14-7 イグドラ大森林 シロとククリと
アマツクニ天守閣。
最上階『狐々殿』。
普段は厳かな雰囲気を放つ狐々殿から、ここ最近よく聞こえてくる戦闘音が階下の方まで音を響かせている。
城内で働く者達は最初の頃は驚いた様子を見せていたけれど、幾日も続くこの音を今は自然と受け入れるようになっていた。
「……今日はいつも以上に響きますね。おっと、そろそろお昼ご飯の指示を出さねばなりません。今日は……いつもよりも多めが良いでしょうか」
アマツクニの守護神たる巫狐・ククリ様に仕える私ですが、どうやら我が主と戦っている小さな白い女の子のファンになってしまったようです。
というか、城内で働く者は皆彼女のファンでしょう。
「「「タチバナ様!」」」
私が厨房に入ると皆背を伸ばして整列するのですが、そこまでかしこまる必要はないと手で制します。
……私が偉い訳ではないのですが、どうも威圧的に感じるのかこういう対応をよく受けるんですよね。
そんなに怖いですか私?
「そろそろ昼食の準備を」
「「「はっ! かしこまりました」」」
「今日も恐らく……巫狐様も沢山召し上がりそうですので、大量にお願いしますね」
「おお……左様ですか。それは腕が鳴りますね。最近は多く食べていただけるので、この仕事に誇りと喜びをより強く感じるようになりましたよ」
「良い傾向だと思いますが、元々巫狐様の料理人なのですから最初から誇りを強く持ちなさい」
「それは勿論です。ですが、料理人としては作った料理を沢山食べて頂けることに喜びを感じてしまうものなのですよ」
うんうんと頷く料理人達。
巫狐様は小食なので気持ちは分からなくはありませんが、貴方達の仕事も特別なものなのですから、それを忘れないように……。
まあ、今までよりもやりがいを感じ、誇りと喜びを改めて覚える事は良い事だと思いますけれど……。
私も楽しそうにしているククリ様を見ると、今まで以上にこの仕事に誇りと喜びを感じてしまいますからね。
心なしか、巫狐様との会話も増えた気がします。
……この変化も、きっとシロさんが起こしたものでしょう。
「……それでは、昼食をよろしくお願いします。出来次第巫狐様の元へと持って行きますので」
「「「はっ! お任せください!」」」
……やはり、良い傾向なのでしょうね。
活気を以て料理を作る姿を見るだけでもそう思えますし、毒見をする際に味の向上も見られますからね。
※
今日も主に送ってもらってアマツクニにやってきた。
ここ最近はほぼ毎日ククリと遊んでいる。
ウェンディが頻繁に行くのは迷惑ですよと言っていたけど、ククリが良いって言うから良いの。
しゃこーじれーとか、シロ子供だからわかんないもん。
「っ……このレベルもそろそろ終わりで良さそうですね」
「ん。もう慣れた。次いこー!」
高速で放たれているククリの拳は一撃一撃が重い。
躱せなければ防いでも体を壁際にまで吹き飛ばされるような重い一撃が、雨のように不規則な連打となって襲い狂う。
でも、今の速度なら会話しながらでも対処できるようになっている。
ククリがわざと作る僅かな隙を見逃さずに攻守を転化させて、今度はこちらが同じように連打を繰り返す。
こちらが甘い攻撃を仕掛ければ容赦なくまた攻守が逆転するが、分かりやすくて勉強になる鍛錬。
……というか、ククリが言うレベルの調整が凄い。
一定の強さを調整して保ち続けながら戦えるとか、それだけでもククリはやっぱり強いんだと思う。
「はあ……しかし本当に成長速度が速いですね……。そろそろ戦闘と呼べるほどにはなっているかもしれません……。ふふ。子供の吸収力は恐ろしいですね。……いいですよ。貴方がどこまで強くなるのか……私も楽しみです」
ん。もっともっと、シロはやるの。
最近は毎日楽しい。勿論主と過ごすのは格別に楽しいけれど、一日一日ククリの所に来るたびに成長しているのが分かるのも凄く楽しいの。
それに……っ。
「それにしても、今日はやけに気合が入っていますねえ」
「ん。リベンジするの」
「リベンジですか?」
「ん。今主の元に隼人が来てる。この前は何もできなかった。だから、リベンジ」
前回は……その差を比べるのも難しい程にシロが弱かった。
ククリもそうだけど、大きすぎる差に茫然とするしかなかったから。
「隼人、というと今代の英雄ですか……。確か以前手合わせした際は歯が立たなかったとシロは言っていましたね。噂はかねがね聞いていますが、恐らくシロではまだ敵わない相手だと思いますよ?」
ん。分かってる。
前よりは強くなれているとは思うけど、ククリの龍種に匹敵する力にはまだまだ届かない。
隼人もそれに近い力を持っていると考えれば、敵わないのは当然だと分かってしまう。
「でも、前よりどれくらい近づけたかは知りたい」
「そうですねえ……。私とばかり戦っていても分かりにくいですよね。では……シロのリベンジの為にもう少し鍛錬濃度を上げましょうか」
「ん! よろしく!」
「ええ、お付き合いしますよ。シロが満足するまで、いくらでも」
ククリは楽しそうに笑ってくれる。
だから、遠慮なく遊びに来れる。
いっぱい遊んで、もっと強くなる。
主の為なら、いくらだって強くなれる。
「それではシロ? 駄目だと思ったらすぐやめてくださいね? 今までとは違いますからね? ぼーっとしてたり気を抜き過ぎたら……死にますよ?」
「ん。あくまでも鍛錬。無理は……ほどほどにする」
「あうあう……余裕を持ってください。早めに自分の状態を知り、引く事も大事ですからね」
「ん。お腹が空いたら一旦やめるから大丈夫。タチバナが来るまでは……限界ギリギリで」
「はあ……分かりましたよ。それでは……」
「ん」
すっとククリが掌を伸ばして縦に構える。
そしてお互いが構えを取るとさっきよりも疾く、鮮烈に攻めるククリに頭を瞬時に切り替えて冷静に対処する。
不利な動きをしないために、守りやすい定石から外れた動きも織り交ぜながら攻撃を防ぎ、攻められていながらも五分の状態を維持させる。
野性的ではなく理性的に。
本能的にではなく、理論的に。
全ての動きが結果につながるように、理想通りに体を動かしてより自分に有利な状態を作り続けるための動きを続けていく。
レベルが上がると見慣れぬ速度に最初は厳しくなるし、多分シロは苦手な分野だけど、覚えさえすればシロはもっと高みに登れると思う。
それが分かるからこそ……楽しくて仕方がない。
「……笑うんですよね貴女も。本当に、怖いなあ……」
「ん?」
「いいえ、何でもないですよ。ほらほら集中を乱さない」
「むう、ククリだって集中乱してる」
「私は乱していませんよ? ほら、見ての通りシロに攻撃をさせていませんからね」
「うう……むかつく」
「あ、乱れました。乱れましたよー。ほらほら、当たっちゃいますよ?」
「むかつくー!」
ううー。ククリの言う通り、他の事を考えていても集中出来ているのだから凄い。
凄いけどむかつく……。
「……主にトロトロにされた癖に」
「っ!」
「ん。乱れた。シロの番」
「ひ、卑怯ですよ!」
「戦いに卑怯も何もない。隙を見せた方が悪い」
ふっふっふ。流石主。
主は獣人に対して最強。
いついかなる時も揺るぎない。
「ぐぬぬぬ! 分かりましたよ! 集中してボコボコにしてあげますよー!」
そうはさせない……と、思ったのに大人げない!
シロと同じような背格好だけどシロの何倍も生きているのに大人げない!
絶対にレベル一つ上げたー!
むううう。もう一回! もう一回攻守逆転させる!
お昼ご飯の前にもう一回させる!
「巫狐様、シロさん。そろそろお昼ご飯に……と、随分コテンパンにされたのですねシロさん」
「ぐぬぬぬ……」
逆転できなかった……。
「ふう。少々やりすぎてしまいました。タチバナ、食事の前にシロの手当てを」
「はっ!」
「必要ない。お昼食べれば治る」
「そうですか? 最後は私もムキになってしまいましたし、無理はしない方が良いですよ?」
ん。ムキになってるのは知ってる。
苛烈だった……でも、いい経験にはなった。
「常に万全という訳にもいかないのが戦いだからいいの」
「常在戦場の心得ですか……。まあ、シロがそう言うなら構いませんが。それではタチバナ、昼食をお願いします」
「はっ。準備は出来ております」
「今日は……少しお腹が空いているので沢山食べてしまいそうです」
「沢山作ってありますので、お腹いっぱい食べてください」
「ん。今日もいっぱい食べる。ご飯食べたらまたやるからね」
ん。ここのご飯は美味しい。
お肉は少なめだけど、美味しいから良い。
でも、ウェンディとミゼラのご飯の方が美味しい。
主のご飯はもっと美味しい。
ウェンディに話したら嬉しそうにしながらも、こっちで口に出したら駄目って言われたから言わないけども。
「ところで、シロ殿の調子はどうですか?」
「ん。良い感じ?」
「そうですね。確実に強くはなっていますよ。数万回に一度くらいならば、スキルを使えば私に勝てる可能性も出てきたかもしれません」
「そこまでですか……」
数万回に、むう……と、言いたいところだけど、ちょっと嬉しい。
納得出来てしまう程にククリとはかけ離れていたから、成長したんだと受け入れる。
「それでは、お昼を食べてから再戦しましょうか。シロは食べっぷりが素敵ですから、私はこの時間が楽しみなんですよ」
「ん。シロの食べっぷりに酔いしれると良い」
「ふふふ。そうですね。今日も沢山食べてくださいね」
「ん! 美味しく食べて、沢山遊ぶ! それで隼人にリベンジ!」
腹が減っては戦は出来ぬ。
沢山食べて、シロは今日も強くなる!
来週はお休みすると思います!
ちょっと集中して10巻を進めておこうかなと!
安全圏というか、安心できる程度には進めておきたいなと!
 




