神と呼ばれるモノ
「いやー、テオの部屋に入るのって久しぶりだね」
「そうだったか?」
「うん、ここ最近お風呂入ってご飯食べて帰るだけだったしねー」
「だけっていうか、お前はそれが目的でここに来てんだろうが…」
「何時もそれだけの為に来てる訳じゃないわよ?。テオに何かお願いする時とかー、あとは――」
そう言いながら背を向けていたミリアがベッドに腰掛けてこちらに向き直る。
「テオが困ってる時とかね」
「………」
「それで、何か話があるでしょ?」
「あぁ…ティアの事なんだが」
俺はミリアに山で狩りをしていた時にシャーキに襲われている少女を助けた事、その少女が記憶を失っている事、少女にティアという名前を付けた事、冬に街に行って調べ物をする事を話した。
「んー…それで?今の話を聞く限りだと私にもお爺ちゃんにも出来る事なんて何一つない気がするんだけど?」
「また厄介事になりそうだからな、一応言っておかないとお前も村長も何で言わなかったって後から文句言うだろ?」
「あー…なるほど、相談っていうよりは報告って事ね」
「まぁそんな感じだ。後は拾ったのが女の子だったからな、俺なんかよりミリアの所に預けた方が良いんじゃないかって思ったりもしたんだがな」
「思ったりもした…って事は、今はそのつもりはないって事?」
「今回はかなり厄介そうな感じだからな、俺の目の届く範囲に置いておきたいってのもあったし…それに」
一拍置いてから言葉を続ける。
「ティアの奴、神に会いに来たらしい」
「神…に?」
神という単語を聞いた途端、ミリアの表情が露骨に変わる。
「それって、どういう意味?」
「どうもこうもない、そのままの意味だ」
俺がそう返すと、ミリアの顔から困惑の色は消え、変わりに苦々しい表情を浮かべる。
「テオはどう思ってるの?」
「どうって?」
「そんなの、あの子が神と会う事についてよ!あんな――」
ミリアが険しい表情のまま、言葉をぶつける。
「人食いの化け物なんかの所に!」
『………』
人食いの化け物――そうだ、神とは人を救うでも、守る存在でもない。
この世界に住む人々にとって神とは黒々とした穢れを身に纏い、醜悪な見た目をした人を喰らう存在なのだ。
俺はちらりと自身の左手、アリスに視線を落とす。
神の腕を持つ男――そこに込められた意味は憧れでも、尊敬でもない。
恐怖、侮蔑、嫉妬、人間持つ暗い感情、それらに晒されながら俺は生きてきた。
神の腕を持つと言われる男、神を恐れる人々からすれば、疎ましく思って当たり前の存在だ。
でも、そんな俺にも良くしてくれる人達が居る。
神の腕を持つ男としてではなく、一人のテオスという人間として扱ってくれる人達が居る。
だが、もしも俺の左手が神その物であると知られたら?。
人を喰らう化け物と呼ばれる存在をその身に宿していると知られたら?。
そう考えるだけで身体の震えが止まらなかった。
「ミリアは――」
まだ、神の事を恨んでいるのか?。
そう言いかけて、口を噤む。
恨んでいるのか?なんて聞いて俺はどうするつもりだったのだろうか。
そんな事を聞いた所で、答えなんて分かり切っているというのに。
「…何でもねぇ」
「………」
沈黙が辺りを支配する。
互いに一言も喋らぬままでいると、ミリアがゆっくりと口を開く。
「ねぇ、なんであの子は神に会いたがっているの?」
「…母親に言われたんだってよ」
「お母さん?」
「あぁ”お前は神の元に行かなければならない”って――」
ダンッ!
足で床を思いっきり踏みつけながら、ミリアが勢いよく立ち上がる。
「何よそれ!?自分の娘に何でそんな!」
「おいミリア落ち着――」
「落ち着けって何よ!?テオは平気なの!?自分の子供にそんな事を言う親の存在を許せるの!?」
今にも掴み掛かりそうな勢いでミリアが勢いよく捲くし立ててくる。
「自分の子供に神の所に行けだなんて…そんなの――!」
「ミリア!」
「死ねって言ってるのと同じじゃないっ!」
ミリアはそう叫ぶと、肩で息をしながらベッドに腰を下ろす。
一時の沈黙が辺りを包んだ、その時だ。
ガシャン!!
部屋の外から何かが割れる音が聞こえてきた。
「…まさかっ!?」
ドアを開け、二階の廊下を見渡す。
そこに人影はなく、廊下の床には割れたカップと焼き菓子が散乱していた。
俺が床に散乱した物に気を取られていると一階からドアを勢いよく開ける音が聞こえてくる。
その音が聞こえてすぐに俺は部屋の中に入り窓を開けて外を見る。
店のドアは開け放たれており、家の周りには既に人影はなかった。
「クソ!」
「テオ、もしかして今の話…!」
「ミリアはここに居ろ!俺はティアを探してくる!」
それだけ言うと俺はミリアの返事も待たずに家を飛び出し、ティアを探すために森の中へと入って行った。
この世界における神についての説明でした。
人々の間で語られる神とは?。
アリスは人々の言うような神なのか?。
そんな神を信仰するタルエットの街の人々とは?。
ここら辺はお話が進んでいく中で明らかになって行きます。