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少女とお風呂

ここまで説明がやらたと多く感じられたかもしれませんが、ここら辺から作品の雰囲気的な物がつかめてくると思います。

あれから俺はすぐに狩りを切り上げて、少女を連れて自宅まで戻ってきていた。


連れて帰れば面倒な事になるのは分かってはいたが、だからと言ってあんな山奥に一人で置いていくわけにも行かない…それに――


(左腕を失った神を求める子供か…まさにあの時の俺自身って事か)


先程の夢に見たかつての自分と重なるこの少女の事を見捨てる事が出来なかったのだ。


「とはいえどうしたものか…」


連れ帰ってきたはいいものの、どうするかを全く考えていない。


『取り合えず身体を綺麗にするのが先決だろう。女の子を何時までもこんな泥だらけのまましておくのは可哀そうだ』

「それもそうだな」


俺はアリスの言葉に頷くと目の前に居る少女へと視線を向ける。

少女は俺の顔をみあげながら首を傾げていた。


「…一人で何を喋っているの?」

「あーただの独り言だ。気にすんな」


人も訪れないようなこんな森の奥でずっと暮らしているせいか、時折アリスの声は他人には聞こえないという事を忘れ、何時ものように話してしまう事がある。

基本的にアリスの声を聞く事の出来る人間は存在しない。

喋る口が無いのだから聞こえなくて当たり前と言えばそうなのだが、ならばどうやって俺がアリスと意思疎通を図っているのかと言えば、それは一種のテレパシーのようなものを使っているからなのだが…まぁそれは置いておこう。


まずは目の前の少女をどうにかするのが先決だ。

ひとまずはアリスの言う通り風呂に入れて汚れを落とすのが良いだろう。


「ほら、身体洗うからこっち着いてこい」

「うん…分かった」


店のカウンター裏にある扉を開けて、自宅の中へと少女を招き入れる。

扉の先は小さな通路になっており、すぐ横にダイニングに二階への階段、通路をそのまま行くと風呂場がある。


「よし、風呂の準備するから、お前は服脱いでろ。脱いだのはそこの籠に入れとけ」

「…ん」


少女にそう言った後、俺は木製の浴槽に水を入れ、アリスに頼んで水をお湯にしてもらう。


『ふむ…こんなものか?』

「少し熱すぎるんじゃねぇか?」

『この時期にあんな恰好だったんだ。身体も冷えてるはずだし、少し熱いくらいが丁度良いだろ』

「それもそうか…よし、おい風呂の準備が出来――」


そう言って振り返った俺は、目の前に飛び込んできた物に思わず言葉を失う。


俺の目に飛び込んできたのは、惜しげもなくその裸体を晒す少女の姿。

恐らく10歳前後であろうその身体は、程よく引き締まり、余分な肉という物は存在せず、かと言ってか細いという印象とも違う、なんとも言えない絶妙なバランスを保っていた。


『おい…何をそんなに見つめている?』

「っ!?」


顔だけではなく、その整い過ぎた身体に思わず目を奪われていた俺の耳に、地獄の底から響くような声が届く。


まずい、この声はアリスが機嫌を悪くした時に出る声だ。


『随分と熱心に見ているな…?そうか、お前はそういう趣味だったのだな』

「ちょ…まてアリス!これは違う!俺は断じてそういう趣味がある訳じゃねぇ!」


少女に背を向け、左手を胸に抱えるようにしながら小さな声で弁明する。

大体俺の好みは成熟した大人の女だ。

間違っても少女に性的欲求を感じる人間ではない。


『なら何故あんなに熱心に見ていた?』

「熱心にって…別にそんなんじゃねぇし…ただなんというか、余りにも綺麗すぎてなんか目を引くっていうか…お前も見たら分かるだろ?」

『むぅ…それはそうだが』


アリスも少女を見て思う所があったのか、そう言って黙り込んでしまった。

数秒の沈黙の後、アリスが再び言葉を紡ぐ。


『分かった。とりあえずこの事は一旦置いておこう。あの子を放置するのも良くないしな』


そういえば、俺達がこうして話してる間もあの少女は後ろで何も言わず黙って待っていた。

流石に汚れたまま待たせるのも悪いと思い、俺は少女に身体を洗うように言う。


「さて、俺が居たら邪魔で身体も洗えないよな。俺は廊下に出てるからなんかあったら呼んでくれ」


そう言って少女の脇をすり抜けて風呂場から出ていこうとした時、グッと上着の袖を引っ張られる感覚に思わず足を止める。


「ん?どうした?」


振りかえれば、少女が袖を掴みながらじっと俺の顔をみていた。


「洗うって、どうすれば良いの?」

「…は?」


一瞬、少女が何を言っているか理解出来なかったが、すぐにそういう事かと理解する。


この少女は左腕が無い、もしかしたら身の回りの世話なんかを誰かにやって貰っていて、自分で身体を洗ったりした事がないんじゃないのか?。

いや、だとしても普段誰かにやって貰っているならやり方くらい見て覚えていても良いはずだが…。


(だからって、自分でどうにかしろなんて言うのもな…)


片腕が自由に使えない苦しみと不便さを俺は知っている。

だからこそ、そう言って少女を突き放す事が出来なかった。


(でもなぁ…ここで俺が洗ってやるなんて言い出したらアリスの奴がなんて言うか)


そう考えながら、左手に視線を向ける。

そんな俺に視線に気が付いたのだろう、アリスが仕方がないと俺に提案する。


『仕方あるまい。洗い方が分からないなら洗ってやるしかないだろう。左腕が無いのでは何かと大変だろうしな』

「…そうだな」


俺はそう言いながら、右手で左手を優しく撫でる。

俺の心中を察してくれたからこそ、そんな提案をしたのであろう相方に感謝の想いを込めながら。


『ただし、洗うのは私だぞ?お前は指一本触れるんじゃないぞ?』

(どんだけ信用がないんだ俺は…)


先程のしんみりとした空気をぶち壊すかのように念押ししてくるアリスに苦笑いを浮かべながら、左手をポンポンと叩き、分かったと伝える。


俺は少女を椅子に座らせると布を一枚取り出し、山で採れた木の実で作った洗浄剤を布に馴染ませる。

ちなみにこの洗浄剤、人体についている汚れを落とすだけではなく、食器や衣類を洗うのにも使える万能品だ。

汎用性があるというだけではなく、泡も良く立ち、あらゆる汚れも綺麗に落ちるため、一度その存在を知ればもう他の物では決して満足できなくなるほどの一品だ。


ただ、こんな山奥にある店のため、そもそも存在を知っている人間も少ないし、知ってる人間でもわざわざ魔物が蔓延っているような山に命を掛けてでも買い物をしに来る馬鹿は居ない。

こんな所に訪れる人間が居るとすれば、年に数回やってくる商魂逞しい商人と俺の数少ない友人連中…それと――


「ん…ほあぁ…」


アリスに身体を洗って貰い恍惚とした表情を浮かべているこの少女のように、山に迷い込んできた人間くらいな物だ。


「どうだ?気持ち良いか?」

「うん…洗うってこんなに気持ちいい事だったんだ…知らなかった」

「なんだその感想は」


そんな少女の感想に小さく噴き出しながらも、まぁそれも仕方のない事かと考える。

なにせアリスの洗いはまさに天にも昇る心地と言える程に気持ちが良い。

俺も身体を洗うのはアリスに任せているのだが、アリスがやってくれるのは上半身までで下半身は一切触ろうとはしない。

以前にアリスに下半身(主に股間周り)を重点的に洗って欲しいとお願いした所、烈火の如く怒りだしたため、それ以来アリスに対して下半身を洗ってくれという事は無くなった。

アリスの洗いはとても気持ちが良いだけにとても残念だ。


ちなみにアリスは洗うだけではなく、ありとあらゆる事を完璧に、文句の付けようがない程にこなす。

先程の洗浄剤だって、アリスが作った物であり俺が使った訳ではない。

洗浄剤だけではない、うちの雑貨屋に置いてある商品はアリスのお手製の品々ばかりだ。


元々は山奥で自給自足している内に色々な物を自作するようになった両親が気まぐれに始めた店だったのだが、アリスの作った品々を並べるようになってからは世界最高品質の品々を扱う幻の雑貨屋として一部の人間の間では有名らしい。


そのうわさを聞きつけて、商人なんかがうちに商品を買い付けに来ようとするのだが、大体は禄に舗装もされていない獣道で迷った挙句、魔物に襲われて命を失う輩が大半だったりする。

その多くは禄に店の場所も調べずに山の中に入ったり、大量に仕入れるつもりで強引に馬車で山を登ろうとする大馬鹿共が殆どだ。


今うちの商品を買い付けに来ている商人と言えば、片手で数える程しか居ない。

そのどれもが本人も、その護衛もかなりの実力を持った武闘派の連中だ。

椅子に座ってお茶でも飲みながら商談するよりも、戦場で敵の血肉を貪りながら虐殺しているのが似合うような奴らしかいない。

なんであんなのが商人をやっているのかが不思議で仕方がない。


それを本人達に言ってみた所「こっちはむしろお前のような奴がなんでこんな商品を作れるのかが不思議で仕方ない」という返答が返ってくるだけだった。


まぁ、お互い他人に言えない秘密の一つや二つあるという事なのだろう。


『おい…聞いているのか?』

「ん?なんだ?」

『はぁ…またボーっとしていたな、左手()が塞がっているから桶にお湯を汲んで洗い流してくれ』

「あぁ、分かった」


俺はアリスの指示通りに桶にお湯を汲み、泡だらけになっている少女の頭からお湯をぶっかける。


「わっぷ!?」

『コラ!お湯を掛ける前に一言言わんか!』

「わ、悪い…大丈夫か?」


俺は少女の正面に回りそう声を掛けた。


「うぅ…目に泡が…」


どうやら目に泡が入ってしまったらしい。

桶にお湯を汲んで少女の顔のそばに差し出す。


「ほら、これで目を洗え」

「うん…」


チャポチャポと音を立てながら少女が目を洗い、何度か目をパチパチとさせる。


「ん…もう大丈夫」

「そっか…いきなりお湯引っ掛けて悪かったな」

「大丈夫、平気」


少女はそう無表情に答える。

アリスに全部をまかせっきりにしていたが、どうやら全身洗い終えたようであれだけ汚れていた手足もすっかり綺麗になっていた。


「うん、綺麗になったみたいだな。もう入って大丈夫だ、ゆっくり温まれよ」

「うん…分かった」


少女はスクっと立ち上がり、片足のつま先を湯舟に付け瞬間ビクンと身体を震わせる。


「お湯、熱かったか?」

「…平気」


そう言うと片足からゆっくりと湯舟に身体を沈めていき、最後には浴槽の端を片手で掴みながら口元までお湯に浸かって行く。

浴槽の隅に縮こまって入るその様子になんだか小動物的な愛らしさを感じながらも、少女がしっかり湯舟に浸かったのを確認して俺は風呂場を後にした。


お湯を沸かした後の風呂場は湯気が立ち込めていたためか、中に居た俺は汗だくになっていた。


「あぁー…しっかし汗かいたな、後で俺達も入るか」

『確かに汗はかいたが…まさかこのままあの子と一緒に入るなんて言い出す気じゃ…!?』

「後でって言っただろうが…そんなに信用ないか」

『常日頃の行いを見ての正当な評価だ』

「ぐっ…直球でそう返させると何も言い返せねぇ」


言い負かされた俺はアリスから目を背けるように壁の方に視線を向けた。

そこでふと壁の隅に置かれた籠の中に入った少女の服が目に留まる。


「そういや、あいつが着てた修道服…この辺じゃ見た事ない物だったな」

『む?そういえばそうだな…修道服と言えばタルエットの街しか無いと思うが…こんな特徴的な修道服を着た人間が他に居たかどうか…』

「世間一般には知られていない、教徒達の中でも特別な地位の人間だけが着れる修道服…って可能性はあるよな」


だとしたら厄介な事この上ない。

俺は神の左手を持つ男として世間で有名になり始めてからという物、神を信仰する教徒連中から散々迷惑を掛けられてきた。


(出来る限り教会関係者とは関わり合いたくはないと思っていたんだがな…)


そう考えて、俺はこれから起こるであろう面倒事に頭を悩ませるのだった。


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