15-22 ギゴショク共和国 火龍の長ヴォルメテウス
火龍の長ヴォルメテウス。
レアガイアと同じ龍の長であり、どうやらサラクリムの親らしい。
サラクリムと同じ赤い龍のようだがサイズが倍以上違う。
そしてヴォルメテウスが現れてから気温が一気に上がったように熱い。
砂漠のロウカクが涼しかったと感じる程の熱を感じ、全身が針にさされているかのように痛い。
レアガイアが近くに寄ったら溶けるって言っていたのは流石におおげさだったようが、この距離でも長い間いる事は難しいだろうと分かってしまう。
そして全身を駆け巡るような悪寒と熱で身体が全く動けなくなる程の殺意を放っている龍が、サラクリムの上から跳ねるように俺達の方へと飛んだシロを上から地面へと押し付けてしまっているのだ。
「シ――」
「貴様ら! 消し炭になる覚悟は出来てるんだろうなあ! 俺様の可愛い可愛い娘のサラちゅわんによくも! 存在そのまま床のシミにしてやるからなあああああ!」
シロ! と、叫ぼうとした声が、目の前の怒れる龍の恐怖によってたった二文字の言葉すら止められてしまう。
「主! 逃げる!!」
そ、そんな事出来る訳ないだろう。
というか、そもそも足も体も震えて動けやしない。
それはこの場にいる者全員が同じだと思う。
怒れる龍の前では今までの経験も鍛錬も何の意味もありゃあしないのだと思い知らされる。
忘れていたが龍は誰にとっても恐怖の対象だ。
レアガイアやカサンドラに慣れ過ぎてしまい、そんな感覚が大分薄れてしまっていたようだが、目の前にいるのは形のある死だと言われても何を当たり前なと思ってしまうような恐ろしい存在だ。
それがブチ切れているのだから体中の鳥肌が収まらない程に怖いに決まっている。
汗が止まらず足も体も震えて動けず、呼吸すらまともに出来ているかさえ分からなくなっている。
恐怖で人は死ぬんだなって、生きているうちに心の底から感じるだなんて思わなかった。
「お父ちゃま……」
「はぁい。お父ちゃまでちゅよう。ちょっとまっててくだちゃいねえ。サラちゅわんをなかちたゴミ共をすぐさま滅ぼちまちゅからねえ」
一瞬、場違いな程の赤ちゃん言葉によって威圧感が薄れた。
この隙に座標転移で逃げられたかもしれないが、先ほどまで恐怖に縛られた中で一瞬過ぎる上にシロが捕まっているんじゃあどちらにしたって逃げられない。
「っ!!」
だがシロはその一瞬の隙をついて押さえつけられていた床から抜け出し、俺を背中に隠すようにしてナイフを構える。
「ぬあ! なんだあこのチビ! 足掻いてんじゃねえよ!」
「フーっ! フーーっ!」
「シロ! 大丈夫か!?」
「ん!」
目の前の龍を最大限警戒し、耳から尻尾までの毛を全身逆立てて威嚇するかのようなシロ。
軽度の火傷を負ってはいるようだが、ポーションでなんとか治せる程度ではあるようだ。
「アイナ、ソルテ、レンゲ、シオン、動ける?」
「あ、ああ。体が強張っているがなんとかな。あれは火龍の長か……」
「ギリギリっすけどね……うっへえ。こいつはやばいっすねえ……ゾクゾクが止まらないっすよ」
「なんとか主様を逃がしたいけど……そんな隙あるかしら」
「逃げますか? 絶対に逃がして貰えないとは思いますけど……逃げたいです!」
「ん。もう転移も無理。主だけならいけるけど……」
悪いけど、それは駄目だ。
怖くて怖くてちびりそうだけど、もうすでにちびっててもおかしくはないのだけど皆を見捨てて俺だけ生きるなんてのは絶対にごめんだ。
「じゃあやるしかない、か。龍とはいえ炎ならばある程度軽減させてみせよう。主君には絶対に届かす訳にはいかないからな」
「土すら燃やしそうっすよね……。これは、レアガイアよりもきつそうっすね」
「うええ……やるんですかマジですか!? 相手龍ですよ!?」
「ん。新武器お披露目の機会やったね」
「あははは……使う機会があって幸せですよ!」
俺も……って、足手まといだよなあ……。
精霊樹という武器が手に入ったとはいえ、どう考えても俺が原因で足を引っ張る未来しか見えないことに唇を噛む。
「……シロ。あんた大丈夫なの?」
「ん。お腹は減ってる」
「でしょうね。……どれくらい行ける?」
「緋燕はもう無理。緑麒麟は一瞬。白獅子で数分……でも、やるしかない」
「あああ!? やる気か!? 俺様と!? お前らゴミ共が!? 言葉通り一息で殺してやるよ!」
……こういう時、ヒーローを期待したくなるんだが都合よく現れてくれるわけもない。
隼人達なら最上、レアガイアやカサンドラでも大分助かるとは思うがそう世の中上手い事回ってはくれないんだよな。
どこかで隙を見て魔力球を生み出せればもしかしたらレアガイアかカサンドラなら気づいてくれるかもしれないけど……そんな時間まで生き残れるだろうか?
「ご主人様……」
「ああ。覚悟決めるしかないな……」
「はい……ですが、生きるために抗いましょう」
「そりゃあ勿論、全員で生きて帰るぞ!」
「ん。勝ち目がない訳じゃあない!」
「勝ち目だあ! 夢見てんじゃねえぞおおお! かかってこいやゴミ共! 燃やして燃やして燃やして燃やして! 炭になっても燃やし尽くしてやるからよおおおお!」
ああ、三度も龍と戦う事になるなんてついてないにもほどがある。
とはいえ、相手がやる気であり逃がして貰えない以上は戦うしかない。
そう思ってお互いが動き出すタイミングだったのだが……。
「やめてお父ちゃま!」
一触即発、動き出したら止まらない程の戦いが始まるという時にあがった幼い一声によって空気がガラっと変わり、お互い動きが止まって声の主の方へと目を向ける。
そこには怒りの眼差しを自身の親へと向ける娘の姿があった。
「サ、サラちゅわん?」
「お父ちゃまやめて。わたちは負けたの」
「んんーでもサラちゅわん? それはお父ちゃまが無かった事に出来るんだよう? こいつらを消し炭にすれば、汚点はなくなりゅからねえ」
厳しかったお爺ちゃんが孫をあやすかのような声音で話すヴォルメテウス。
相変わらず迫力のある低い声なのに、赤ちゃん言葉のようなギャップが酷くてなんとも言い難い。
「だからそれは駄目よ。龍は力。これは龍にとって絶対でちょ。わたちは力で負けたのだから、それを無かった事になんて出来ないわ」
「サラちゅわん……でも……こんなのを消し炭にするのなんてあっという間だよ? サラちゅわんは若いんだし、まだまだ長い時を生きるのに負けたことがあるっていうのは――」
「……お父ちゃまがやりゅって言うなら、もうお父ちゃまとおはなちちない。寝りゅ前のちゅうも、ぎゅっもなちだからね」
「よしやめよう。お前ら悪かったな。俺様はもうやらないから安心するといいぞ」
……早口で安心しろって言われて安心できる程軽い存在じゃあないんだがなあ。
ただ一つ分かったのは完全にこいつが親馬鹿だってことだな。
「ああー……サラちゅわん……龍の矜持を大切にするなんて成長したねえ……お父ちゃま感激!」
「んんー……だきちゅかないで! あつくりゅちい!」
「ああ……そっけないサラちゅわんもくぁいいねえ!」
……なんだろう。
サラクリムがヴォルメテウスから離れたかった理由がなんとなく分かった気もしてきたぞ。
「んー? よく見るとお前、カサンドラから加護を貰ってんじゃあねえか。勝手に殺したらちょっとだけまずかったし、ちょうどよかったな! がっはっはっは!」
レアガイアも近い事を言っていたけれど、他の龍が加護を与えている者を殺すと何かしらあるのか?
そうならよく見てからやってもらえませんかねえ!?
ちょっとだからか? ちょっとだけまずいからあんまり気にしないのか?
「んんー? いやーしかしお前美味そうだな……んんー……ちょっとだけ食っちまっても許されるか?」
おい待て。許されるわけがないだろう。
レアガイアにも言われたけど俺って龍にとって美味しそうに見えるんですかね!? なんでだよう!!
「お父ちゃま?」
「まあ待てサラちゅわん。いやマジで美味そうなんだって。そうだサラちゅわんが負けたのはあの小さい白いやつだろう? そいつ以外は関係ないんだし……」
「ダーメー! そうなったらちろい子も戦っちゃうでちょ!」
「そうだよヴォルちゃん。子供の喧嘩に親が出てきちゃ駄目だぞ」
「ああ? っ! て、てめえレアガイアか!? ……少しだけ痩せたか?」
突然現れた……というか、サラクリムが止めてくれたおかげで威圧がやんだので、後ろ手に濃いめの魔力球を作っておいたのだが来てくれたか……。
安心しろって言っていたけど、俺の事を食べそうではあったし助かった。
そしてそんなレアガイアの姿はダイエットに成功しボンキュッボン……ではなくボンボンボンなままだった。
確かに若干痩せてはきているが、まだまだあの姿には程遠いんだよなあ……また見たいなあ。
「やあやあヴォルちゃん久しぶり。いやあ、危ない所だったね。この子を殺されたら私はヴォルちゃんを殺さないといけないところだったよ」
「ああ? 俺様を殺す? 何調子乗った事言ってんだてめえ」
「そりゃあ私の方が強いんだから調子にも乗るだろう? 君が若い頃から何戦したって私が勝っていたのを覚えていないのかなあ? そのたびにごめんなさいしたの忘れちゃった? まあそんな訳で、ヴォルちゃんだって何回も負けてるんだから一度負けたくらい大した事ないさ!」
お、おいレアガイア?
なんで煽ってるんだ?
また気温が上がってきている気がするんだけど、ヴォルメテウス怒って来てないか?
いや、お前もまさか怒ってるのか?
「てめえ……てめえこそ。その情けない姿はなんだ? ぶくぶくと太りやがって、かつての姿が見る影もねえじゃねえか。そんなんじゃあ地を這う蜥蜴だな。おっと、地龍は元々飛べないんだったな。今のてめえには負ける気がしねえよ」
「ふうん……やってみる?」
「やってやるよ!」
「じゃあやろうか」
やらないでよ!
なに? 助けが来たかと思ったら場外大乱闘スプラッタドラゴンズでも始める気なの!?
それからレアガイアからぶわっと嫌な気配がすると、ヴォルメテウスからも熱気が上がって……あ、これ普通に倒れそう……と思ったら、ウェンディが水を出しアイナ達皆で熱を妨げてくれた。
両方の嫌な気配は俺達に向いていないから動けるのは幸いだけど……今日何度目の嫌な気配なんだよと気疲れが凄い気がする。
「おらどうした! かかってこいや!」
「うん。行くけど……君、今どこの上に立っているか分かってるのかな?」
「っ! てめえ!」
「地を這う蜥蜴? 言ってくれるじゃないか。大地の上に立った状態で本気で私に勝てると思っているの?」
そう言うと片手を上げ、それと同時に飛び上がったヴォルメテウスを大地から溢れた相当量の土が絡みつくように襲い掛かる。
飛翔する速度は高速であったのに、逃げられずにもがきながら土に絡めとられ、炎を吐くも燃やし尽くせずに大地へと落とされると顔だけ出させて土の山の中に収められてしまう。
あっという間……というか、レアガイアってこんなに強かったのかよ。
いや、まあ龍だし、長だし強いんだろうけど相手も長なんだが……あっという間だったぞ?
ヴォルメテウス程の龍ならば土くらい払いのけそうなのに動けないってことは、あの土にかかる圧力は相当なんだろうな。
……俺、こんな強い龍にあんな態度取ってたんだな。
反省しよう。もうちょっと畏れを持って接しよう。
ただレアガイアももうちょっと……さ。頼むわ。
「て、てめえ! 卑怯だぞ!」
「いやかかってこいって言っておいて卑怯はないだろう。普段なら飛んでからスタートしてあげてたのに怒りすぎて冷静さを失いすぎでしょ。どう? カサンドラちゃんが加護を与えたうちのお婿さんを食べようとしたこと反省した?」
いや、婿じゃないし多分サラクリムだけでも食べられないで済んだ気もするんだけど……。
むしろお前が煽って余計なことをした気がしてならないんだが?
「お、お婿さん!? その人間がか? まじかよあいつあんな美味そうなやつ食った方が、ぷぎゅ!? あ、出る! お腹の中身でちゃう! 娘の前で全部出ちゃう! 悪かった! 悪かったよ! 頼むから娘の前でこれ以上の失態を晒させないでくれ!」
「お、お父ちゃま……」
「ああー! 見ないでくれサラちゅゎん! お父ちゃまの情けない醜態を信じられないといった瞳で見ないでくれええ!」
赤ちゃん言葉は情けなくないんだな……。
というか、サラクリムが舌ったらずなのってヴォルメテウスの言葉遣いのせいなんじゃなかろうか。
「しょうがないなあ……という訳で、懲らしめてやったぜ! お礼はアレで頼むよ? エルフの村でくれたアレだよアレ。分かってるよね?」
……いやお前それが欲しくて煽っただけじゃないか?
考えを改めたことだし大人しく従う事はやぶさかではないのですけどもね!
なんか納得いかないけど、確かに完全に安全にはなったけどさあ!




