表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/22

隻腕の少女

自宅から30分ほど離れた茂みの中で俺は息をひそめていた。


「アリス…どうだ?」

『あぁ…向こうは餌に気が付いたようだ。今なら無防備な頭を狙える』

「よし…」


その言葉を聞き俺は矢筒から矢を一本取り出す。

出来る限り音を立てないようゆっくりと腰を上げ、矢の先端だけを茂みから出すように構えながら右手で弓を持ち左手で弓弦を引き、得物目がけて矢を放つ。


ヒュン――!


「ブモォォォォ…!?」


何かの断末魔が聞こえた後、重たい物が地面に倒れたような音が辺りに響く。

その音を確認してからゆっくりと茂みから抜け出し辺りを警戒する。


「…他の生き物の気配は無しっと」


そう言ってたった今仕留めた得物の元へと歩み寄る。

それは巨大な猪のような姿をした魔物であり、今回の目当ての得物でもある。

見た目は凶悪な猪の魔物だが、その実草食で普通の猪と違って肉の臭みも少なく非常に食べやすい。


「アリス」

『あぁ、分かっている』


左手を猪に向かってかざすと左手から光が発せられ、光が魔物の身体を包み込んだその時、魔物の姿は消え失せ光が纏わり行くように左手の中に還って行く。


これは左手(アリス)の力で対象を異次元へと一時的に収納する魔法のような物だ。

この力のおかげで得物を抱えて帰るというような事をする必要もなく、また狩猟に使う道具なんかも収納しているため軽装のまま狩りを行う事が出来ていた。


「よし、コイツで五頭目だ。こんだけあれば十分だろ」

『そうだな…あの村の人間が冬を越すには十分な量は集まったはずだし、これ以上無駄に命を奪う必要はない』

「それじゃ後は適当に山菜でも採って帰るとするか」


俺はそう言って踵を返し、この場から離れようとした――その時だ。


「ケキャキャキャァァーーー!」


山の奥から甲高い、何かの雄叫びのような声が聞こえてくる。


「今の声は…”シャーキ”か?」


シャーキ――この山に住む魔物であり、自分より強い者の前には決して姿を見せない憶病な魔物。

しかし、相手が自分よりも格下だった場合は獰猛な姿を見せ、得物を嬲り殺すという危険な魔物でもある。

ただシャーキ自体非常に弱く、常に群れで行動をしているのだが、5匹の群れがたった一人の農夫を相手に尻尾を撒いて逃げると言われる程に弱い。

そのため、シャーキよりも格下の生き物と言えば森に住む小動物が主であり、人間がシャーキに襲われるという事は幼い子供でもない限り滅多にない。


そして先程聞こえてきたシャーキの声は間違いなく”得物”を見つけた時の物だった。


(どうせ小動物を見つけて追いかけまわしてるって所だろうが…)


普段なら無視して帰っている所だが、何故かシャーキのあの甲高い声が頭から離れない。

そしてふと、あの夢の事を思い出し嫌な予感が全身を駆け巡る。


ここは深い森の奥だ。人間の子供が居るとは考え辛い――だが先ほど見た夢がこの嫌な予感が気のせいではないと訴えかけてきている気がした。


「…クソ、アリス!」

『どうした?』

「嫌な予感がする…狙いは任せるぞ」


俺はそれだけ言うと、先程シャーキの声が聞こえてきた方向に向かって駆け出す。

それと同時に、右手に持っていた弓を左手に持ち替え、右手で矢筒から矢を一本取り出し、走りながらも矢を番える。


「ケキャ!!ケキャキャキャァ!」


シャーキの声は先ほどの位置から移動してはいるが、確実に近づいている。

どうやら木の上を移動しているようで、声は上の方から聞こえていた。


木々を飛び移りながら素早く移動するシャーキを射るのは至難の業だろう。

しかし、俺はそれを気にする事なく全速力で山を走り抜け、矢を構え弓弦を引き絞る。

全速力で走っているため、上半身はブレ、弓を持つ左手も狙いを定める所の話ではない。

だが、そんな物は俺には、いや――左手(アリス)には関係ない。


「アリス!頼んだ!」


そう言ったと同時に、走る動きに合わせて上下左右に動いていた左手が、まるで空間に固定されたかのようにピタリと止まり、次の瞬間には何かを追うように左手が勝手に動き出す。


『………ッ、今だ!』


ヒュン――!


その声が発せされるとほぼ同時に矢を放つ。

矢は一直線に緑生い茂る木々の中に吸い込まれ――


「ゲギャァ!?」


何かの叫び声の後、数秒遅れて何かが地面に落下する音が聞こえてくる。


地面に落下し、骸を晒すそれは眉間から矢を生やした小柄な猿のような魔物…シャーキだ。


「ケキャ!?キャキャ!!」

「キャー!」


仲間がやられたことを悟ったのか、残りのシャーキ達がそんな声を上げながら木々を揺らして遠ざかって行く。


それから数十秒、完全にシャーキ達が遠くに行った事を確認してから辺りに声を掛ける。


「おーい!誰か居るのか!」


しかし返事が返ってくる事は無かった。


「…誰も居ないのか?」


もしかしたら嫌な予感というのは俺の単なる思い過ごしで、シャーキの得物になっていたのは本当は小動物だったのだろうか?。


そんな事を考えたその時、背後の茂みからガサリという枝葉の擦れる音が聞こえてくる。


「っ、誰だ!?」


そういって俺が振り返ると、背後の茂みから出てくる一人の人影が目に入る。


全身泥に汚れ、髪には草木が絡まり、所々に穴が空いた修道服のような物を身に纏った、まさにボロボロといったような風貌の少女。

しかし、そんな風貌にも関わらずその少女を見て初めて抱いた印象はそれとはまったく異なる物だった。


完璧――それがその少女を一目見た感想だった。

整った目鼻、透き通るような碧い瞳、雪のように白い肌、澄み渡る青空のような色をした髪…草木にまみれ、泥に汚れてもなおその美しさは損なわれていなかった。


不自然なまでのその美しさに目を奪われていたが、少女を見つめるうちに何か言いようのない違和感が首をもたげる。

そしてその違和感の正体はすぐに分かった。


(左腕が…ない?)


そう、その少女には左腕が無かったのだ。

完璧とも呼べる少女の容姿に存在するたった一つの欠落、その余りにも整い過ぎた容姿とは不釣り合いなその姿に、俺は強烈な違和感を感じていた。


「………どこに居るの?」

「は…?」


少女の小さな呟きに俺がそんな声を上げると、少女は俺の顔を見上げながらもう一度呟いた。


「神様はどこに居るの?」

「―――――」


その少女の呟きで俺は理解した。

この少女こそが、俺があんな夢を見た原因…これから起こるであろう騒動の火種になる事を。

引き続きちょっと説明が多い感じです。

序盤だからとはいえちょっと説明口調的なのは意識的に減らしていきたいと思います。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ