14-26 イグドラ大森林 蜂蜜は……
世界に根付く精霊樹の調査の為にエルフの村全体が少し慌ただしくはなったものの、俺達は今まで通りにエルフの村を満喫していて欲しいとの事。
内容的にエルフ全体が騒がしくなっただけで、調査要員以外のエルフは通常生活を維持しているそうだ。
まだまだ見たいところも多いし調査結果が出ない事には解決法も分からないだろうと、遠慮なく今まで通りエルフの村を堪能させてもらう事にしたのだが、今日は何をしようふわああ……。
「……眠い」
昨日ベッドに入ったのは遅くなかったんだけどなあ……。
精霊達がなかなか寝かせてくれなかったんだよなあ。
精霊達には夜寝るという習慣はないのか、昼も夜も関係が無いようで遊んで欲しいのか顔をぺちぺちと手やお尻や身体全体を使って起こしてきたんだよ。
精霊は悪戯好き……と、印象通りではあるんだが懐かれるとこういう事もあるんだねえ。
ウェンディが諫めれば大人しくなるかもしれないが、それもなんだか可哀想でついつい甘やかしてしまう。
なんだろう。小動物が構ってと訴えてくるような感覚。
言葉は交わせないが意思疎通はできるから、遊んであげると嬉しそうにするし遊んであげないと悲しそうにするから放っておけないの。
とはいえ夜通しで朝まで遊ぶのはちょっとなあ……という事で、ブランコや滑り台などの俺が寝ていても遊べる遊具を作ってその隙に寝かせてもらったんだが……日が登ったらそれらに飽きたのか起こされたので眠いんだ……。
よし。今日は思い切ってもうひと眠りしよう。
お昼まで寝て、そこから活動し始めよう。
……寝るんだよ俺? ぺちぺちしないでー……。
あんまりくっつくと寝返りをうったら潰れちゃうぞ?
危ないから布団から出なさいな。あ、こら中に入るなって……。
ああ、もう分かった。起きる。起きるから……ふわあああ……。
寝ない寝ないってほら起きた。でも目を瞑ってるだけだってふわああ……。
「……旦那様? 随分と眠そうね」
「ふわあああぁぁ……ああ、ミゼラおはよう」
「おはようございます旦那様。寝ぐせがついていないようだけど、もしかして寝ていないの?」
「寝ぐせ……? ああ、精霊が頭の上に乗ってるから跳ねてないだけだろうな。ほれ」
頭を軽く振ると精霊たちが離れたようで、髪が跳ねている感覚が戻ってきたからいつも通り跳ねていることだろう。
「本当、不思議な光景ね。私には精霊は見えないから、突然髪が跳ねたように見えたのだけど……あ、収まったという事は今は乗っているの?」
「そうだな……なーんかくっついてくるんだよなあ……」
「ふふふ。旦那様は人だけじゃなく、精霊も誑すのね」
……まるで人は既に誑しているかのような物言いですね。
そんなつもりはないんだけどなあ……元の世界じゃあそんな事も無かったと思うし。
「それでどうしたんだミゼラは。朝ご飯にはまだ早いと思うんだが……」
「えっと、今日の予定なんだけどマゼッタさんに薬師の事を教えて貰おうと思って……」
「マゼッタさんに?」
そう言えば薬草畑で少し興味を持っていたっけ。
マゼッタさんならば熟練の薬師であるし、いろいろ学べる事は多いだろうなあ。
「そうか。マゼッタさんがいいっていうならいいんじゃないか? いってらっしゃい」
「いいの? その、だって私はまだ錬金のスキルもまだまだ未熟だし、師匠は旦那様なのに……」
ああ、師弟関係があるから他人に教えを乞う事を気にしているという事か。
「気にしなくていいぞ。俺だって一応レインリヒの弟子だけど、アマツクニじゃあ親方に教えて貰って木工スキルを学んだしな。自分の為になると思ったのなら、狭い枠から飛び出して見聞を広めるのも大事だからな」
「ありがとう……はい。しっかり学んできます」
薬師のスキルを覚えた錬金術師、か。
ハーフエルフのミゼラだからこそできる事が、見つかるかもしれない予感がするなあ。
ただ……あまり根を詰めすぎない事を願うばかりである。
「……んっ。俺も出かけるかな」
エルフの村で働くわけじゃあないにせよ、弟子が頑張っているというのに惰眠を貪るのも情けないしな。
はいはい起きるからどいてくれ。
着替えたり寝ぐせ直したりしないといけないんだよ。
ずっと抑えっぱなしって訳にも行かないだろう?
身だしなみを整えて外に出る。
さて、誰かいないかなと思ったんだが、たまたま誰とも出会わなかったので一人で外に出てみるが……やはり誰もいないか。
んんーどこに行くかなー? この時間でも開いているご飯屋さんでもないかねえ?
無かったら適当に果実でも食べながら街を見て回るのもありか。
「ご主人? 宿の前で何してるんすか?」
ん? と、声をかけられ振り向くとそこにはアイナ達三人の姿が。
「珍しいわね。主様がこんな時間に起きて来るなんて」
「いや俺そんなに普段から惰眠を……貪ってるか」
錬金などで寝る時間が遅い日が多いからな。
朝に起きない事もあるというか、ついつい昼前時などに起きる事もあるんだよなあ。
アイナ達三人はエルフの村に来れど朝は早く起きてるんだなあ。
それにしても、三人そろって何処へ行くのだろうか?
「三人は何してるんだ?」
「私達はこれから朝市に行くつもりなんだ」
「朝市? 何か欲しいものでもあるのか? 薬草ならかなりもらったぞ?」
もうすんごい貰ったよ?
数か月分のポーションと体調管理はマカセロリンってくらいに貰ってるぞ。
「ご主人……朝市だからって、食材や素材ばかり売っている訳じゃないんすよ?」
「食事よ食事。朝だけの軽食なんかのお店が出ているんだって」
「へえ……観光客はほとんどいないだろうに、この時間で店が出てるんだな」
ああいう露店って基本的には観光客に向けられたものだろう?
勿論エルフ達も利用するとは思うが、それで採算が取れるのだろうか?
「そうだ。主様暇でしょ? せっかくだし一緒に行きましょうよ」
「ん。ああ興味はあるし、暇だし朝飯もまだだし行ってみるか」
ちょうど店を探していた事だし、一人で食べるよりも皆で食べる方が美味しいしな。
お供させてもらうとしようか。
「よし。これでお金の心配はいらないわね」
「あーソルテたん悪いっす。ご主人を財布に使うつもりっすか?」
「なによレンゲいい子ぶって。じゃああんたは出してもらわないのね」
「いやいやそれとこれとは別っすよ。ご主人! お願いしたいっす!」
「ん? 別に朝飯代くらい出すぞ?」
というか、アインズヘイルで屋台で食べる時も普段から俺が出していると思うんだが……。
「ふふーん。言質取ったわよ。やた! ありがとう主様!」
「いやあ流石ご主人っす! これで沢山食べられるっすね!」
「主君……エルフの森の朝市の屋台はアインズヘイルよりもかなり高価らしいんだが……いいのか?」
そうなのか? まあでも屋台は屋台だろう?
アインズヘイルの牛串だってそれなりの値段はするがそれよりも高くても、せっかくのエルフの村の屋台だというのだし出し惜しみはしないさ。
「ああ。好きなだけ飲み食いしてくれ。俺も腹が減ったしな」
「今好きなだけって言ったっすよね?」
「言ったわね。聞いたわよ!」
「おいおい二人共……少しは遠慮を……」
「いいっていいって。アイナも遠慮なく食べてくれ」
まあ多少高くはつくだろうが、アイナは心配し過ぎだろう。
言っても朝市の屋台だろう?
それにしてもエルフの村の屋台か……。
宴の時に出た料理も全て食べられた訳ではないし、楽しみだな。
「っあああああああ! 美味いっすううう!」
「すごっ……こんな果実水初めて飲んだわ!」
「朝取りの生搾り限定の味か……これは美味いな」
確かに三人のリアクション通りに美味い。
名前が『アサドリ』という品種のオランゲだそうで、名前の通り朝に取らねば実が落ちる上に、食べられない程に味が落ちるそうだ。
更に、一本の木から一日一つしか熟成されたものが出来ず、それを見定めて収穫しないといけないという貴重な果実で作った100%オランゲジュースはそりゃあ美味いともさ。
最高だ。間違いない。値段を除けば……。
「……1杯2万ノールかぁ」
高いなあ! 高いよう! コップ一杯のオレンジジュースの値段じゃあない!
いや出すよ? 凄い貴重なオランゲだし、ここじゃないと飲めないだろうから出すともさ!
そうとも。お酒ならこれくらいの値段のものも全然あるもんだもんな。
だが、4人分で8万ノール……あ、こらレンゲおかわりは……いや、俺も頼む!
なるほどなるほど。
アイナの忠告通り、こいつは覚悟がいるようだな。
ジュースでこれだもんな。食事は一体どうなることやら……オーケーオーケーいいだろう。
せっかく来れた念願のエルフの村だ。
遠慮なんかしたら悔いが残るし、お金は落としていくべきだろうし、旅は全力で楽しむものだ。
店主がウェンディのご主人様様からお金は取れないって言ってくれたが無粋な事を言うもんじゃあないよ。
宴だの案内だのお土産だのあれだけ色々してもらっておいて、そんな恥ずかしい真似が出来るかっての。
対価を払うのは当然の事。貴方にも守るべき家庭があるだろう。
後でウェンディに使いすぎだと叱られ、シロにずるいとジト目を向けられるかもしれないが構わないとも!
さあお次はなんだ?
「主様主様! 次はこれ食べてみましょうよ!」
「ほう……ハニーベアの肉を塩漬けに……っ! そこにクインテッドビーの蜂蜜がけとな……これは珍味だな! いざ行こう」
んんー……熊肉の野性味溢れる塩っ気の豪快さと、上品で甘い蜂蜜が調和しています……。
ハニーベアというだけあって、蜂蜜と相性が良いという訳か! 思っていたよりもずっと食べやすく、癖や臭みなどは蜂蜜によって掻き消えていて、これは妙味!
「そういえばご主人って虫は駄目っすけど、蜂蜜は大丈夫なんす――」
「レンゲ。それ以上はいけない。蜂蜜は、無から生まれるんだ。いいな?」
「もご……」
「いいな? レンゲだけこの後自腹を切りたくは無いだろう?」
コクコクと頷くレンゲを確認して手を放す。
蜂蜜は特別なのだ。
子供のころから気にせず食べていたのだから、今後も気にせず食べて行きたいので、虫を彷彿とさせてはいけないのである。
さあ切り替えてエルフの村の屋台を楽しもうじゃないか!
まだまだあるんだろう? たっぷり堪能し、なるべくウェンディに使いすぎだと言われない理由を皆で考えようか!
『異世界でスローライフを(願望)』ノベルス10巻発売まで!」
あと約一週間!




