14-8 イグドラ大森林 鍛錬の時間
隼人達が来てから数日間アインズヘイルで過ごし、アマツクニ旅行での疲れは無事に取れたものの、すぐさまイグドラ大森林へと足を進める気にはなれず、もう少しだらだらしたいという願望通りに今日もまったりと庭でお茶をしている。
まあ、明確にいつ行くとは言っていないし、こちらが気を遣う必要は一切ないので構わないだろう。
エルフの方々はいつ来るのかとハラハラしているかもしれないが、知った事じゃあないのです。
「ああ……ほうじ茶が美味い……」
ほうじ茶も良いなあ……。
緑茶の落ち着ける感じも良いが、ほうじ茶のよりほっとする感じも好きなんだよなあ。
「そうだな。私は緑茶も好きだが、こちらの方が合っている気がするな」
横にいるアイナも今日は俺に付き合ってほうじ茶でまったりお茶をしてくれている。
「ふふ。随分と気が抜けているなあ主君」
「休む時は極限まで休むんだよ。はああああ……だらけ最高……」
ああー……何もない日というのは心がリラックスしすぎてだらーんってなるな。
瞼も落ちてきそうだが、それをするには今日は勿体ない。
「だらけるなとは言わないが、そのままだとずり落ちてしまうぞ? それよりも……今日は何故私だけお呼ばれしたんだ?」
「んんー? そりゃあ目の前の出来事があるからさ。解説役が欲しかったの」
「なるほど。ソルテとレンゲは可哀想だな。クエストがあり、主君とお茶も出来ず、その上でこんなに面白そうなものも見られないとはな……」
アイナが言う面白そうなものとは、お茶をする俺達の眼前で行われている事だろう。
いやあ……何が起きてるのか俺にはさっぱりなので、大人しくほうじ茶をすすっているのだが……一言で言うのなら凄まじい。
「アイナはやっぱり見えてるの?」
「当然……と言いたいところだが、全て見えている訳ではないな。大雑把な動きまではつかめているが、フェイントの回数などは分からないといったところか」
「はぁぁ……やっぱり二人共凄いんだな」
「ああ。凄い……としか言いようがないぞ。正直、この二人の戦いならばお金を払ってでも見たいと思う冒険者は多いだろう。それだけ勉強にもなるし、見ごたえがありすぎる戦いといった具合だぞ」
「おー……俺には二人共速くて見えないから良く分からないんだけどな……」
「ふふ。それで諦めてお茶をしているというところか。む……そろそろ終わるかな?」
そんな事も分かるの? と、思ったらアイナの言う通り二人の速度が落ちていき、やがて見えるようになったと思ったら二人は向かい合ったまま停止して構えを解き合う。
肩で息をするように数秒の時を経て、お互いが笑顔を見せて武器を納めこちらへとシロは駆け足で、隼人はゆっくりと向かってきた。
「主ータオルー」
「おーう。って、拭けって事か」
「ん!」
汗だくになっているのに笑顔のシロの顔から先に拭うと『んやー』と声をだして嫌がる素振りを見せつつ大人しく拭かれるシロ。
そしておでこから汗が伝い落ちて来ないように頭の方もしっかり拭いた後は体中を拭いていく。
「隼人、お前にもタオル。お前は自分で拭けよ?」
「ありがとうございます。流石に自分で拭きますよ……」
面白かったのか笑いながらタオルを受け取って首筋などを拭っていき鎧を外す隼人。
隼人は汗だくという訳ではないが、頭にも汗をかいたのか髪をかき上げて後ろへと持って行き前髪をあげて汗を拭くと、普段の優しい印象よりも少しワイルドに見える。
当然髪を上げてもイケメンである。
「しかし、二人共汗をかくだなんて珍しいな。いつも涼しい顔で鍛錬をしている二人だと思ったんだがな」
「いやあ、シロさんが強くなりすぎていて驚きましたよ……。明らかに以前とは違うんですもん」
「ん。でもまだまだ隼人には敵わない……。やっぱり強い」
おお、英雄に褒められたぞシロ。
また強くなったんだなあ……と、膝に乗るシロのぐちゃぐちゃに乱してしまった髪を手櫛で直しつつ、頭を撫でるとシロは小さく『んぅー』と気持ちよさそうな声を鳴らしてくれたので、耳の周りをくにくにする。
「結構危ない所はありましたよ? 崩されている自覚もありましたし、以前よりも戦術的になっていましたね」
「ん。狙い通り成功はした。でも、流石の対応力。まだ遥か高みにいるのが分かる。それに、主と戦った時の強化技も足技も見てない」
「シロさんもスキルを使っていないじゃないですか。お互い様ですよ。それに、スキルを使わないからこそ鍛錬としてはふさわしいのでは?」
「ん。確かに。楽しかった。またやろう?」
「はい。こちらこそ楽しかったです。凄く良い鍛錬になりましたし、喜んでお受けしますよ!」
うんうん。
俺には良く分からなかったが、二人にとっては有意義な時間だったんだな!
……というかアレだな。
やはり俺の時は全力じゃなかったというか、まあそれは狙っていたんだが全力を出せなかったんだな……。
あの速度、俺は絶対に対応出来ません!
「むう……予想以上にシロがさらに強くなっているな……。これは私もお茶を飲んでいる場合ではないのではないだろうか。む、シオン。ちょうどいい所に来たな。少し付き合ってくれないか?」
「……ちょっとアイナさん。お館様に後ろから私の胸……ぱいを当てながら頭を抱えるように抱きしめてだーれだってする予定だったのを邪魔しないでくださいよう」
ん、後ろからシオンが来ていたのか。
気を抜いていたので気が付かなかったな。
そして別に今からしてもいいんだよ?
俺演技は得意じゃないけれど気付かないふりくらいなら出来るよ?
「それで? なんでしたっけ? 鍛錬ですか? 絶対に嫌ですね!」
「なっ……いいのか? 強くなりたいと思わないのか?」
「えー……思いますけど今日は気分じゃないんですよ。私はオールラウンダー。今はお館様にお茶請けをお届けし、褒めてもらってご相伴に預かりたいのです!」
「ん。アイナ。シロがやるよ」
「いいのかシロ? 私としては願ったりだが、疲れていないか?」
「大丈夫。強くなりたい気持ちは大事」
「そうか。ではよろしく頼む!」
「ん!」
という事で、今度はアイナとシロが模擬戦をするようだ。
アイナに代わってシオンが椅子へと座ると、持ってきてくれたお茶請けを置いてくれたのでほうじ茶を用意する。
隼人には冷たい方が良いかな? と、隼人の分の椅子とお茶も用意。
「ふふーん。これはアマツクニのほうじ茶ですね? んんー……いい香りです!」
「はあ……冷たいほうじ茶が美味しいですねえ……」
今はまだワイルド隼人のままだが、冷たいほうじ茶でほわわとしている姿はギャップが凄いな。
隼人って、学校の体育の授業の時なんかもキャーキャー言われていたんだろうな。
「あ。そういえば正式にご挨拶はまだでしたね。初めましてではないですので、改めまして私、新しくお館様の奴隷兼恋人となりましたシオンと申します!」
「あ、ご丁寧にどうも。イツキさんのお友達の早川隼人です」
「はい。知ってますよー。英雄で伯爵の隼人さんですね。以前一度ユートポーラでお会いしたことがありましたよね」
「そうですね。まさかイツキさんの所でもう一度お会いするとは思いませんでした」
「ん、二人は公爵家で会ってなかったのか?」
てっきり陣営的には二人ともあちらにいたので知り合いなのかと思ってたんだがな。
「私はずっとウェンディさんについていましたからね。隼人さんがいるのは知っていましたが、お会いする事は無かったですね」
「そうですね。僕もその……あまりウェンディさんとレティには近づけないようにされていましたので……」
「なるほどな」
おっと、この話題は避けておこう。
済んだことなのだし、あまり気にしなくていいとは思えど、こちらからの配慮は必要だよな。
「そういえばお二人は随分仲が良さそうですが、お館様と隼人さんはどこでお知り合いになったんですか? まさか、元の世界の時から既にお知り合いだったとか?」
「いや、俺のピンチを隼人が助けてくれたんだよ」
「お館様のピンチですか? それは痴情のもつれ的な……?」
「ちげーよ……。こっちの世界に来たばかりの時街中じゃなくてアインズヘイル傍の平原に召喚されてさ。そこでキャタピラスに襲われて逃げていたんだけど、糸に捕まってあーもうダメだーって諦めかけたところを助けてくれたのが隼人なんだよ」
「おお、では私がお館様と出会えたのも隼人さんのおかげなんですね!」
「いやあ……たまたまでしたけどね。でも今は、本当に間に合って良かったって思ってますよ」
いやいや、本当にたまたまでもなんでも助けてくれてありがとうだよ。
虫に食べられなかったのもそうだが、今の生活の幸せ度を考えるとすさまじい恩を受けたと思えるね。
「なるほどなるほどー……お館様とお二人はお館様が来た頃からの仲という訳ですねー……ちら」
ん? なんでわざわざ、ちらって口で言ったんだ?
隼人も気が付いているようだぞ? え、何の合図?
「……ちぃ。は、隼人さんは英雄と呼ばれていますし、幾つものダンジョンをクリアしているんですよね?」
「そ、そうですね……。幾つかは。基本的には魔王がいると報告のあった所には向かうようにしています」
「おおー魔王を討伐しに行くとは流石は英雄ー! という事は……お宝もザクザクでは!? ちらっ!」
今度は強めのちらっだな。
よし。推理するぞ。
急に話を変えたって事は今の話の流れが関係あるのかな?
あ……。
「シオン……」
「お館様!」
「ヤオヨロズ機関にいたから隼人のお宝が気になるんだろう? わざわざ目くばせしなくても直接言えよな。でも迷惑がかかりそうだから駄目だぞ」
「違うっ! 惜しいけど違うんです! ほらほらあれですよあれ! アマツクニでほら! 約束したでしょう!」
「ん? ああ! そっかそっか。忘れてたよ。隼人。借りてる陰陽刀なんだが、シオンが使いたいみたいでさ。構わないか?」
「ええ。いいですよ」
「凄く軽い!!! え、そんなものなんですか!?」
そんなものなんだと思うんだよ?
もし大事な物なら、俺みたいな素人には貸さないだろうしな……。
「一応理由を話しておくと、アマツクニで陰陽刀の陽が手に入ってさ。この刀、二つで一つみたいなんだけどシオンのずっと憧れの刀でな」
「なるほど。僕の中では既にイツキさんに差し上げた物だと思っていますし、存分に使ってください」
「わぁ……え、あの、代金などは……」
「要りませんよ。イツキさんには色々いただいていますし。シオンさんはイツキさんの恋人なのでしょう?」
「まあな。でも、別に請求してもいいんだぞ?」
『お館様ぁん……』と言い熱い視線を送るシオンはスルーで。
「それでしたら、僕がいただいたアクセサリー代や、この後作るあのお薬代も請求してくれていいですよ?」
「あー……うん。じゃあ、ありがたく。お互い様って事で」
「はい!」
あのお薬……ね。
イグドラシル系統が足りなさそうだからそこまで大量には作れないと思うが、それでも量産は出来るからなあ。
旅の道中は暇そうだし、そこで作るとしようかね。
「わあ……なんかお二人ってお似合いですねえ……相性ピッタリって感じがします」
「え、そ、そうですか?」
「おい隼人。嬉しそうに照れるな。また変な勘違いが生まれるだろうが」
特にミィとかレティとかエミリーとかミィとかな。
そういえば、隼人と戦いに行く寸前に起きた出来事を解決していなかった気がするな……。
さて……後でミィを探しに行くとしようか。
「……ほうほう。隼人卿を乗せるにはお館様との仲を褒めれば良いと……これはいい情報ですね」
「その良い情報とやらをけしかけてきたら、俺はシロをお前にけしかけるからな?」
「や、やだなあ、しませんよう……。というか、シロさんやばくないですか? 巫狐様のところに行き始めてからめきめきと強くなっているんですけど……。以前ですら敵う気がしなかったのに、戦う気すら失せてくるんですけど……」
うーん……アイナも隼人も言っていたがやはりシロはかなり強くなっているらしい。
元々が凄すぎたせいで俺にはあまり分からないんだが、皆が言うって事は相当なんだな……。
「巫狐様って……アマツクニの守護神様ですか? お会いしたんですか!?」
「ああ。まあなんかひょんなことがあってな……んー……俺が獣人になったんだよ。耳と尻尾が付いたんだよ」
「詳しくお願いします。どういう事でしょうか?」
真剣な眼差しで食い気味に机に手を置き、体を乗り出して興味津々なご様子で聞いてきたな。
話すけどちょっと落ち着いて! 着席! お口チャック!
……かくかくしかじかです。
「はぁぁぁ……そんな事があったんですか……。また、貴重な体験をしましたね……」
「最高の体験だった……。隼人はアマツクニには行ったことはあるんだろう?」
「ありますよ。でも、流石に巫狐様にはお会いできませんでしたよ」
「当然ですよ。簡単にお会い出来るようなお立場の方じゃありませんし。というか、お館様は巫狐様の尻尾もお触りになっていますからね」
ああ、あれは至高の時間であった……。
願わくばもう一度お願いしたい……。
……シロと同伴でお礼がてらというのはどうだろうか。
「ええ!? 獣人というだけではなく、巫狐様の尻尾をですか!? イツキさん凄いなあ……」
「内容は分かりませんが、巫狐様はガクガクのクラクラでお顔が真っ赤だったんですよ! もう何をしたんですか!? って感じで! ナニをしたんですか!? って感じで!!」
「だから普通の尻尾の手入れだよ……」
「いやあ分かりませんよ? お館様の手練手管で巫狐様まで誑したという可能性も!」
「分かるよ……。本人が言ってるんだから分かれよ」
「ん。主の尻尾ケアは究極。ククリも獣人である以上、抗う術無し」
あれ? シロ戻って来たのか?
アイナは……って、大の字で倒れてるんだけど!?
「アイナ! 大丈夫なのか!?」
「ああ主君……ああー……やはりシロは強いなあ……。好きなだけ攻撃させてみたのだが、防ぎきれなかった……」
「ん。でもアイナは基本が出来てるから堅い。良い相手だった」
「そうか……。私も強くはなっているようで安心したよ。それに、役に立てたのなら良いが……暫く動けそうにないな……」
「ん。また今度やろー」
「ああ。また是非頼む……」
満足そうにまた力を抜いて大の字になるアイナだが、流石にそのままにしておくわけにはいかないだろう。
とりあえず砂まみれなのでお風呂……いや、温泉に連れて行こう。
お茶会中止!
「わあ……絶対やりたくない。絶対にシロさんとは争わないようにしないと……」
「ん? 次はシオンだよ?」
「嫌ですよ! 脱兎の如く逃げますよ!」
「させないの」
「ギャー! 先回りが速すぎる! 巫狐様なんて事をしてくれたんですかー!」
いや、お前らまず手を貸してくれよ。
隼人も楽しそうに眺めながら冷たいほうじ茶を美味しそうに飲んでる場合じゃないよ!
装備付きのアイナは俺一人じゃ抱えられないんだよ!
アイナが重い訳ではないが、力が入らない人は重く感じてしまうものなんだよ!




