二人目の幼馴染
「んぁぁ…身体がいてぇ」
『床の上に座ってあんな体勢で寝てたんだ、そうなっても仕方ないだろ』
身体中のあちこちをポキポキと鳴らしながら自分の部屋で服を着替えていた。
「アリス、痛み止め程度で良いからどうにかしてくれ…」
『はいはい、ほら』
アリスがそう言うと、暖かな光が俺の全身を包み身体から痛みが抜けていく。
「ふぅぅ…ありがとよ」
俺はアリスのそう礼を言うと、そそくさと服を着替える。
服を着替え終え、自室から出ようとした時、外から声が聞こえてくる。
「おーい!テオー!居るー?」
「この声は…」
窓を開け放ち店の入り口の方に視線を向けると、そこには一人の人間が立っていた。
肩口で切りそろえられた茶髪の髪の女性、俺のもう一人の幼馴染でもあり、村長の孫娘であるミリアだ。
「あ、おはようー!」
「朝からるうせぇぞミリア!ったく、そんなとこ突っ立ってないでさっさと入ってこい!」
俺はそう言って部屋を出て一階に降り、店の扉を開ける。
「やっほ、おはようテオ」
「…おはようミリア、てか鍵なんて掛けてねぇんだから入ってくれば良いだろ」
「いや、だって他人の家に勝手に上がり込むなんて悪いでしょ?」
「入ってこいってさっき言ったんだから悪いもねぇだろ」
俺はミリアを連れて店の中を通り、家の中に入り真っ直ぐ風呂場を目指す。
「どうせ今日も風呂入りに来たんだろ?」
「おー流石テオ、分かってるねぇ」
「何年お前の幼馴染やってると思ってんだよ」
ミリアは俺の家に来る度に必ず風呂に入って行く。
というか、この風呂自体ミリアが作ろうと提案して物であり、洗浄剤や脱毛クリームなんかの品もミリアが欲しいと言い出した物だったりする。
「よし、おーい準備出来たぞ」
「お、ありがとー」
「風呂あがったらどうする?どうせ飯も食ってくつもりなんだろ?」
「勿論!テオの料理はおいしいからねぇ」
「あいよ」
俺はそう返事だけして風呂場を後にする。
ダイニングに向かう途中、ふとミリアの言葉を思い返す。
(俺の料理…ねぇ)
ミリアの言う俺の料理というのは、アリスが作った料理の事だ。
そもそも俺は料理が出来ないし、料理を作った試しなんて一度もない。
ミリアが俺が作ったと思っているのは、アリスの存在を知らないからこそだ。
ミリアやカインは、俺の左手が死んだ頃から俺の事を知っていた。
俺の左手がこうなった事も知っている。
でも、アリスの事は幼馴染の二人でさえ知らない。
二人からしたら俺の左手が治った、ただそれだけなのだ。
俺の左手が普通の人と違う事も、二人は意図して話題に出さないように避けていた。
俺はそんな二人の優しさに甘えて、真実を告げられずにいる。
何時か話さなければない、でも本当の事を話す覚悟が俺には無かった。
もし、アリスの事が知られれば…もし、俺の左手が神であると知られてしまえば、俺はきっと今までのようにあいつ等とは居られない。
そうこう考えてる間にも朝食の準備をしていたティアの居るキッチンに辿り着く。
「テオ?誰か来てるの?」
「あぁ一人な、今日は三人分作るぞ」
そう言ってティアの横に立ち、左手で包丁を手に取る。
ティアは横から、じっと俺の顔をみあげていた。
「何かあった?」
「んー…何でもねぇよ」
空いている右手でティアの頭を乱暴に三回ほど撫でまわした後、俺達は朝食の準備を進めた。
「この子がカインの言ってた子ね、カインから話は聞いてたわ」
朝食を食べるため、全員がテーブルに着くとミリアがそう切り出してきた。
「まぁ…相談っていうか、ちょっと話があるんだが…まぁそれは飯食った後で良いだろ」
「そう?それなら食べましょ!実はもうお腹ペコペコで…」
本当ならティアを預かる事になったという報告だけのつもりだったのだが、少しティアの事でミリアに聞きたい事が出来た。
ただ、ティアの前で話すような事でもないので後回しにする。
「んー!相変わらずテオの作った料理はおいしいわね!」
「…そうかよ」
「何よ?褒めてるんだから喜びなさいよ、ほれほれ」
「だぁぁ!フォークで人の頬を突くんじゃねぇ!」
「ふふふふ、あむ……む?テオ味変えた?」
「あぁ、それは俺が作ったんじゃなくて――」
「私が、作った」
そう言って、ティアが右手をピンと上げる。
「おぉーそっか、ティアちゃんが作ったのね!凄いわぁ……ティアちゃんの料理も美味しいわ」
ミリアがティアに向かって両手を伸ばし両頬をむにむにと撫でまわす。
その姿に一瞬、今朝見た夢の光景を幻視するもすぐに和やかな朝の団欒に戻る。
「おいミリア、さっきから行儀が悪いぞ」
「む、テオから行儀をどうこう言われるなんて…いいじゃないここでくらい行儀悪くしたって、ここ数日堅苦しい会食ばっかりだったんだもの」
「だからって限度があるだろ…はぁ、良いから座って飯を食え」
「はぁーい」
それからもミリアがワーワーと煩かったが、朝食も終わり一息ついた頃。
「さて、一息ついたしミリア、悪いが俺の部屋まで来てくれるか?」
「さっき言ってた話したい事って奴?良いわよ、元々そのつもりでここに来たんだし」
「悪いけど、ティアは食器の片づけとか家事やっといてくれ、話しが終わったら手伝うから」
「うん、分かった」
そう言って俺はミリアを連れて二階の自室へと向かった。
テオ達が二階に上がってから少し経った頃、キッチンではカチャカチャと食器同士がぶつかる音が響いていた。
「よいしょ…これで全部かな?」
食器をキッチンに運びえ終えたティアがそう呟きながら辺りを見回す。
そこでふと、棚の中にしまわれたカップとポットに目が行く。
「そうだ、お客さんが来たんだからお茶を入れないと」
テオが普段片手でやるように、ティアも右手で同じようにお茶を入れていく。
二人分のお茶とお菓子をトレーに乗せ二人が居るテオの部屋に向かった。