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ムルタルの街

俺達は今宿屋から離れムルタルの街を歩いていた。

まだ宿に泊まるには早い時刻だったし、そもそも俺達は正門を通ってないので現在無断で街に入った状態になっている。

普段から俺は正門を通ってなんて来ないため、街の衛兵もなれたもので俺が黙って入ってきても文句こそ言うが、それを理由に俺を捕えるという事はない。

まぁ、あくまでも黙って入る事に対してなので、入った後はしっかりと来た事を伝えないと後々面倒になるのだが。


そんな事を考えながら歩いていると、隣に居たはずのティアの姿が見えない事に気が付く。

辺りを見渡してみると、少し後ろの方で屈みながら地面をペタペタと触っていた。


「何してんだお前」

「テオ、この地面暖かいよ」

「そりゃ魔法で温めてるからな」

「魔法で?」

「この時期になると毎日雪が降り続けてるからな、放っておくと道が雪で埋もれて人が通れなくなっちまう、その対策として魔法で温かくしてんだよ」


俺がそんな説明をしている間にも、雪がヒラヒラと地面に落ちる。

地面に落ちた雪はすぐに溶けて消えてしまう。


「吹雪の時でも大丈夫なの?」

「吹雪の時は流石に無理だな、その場合は街全体を覆うように巨大な魔法の防壁で保護するんだ」

「冬の間ずっとその防壁出してちゃ駄目なの?」

「魔力だって無尽蔵じゃない、吹雪の時以外は最低限の魔力でやり繰りしないと持たないんだよ、ほら何時までもそんな所で屈んでたら邪魔になるぞ」


そう言って俺が手招きすると、ティアがすっと立ち上がって俺の横に並んで歩き出す。

暫く大通りを道なりに歩いていると正門が見えて来る。

俺達が正門の近くまで来ると、門の脇で暇そうに欠伸をしていた衛兵の一人が俺の存在に気が付き、こちらに手を振る。

俺も手を振り返しながらその衛兵に近づき声を掛ける。


「よう、今年も来たわ」

「来るなら正門から来い…寄り道なんかして無いだろうな?」

「真っ直ぐここまで来たぞ、少しは俺を信用しろ」

「俺達は前の時の事忘れてねぇからな?お前が無許可のまま街の中で好き放題してたせいでこっちが大目玉喰らったんだぞ…」

「前の時は仕方ねぇだろ、俺もここに顔出してる余裕なんか無かったんだからよ」


前回この街に来た時、俺は例の如く厄介事に巻き込まれており正門に顔を出すのを忘れていた。

そしてその皺寄せが衛兵達に行き、その時の事をまだ根に持っていたようだ。


「まぁ、真っ直ぐ来たってなら良いけどよ…ほら、さっさと書類書け」

「あぁ…っと、今日は連れが居るからもう一枚頼むわ」

「連れ?」


首を傾げる衛兵だったが、俺の隣に立つティアの姿に気が付くと納得したような表情を浮かべて書類をもう一枚取り出す。


「字は書けるか嬢ちゃん」

「ん、大丈夫」


ティアはそう言いながら正門横にある窓口の脇に置かれた書類を書くスペースに向かって歩き出す。

そのスペースは木の板が壁から出っ張り出しているような簡易的な物で、そこにインクと羽ペンが置かれていた。

手に持った書類を板の上に置き、羽ペンをつかみ取った所でティアの動きが止まる。


「………見えない」


ティアの頭部は木の板よりも低い位置にあり、辛うじて両手が板の上に乗っているという状態だった。

俺はその様子に噴き出しそうになるのをこらえながら、ティアに近づいて声を掛ける。


「俺が書いてやろうか?」

「…いい、自分で書く」


俺がニヤニヤしているのが分かったのだろう、ティアがプイっと顔を背けながらそう言う。

そんなティアの様子にまた噴き出しそうになるのを堪えながらティアの両腕の脇から手を伸ばし、ティア抱え上げる。


「わっ」

「ほら、これで書けるだろ」

「むーー…」



ティアが頬を膨らませて抗議の視線を送ってくるも、やがて諦めたのか黙って書類に向き直る。

書類とは言ったがそこまで難しい物ではなく、名前、年齢、出身、街を訪れた目的、滞在予定日数等を書くだけの物だ。


「名前は…ティア、歳は…何歳?」

「10歳くらいで良いんじゃないか?」

「10歳、出身は…どうしよう?」

「んー…取り合えず山って書いとけ」

「山っと…街を訪れた目的は?」

「自分探しだな」

「自分探し…何日滞在するの?」

「暖かくなるまで」

「暖かくなるまで…出来た」

『内容が適当過ぎないか?』

「良いんだよ、こんなもんで」


俺はティアを抱えたまま衛兵へと向き直り、ティアは手に持った書類を衛兵に渡す。

俺達のやり取りを側で見ていた衛兵は頬をぴくぴくとさせながら書類を受け取る。


「いくら何でもふざけすぎだろ…いや、でもこんな子供に書き直せって突き返すのも…」


ブツブツと独り言を呟く衛兵をスルーしながら俺も書類をさっさと書き上げ、書類が風で飛ばないようにペンを重しに置いてからその場を立ち去る。

勿論、立ち去る寸前に衛兵に一声掛けてからだが。


「書類は書いといたから後は頼んだぞー」

「え?あ、ちょ――」


そんな衛兵の声を気にも留めず、俺はティアを連れてその場から離れていく。

背後から衛兵の大きなため息と、鎧がカチャカチャと擦れる音、そして


「ゴラァァァ!てめぇはしっかり書きやがれぇぇぇぇええええ!!!!!」


そんな衛兵の怒声を背に受けながら、俺達は人混みの中に消えていった。







あれから人混みの中を暫く歩き、ムルタルの街の中央に存在する大きな広場に俺達は来ていた。

広場のあちこちには山積みになった箱が置かれ、広場の中央では何やら男たちが数人で作業をしている。


「あの人達は何してるの?」

『もうすぐ冬祭りだからな…その時に使う舞台を組み立てているんだ』

「お祭り…私お祭りって初めて」

『ふふ…そうか』


アリスとティアがそんな会話をしている間、俺は一人浮かない顔をしていた。

というのも今朝見たあの夢の事があるからだ。

あんな夢を見た後に冬祭りを楽しみに出来るはずもない。

楽し気に話す二人を傍目に見ながら、俺達は広場の中を歩く。

広場の中央付近、まだ骨組みだけの舞台の脇を通ろうとした時、隣を歩いていたティアが右足にしがみ付いて来た。


「ティア?」

「嫌、何…?気持ち悪い…」

「どうした?おい!」


俺の足にしがみ付いて離れようとしないティアの肩を揺する。


『テオ、ここから離れよう』

「いきなり何言い出すんだ、それよりもティアの様子が何か――」

『”穢神”が居る』

「――なんだって?」


アリスのその言葉を聞いた瞬間、辺りの空気が一変したように感じた。

せわしなく辺りを見渡すが、広場は人であふれており先程までと何ら変わらないように見える。

しかし、先程まで気が付かなかった微妙な違和感、空気の淀みには気が付く事が出来た。


『恐らくすれ違ったのだろう、もう側には居ないが私達が気付いたように向こうが私達の存在に気が付くかもしれない、争いになる前にこの場から離れるぞ』

「こんな街中で…クソッ」


俺そう吐き捨てるように言うと、足にしがみついていたティアを抱きかかえ急いで広場から離れた。

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