少女との日常
あれから商人達が帰り、少女…ティアと共に暮らすようになってから五日ほどが経っていた。
何もせず居るのは嫌だと、ティアが自分から進んで家事を手伝うと言い出したのが、片手では出来る事も限られるし無理して手伝う必要はないと言ったがティアは納得しなかった。
仕方がないので、とりあえず簡単な事から始めさせてみたのだが、やはり片手では出来る事に限りがあったし、何より今まで家事の類をやった事が無かったのだろう、結果は火を見るよりも明らかだった。
結局その日はそれ以上何かをさせる事はなく、俺とアリスでティアが散らかした分の後始末と残りの家事を終らせた。
俺達が黙々と家事をこなす中、ティアは何を言うでもなくじっとこちらを見ていたが、俺は何を言うでもなく好きなようにさせていた。
そして次の日、ティアがまた家事を手伝いと言い出した。
また散らかされたら後片付けが面倒だなと思いつつも、何度か失敗する内に諦めるだろうと好きにさせる事にしたのだが…ティアは俺の予想に反してぎこちないながらも昨日とは見違える動きで家事をこなしていった。
どうやら昨日一日中俺達の動きを見て覚えたらしい。
ただ全ての家事を覚えた訳ではなく、俺が途中で面倒臭がってアリスに任せていた物…つまり片手だけでやっていた家事の動きを不完全ながらも覚えていたのだ。
それを知った俺はアリスに頼んでこの日の家事はアリスに全部お願いしてみた。
ティアはアリスの動きを熱心に見て、その動きを真似し、着実に家事を覚えていった。
三日目にはほぼすべての家事を覚えてしまい、ティア一人だけで家の事は事足りるようになってしまった。
現在、俺はテーブルに頬杖を突きながら家事をするティアの後ろ姿を眺めながら、ティアが入れてくれたお茶を啜る。
アリスの入れたお茶程ではないにしろ、俺が入れるよりも数倍は美味い。
「ティアの奴すげぇな…まさか短期間でここまで覚えるなんてな」
『そう…だな…』
「ん?元気ねぇけどどうした?まさか自分の仕事取られて拗ねてんのか?」
『ふん…そういう訳ではない、大体そんな事くらいで機嫌を損ねるものか』
いや、割とそんな事で機嫌を損ねてる事が多い気がする…アリスは変な所で子供っぽいからな。
ちょっと構ってやらないとすぐ拗ねるし、小言が煩くて少しスルー決めるとすぐにションボリするし、俺が思い描いてた神とは何だかイメージがいまいちズレてるんだよなぁ…。
(まぁ、アリスはアリスだしな…今更気にしたってしゃーねぇか)
俺はそう思考を一旦打ち切ると、椅子から立ち上がる。
「さてと…ここ最近家に籠りっきりだったし、ちょっくら外に出るか」
『む?ティアが家に居る間は外出しないんじゃなかったのか?』
「そのつもりだったんだがな…ティアも案外しっかりしてるし、一人で留守を任せても平気だろ。それにこの家にはアリスの力で魔物が近寄れないようになってるし、そう遠くに出かけるつもりはねぇよ」
そう言いつつ俺は椅子から立ち上がる。
俺の動く気配に気が付いたのか、ティアがこちらに振り返る。
「どうしたの?」
「ちょっと外に出てくる、留守を頼むわ」
それだけ言うと俺はダイニングから廊下に出て、店の中に入る。
陳列されている商品の中から、弓と矢を数本無造作に掴み取り外に出る。
そのまま真っ直ぐ山の中へと分け入ろうとした時、ふと後ろを振り返り家の方を見た。
そこで家の左側にある二つの石碑のような物が目に入る。
それは以前ティアを連れて行って見せたあの神の石碑と何処か似た雰囲気を持っていた。
『テオ?どうしたんだ?』
「いや…何でもねぇ」
そう言って俺は前に向き直り、今度こそ山の中に入って行った。
時刻は昼過ぎ、俺は山でキノコや山菜、動物を仕留めて家に戻ってきた。
店の中に入り弓と残った矢を元の位置に戻し、廊下を通ってダイニングに向かう。
「ちょっと遅くなっちまったかな…アイツ腹空かせてるかね」
『何、今から私がパパっと作れば何も問題は………む?』
「どうしたアリ…ス?」
ダイニングの入口から中を覗いた俺達の目に映ったのは、テーブルの上に並べられた美味そうな料理と、料理を目の前にしてチョコンと椅子に腰かけているティアの姿だった。
「あ…おかえり」
「お、おぉ…これティアが作ったのか?」
「うん、見様見真似だけど」
そう言ってティアは自分が作った料理に視線を落とす。
確かに、テーブルに並べられている料理はどれもここ最近作った物ばかりだ。
「美味そうに出来てるじゃねぇか、見様見真似ってだけで良くもこれだけ…本当、良くこれだけの量作ったなおい…」
山の幸がたっぷり入ったシチュー、まだ仄かに蒸気の立ち上る焼き立てのパンに山で狩った魔物の尾で作ったテールスープ、山菜サラダにローストビーフ等、昼にしては量が多すぎやしないか?。
「うぅ…ごめんなさい、お昼になっても帰ってこなかったから作って待ってようと思ったんだけど、途中からなんだか楽しくなっちゃって…」
「それで作り過ぎたと…」
「うん…あとね、お野菜とかお肉も残ってたの全部使っちゃったの、生のも調理されてたのも全部」
それでやたらとシチューに肉がゴロゴロと入ってる訳か…、調理された肉というのはローストビーフの事だろうなと、皿に盛られたローストビーフの山を眺めながら考えていた。
「まぁ、食材はさっき取ってきたから別に問題はねぇけどよ、これ二人で食うのはきつくねぇか?」
「大丈夫、責任を持って食べるから」
「お、おう…じゃあ良いか」
若干食い気味に答えるティアに気圧されながらもそう答える。
俺はティアの正面に座り、二人で一緒にティアが作った料理に舌包みを打つ。
シチューに使われていたのは普通の獣肉だったが、一緒に煮込まれた山菜によって臭みは消え非常に食べやすく美味い。
ただ、肉の量が多すぎて肉がメインの料理のようになっていた。
これでは山菜と獣肉のシチューではなく、獣肉のシチュー煮込み山菜添えと言った感じだ。
(まぁ、それでも美味いから文句はねぇけどな)
ただ、正直シチュー一杯で腹が膨れそうだ。
眼下にあるシチューを睨んでいた俺だったが、ふと顔をあげて正面に座るティアに視線を向ける。
ティアは山菜サラダをローストビーフで包み、それを口いっぱいに頬張っていた。
良く見ればティアの分のシチューの入っていた皿は既に空になっており、山のように盛られていたローストビーフも半分以上減っていた。
俺が唖然とその様子を見ているとティアがシチューの皿を持って椅子から立ち上がり、キッチンに消えていく。
戻ってきたティアの手の中には肉がこれでもかと盛られたシチューの皿があった。
(一体どれだけ食べる気なんだコイツは…)
俺がそんな事を考えながらティアを見つめていると、こちらの視線に気が付いたのか、ティアが食事の手を止めて俺を見る。
「どうしたの?」
「いや、良く食べるなぁと思ってな」
「…食べすぎ?でも安心して、テオの分も残してあるよ」
「あぁ…俺はもう、なんつーか腹いっぱいだから残りは食べていいぞ」
「ん…分かった」
そう言ってティアが食事を再開する。
俺は胸焼けを起こしながらも、ティアが黙々と料理を腹に収めていく様子を眺めていた。
昼飯を食ってから数時間が経ち、既に日が完全に沈んだ頃、俺達は晩飯を食ってまったりと寛いでいた。
晩飯を作る前にティアに普段の飯の量では足りなかったか?と聞いてみたが、別に普段の量でも十分だけど、あればあるだけ食べられるというような回答が返ってきた。
ちなみにだが、今日の晩飯は一切肉を出さなかった。
もう肉はお昼に食った分で十分だったし、何よりティアが肉を食っている姿を見ているだけでもう肉は要らないという気持ちになっていた。
(肉をローストビーフで包んで食い出すんだもんなぁ…)
最初は山菜サラダを包んで食べていたティアだったが、山のように盛られたローストビーフに対してサラダの量は明らかに少なくサラダはすぐに無くなってしまった。
そこでティアは何を思ったのかシチューに入っていた肉をローストビーフで包んで食べだしたのだ。
流石にその光景を見た時は胃から何かが込み上げてきて思わず吐きそうになった。
そんな事もあり、今日の晩飯は肉抜きにしたのだ。
俺がそんな事を思い出しながらぐったりしていると、トントンと肩が叩かれる。
「ん?どうした?」
俺が振り向くとティアがすぐ傍に立っていた。
「お風呂忘れてる」
「あぁ…そういやまだ入ってなかったな、待ってろ今沸かすから」
そう言って風呂場に向かい、いつものように風呂の準備をする。
『ふむ…こんな物で良いだろう』
「よし、おいティア準備が出来…ってもう服脱いでやがる…」
準備が出来た事を伝えようと後ろを振り返ると、そこには服を脱ぎ、椅子に腰かけたティアが準備万端と言った様子で待っていた。
「ん、早く洗って?」
「はいはい…ちょっと待ってろ」
アリスに洗われるのが余程気に入ったのだろう、身体だけは自分で洗う事なくいつもこうして洗うように言ってくる。
(まぁ、自分で洗うのとアリスに任せるのとじゃ天と地ほどの差が出るからなぁ)
俺はそう考えながら服を脱いで風呂に入る準備をする。
そう、実は昨日くらいから俺も一緒に入る事になっていた。
というのも我が家の風呂と言えば風呂桶にお湯を貯めただけの物であり、この時期だとすぐに水に戻ってしまう。
ならば普段どうしているのかと言えば、俺が入浴してる間もアリスが常に適温に保った状態でお湯を温めていてくれているからだ。
普段我が家で風呂に入る人間なんて俺くらいしか居ないし、俺もそこまで長風呂するタイプでもないためお風呂と言えばただお湯を張っただけの簡易的な物でしかないのだがティアはお風呂が気に入ったようで、何時もお湯が水になるまで入っている。
流石にこの時期にそれはまずいと、俺とアリスとで話し合った結果ティアと一緒に入る事になった。
最初は一緒に入る事を渋っていたアリスだったが、ティアが風邪を引くかもしれないというのと、毎日のように身体を洗っていて今更だという事もあり最後には納得してくれた。
という訳で今俺達は身体を洗い終え、三人(?)で浴槽に浸かっていた。
「はぁ…やっぱ風呂は良いな…」
「うん…とっても気持ちいい…」
『だからってのぼせたりするんじゃないぞ?』
「分かってるって」
「…?」
アリスの声が聞こえていないティアが首を傾げながらこちらを見てきたが、俺は右手でティアの頭を乱暴に撫でて誤魔化す。
そうやって暫く浴槽に浸かっていると、なんだかお湯が温くなってきた気がする。
実際はアリスが適温に保ってくれているため、温くなったのではなく今の温度になれただけだろう。
「ティア、お湯の温度を上げるが問題ないか?」
「ん、平気…熱い方が好きだから」
ティアがそう言うと同時に、左手から暖かな光があふれ出し、じわじわとお湯の温度を上げていく。
そんな左手に対し、ティアがぎゅっと抱き着いて来る。
「あったかい…」
「おいおい、火傷しても知らんぞ?」
お湯を温めるためにアリス自身の温度はそこそこ高いはずなのだが、ティアは熱がるような素振りを見せる事無くアリスに抱き着いていた。
「へーきぃ……んん…」
「…?ティア?」
急に静かになったティアの顔を覗き見ると、目を瞑りスヤスヤと寝息を立てていた。
「寝ちまったよ…」
『今日は家事だけでなく料理まで頑張って作ってくれたからな…余程疲れたんだろう』
「あれは頑張り過ぎだっての…ったく」
俺はため息を吐きながらティアを抱えて浴槽から出て身体を拭き、服を着せて部屋に運ぶ。
ティアは現在、二階にある俺の両親の寝室だった部屋を使って貰っている。
階段を上り、ドアを開けて部屋の中に入る。
部屋に入って正面には窓があり、その窓際には大きめのサイズのベッドが横に置かれていた。
ベッドにティアを寝かせてその場を離れようとした時、右袖が何かに引っ張られる感覚に気が付く。
振り返ってみれば、ティアが眠ったまま右手で俺の袖を掴んでいた。
(ったく、世話の掛かる奴だ)
俺がティアが掴んでいる手を解こうと、ティアの右手に手を伸ばしたその時だ。
「お母さん…」
ティアがそんな寝言を言う。
良く見ればティアの目じりからは涙が零れ落ち、枕を濡らしていた。
その姿を見て、このまま手を解いて去るのはなんだかしのびなく思い、俺はその場から離れる事が出来なかった。
「はぁ…本当に世話の掛かる奴だよお前は」
そう言って俺は右手をベッドの上に乗せ、背をベッドに預けるようにして床に腰を下ろす。
「アリス、今日はこのまま寝るわ」
『あぁ…分かった、おやすみテオ』
「おやすみ、アリス」
俺は瞼を閉じて、ゆっくりと夢の中へと沈んでいった。
最後の方がちょっと雑になってしまった。
読み辛かったらごめんなさい。