いつかの残影
リアルが忙しかったので今日の更新は一話になっております。
俺はティアの後を追って道も無い山の中を走っていた。
「クソ…何処行きやがった!」
『子供の足だ、そう遠くへは行っていないはずだが』
「山の中で子供一人見つけるのは骨が折れるぞ。アリス、なんとかならねぇか?」
『無茶を言うな、今の私は左手の分しか力が出せないんだ、そして私の左手に人を探す力は備わっていない』
「やっぱり駄目か…」
早く見つけないと、何か嫌な予感がする。
しかし、見つけようにも山の中で何の当てもなく一人の子供を見つける事など不可能に近い。
(何か無いか?ティアの居所を知る方法が…)
そう考えるも、そんな都合の良い方法なんてそう簡単に思いつくはずもなくすぐに手詰まりになる。
ティアを探すべく、さらに山の奥深くへと足を踏み入れようとしたその時だ。
突如として目の前の景色が変わった。
視界を塞いでいた木々が無くなり、膝の高さまであった雑草も足のくるぶし辺りの高さになっている。
辺りは開けた空間になっており、その空間の中央には石碑がポツンと存在していた。
「ここは…あの場所か」
ついこの間ティアを連れてきた女神アリスティアの石碑のある場所、俺はその石碑のすぐ脇に立っていた。
(確か俺は石碑のある場所とは少し離れた位置に居たはずだ、一体何故ここに?)
俺が困惑していると、開けた空間の外、木々が生い茂る中からこちらに歩み寄ってくる小さな影が見えた。
最初は蜃気楼のように揺らめいていた影だったが、石碑の目の前に来る頃にはその姿をハッキリと認識できるようになっていた。
それは、一人の少年だった。
頬は痩せこけ、瞳に光は無く、服の袖から覗く左手は白い布でグルグル巻きにされていた。
その少年は石碑の前で座り込むと、生気のない瞳で石碑を見つめながら呟く。
「神様、お願いがあります。僕をお父さんとお母さんの元に連れて行ってください」
「………」
そう呟く少年を、俺は唖然とした様子で見つめていた。
少年は俺の存在を気にする素振りも見せず、淡々と石碑に向かって話を続ける。
「神様は人の身体が欲しいんですよね?。お父さんから聞きました」
最初こそ無表情だった少年だったが、話を続ける程にその表情に変化が現れる。
「神様は人の身体があれば、力を取り戻して外を自由に歩き回れるようになるって…だから」
全身を震わせながら、少年は石碑に向かって叫ぶ。
「僕の身体をあげます!僕の身体を自由に使っていいですから…だから…だから神様、僕を――」
そう言って少年は、右手に握られたナイフを掲げ上げ、そして――
「お父さんとお母さんの元に連れて行ってください」
気が付いた時には俺は石碑のあった場所ではなく、先程の森の中に居た。
「今のは…」
『テオ?急に立ち止まってどうしたんだ?』
「…アリスは見てないのか?」
『見てないのかって、何のことだ?』
どうやら先ほど見た物はアリスには見えていなかったらしい。
「さっき、気が付いたらあの石碑の場所に立ってたんだ。それで…そこで昔の自分を見たんだ」
『あの場所に?夢でも見ていたんじゃないのか?』
「夢…?」
もし今のが夢だとすれば、今ここで見た事に何か意味があるのだろうか?。
俺が過去の夢を見る時は、必ず俺の身の回りで何かが起きる時だけだ。
(そうだとするなら…)
ティアと最初に出会った時も同じ夢を見た。
最初は俺の身に何かが起こるのではと考えていたのだが、どうも今回の夢は様子が違う。
もしあの夢が意味している物が、俺ではなくティアを示していたのだとしたら。
そこまで考えて、俺は石碑のあった場所に向かって走り出す。
石碑のあった場所に近づくにつれ、胸のざわめきが大きくなっていく。
草木を掻き分けながら進み、目的の場所に辿り着く。
山の中にポツンと存在する開けた空間、そこに存在する石碑の前に座り込むティアの姿を見つける。
肩で息をしながらティアの元に歩み寄ろうとしたその時、地面に座り込んでいたティアの右手に握られたナイフの存在に気が付く。
「やめろっ!」
地面を蹴り、ティアに向かって手を伸ばす。
届け、届け、届け――!
一秒一秒が永遠に思える程長く感じ、一歩足を進める毎に心臓が大きく跳ねる。
伸ばした手がティアに届くよりも早く、ティアが右手に握られたナイフを振り上げる。
「駄目だぁぁぁぁあああ!」
そう叫び手を伸ばした時、誰かの声を聞いた気がした。