工業と農業と科学と戦闘
人は何を持って自分を自分と言うのだろうか。
そう聞くと、大抵の場合"外見""心""記憶"の三つを答えられる場合が多い。
しかし、俺は"外見"は違うのではと思う。
今の時代、整形などの"外見"を変える手段はかなり身近にある。
そのため"外見"が自分が自分であるための定理に含まれるならば、整形をした瞬間に前の自分は死に、自分によく似ている別人が誕生することになる。
しかし、別に"外見"が変わったくらいで別人のように人格の変わる人もいなければ、心境が変わる人もいないだろう。
だが、変わるのが"記憶"や"心"だった場合はどうだろう。
仮に"記憶"だったとする。"記憶"が変わった人は今と同じ人格でいられるのだろうか?今と同じ心境でいられるのだろうか?
━━━否。いられるわけがないだろう。
そして、それは"心"も同じだ。
よって、人が自分を自分と言うための必要条件は『記憶』と"心"ということになる。
しかし、それは"記憶"又は"心"が変われば自分は自分で無くなるということを同時に意味する━━━━━━
「って、おい!話聞いてんのか?お~い來珠~」
いつの間に授業が終わったのか、気がつけば大和が椅子をこちらに向けこの俺、泉堂來珠の机の上で弁当を広げていた。
一瞬、何勝手に俺の机を使ってんだよと來珠は反射的に言いそうになったが、学年一の馬鹿と称されるこいつに注意しても無駄だと考え、別の言葉を発した。
「━━━え?ゴメン、なんだって?」
「おいおい、マジで話聞いていなかったのかよ~」
ガンッと頭を机に落とす大和。
その衝撃で広げていた弁当が落ちそうになり、慌てて立ち上がり弁当を受け止める無様な大和を半眼で見ながら來珠は小さく溜め息を吐いた。
ホントこいつ顔はイケてるのに中身が残念すぎるだろ。
石刀大和。通称"詐欺師"。
詐欺師といっても別に大和が犯罪紛いのことをして色んな人から金を巻き上げているというわけではない。まぁ、來珠は大和を一日中観察しているわけではないので、実際はどうかは知らないが大和にはそんなことは出来ない、出来るはずがない。と確信していた。別にそれは大和が來珠にとって唯一の友達だから"信頼"しているというわけではない。むしろ、來珠は大和を退学にしてやりたいと常日頃思っているほどだ。
では、何故信頼していないのに大和が犯罪紛いのことをしていないと確信できるかというと、理由は一つ。大和が馬鹿だからだ。どのぐらい馬鹿かというと同級生だけではなく教員にも"馬鹿"と呼ばれるくらいだ。正直教員が生徒を罵るのは問題になるのでは?と思うが当の本人は全く気にしている様子はなく、それどころかあだ名を呼ばれて嬉しいと喜ぶほどである。もうここまで来たら馬鹿を通り越してヤバイやつだ。
しかし、大和の戦歴はこれだけではない。ある時はテスト最中に「分からないところがあったら質問してください」と言った先生に対して「全て分かりません。答えを教えてください」と頼んだり、ある時はエイプリルフールにクラスメイトが流した「先生が職員室にゲームを持ってきている」という嘘の情報を信じ込み数人のクラスメイトを率いて職員室に殴り込みに行ったりなど、常人では決してやらないようなことをやらかしてきた。人を疑わず情報に流され、ぶつかった常識という壁を壊してまで流され続けた馬鹿。それが今目の前にいる大和という男だった。
しかし、それが逆に來珠が大和が詐欺を出来る奴ではないと確信する根拠にもなっていた。
では、どうして大和が詐欺師と呼ばれるのか。それは大和の中身ではなく外見にあった。
日本人とは思えないほどに整った顔立ちで、背が高く、誰にでも平等で優しい。"戦闘"では"鋼鉄拳"の異名が付けられるほどに高い戦闘センス。また、肩まで伸びた男にしては比較的に長い輝くような茶髪も大和という存在を引き立てるポイントだった。
......そう。大和は外見だけは完璧だったのだ。
その外見に釣られ近づいた女子は両手では数えられないほど。しかも大和は大和であんな性格だから近づいてくる女子を遠ざけたりはせず、連鎖する女子達の告白を真摯に受け止め、返事を返していた。しかし、その返した返事が不味かった。「顔がキモいから無理」「臭いから無理」「鼻毛出てるから無理」「性格が無理」など、目の前に本人がいるのに堂々と本人が気にしてるであろう短所を見抜いて告げたのである。普通に断っていたら素直に引き下がっていた女子達も、ここまで言われればハイそうですかと引き下がるはずがない。女子達は女子特有のコミュニケーションネットワークをフル活用し、大和の批判を伝えまくった。その結果、大和は詐欺師と言われるようになった。
「で、來珠。お前はいつになったら"改造"をするんだ?もしかして怖いのか?」
無事に弁当を救出したのか、再び椅子に座り直した大和がニヤニヤと口元を緩めながら挑発をしてきた。
「そんな安い挑発には乗らねぇよ。俺は"改造"はしないって何度も言ってんだろ。大体何で親から貰った大切な体を傷つけてまで"改造"をしなきゃいかんのだ。あとついでに、その顔面気持ち悪いから"改造"してこい」
「別に親から貰った大切な体でも、育てて貰った分の金を返すことが出来るんだから親喜ぶ俺もカッコよくなって喜ぶのWINWINの関係じゃね?それと知ってると思うけど顔面は生憎"改造適性"が無いから"改造"出来ないんだよね~。━━━と、そういえば來珠の"改造適性"見たことがないな僕。ちょっと生徒手帳見せてよ」
「機械の体のどこがカッコいいんだよ。機械とかだせぇじゃん。お前の頭湧いてんじゃねぇか?脳の"改造"してきたらどうだ?それと人の生徒手帳を見るのは校則違反だから止めとけ。まぁ見てもいいが、その場合お前は次の日からこの学校にはいなくなるぞ?」
「じゃあ何で來珠は"戦闘都市"の工業高校に来たの!?脳の"改造"はしたくても今まで"改造適性"が出た人がいないから一○○%不可能なんだけど!!?あと少しは情ってやつを見せてよね!」
バンッと机を叩き立ち上がる大和。
「だから、去年から言ってるだろう。来るべき高校を間違えたって。大体"戦闘都市"って何なんだよ。"改造"って何なんだよ。俺は全寮制で学費が非常に安い工業高校があるって聞いたからわざわざ受験したのに、この仕打ちは何なんだよ!あとお前に見せる情なんてない!」
同じようにバンッと机を叩き立ち上がる來珠。
一触即発の雰囲気にクラスメイト達は息を潜め━━━
そして來珠と大和は視線を交差させ━━━
「食堂行こうぜ☆」
「あぁ。そうだな☆」
二人仲良く肩を組みながら食堂へ向かった。
背後からクラスメイト達の落胆した声が聞こえたが、聞こえなかったことにした。
と、教室を出た來珠に一つ疑問が浮かぶ。
あれ?そういえば大和って弁当持ってきてなかったっけ?まぁいいか。どうせ大和だからな、もし弁当のことを忘れていたとしても次の授業の最中食うだろ。
━━━にしてもここに来るのも久しぶりだな。
教室を出てから一分もかからずに食堂へ着いた。
まぁ、教室から食堂までの距離は階段一階分しか離れていないので当然といったら当然なのだが。
「來珠は何を食べる?」
「俺は豚カツ定食かな」
「オーケー、じゃあ僕が注文してくるよ~!來珠はそこで待ってて」
食堂の空いていた席に着いた大和はその場に來珠を残し、さっさと食堂のおばちゃんの所へ走って向かって行く大和。
珍しいな、アイツが自ら注文してくれるなんて。ついに俺のパシリになる覚悟が決まったのか?
そう思いながら來珠は大和の言葉通りに待つことにした。
数分後、豚カツ定食と自分で頼んだものであろう飲み物を持った大和がスキップしながらに戻ってきた。
「おっまたせ~、じゃあ食べようか」
ドンッと目の前に豚カツ定食を置いてきた大和は上機嫌で手に持っていた飲み物を飲み始めた。
「くぅぅぅううう!!うっめぇぇぇ!信じらない、僕今機械と同じものを飲んでいるよっ!」
「おいおい、まさかと思うがその飲み物って......」
來珠は大和が持っている黄緑色をした謎の液体を指差しながら恐る恐る尋ねる。
「うん!もちろん、オイルに決まってるだろ~」
「やっぱりか。お前、今度は何を"改造"したんだよ」
「舌だよ、舌」
そう言って大和はベーッと舌を出した。大和の舌は人間と同じような赤みがなく、鉄で出来ていた。
「お前最近ちょっと"改造"しすぎじゃないか?」
「そりゃあ"産業闘武"が近いからね。去年はボコボコにされたから、今年は逆に"家畜"と"ちょっと特技が使える猿"をボコボコにしてやるんだよ」
「お前らが普段からそんな呼び方で農業高校と科学高校生をバカにしてるから"産業闘武"に出ていない、関係ない俺達が奴等に"廃鉄"って呼ばれることになるんだろうが」
ちなみに"産業闘武"というのは二十年前に"戦闘都市"の工業高校、農業高校、科学高校の三校が自分の高校で高めた技術を魅せ合うために始まった、いわば発表会みたいなものである。もっとも、近年当初の目的はもはや完全に忘れ去られ"戦闘都市"の"序列戦"の一部として扱われている。
「って、あ...れ???何か急に......腹が......ぐ............は......」
「どうした大和、大丈夫か?」
急に腹に手を当てだし原因不明の激痛に訴える大和を來珠はあたかも表面上は心配はしてるかのように扱う。もちろん、内面では心配など全くしてないのだが。
「な......ぜ............だ」
「大和......お前、胃"改造"した?」
「あっ............」
やはり、こいつバカだ。胃を"改造"してないのにオイルなんて飲むからそうなるんだ。ちょっと考えれば分かりそうなことなのにな。
と、その時ギュルギュルルルルと大和の腹から物凄い音が響いた。
「來珠......あと......は...任せ...た」
そう言って大和は腹を押さえながら走ってどこかへ向かっていった。
走って行く大和の後ろ姿を來珠は薄く溜め息を吐きながらも見つめていた。
どこに行くかは聞いていないがおそらく行き先は"改造室"だろう。アイツの向かった方向にはトイレがないからな。"改造室"以外ありえないだろ。
今度は深く溜め息を吐いて、冷めかけてしまっている豚カツ定食を横目に、胸ポケットから出した生徒手帳を眺め、大和に言われたことを思い出していた。
大和の奴め、俺だって腕の一本や二本は別に無くなることは怖くないんだよ。どちらかといえば"改造"してみたいんだよ。
だけど、だけどな......したくても出来ないんだよ!!!
その生徒手帳にはこう書かれていた━━━
高校名・戦闘都市工業高校二年
氏名・泉堂來珠
序列・圏外
改造回数・無し
改造適性・脳:心臓
━━━と。
自分が自分であるための定理。それは"記憶"と"心"があること。
では"記憶"を保存する"脳"を"改造"したら?
また、"心"とも言える"心臓"を"改造"したら?
そうして"改造"された自分は果たして自分と言えるのだろうか。
來珠は唇をグッと噛み締めた。
昼休みが終わり、午後の授業が始まっても大和は戻ってこなかった。やはり、胃の"改造"には時間がかかるらしい。
まぁ、大和一人かけても大して俺人生には影響がないからいいか━━━
「はい、ここの答えを石刀━━━がいないからその後ろの泉堂、答えろ」
「はい?」
不意に当てられ戸惑う來珠。それもそのはず、今までこういった質問は問題児である大和にしか無かったからである。
教科は......数学か。黒板を目にした來珠は仕方なしに目線を机に下ろす。來珠にとって普通教科は工業の付属品でしかあらず覚える価値の無いものだったので公式などは全く覚えていない。そのため解こうにも解くことが出来ない。だから問題の答えになるものがないかと自らの机を眺めたのである。しかし、視線の先には、開いたまま手をつけていない白紙のノートとそもそも開いてすらいなかった教科書しかない。これでは問題の答えなんて分かるわけがない。
來珠は下を向いたまま黙り込んだ。黙っていたらターゲットを自然と変えるだろうと思ったのだ。
「━━━泉堂。お前の今日の課題は人の五倍やってくるように。次、花宮」
「えっ!私!?」
花宮と呼ばれた俺の後ろの席の女子が声を荒げる。どうやら花宮も解答を事前に用意していないようで、周りの席の男子、女子に助けを求めるが、流石は工業高校。答えを教えてあげる者は皆無に等しく、皆捲き込まれたくないと花宮から目を逸らしていた。苛めとかではなく、ただ単純に誰も問題を解いてないだけだろう。
「━━━はぁ。泉堂、花宮。どうやら私は石刀に気をとられ過ぎていたようだ。これからは石刀と同じように貴様らにもたっぷりと質問してやろう」
いつまでたっても答える気配がない花宮に愛想が尽きたのか、数学教師はやれやれと手を頭に当てた。
手を頭に当てたいのはこっちだっつーの。
思えば俺の作戦は失敗だった。確かにターゲットは変わったが課題五倍と、これからも質問をされるという素晴らしく大きなペナルティー背負うことになったのだから━━━後ろから「泉堂殺す」と呪詛のように聞こえるのはきっと気のせいだろう。
その後、数学教師は他の人に質問をすることなく先程の問題を自分で解いていった。問題を解いていなかった他のクラスメイトから歓喜の声が上がる。
......初めから自分で解けよ。
前言撤回、大和早く戻ってきてくれ......。
その後の授業も地獄だった。工業高校では実習をやる時間を多くとるため午前三時間午後三時間という時間割りになっている。また、午前三時間工業関連の授業をやったら午後三時間は普通科関連の授業をやるという風になっていた。
つまり、あとの二時間はお察しの通り普通科の授業をやったことになる。そして、それらの授業で当てられていた大和がいない。すると自然とそのターゲットは後ろの來珠になるわけで......。あとは想像にお任せする。
心身疲れ果てフラフラになっていた來珠が寮の部屋に戻ると「よう親友」と先に戻っていた大和がニヤニヤと笑いながら胡座をかいていた。大和と來珠は同じ寮室だ。そのため寮の部屋にいる大和に來珠が驚くことはなかった。
「胃の"改造"はもう終わったのか?」
「あぁ。って僕、"改造"してくるって言ったっけ?......まぁいいか。けどホントに今回の"改造"は長かったよ。まぁ内臓だったからね。腕とかは五分とかで終わっていたのに、胃は四時間もかかっちゃったよ。おかげで授業はサボれたんだけどね」
「そうか、良かったな。ところでお前、あといくつ"改造適性"があるんだ?」
來珠は少し前から気になっていたことを問いかけた。最近大和の"改造"の頻度が早くなりすぎていて、いくら"改造王"の次に"改造適性"が多いと言われている大和でもそろそろ"改造"出来なくなるころじゃないかと考えたのである。
「胃の"改造"に対する感想少なすぎないッ!?......"改造適性"はあと二ヶ所だよ。背骨と肋骨。どちらも"改造"が長そうだからあんまりやりたくないんだけどね、あの"家畜"や『ち"ょっと特技が使える猿"を倒すために"産業闘武"までには"改造"したいとは思ってるよ」
「今年は"序列九十八位"の世良が入学してきたんだろ?」
「だから?何が言いたいのさ」
「"産業闘武"までに"改造"を終えるという目標で良いのかって聞いてるんだ。"校内戦"まであと一週間切ってるぞ?」
"産業闘武"に出れる選手は一校につき二十名。しかし、"産業闘武"に出たいという人間は一校につき大体五百名ほどだ。余裕に参加枠を越えている。だから高校は選抜という形でより強い選手を集めるため校内で大会を開くことにした。それが"校内戦"である。
「はぁ~分かってないな來珠は。校内戦なんてチョロいチョロい、ヌルゲーだぜ?大体、去年は"改造"一回しかしてなかったのに選抜メンバーに選ばれたんだぜ、僕。どれだけ有能な一年が入ってこようと正直負ける気がしないね」
「だが、世良は去年まで"戦闘科"の中学にいたらしいぜ?勝てるのか?」
「"戦闘科"中学出身だろうと負ける気がしないね」
"戦闘科"というのはその名の通り戦闘を得意とする狂人が集まりし学科である。それだけなら工業科や農業科に似ている。しかし、大きく違う点が一つある。誰でもウェルカムな工業科や農業科と違って"戦闘科"は誰でも入れるという訳ではない。むしろ入れない人の方が多いだろう。何故なら物理限界に非常に近い、又は越えている身体能力を持つ人間でないと入れないからである。そのため付けられたあだ名が"化物"。まぁ、"家畜"や"ちょっと特技が使える猿"、"廃鉄"に比べると幾分かマシなような気がするが。
「第一、僕がその、せ......何だっけ?に負けたとしても他の雑魚共を一掃すればいいだけの話だよねー。全く頭悪いな~來珠は」
胃を"改造"してないのに美味しい美味しい言いながらオイルを飲んで腹を壊した馬鹿が何を言うんだ。全く心外だぜ。
━━━とそろそろ時間だな。時計を見た來珠はそう心で呟き、学生服を脱ぎ私服に着替え始めた。
「あれ?來珠どこかに行くの?」
「ちょっと散歩に行ってくるわ」
着替え終えた來珠大和の質問を嘘で返してから、部屋を出た。嘘をついた理由は付いてこられると嫌だからである。
せっかく久しぶりに妹と会えるんだ。あんなやつに付いてこられてたまるかってもんだっ!
寮の廊下を歩きながら來珠は携帯を操作しコミュニケーションアプリを開く。ちなみに來珠のコミュニケーションアプリをに登録されている友達数は三。親、妹、大和の三人だ。
そして來珠はキーロックを掛け一番上に固定したメッセージを再度見つめた。━━━急いでいるのに歩いているのは廊下を走ると寮母が恐ろしい顔で追いかけてくるからである━━━そこには『お兄ちゃん、今日会える?』と書かれたメッセージが!
長らくコミュニケーションアプリでもメッセージを送っていなかった異性からの突然のメッセージ。それに反応しない男なんているはずがないだろう!
もっとも來珠の場合その異性は妹だったが。
寮を出た來珠は愛すべき妹との待ち合わせ場所に小走りで向かった。待ち合わせ場所は科学高校校門前。妹が通っている高校だった。
待ち合わせ場所の科学高校の校門に着くとそこには腰まで伸ばした長い金髪の美少女がいた。間違いない妹に決まっている。なぜなら來珠の"美少女"という概念は妹のためにあるもので妹以外には当てはまることのないものだからだ。
「あれ?俺より早く来たのかよー!そんなにお兄ちゃんに会いたかったのか!」
何この子可愛すぎー!!
來珠は自分より先に来ていた妹の可愛さに体をクネクネさせ、妹を抱き締めようと手を伸ばして━━━
「お兄ちゃん、近づいたら殺すよ?あと早いのはここが私の通っている高校だからだよ」
━━━手を止めた。
別に妹に殺されることが怖かったわけではない。妹の手で殺されるならそれはご褒美ではないかとも考えるほどだ。
ではなぜ手を止めたかというと今日大和から聞いた話を思い出したからである。大和からすれば妹も"ちょっと特技が使える猿"の一員なのだ━━━こんな美しく可愛い妹を猿扱いなんて、後で大和殺す━━━。
「お兄ちゃん、何で血が滲みるほど強く手を握りしめてるの」
ハッと我に帰る來珠。いかん、妹が怖がっているではないか!妹の目を見てすぐに妹の心情を理解した來珠は何か良い言い訳がないか小さな脳をフル稼働させ知恵を絞る。
━━━え?なんで、目を見ただけで相手の心情が分かるかって?兄弟だからだよ!━━━━
「じ、実はな。工業高校には愛してる相手に血を付けることでマーキングするっていう習慣が流行ってるんだよ」
あまりに小さな脳をフル稼働させても知恵の一滴すら溢れない。
どんな習慣だよと來珠は自分の言ったことに後悔しつつ、それでも嘘を隠し通そうとにっこり笑顔で笑った。
「えっ、なにそれ怖い近寄らないで変態」
━━━変態━━━変態━━変態━変態━......。
心でこだまする妹の台詞。
ヤバイ死にたい。
「......やだなぁほんのスキンシップじゃないか」
「そんなスキンシップいらないから。ほらよく言うよね?「スキンシップする暇があったら金を渡せ」って」
「そんな言葉を聞いたことないぞ!!?あと兄妹に金を要求するのはどうかと思うのですけど!!」
「ところで、お兄ちゃん。何でこんな鉄臭いの?私さっきから気持ち悪くて吐きそうなんだけど」
「何でって、一年も工業高校にいるからなぁ。そりゃ臭いも染み付くだろ」
「お兄ちゃん気持ち悪い」
「待って!?それってお兄ちゃんについている鉄の臭いがだよね!?そうだよね!?」
そうじゃなかったら自殺ものだぞこれは......。
「じゃあ本題なんだけど......お兄ちゃんは"産業闘武"に出場するの?」
急に話題が変わる。しかもそれは━━━
「......出ねぇよ。つか出れねぇよ」
あぁ。何か一気にテンション下がったわ。まさかこんなことを聞くためだけに呼び出したのか、大した用事もないのに俺を呼び出したのか、この妹は......?
......なんだよ、それ......メチャクチャ可愛いじゃねぇか!!!何かテンション上がったわ!
來珠はチョロい男だった。
「何で出れないの?」
歌恋が來珠を見上げながら問いかける。その目には、涙が浮かんでいた。
泣いてる顔も可愛いなぁと來珠は場違いなことを思いながらも真剣に質問に答えた。
「俺は"改造"してないからな。お前らみたいな怪物と戦えるはずがないだろ」
「なら"改造"でもなんでもすればいいじゃん!なんでしないの!私はお兄ちゃんと一緒に━━━」
「無理なものは無理なんだよ、歌恋!」
「っ......う、うぅ。お兄ちゃんの馬鹿ぁぁぁ!!!」
突如何も無かった空間に多数もの炎が浮かび上がる。涼しく快適気温が、いきなり暑く不快適な気温へと変化する。
「おい、落ち着け歌恋!」
「あっ......」
來珠が一喝すると歌恋は冷静さを取り戻したのか、それと同時に浮かび上がっていた炎も鎮火していく。
"超能力"。歌恋が通う科学高校では工業高校で"改造"をしている人と同じぐらいの数の"超能力"を持つ人間がいる。理屈は分からないが、過去に科学を極めた人が超能力現象を科学で解決し、その応用を利かせ、科学高校に通う者に超能力を使える力を与えたという話を聞いたことがある。現に、去年確認した歌恋の生徒手帳には、工業生でいう"改造適性"が"超能力適性"に変わって書いてあった。
━━━えっ、人の生徒手帳を見るのは校則違反じゃないかって?もちろん校則違反に決まってるだろ。じゃあ何で見たかって?君はこういう言葉を知っているかい?
━━━バレなきゃ犯罪じゃないんだよ!
ちなみに來珠は自分の生徒手帳を歌恋には見せてない。見せれるはずがない。
歌恋はこう見えて実は優しい子だ。俺の"改造適性"を見たら泣いてしまうかもしれない。先程の行為を恥じて自分を責めるかもしれない。だから見せない、命に変えても。
「......ごめんお兄ちゃん」
「お前が謝る必要なんてないさ」
少し格好をつけて前髪を分けながら言う來珠。
今の俺ってカッコよくね?
「あはは。ごめん、ちょっとキモい。まぁいいや、今日はありがとね。そろそろ帰るよ」
そう言って歌恋は炎を浮かばせたかと思うと、その上に乗っかりそのまま去っていった。
気になるんだけど、あの炎、熱くないのかな?
帰り道、來珠は一人のんびり歩いていた。歩くことは好きだ。理由は明白。この腐りきった"戦闘都市"で数少ない人間らしい行動だからだ。
「おい、てめぇ」
不意に後ろから肩を掴まれ、振り返━━━。
鈍い音と強い衝撃が顔面に走る。思わず地面に倒れ込む來珠に向かって八人の男たちが囲むように近づいてきた。
何だ何だ!?マジ痛てぇよ。何故俺を襲うんだ!意味が不明だ。
すると囲っていた一人が來珠の胸ぐらを掴んだ。
「お前、あの"炎焔の女王"の知り合いなのか?」
「"炎焔の女王"?誰だそれ。聞いたことないな。悪いが人違いじゃないか?他を当たれカス野郎」
チッ。俺は人違いで殴られたっていうのか。マジふざけんなよ。後で大和を殴ってストレスを解消しないとな。
しかし、男は來珠の胸ぐらを離すどころか掴んでる力を更に強くしてきた。
「とぼけんじゃねぇよ!!」
「!......」
「お前があの"炎焔の女王"、泉堂歌恋と知り合いだってことは分かってんだよ!」
「え?"炎焔の女王"って歌恋の事だったのか!?」
初耳だ。なにその痛々しいあだ名。超痛々しすぎる。今だから言えるかも知れないけど大人になったら黒歴史に数えられるほど痛々しいぞ。まぁ、その痛々しいあだ名の対象が妹なら一周回って超可愛いんだけど。
「なっ、名前で呼び合う仲だと!?お前ら一体どういう関係だよ!」
「ん?兄妹だよ」
は?こいつ、俺と歌恋の関係も知らないのに突っかかってきたのか?大和を越える馬鹿だな。
「ほう。なるほどな......兄妹だったのか、なら余計に都合がいいな。おいお前らこいつを縛れ!」
「!?」
突如襲いかかってくる八人の男。普通の人間ならこの時点で土下座しているところだろう。
━━━だが、俺を舐めるなよ。
工業高校に通って一年。"改造"していない俺が何度パシリにされたと思ってる。流石に二年に上がってからはパシりにされたことはないが、去年だけでも四百九十七回だ!計算上一日一回以上必ずパシられていたことになる。そして、四百九十七回ものパシリ生活で俺が何も学ばなかったと思ったか。
來珠は囲んで襲いかかってくる男共をフンと鼻で嘲笑い構えた。
「なっ、こいつ抵抗する気か!?」
來珠の行動に驚いたのか男共は一瞬戸惑いを見せる。
今だ!
來珠は囲んでいた男共の一人に高速で接近した。
「なっ!!こいつ早ぇえ!」
男が構える間もなく來珠は男の目の前に。
そして、加速した。
男の横を超加速で通り抜け包囲網をすり抜けるようにして突破した。
そう、これこそが俺が工業高校で学んだ自己防衛の術。超逃走!
おい、今ださいとか思った人俺に謝ってくれよ。これでも真剣にネーミング考えたんだぞ......。
「お、おい逃げるのか!まてやコラァ━━━ッ!」
待てと呼ばれて素直に待つ馬鹿がどこにいるんだよ。
來珠は男共から少しでも距離を置いて逃げようと更にスピードを速めようとした。
「ッ!?......」
だが、來珠はスピードを速めることはなかった。何かに躓き派手にこけたからだ。
まずった!油断した!!アイツら科学高校生だったのか!
その何かを見た來珠はそう確信した。
足には鎖が大量に巻き付いていた。
更に時間が経つに連れ、それと同時に地面から新しい鎖が飛び出し來珠の足に巻き付いてくる。
間違いない、これは"超能力"だ。
やがて、後ろから男共が笑いながら近づいてきた。
「ぎゃはははは!」
「無様だな、笑えるぜ」
「よし、じゃあこいつを拉致するぞ。っと、鎖が邪魔だな。瑛太、鎖を消滅させ.....」
瞬間、風が吹いた。
風が吹き荒れた。
吹き飛ぶリーダー格の男。
それと同時にこの場に現れる一人の男。
俺はこいつを知っている。
工業高校に通っている奴だったら誰でもこいつを知っている。
全身には人の要素がなく、代わりに全身を埋め尽くす鋼鉄が日の光を浴びてギンギンと輝いているこいつは。
"序列四位"にして工業高校の生徒会長。
過去最大の四十八ヶ所の"改造"を果たした"改造王"。
工業高校開校以来"顔"を初めて"改造"した男。
工業高校三年。浜里聡将。
「て、てめぇは"廃鉄王"!!」
「我が高校の生徒が科学科の生徒に絡まれているという報告を聞いた。何時らに聞く、これはそなたら科学高校と我が工業高校が敵対するという合図と受け取っていいのか?」
「けっ、"廃鉄"が何を言ってやがる!てめぇら工業高校生は電気に弱いって話は知ってるんだよ!」
そう言った男の一人が電撃を宙に浮かべながら浜里に向かっていく。
「愚かだな、所詮は"猿"と言ったところか」
一閃。手套で宙を斬ったかと思うと、電撃を浮かべていた男が吹っ飛んでくのが見えた。
何が起こったのか全然分からない。多分吹っ飛んでいった本人も分かっていないだろう。
「......で、残った"猿"共に聞こう。我らとそなたらは敵対するということでいいのか?」
再度確認するように浜里が聞くと男たちはまるで生まれたての小鹿のように足を震えさせながら顔を横に振った。
「むぅ?何だ戦争しないのか。残念だ」
そう呟きながら浜里は鋼鉄の足で地面を蹴ろうと......
「ちょっと待ってくれ、浜里さん」
來珠は浜里の肩を掴んだ。浜里は普段出張とやらで学校にいないことが多い。そのためここで逃したらもう会える気がしなかった。━━━ちなみに足に巻き付いていた鎖はいつの間にか解けていた。
「むぅ?そなたは"猿"共に虐められてた我が同士か」
「あながち間違っていないんだけど、その言い方だとちょっと傷つくな......」
「で、何だ?我を引き留めた理由は」
「浜里さんは"脳"もしくは"心臓"を"改造"したことがあるのか?」
すると浜里は鋼鉄の体を抱えて笑い始めた。
「何がおかしいんだ?」
「仕方がなかろうに。そんな質問は予想外だったのだからな。我は"脳"も"心臓"も"改造"したことがない。というよりも、そもそも"脳"と"心臓"が"改造適性"に含まれているということすら聞いたことがない」
「そう......か」
「だが、未知は恐怖だけじゃないぞ少年。未知は我々に好奇心を与えてくれる。発見を与えてくれる」
「ありがとう......最後に一ついいか?」
「むぅ?」
「お前にとって自分を自分と認める定理って何だ?」
「ふん。そんなのは簡単だ。答えは無しだ。自分が自分であると認める定理なんて我は習ったことも聞いたこともないからな。自分を自分だと信じればそれが自分になるのではないか?」
「自分を自分だと信じる?」
「そうだ。それと我からも最後に一つ」
「!......」
「大いに悩め!以上、去らばだ」
次の瞬間、浜里は消え失せていた。
よく周りを見れば男たちも消え失せていた。逃げ足の早い連中だとこと。
それにしても「大いに悩め!」か。
來珠は浜里が消えた場所を見つめながら苦笑いを溢す。
アイツにはおそらく俺が抱えている悩みが分かったのだろう。だからあんなことを言ったに違いない。すごい奴だな、アイツは。色んな意味で。
よく見れば先程まで浜里がいた場所には二つの足跡が付いていた。
......ここの地面、コンクリートで出来てるだけどなぁ。"序列四位"でこれだぞ、"序列一位"は一体どんな奴なんだよ......。
來珠は工業高校の情報は知っていても他の高校の情報は知らない。そのため、"序列一位""序列二位""序列三位"のことは全くもって知らない。まぁ、多分"戦闘科"の奴等だと思うのだが。だって、あの浜里を倒せるのなんて、同じく"戦闘科"の奴等しか無理だろ。
「さて、そろそろ帰るか」
気がつけば辺りはすっかり闇に閉ざされていた。もうそろそろ帰らないとまずい。
來珠は一歩、また一歩と寮に向かって歩き出した。
去年は気がつかなかったけど、意外とこの高校はこの高校で面白いのかも知れないな。
気がつけば來珠の足取りは軽く、寮に走って向かっていた。