念願かなって異世界に行ったらとんでもないことになっていた
読むのは簡単。書くのは難しい。
「ファンタジーな異世界に行って冒険したい!」
小学校3年生の時に作文で書いた。クラスのみんなは笑っていた。
先生も笑っていた。俺も笑っていた。理解を得たのだと心の底から。
だがみんなの笑いが俺とは違う種類のものだという事に
4年生になってから気付いた。同じような話で馬鹿にされる主人公が
マンガに描かれていたからだ。
だがそれは俺の夢だった。きっかけは小さな頃に読んだ絵本だ。
異世界に召喚された少年が持ち前の勇気と正しい心で
悪いドラゴンを倒してお姫様を助ける。
そのあとはお姫様と結婚して幸せに暮らしました。おしまい。
別に珍しい話ではない。
でも俺は少年の何をも恐れない勇気と強さに魅せられてしまった。
俺も異世界で冒険してモンスターと戦ってお姫様を助けてそれから・・・。
いや、まずはどうすれば異世界に召喚されるのだろうか。
絵本の主人公は「つよく、ただしいこころ」を持っていることが召喚で
選ばれた理由になっていた。ならばそれを目標にしてみよう。
健全な精神は健全な肉体に宿るという。
なので体を鍛えた。ジョギングしたり、筋トレしてみたり。
異世界で戦う術を欲した俺は剣道や空手の道場にも通った。
そうして心身が鍛えられていく。
いつしか誰も俺の事を笑わなくなった。
聞くところによるとケンカしても勝てそうにないからだそうだ。
俺も笑わなくなった。友達も居なくなった。
だがいつになっても召喚されない。
それでも俺はまだあきらめていない。
中学生となった12歳の4月、下校途中トラックに轢かれそうな猫を見かけた。
猛スピードで走るトラック。さっと前に割り込み猫をすくいあげ、眼前まで
迫っていたトラックをひらりとかわす。ギリギリだったが何とかなった。
これならいつ異世界に召喚されてもきっと問題なく戦えるだろう。
まあ、されなかったが。
不思議な事にそこからこんな事件が次々と起こっていった。
ナイフを持ったひったくり犯を捕まえたり、包丁を持ったコンビニ強盗を退治したり、通り魔を撃退。
どれも一歩間違えば命を落とすような事件が、ほぼ一カ月おきに起こった。
結果、警察から表彰を受けたり(危険だと注意もされたが)テレビの取材が来たりした。
ちやほやされるのは悪くない気分だったが、かつて夢見た異世界での活躍には程遠い。
そんなこんなで俺も15歳になり、定期的にやってくる命の危険にも慣れてしまった。
これから始まる高校生活への期待(友達が欲しいのだ)に
胸をふくらませ登校中、暴走しているトラックを見かけた。
その先には小学生の女の子。俺は走った。
どうにか女の子を歩道に突き飛ばすが・・・。間一髪間に合わず、俺だけが轢かれた。
「異世界・・・行きたかったな・・・・。」
それが俺の人生最後の言葉になると思っていた。
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「どこだ、ここは?」
俺は緑の芝生が広がる小高い丘に立っていた。
そして目の前には・・・俺が居た。
「憧れの異世界にようこそ、37人目の俺」
「37人目?」
何を言ってるんだ俺。どういう意味だ。
理解できていない俺にもう一人の俺は言った。
「異世界転移だよ。俺は中学一年の時にトラックに轢かれて
こっちに来たんだ。もう3年になるな」
よく見ると顔や腕に小さな切り傷がある。
3年の間に出来たものだろうか。
「転移かあ・・・。召喚じゃないんだ」
「そう落ち込むなよ、俺。夢とは違ったが転移でも異世界は異世界だ。
心配しなくてもちゃんとファンタジーだよ」
「お、おう」
俺が俺に(ややこしい)慰められていると
どこからあらわれたのか、俺と同じ姿の男たちがどんどん集まってきた。
ちょっと気持ち悪い。
「俺はひったくりに刺された」
「コンビニ強盗にやられた」
「通り魔に・・・」
「テロリストがなー」
総勢36人。そして36通りの死因が披露される。
どうやら俺が過去に遭遇した事件でそれぞれが失敗した結果、転移したようだった。
俺がいたのは失敗しなかった可能性で分化した平行世界だというのが他の俺たちの推測だそうだ。
12歳の4月から3年間、一か月毎に。計36回。
36人の平行世界の俺。なんだこのシュールな光景は・・・・。
軽くめまいを感じていると最初の俺が言った。
「俺たちは近くの都市で俺たちだけのギルドを運営している。お前も来るだろ?」
どうせ行くあても無いし、せっかく憧れた異世界に来たんだ。
色々教えてもらうのも悪くない。俺に遠慮する事もないだろう。
しかしギルドメンバー全員が同じ顔というのは周りから見てどうなんだろうか。
「心配無い。現地住民には既に事情を説明済みだ。それに俺たちには
実績もある。これでもドラゴンを倒して都市を救った英雄として
ちょっとしたVIP待遇なんだ」
さすが俺、考えている事はすぐにわかるらしい。
しかしドラゴン退治か。ずいぶん活躍しているな、俺たち。
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ちなみに俺はトラック2号というあだ名をつけられた。
全員俺だから名前で判別不可能という事で、死因であだ名を付ける
慣習になっているらしい。縁起が悪いがしょうがない。
1号は最初の俺。今までトラックというあだ名だったが、俺の死因と
被ったため1号、2号ということになった。力自慢ではないのだが・・・。
そこから憧れた夢の冒険者生活が始まった。
ゴブリンやオーク、オーガに時々トロル。
俺たちだけで結成されたパーティーは連携も抜群だ。
もちろん命の危険はあるが、一度死んだ経験のある俺たちには恐れるものなど何もない。
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そんな異世界生活を満喫していた一ヶ月後、銀行強盗(8人目の俺)から誘われて
俺が転移したあの丘に行った。
新たに転移してくるだろう、新しい俺を迎えに行くためだ。
丘に向かう途中、次々と他の俺たちが集まってくるのが見えた。
「おーい、2号。お前は見るの初めてだよな。転移の光って綺麗なんだぜ
お前も絶対気に入るよ、だって俺だし」
「そうなんだ、楽しみだな」
自分では見れてないもんな。あと2号はやめろ、電車(22人目)。
そして夕方になろうかという頃、突然丘の上に眩しいほどの光が降り注いだかと
思うと、一瞬にして消えた。そしてそこには・・・やはり新しい俺が居た。
それからは俺がこちらに来た時と同じように全員が死因を自己紹介していく。
俺の番が来た。
「俺はトラックで・・・」
1号とネタが被っているようで少し気恥ずかしい。
「俺も、トラックに轢かれたんだ」
なんと、新しい俺もか。
2号に続いて3号が出来てしまった。増えてくればそのうち死因がトラックだけの
パーティーが組めるかもしれない。なんかいやだけど。
前回と同じくそのまま都市に帰る流れだと思っていたが、直後に再び
光が降り注いだことで状況は一変した。
「なんだ、どうなっている?」
今までにない状況にざわつく俺たち。光が消え、そこには・・・。
俺たちと同じくらいの歳の女の子が立っていた。
「ここは一体?わたし、トラックに轢かれて・・・」
この子もどうやらトラックの被害者のようだ。今回の俺の転移に巻き込まれたのだろうか。
よし、ここはトラックの先輩(?)として俺があいさつしよう。1号はそこにいたまえ。
まず自己紹介したところ、彼女の様子がおかしい。
「えっ!?あの、私も」
「ん?」
「同じ、名前です」
これは、まさか・・・。
「両親の名前は言える?」
「は、はい」
俺の、俺たちの両親と同じ名前だった。
もしかして・・・。
「なるほど、性別が女性だった可能性の平行世界か」
1号が俺の想像と同じ言葉を口にするとさらに騒がしくなる俺たち。
「えっ、新しいパターン!?」
「倍になるの?」
「俺かわいいな」
「一緒にパーティーを組まないか」
「シャンプー何使ってるの?」
収集がつかないな。
女子が来てテンションが上がるのはわかるが、その子も俺だぞ?
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それから・・・一か月毎に新しい俺が現れる。男と女のひとりずつ。
幸いオカマの俺は現れなかったが、新しい俺たちも全員が俺たちのギルドに入り
今では総勢100人を超える大所帯だ。
俺だけのメンバーで構成された討伐隊を組み、魔王も倒してしまった。
次は邪神がターゲットらしい。
だが、新しい転移は止まらない。
これはいつまで続くのだろうか?
短編特有の投げっぱなし感が好き。