14-9 イグドラ大森林 ミィは駄目なのです?
イグドラ大森林に行くという事は冒険者ギルドへポーションを大量に卸しておかないといけない。
という訳で、冒険者ギルドへとやって来た訳だが、少し離れていただけなのに久しぶりに感じるな。
どれどれ。皆元気にしてるのかねえ?
「おいーっすー。ポーションの納品に来たぞー」
「おおー! 兄ちゃん! 久しぶりだなあ!」
「おーう。久しぶり。ちょっと出かけてたからな」
声をかけてきたのはいつものあの男。
というか、俺が来るたびにいるんだけどお前ちゃんとクエスト行ってるのか?
まあ、元気な顔が見られたのは少し嬉しいけどな。
しかし、今日はギルド内に人が多いな。
特に獣人が多い気がする。
……それでもって、何やら視線を感じるんだがなんだろう?
また『ミゼラちゃんを見守り隊』の奴らが何か企んでいるのだろうか?
「出かけてたってのはミゼラちゃんやアイナさん達から聞いてるぜ。今回はアマツクニだったか? 帝国よりももっと西に行ったんだろ?」
「そうそう。俺達流れ人にとっては特別な場所だったよ。美味いもんも食べて来たしな」
「なるほどなあ。兄ちゃんは冒険者よりも遠征が好きだねえ」
「まあな。色々見るのは楽しいぞ」
異世界の景色ってだけでもワクワクするのに、住む国が違えば更に特色を変えていくのだから楽しいに決まっている。
「遠征は危険も多いだろう? お前は弱っちいのになあ……。アイナさん達が護衛なんて贅沢な漫遊だな」
うるせえやい。
頑張ってはいるんだよ。
シロ程ではないかもしれないけどさ……。
「あ、ちなみに、またお出かけ予定だ」
「またどっか行くのかよ! 本当に好きなんだな……」
「そのために今日はポーションを多めに持ってきたんだよ。ちなみに、行く場所はイグドラ大森林だ」
「イグドラ……エルフの森か。いいねえ……。目の保養に……って、兄ちゃんには必要なかったな」
「何言ってるんだか。それはそれ。これはこれという――」
「お兄さあああああああああああん!!!」
俺の声を遮って冒険者ギルドの扉を勢いよく開けて入って来たのはミィ。
そしてそのまま俺の傍へとやってくる。
「あ、こらミィ待ちなさい!」
そしてミィに続くように勢いよく現れたのはソルテとレンゲだ。
後で来るとは聞いていたんだが、慌ててどうしたんだろうな。と、男と顔を見合わせる。
あと、隼人も来るはずだが置いてきたのか?
「ご主人にお願いしたって無駄っすよー!」
「そんな事、頼んでみないと分からないのです!」
「分かるのよ! っていうか、あんたは多分一番駄目よ……」
「なんでなのです!? ミィはお兄さんと仲良しなのです!」
「そうかもしれないっすけど、そういう問題じゃないんすよー!」
んんー? 話の流れが見えないんだが、ミィが何か俺にお願いをしたいという事か?
そして、それを何故か二人が先んじて駄目だと言っていると……。
ああおい、男よちょっと待て。
いい顔でこの場から去るんじゃないよ!
席を譲るようなそぶりを見せていたが、きっと面倒事に巻き込まれるのはごめんだと逃げただけだろう!
俺もそっちに……来んなとか手振りするなよう……お土産あげないぞ! ……はあ。
「……それで、一体何の騒ぎなんだ?」
「尻尾なのです!」
「尻尾……? っっ!!!」
今一瞬、尻尾という単語が出てから何やら視線が強くなった気がして背中がぞくっとした!
なんだ? と周囲を見回すが、獣人達は平静を装っているが……フリだなあれ。
全員尻尾の挙動がおかしいのを隠せていない。
全員がふりんふりんしてる。可愛い。
「ソルテもレンゲも凄く尻尾が綺麗なのです! これは何かあるなと睨んで問いただしたらお兄さんが綺麗にしているというのです! というか、ここのギルドの獣人は皆尻尾が綺麗なのです!?」
まさか全部お兄さんが!? といった視線を向けられるのだが、うん、まあ一応俺がやってますけど……。
獣人達も心なしか誇らしい顔をしていたり、その顔を抑えていたりと様々なようだ。
「ソルテとレンゲだけという訳ではないのですね!? じゃあミィのもお願いしたいのですー!」
「確かにここのギルドの獣人の尻尾は暇なときに整えてるが……ミィ……ミィか……」
「だ、駄目なのです!? ミィだけ駄目なのです!?」
「だから言ったでしょ? ミィは駄目だって」
「なんでなのですー!? ソルテ達だけ特別というのなら分かるのです! でもでも他の人のもやっているのなら、ミィのも出来るはずなのですー!」
いや、うん。
別にソルテとレンゲ達だけ特別という訳ではないんだけどさ。
「いやいや、獣人にとって尻尾は大切な物だろう? 心を許した相手か、専門的な人以外には触れさせないっていう……」
「ミィはお兄さんを信用しているのです!」
「いやそれは嬉しいんだけどさ……。んんー……じゃあ、隼人が良いって言ったら――」
「駄目よ!」「駄目っすよ!」
「え?」
まさかの横から有無を言わさず否と言われたんだけども……。
隼人に言われるなら分かるというか、ミィも納得すると思うんだけどまさかの二人からだよ。
「主様忘れたの? 主様のお手入れを受けた獣人がどうなるか……」
「え? ああー……ああー……うん」
「あれを、ミィに出来るんすか?」
「そうだね。駄目だね」
「なんでなのです!? ちょっと大丈夫そうになったんじゃないのですか!?」
いや、うん。ごめん。
流石にアレは駄目だな。
うん。隼人の恋人を尻尾を気持ちよくした結果ねろんねろんにするのは絶対に駄目だ!
ミィには可哀想だが、ここは受け入れてもらうしかあるまい。
「ううううー! ずるいのですー!」
「なにやらギルドが騒がしいと思えば……ミィ? どうしたのそんなに騒いで。イツキさんを困らせては駄目だよ?」
おお、良いところに来たな流石は英雄様。
タイミングを弁えていらっしゃる。
そして、冒険者達のどよめきよ。
『Sランク冒険者の隼人卿だ……』
『英雄隼人……やだ。噂以上にイケメンじゃない……』
『あれが龍殺しの……すげぇオーラだな』
『あ、兄ちゃんと知り合いってのは本当だったんだな……』
ふふーん。
虎の威を借る狐という訳ではないが、俺の友達は凄いなあ。
そして、仲良さそうに振る舞うだけで俺の株も上がるというね。
流石だ隼人!
「隼人様ぁー! ソルテとレンゲが意地悪するのですぅー!」
おっとそうだった。
本題はこっちだった。
まあ、隼人も来たから納得せざるを得なくなるだろう。
「ええ……ソルテさん達はそんなことしないと思うけど……。何があったか話してくれる?」
「尻尾をお兄さんに綺麗にして欲しいのです! ソルテとレンゲとこのギルドの獣人達は綺麗にしてもらえてずるいのです!」
「尻尾? えっと……わあ。本当だ。ソルテさんとレンゲさんのは知っていたけど、他の人も綺麗ですね。全部イツキさんが手入れをなさったんですか?」
「ああ……まあな」
「流石はイツキさん。多才ですね! それで、その……どうしてミィは駄目なのでしょうか? 獣人にとって尻尾は大切なものだと聞いていますが、ミィがいいのなら他の人はともかくイツキさんならばお任せしても良いかと思うのですが……」
「駄目よ! 絶対駄目!」
「隼人。悪い事は言わないっすから諦めた方が良いっすよ!」
「どうして駄目なんですか? ミィだけが駄目なんですか?」
「ううう……」
ああ、悲しそうな顔を浮かべないでくれえ……。
綺麗にしてあげたいのはやまやまなんだけどさあ……。
「えっとだな……えーっと……そこまで信用して貰えるのは嬉しいんだが……その……」
何て言えばいいんだ?
尻尾を手入れしたらねろんねろんになるから……で、伝わるのだろうか?
頭おかしいんじゃないかとか思われないだろうか?
「……失礼。よろしいでしょうか?」
ん? えっと……君はいつの日かのクッコロ狐人族の……。
悪いが今は取り込んでいるのだが、何か緊急の用事でもあるのだろうか?
「お話は聞かせていただいておりました。どうなるか……を、お見せ出来れば解決するのでは? 不肖ですが、私がこの男の手入れを受けますので、その結果を見てもらえば良いと思います」
「え、確かにそれが一番説得力があるとは思うっすけど……」
「いいの? 言っておくけど、アマツクニから帰ってきた主様は今までの比じゃないわよ?」
おいおいなんだよ大袈裟だなあ。
そりゃあ巫狐であるククリ様のご立派な八本の尻尾はまとめて手入れしたから多少レベルは上がっているとは思うけど、ソルテが力を込めて言う程じゃあないって。
「構いません。尊敬するソルテさんのお役に立てるのであれば!」
おお……クッコロ狐人族さんが身を挺してどうなるかを証明してくれるのか。
ありがたいが……背後からの視線が妙に強くなった気がするのは気のせいだろうか?
「くっ……先を越された……っ」
「しょ、証明するなら二人くらいいた方が良いのでは!?」
「で、でも今までの比じゃないそうよ? 私お酒沢山飲んじゃった……っ。粗相する気しかしない……っ!」
「くっ……トイレ! はっ! 既に列が出来てる!」
「馬鹿ね! 先にするべきは予約よ! お兄さああん! 次! 次私でおねが、うぼおおああ!」
「させるか! 私! 私が先――――zzZZZ」
「ふっ。眠り薬を入れておいたのさ。さーて私……が…ば、馬鹿な……匂いはしなかたたたたた――」
「うふ。油断は禁物。痺れ薬よ。レインリヒ様特製の高くて匂いもしないやつよ! おーほっほっほっほ!」
……気のせいじゃないな。
あと、薬を盛るのは犯罪だぞー。お薬、駄目、絶対。
どうやら獣人の視線を感じたのは、アマツクニから帰ってきたソルテとレンゲの尻尾を見た冒険者が、以前よりも更に輝きを増したのを見て俺が来るのを待っていたようだ。
いやあ、困っちゃうなあ。
獣人に大人気じゃないか。
モフモフし放題じゃないかー!
「……ふっ。まあ、私が一番先なのだがな。裏の情報から手に入れた巫狐様にも施したという技術……確かめてやろう」
クッコロ狐人族さんも待っていた一人だったらしい。
機を見るに敏というやつか。
いやだが、実際助かった。
という訳で、お礼も込めてたっぷりとさせてもらうとしようか!
五分後――
「あうあう……あひぇ……」
「……もしもーし? 分かりますかー?」
「うぁ……? ぁうえ……」
「ああ……えっと、続きをしたらやばいかな?」
「やばいわよ絶対! この子の為にもやめてあげて!」
「ご主人……容赦がなさすぎるっす……本気出しすぎっす……」
そっか……中途半端に終わってしまったが、流石にこれ以上はクッコロさんの尊厳に関わるか……。
いや、一応俺たち以外には見えないように配慮はしたんだがな……。
「……なるほど。流石にこれは……」
「謎なのです……。尻尾でこうはならないはずなのです……。残念なのです……」
ま、まあどうにか理解はしてもらえたようだ。
あれだ。後で道具は貸してあげるから、隼人にやってもらうといい。
技術よりもきっと愛情の方が大事だと俺は思うぞ!
料理とは違うのだよ料理とは!
さて、獣人諸君。
クッコロさんの感想を聞いて、それでもというのなら俺もやるが……次は俺の家か、個室を借りるかしないとだな……。
そろそろ行くか……。
エルフの森でなにするかぽわっとしか考えていないままだけども……。




