始まりの夢
連載ネタの内の一つ、ラストまでのお話は考えてあるので後は執筆していくだけ。
そこそこのペースで上げられたらなと思っておりますので、生暖かい目で見持ってくだされば幸いです。
夢を見た。
随分と懐かしい夢。
残酷で、無慈悲な、子供の頃の夢。
夢の中の俺は、山の中にポツンと存在する小さな石碑の前に座り込んでいた。
右手には小さなナイフを握りしめ、思い詰めたような表情で眼前の石碑に向かって何事かを呟いている。
「……っていいですから…だから…だから神様、僕を――」
おもむろに右手に握られたナイフを掲げ上げ、そして――
「お父さんとお母さんの元に連れて行ってください」
――自分の心臓目がけて振り下ろした。
『――っ!―い!起きろ!』
「ん…んん?」
『コラ!何時まで寝ているつもりだ!?早く起きないか!』
「んあ?」
突如聞こえてきたその怒声によって、俺は夢から引き戻される。
『全く、お前という奴は…私で頬杖をついて居眠りとは…呆れた奴だ。後少しで涎が私につく所だったぞ…』
「涎?…あ、ほんとだ」
『ぎゃああああああ!?私で拭くなぁ!!』
「あぁ、わりぃ…つい条件反射で」
そう謝りながら、右手で左手を撫でる。
艶やかで滑らかな肌触りをした左手、俺のゴツゴツとした右手とは違う、女性のような手。
先程から聞こえてくる声の正体はこの左手であり、俺が子供の頃からずっと一緒に居る文字通り半身と呼べる存在だ。
『お前という奴は…だらしなく大口開けて眠りこけおって。ほら、まだ営業時間なんだからシャキっとしろ』
「営業時間と言ってもねぇ…もう昼過ぎだぞ?こんな山奥にある雑貨屋に昼過ぎから訪れる稀有な客なんていやしねぇよ。今日はもう店仕舞いにするぞ」
そう言って立ち上がり、店の出入り口のドアを開けて外にでる。
「うぅ…流石にもう秋も終わり頃って感じだな、寒さで眠気が吹き飛んだわ」
店の入り口に向かって振り返る。
昔に死んでしまった両親から受け継いだ小さな雑貨屋、山の奥深くにあるため滅多に客が来る事なんてないし、来たとしても迷い人か、店ではなく俺に用がある奴しか来ない。
『外に出たんだ、ついでに井戸で自分の顔と私を洗ってくれ、涎でべたついて気持ちが悪い…』
「はいはい、分かりましたよっと」
店の扉にクローズの看板を掛けた後、店の裏手にある井戸から桶一杯の水を汲む。
桶の張られた水の水面に映る自分の顔を見て、ふとさっき見た夢の事を思い出す。
(随分と懐かしい夢を見たもんだな…)
あれは確か、俺がまだ一人だった頃の…いや、”一人になった頃”の夢だ。
(なんだって今更あんな夢を)
『ふむ、もうすっかり寒くなったし、このままだと流石に冷たいか?どれ、私が水を温めて――』
ドボォン!
『あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛!!』
その絶叫でハッと我に返る。
どうやら無意識の内に左腕を桶の中に突っ込んでいたらしい。
『づめだいづめだい!早く引き上げてくれぇぇ!!』
「わ、悪い!」
慌てて桶の中に突っ込んだ左手を引き上げる。
冷水の中に突っ込まれた左手は赤くなっており、濡れた左手が秋の冷風に晒される。
『ぁぁぁぁ…風が身に染みぅ……』
「だ、大丈夫か?」
『これが大丈夫に思えるのかこの大馬鹿者ぉ…心臓が止まるかと思ったぞ』
「心臓って…お前左手しかねぇじゃん…」
左手だけのソイツにむかって、ボソっと呟くようにそう返す。
『うぅぅ…寒い…』
「悪かったって…というかそんなに寒いならお前の力で温めれば――」
そこまで言いかけ口をつぐむ。
(自分の力で温めれば良い…なんて言ってもコイツはそうはしないんだよな…)
自分自身のためには決して力を使おうとせず、俺の命令でしか力を使おうとしないソイツに嘆息しつつ、俺は左手を温めるために命令をする。
「"アリス"温めてくれ」
『う、うむ…分かった』
左手が――アリスがそう返事をすると、左手が淡く光を放ち暖かな空気が辺りを包む。
「…ありがとよ、ついでに水の方も温めて貰っていいか?」
『あぁ、任せろ』
水面に左手の平をかざしてやると、桶の中の水から僅かに湯気が立ち上ってくる。
『こんなものでどうだろうか?私を湯に付けてみてくれ』
「あいよ」
そう返事しながら、ゆっくりと左手を桶の中に張られた湯に沈める。
「どうだ、湯加減は?」
『うむ…我ながら絶妙な湯加減だ、丁度いいぞ』
俺はその言葉を聞いてから、右手も桶の中に沈め、アリスを優しくお湯で洗う。
涎を拭いた手の甲から、手の平、指の間、爪の先と丁寧に洗っていく。
『ん…あっ』
「おい、へんな声出すな」
『し、仕方ないだろう!こんな風に洗われたら…誰だってこうなる』
左手洗われるだけでこんな声を上げる奴は稀だと思うのは俺だけだろうか?。
いや、コイツの場合は左手が全身みたいな物だから仕方ないと言えば仕方ないのかもしれないが。
そんな事を考えながらも顔を洗い布で両手と顔を拭き一息つく。
そして桶の中の水面に映る自分の顔をみて、またもぼんやりとしてしまう。
『………何かあったのか?』
「あ?なんだよ急に」
『何時にも増してぼんやりとしているからな。私を冷水に叩き込んだ時もぼんやりとしていただろう?』
「別に…大した事じゃねぇよ、大した事じゃねぇけど…」
『けど?』
俺は一拍置いてから先ほど見た夢の事を告げる。
「夢を見たんだ、昔の頃の夢を…だからちょっと考え事をしちまっただけさ」
俺は良く昔の夢を見る。
昔と言っても時期はバラバラで、2年前の夢だったり三日前の夢だったりと過去の出来事である事には変わりないのだが、とにかく夢を見る。
そうしてそんな夢を見た時は必ず、その夢に関わる何かが俺の身の回りで起きていた。
誰かと出会った時の夢を見ると、夢に出たその誰かが命の危機に晒された。
病気にかかった頃の夢を見ると、街やその周辺の村々で流行り病が蔓延した。
誰かから暴れ竜の話しを聞いた時の夢を見ると、その件の竜に遭遇したりと、こんな感じで毎回のように何か厄介事が俺の身に降り掛かっていた。
ここまで考えて、また先ほどみた夢の内容を思い出す。
一体、今度はどんな厄介事が俺の身に降りかかろうと言うのだろうか。
夢で見た内容が内容なだけに、陰鬱な気持ちになってしまう。
『なるほど…それでぼんやりとしていた訳か』
「まぁな――っと」
中腰の姿勢から立ち上がり、身体を思いっきり伸ばした後、気合を入れるように頬を手の平で叩く。
「グダグダ考えた所でどうしようもねぇし、とりあえず考えるのは止めだ」
何をどう考えた所で、厄介事を避けられた試しなんて一度もない。
だったら考える事を一旦止め、今やれる事をやるだけだ。
「あ、やれる事と言えば」
『ん?どうした?』
「ほら、カインの野郎に肉の調達頼まれてたのすっかり忘れてたなーって」
『あぁ、確か冬に入る前に大量に肉が欲しいという話だったな』
「すっかり忘れてたわ…どうすっかなぁ」
そう言い、右手で頭を抱えながら空を見上げる。
時刻は昼過ぎと言った所であり、まだ日没までは数時間はあろうという時間帯だった。
「狩りに行かねぇとカインの野郎がうるせぇだろうしな…しゃーない、今から行くか」
『む?今からか?』
「あぁ、まだ日没まで3時間って所だろうし、そんだけあれば十分だろ?」
本来、狩りと言えば一日仕事になるのだろうが、それは狩場までの移動時間なども含めての話だ。
幸い俺は山奥に居を構えているため、家から少し離れれば得物はすぐに見つけられる。
得物を見つけて狩るだけなら、それこそ2時間もあれば十分な数が集まるだろう。
俺は自宅兼雑貨屋の裏手にある倉庫から狩猟に使う弓と矢筒を引っ張り出し店から離れて山の中に入って行った。
序盤は説明が多くなると思いますが、どうかお付き合いくださいませ。