『そうだ、包丁の持ち方はそれでいいとして、今度は素材を抑える手だが…こう猫の手のような感じだ』

「猫の手って…」


猫の手という言葉で、以前に街に出た時に寄った花街に居た倡婦を思い出す。

男を誘惑する大きな尻、両手に挟まれて協調された胸、手首を曲げまるで猫のようなポーズを取りながら露出の多い服で誘惑する娼婦を姿を思い出し、いろんな物が込みあがってくる。


(猫の手か…いいな…)


そこまで考えた後、ふとその娼婦と同じようなポーズを取りながら猫の手をやっている自分の姿を連想し、込み上げてきた何かが一瞬でどん底まで叩きつけられるのを感じる。


「アリス…お前は一体男の俺に何をやらせようとしてるんだ…」

『は?何って…猫の手だが?』

「………お前にそんな趣味があったなんて…正直引くぞ」

『いや待て、一体何の話だ!?』

「俺はあんな露出の多い服を着て男を誘惑する趣味なんてねぇからな!?」

『待て!どうしてそんな話になってる!?』


アリスが何か叫んでいたが、俺は全身に立った鳥肌でそんな事を気にしている余裕はない。


「俺は絶対猫の手なんてやらんからな!そんな事しなくたって野菜は切れるんだ!」

『あっ、だから鷲掴みはやめ――』


ダンダンダンダンダンダンダンダン!!


『あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛!!』












「なんて事を思い出させやがる…」

『それはこっちのセリフだからな!?あれ以来お前が刃物を握る度にあの時の事を思い出して身体が震えるようになってしまったんだぞ…』


お互いに嫌な物を思い出しげんなりしているとクイクイと服を引っ張られる。

気が付けば少女が俺の側に来て服を引っ張っていた。


「ん?どうした?」

「声かけたのに反応無かったから…大丈夫?」

「あぁ…悪いちょっと考え事しててな、それで何か用だったのか?」


そう尋ねると、少女はすっと右手でテーブルの上の食器を指さす。


「おかわり、良い?」


小首を傾げながら少女がそう尋ねてくる。

見てみれば少女の前に並べられた皿は綺麗に空になっていた。


どうやらアリスの手料理が大変お気に召したようだ。


「あぁ、良いぞ。ちょっと待ってろ」


そう言って空いた皿を手に持ち席を立つ。

空いた皿に料理を盛りつけながら、これからの事を考える。


(食事が終わったら、色々と聞かないとな…)


何故あんな所に居たのか、何故神を探すのか。

この先待ち受けているであろう厄介事に頭を悩ませながらそんな事を考える。


しかし、この時の俺は知る由も無かった。

この少女との出会いが、人と神の未来を左右する分岐点だった事を。

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