14-2 イグドラ大森林 クリスとミゼラ
……さて! 隼人達はこのまま泊まっていくのかな? と思ったのだが、宿を取っているらしく数日分先払いしているのでそっちに泊まるとのこと。
だが、俺達と一緒にイグドラ大森林に行くのでこのままアインズヘイルに滞在するらしい。
一応隼人も貴族なので王国でやることなどあるんじゃないか? と思ったのだが、あの事件がきっかけで起きた事なので、王様からも許しを得てこの件が解決するまで自由にして良いそうだ。
それで、俺はお説教というか、愛情をたっぷり感じた後は旅行と正座の疲労感でお風呂に入ってすぐさまぐっすりと眠りました。
久々のベッドだったのであっという間に寝てしまいましたとも。
夢で最後のエルフエ・ロフでお酒を飲んでいたのは誰にも言うまい。
翌日はたっぷりだらだらしつつ、久しぶりの我が家を堪能して改めてぐっすりと寝たのが昨日。
つまりは帰ってきてから二日後で、今がどれくらいかは分からないが多分朝。
まだ眠いがまぶたを擦り、のっそりと起きて欠伸をしつつやはり我が家はいいなと再確認して朝食を食べにダイニングへと足を運ぶ。
んんー……一階に近づくほどに朝食の良い香りがするのはいいねえ……。
朝起きて、トースト一枚や冷や飯をチンではなくしっかりとした朝食があるという幸せ。
さーて、今日の朝食はなんだろ……な?
「ミゼラ? どうしたんだ?」
何故か普段いるキッチンではなく食事をするテーブルの椅子にちょこんと座り、ちらちらとキッチンの方を気にしているミゼラがいた。
「あ、旦那様……。おはようございます。寝ぐせ凄いわよ」
「あー……おはよう? 寝ぐせは後で直すけど、今日はウェンディの手伝いはしないのか?」
「えっと、ウェンディ様ならシロと二人で朝市に行ったわよ」
「へ?」
あれぇ? でもキッチンの方から包丁の音や皿を用意する音が聞こえてるんだが?
「よいしょっと……あ、お兄さん。おはようございます」
「え? クリス? お、おはよう……?」
「ふふ。寝ぐせ、凄いですよ? すぐご飯のご用意しますので、お顔を洗って来てくださいな」
「お、おう……」
えっと……なんでクリスが?
いや、午後からはクリスと予定があったのだが、まだ朝だよな……?
ウェンディ達は朝市に行ったとミゼラが言っていたし、朝のはずだと顔を水でぱしゃぱしゃしながら考えていると、後ろから髪を櫛で梳かされる。
「ん……全然直らないわね……お水ちょうだい」
「おーう……?」
「えっと、疑問に思っていそうだから先にこたえておくけど、朝クリスさんがいらして、ウェンディ様に許可を取って朝ご飯を作り始めたの。手伝おうと思ったのだけど……全部作らせて欲しいと言われてしまって、ではお任せしますね。と、ウェンディ様はシロと久々の朝市へって感じです……」
「おーなるほど」
ミゼラに櫛で髪を直されながら、現状を把握。
うん。まああれだ。つまりは久しぶりにクリスのご飯が食べられるという事だな!
という訳で寝ぐせ直しに悪戦苦闘しつつダイニングに戻ると、既に厚焼き玉子やおひたしの小鉢や茶碗やお椀などが並んでいて、ご飯は釜ごと用意されていた。
そして、メインとなるのが……。
「焼き魚お待たせしました。焼き立てですので熱いうちにどうぞ」
「おおお……」
見事なまでの朝御膳……。
お味噌汁、白米、厚焼き玉子、焼き魚におひたし、漬物は大根ときゅうりかな?
アマツクニで沢山味わった和の御膳だが、やはり朝からテンションが上がるな!
これに納豆や冷奴があれば……いや、贅沢は言うまい。
「調味料はウェンディさんの許可を得て使わせていただきました。それではどうぞ。お召し上がりください」
「おお……いただきます」
まずは味噌汁を一口……。
ほぅあぁ……胃が……胃が優しくされてるぅ……。
寝起きの身体を目覚めさせるような温かみが体の中から元気にしてくれているようだ……。
具材は葉物と……これは肉かな? 味噌汁に肉は珍しいな。豚汁風?
……違う。どちらかと言えばこの食感……油揚げに近い。じゅわってくる。
「ほああ……」
うっまぁ……。
え、何この食材食べた事がない……。
じゅわって……油揚げに近しい食感だよ。
懐かしいなあ……。
クリスは俺の虫嫌いは知っているだろうから虫ではないだろうし、あとで教えてもらわねば。
そしておひたしは……シンプルにほうれん草を茹でたものか。
鮮やかな緑色で葉と茎のバランスがいい。そこに醤油。そして細かいところではあるが胡麻が少々振られているのだが、しっかりと炒ってあるので香りがとても良い。
こういう小さな工夫って大事なのよ。
一手間が美味しいの……。
厚焼き玉子。
甘い、しょっぱい、出汁など好みが分かれているが、俺はどれでも美味しくいただける……これは甘い卵か。
……うん。大変美味しゅうございます。
この形の美しさ。これは専用のフライパンを用意……あ、使ってないの? 凄いねえ……。
白米は最高の炊き具合である事は、粒を見ればわかるとして……大変なのは焼き魚さんですよ。
思わずさんをつけてしまうほどに、見ただけで分かる絶対に美味い奴。
焼き立てという事で早速箸を入れると皮がパリッと割れるのだが、黒く焦げている訳ではなく美しい焦げ目であった。
ムラなく焼き上げられた魚は均一に火が入っており、身に箸が当たるとじわっと旨味という汁が溢れでおる。
大根おろしも用意されているので醤油を……とも思うが、皮に軽く塩が振られているのでまずはそのまま……。
……うん。美味いよね。
焦げによる苦味なんてある訳もないよね。
それどころか、食欲を誘う香ばしさが口から鼻に抜け、溢れんばかりの旨味が噛むたびに主張することをやめないの。
「美っ味ぁ……。なにこれ。美味ぁ!」
えええ……魚は勿論好きだが、肉と魚どっちが好きかと聞かれたら流石に肉と答える俺も、この魚なら考えてしまう。
塩を振って焼いただけだろうに、なんたるジューシィさ……。
焼く寸前まで泳いでましたと言われても信じられるほどの鮮度を感じる。
というか、君まだ生きてない? あ、生きてます。と言われても驚かないよ!
もういつまでも噛んでいたい……っ。
「本当……! 凄い……美味しい」
「ありがとうございます!」
「何が凄いって、一番は小骨だよな……全く気にならない」
焼き魚にとっての一番の天敵たる面倒くさい小骨を、箸でほじくったり口に含んだ後ぺっしなくても気にならないとか凄すぎる……。
「いっぱい試作をしましたので!」
試作……分かる。俺には分かるぞ。
数々の努力と経験と実践からなる成功までの茨の道ともいえる試行の数々が……!
「……隼人様達には、暫くの間お魚ばかり食べていただきました」
「あー……だろうなー」
いや、だがそれでもそれだけの価値のあるお魚だよ。
これから先隼人は焼き魚を食べる際は全部これか……羨ましい!
ちょっと焼き方を教えてくれませんかねクリスさん?
今日のほら、午後の約束の対価というか、なんでもしますからどうですかね?
「はあ……あっという間に食べ尽くしてしまった……」
未だかつてこんなに綺麗に魚を食べたことはなかったかもしれない。
元々魚は綺麗に食べる方だと思っていたが、身の一欠片すら残さずに、漫画やアニメの表現かのように頭と背骨と尻尾の先しか残っていないよ。
「美味しかったわね……。焼き方一つであんなに違うなんて……」
「ああ。これが食べられてラッキーだったな。今日いない皆は可哀想に……」
というか、俺はこれから普通の焼き魚に戻れるだろうか……。
ウェンディやミゼラの作る焼き魚が美味しくない訳じゃない。
だが、クリスの焼き魚が頭一つか二つか三つ程抜け出てしまっているだけなのだが、ちょっとこれは比べてしまいそうだなぁ……。
「あーご馳走様クリス。美味しかったよ。物凄く」
「ふふ。ありがとうございます。お粗末様でした。喜んでいただけて私も嬉しいです。誉められたのでお茶が出てしまいますね。どうぞ」
クリスが淹れてくれた緑茶で一服。
ほお……飲みやすい温度が良い……この心遣いよ……。
はぁぁぁ……完璧な朝ご飯でございました。
これは今日一日朝から元気に行けますよ。
「満腹満足だ~……で? 朝食を作りに来るなんてどうしたんだ? 約束って午後からだったよな?」
「はい。午後からであってますよ。朝ご飯は……その……お詫びとお礼の為に作らせていただきました」
「ん? お礼は午後のか? お詫びって……あーもしかして――」
「はい。お察しの通りです」
詫びられる事って言ったら、それしか出てこないしなあ……。
「あー……昨日も言ったが……」
「分かってます。お兄さんのお気持ちは尊重したいと思っています。……でも、私としても、とても大きな恩でしたから何もせず今まで通りという訳にはいかなくて……」
クリスは何とも苦虫を潰したような表情をし、顔を伏せる。
「……私、何もできなかったんです。隼人様を止める事も、どうすればいいかもわからなくて、何もできなかったんです。ミィもいなくなってしまって、バラバラになっちゃうのかなって、自分の事ばかり考えて……。お兄さんが来るって聞いて、お兄さんなら隼人様を……って、勝手に頼りにして本当に解決してくれて……言い表せない程の感謝と、悔しさと情けなさが募って……。でも、お兄さんは今まで通りで良いって言ってくれましたけど……ちょっと難しくて……」
……これは、俺の配慮が足りなかったかな。
隼人は別として、あれでそのまま分かったと受け入れられる程器用じゃないか。
不器用で、真っすぐで、良い奴らだからこそ重荷になっちまったかね。
本当……隼人によく似てるのが集まってるな。
「だから、自分自身を納得させるためのお礼とお詫びをしたかったんです。大した事はできませんでしたが、それでも……何かしたかったんです」
俺の気持ちを尊重してくれようとしてるんだな。
心に折り合いをつけるためのけじめってやつかね。
まあ、これで今まで通りになってくれるってんなら構わないか。
「お礼としてなら十分だよ。美味かった。今まで食べた焼き魚の中で一番だ。また機会があったら食べさせてくれ。今度はお礼とか関係なくなるけど、いいか?」
「お兄さん……。はい! これから可能な限り作ります! 旅の時もお任せください!」
そっか。隼人達と旅か……。
一緒に出掛けるのは王都に行って以来だもんな。
それは楽しみ――っと、ミゼラ?
どうしたんだそんな悲痛な顔をして……。
「ミゼラ?」
「……ごめんなさい。まだ私は割り切れてないの。私は、旦那様と隼人さん達との関係をよく知らないから……」
……そういえば、ミゼラは隼人達と正式に挨拶を交わした事はなかったな。
隼人達に最後に会ったのはこの前を除けばユートポーラだったからな。
「旦那様が刺されて血がいっぱい出ているのを見て、目の前が真っ暗になったの。旦那様がいなくなっちゃうって、あんな想い……一度でもしたくなかった」
「……ごめんなさい。当然です。ミゼラさんが謝る必要なんてありません。それだけのことをしたって――」
「違うの! そうじゃないの……。本当は……黙ってようって、私だけが許せないだけなのだから、割り切れないだけなのだから、心の中に伏せておこうと思ってたの。でも……でもね? 今日少しだけ話しをして、話を聞いて、料理を食べただけでも分かるわ。貴方は誠実でとても優しい人でしょう? きっと、旦那様が思う通りの人だと思うの。だから……心に伏せるのではなく、私も皆みたいに貴方達を知って、許せるようになりたいの。……出来れば、次は貴方と一緒にご飯を作りたいの」
顔を上げ、瞳を潤ませながらも笑顔を作り、クリスに向かって手を伸ばすミゼラ。
そして、その手をクリスはそっと両手で包みこむ。
「その……焼き魚の焼き方を、教えてもらえないかしら? 出来れば……旦那様達と同じように友人として」
「はい……勿論です。喜んで、お教え……します……。一緒に、作りましょう……」
二人の美少女が笑顔を保とうとしながら目を潤ませて、手を触れ合う。
力は入っていないながらも、固い握手を交わしていた。
思えば、ミゼラとクリスの境遇は似ているところも多くある。
この二人は、いい友達になるだろう。
この予感はきっと当たるだろうな。
次の更新は月曜日予定―!
そう! 7月25日月曜日はノベルス9巻とコミックス5巻の発売日だからね!




