13-14 和国アマツクニ 感覚共有
チュンチュン! っと、小鳥のやる気に満ちた囀りを聞いて目を覚まし体を起こす。
起きたばかりのぼーっとした頭で周囲の光景を見回していると自分の身体から生えている尻尾が目に入ったので抱きしめながら乱れた部分を直しつつ、昨日の出来事が夢ではなかったのだと自覚する。
そして、ソルテとレンゲが昨日の夜のままベッドの上で仲良く縦に並んで……という訳でもなく雑な体勢で眠っている。
昨日は……凄かったから仕方がないだろうな。
レンゲの言っていた獣人同士の交わり、つまりは尻尾も絡めてするソレは、興奮と快感の入り混じり方が半端じゃなかった。
脳が溶けるかと思うほどの快楽と満足度が凄まじく、普段よりも大分激しくなってしまったと思う。
二人も同じだったようで、普段以上に興奮して積極的で情熱的であった。
……が、増加した快感のせいで歯止めが利かず二人共疲れてしまって完全に寝入ってしまっている。
俺はというと……何故か元気であった。
物足りなかったという事はまずないが、とても元気だ。
獣人化して体力も増えたのだろうか……? それとも単純に地龍のお薬のせいだろうか?
まだいける気がするが、二人を起こすのは流石に悪い。
そんな事を考えていると、部屋がノックされる。
ウェンディが起こしに来たのかな? と思い、ベッドを降りて扉を開こうとしたのだが……。
「朝早くから失礼します。大変申し訳ないのですが、一度狐々殿にいらしていただけないでしょうか」
「……タチバナさん? あ、ちょっと待ってください。今服を着るので……」
「っ……え、ええ。ゆっくりでも構いませんので、お待ちします……」
服を着る……つまり今は裸または下着姿という事を自らばらしてしまい、なんとなく察されたなと感じたがとりあえず急いで着替える事にする。
二人は……可哀相だし寝かせておくとしよう。
とはいえ、誰かに一緒には来て欲しいんだが……。
「ふわあ……おや。お館様の部屋の前に不審者がいると思ったらタチバナじゃないですか。こんな朝早くから何をしているんですか……? あ、お館様達の情事を覗いていたんですかぁ? 相変わらずむっつりですね。で、何しにきたんですか?」
「シオン……。覗いてなどいませんよ。そのお館様を巫狐様がお呼びなのですが……」
「ククリ様が……? んー皆寝ているようですし、私も一緒に行っても構いませんよね?」
「ええ……勿論です」
という事で、シオンが一緒に行ってくれることになったので早速狐々殿へと向かう事になった訳だが……。
「あう……あ、……っ! ん……ぅ……っ!」
……御簾の奥でククリ様が昨日のソルテやレンゲのような声を零して座している。
身体をよじり、何かに耐えているようだが一体……。
「あ……よ、よくいらっしゃってくださいました……。朝早くからご足労頂き申し訳……あっ……また、ぁ……っ!」
と思ったら、座りを崩して体を倒し、びくびくと跳むように腰を震わせて……って……。
御簾越しゆえになんか余計に……その……ね。
「これは……一体?」
「なんですかなんですかこれ? 異常事態ですか? まさか八尾様がお館様に取りついた影響ですか!?」
「ええ。その……何と言いますか……」
「は、八尾とぉ……繋がっているのでっ、感覚が、伝わっ、てぇ……っ。来ているので……っ、んあっ!」
なんとか体を起こして座る姿勢に戻ったようだが、まだ収まらないらしく何度も体をビクビクとさせているククリ様。
ククリ様と八尾は会話ができるだけではなく、八尾の感覚も伝わるという……それはすなわち、昨日の夜のアレコレが全部丸っと伝わっているという事だろうか?
昨日のって……それは、大変まずいのでは?
「え、でもお館様は普通にここにいますよ……? どういうことですか?」
そう。そうだよ。
感覚が伝わるとしても今俺はここにいて、普通な状態な訳なのだよ。
「んっはあ……ふぅ……体が、離れているせいか……私の身体が未熟なせいかわかりませんが……ゆっくりと、じわじわと伝わってきましてぇ……その、どれだけ、こん……な凄いの……っあぅ! っっ!」
……やはり昨日俺が感じたものがゆっくりとはいえ訪れてきていると。
それが重なる事で耐えがたい物になっていったという訳か……なるほど。
……なるほどじゃない! 昨日は相当激しかったから、これは不味いと思うのですよ!
事案!? 事案かなあ!? いやでも指一本も手は出していないので個人的にはセーフだと思うんだけども!
「……つまり、お館様が昨夜感じたものをククリ様も感じていると……?」
「はあ……はあ……はい、正確には、八尾が感じたんぅ、ものですが……その通りですっ……んくぅっ! はあ……はあ……あう……なんとか、これで……治まったようです……」
えっと……昨日は明るくなってきたかなくらいで三人とも限界を迎えたので、そこから今の時間を考えると……3時間くらいか? 始めた時間を踏まえると、8時間~って所で……その時間を耐えていた訳か……なんか、ごめんなさい……。
治まったらしく、御簾が上がってお姿を見る事が出来た訳だが……汗ばんで張り付いた前髪、紅潮した頬と艶めかしく潤んだ瞳、肩まで出てしまい乱れた衣服などなど、ククリ様のお姿ではよろしくない状態であった。
「巫狐様……お水です……その、水分を補給した方が……」
「ありがと……ございます、タチバナ。ん……んっ……はぁぁぁ……」
お水を飲んで更に一息吐くと落ち着きを見せ、タチバナさんがハンカチを取り出して汗ばんだ肌を拭いて差し上げると、まだ少し顔は紅いもののどうにか普通と呼べる状態にはなったようだ。
……普通とはとか思っちゃいけない。
原因は俺……だけではないが、俺でもあるのだから。
「その……お呼びした理由なのですが……。皆様はそういう関係なのでしょうし、お止めする訳にもいかないのはわかっているのですが、その……少し、ほんの少しだけ自重していただけると……。流石にこれでは守護に不安を覚えてしまうので……」
うん。そうだよね。
ちょっとあの状態で守護もしますってのは、無理があると思うよ俺も。
「……そうみたいですね。わかりま――」
「……ちょーっと待ってください! それは困ります!」
「え?」
「……ふぇ?」
「この後は私の番なんです! もうずっとお預けなんですっ! 今日と明日は私の番なので、二日間どうか耐えて欲しいです!」
……いや、いやいやいや。何を言い出すんだお前。
お前も今見ただろう? 限界ギリギリのこの国で一番偉い人の姿を……。
お前アレだぞ? この方は俺達よりもはるかに長い時間を生きているとはいえ、今の姿は……だぞ?
いや、そんな話ではなくそもそも守護が出来なくなるのは国家的な大問題だろう。
「そ、そんなあ……あうあう……でも、仕方ないですよね……こんなお願い……」
「シオン。巫狐様からのお願いですよ?」
「そんな事言われても、私は別にアマツクニ市民ではもうないですからね。どうしてもというのであれば、それ相応の対価を所望します!」
……おいおいおい。
お前がククリ様と問題を起こすなと言っていたんじゃなかったのか?
正真正銘のヤバい人だろうその人。
龍種と同等に扱うべき相手なのに、お前さんはなにをしちゃっているの?
「……しめしめ。これでお節介焼きのお館様はククリ様の為に私が喜んでその条件を飲むような嬉しい対価を出してくれるはず。ウェンディさん達の約定よりも、お館様の言葉が最優先……。たった二日の独占よりも、私はもっと大きな実を得るんですよ!」
「……聞こえてるぞ」
「あら? やだなあもう。盗み聞きですか?」
相変わらずわざとらしい。
だがまあ……事実その通りに動くしかない訳だ。
ククリ様は常識人のようなので、『そうですよね……。愛する方々のお邪魔をすると、お馬さんに蹴られてしまうのですものね……。仕方ありませんが……あうあう……』と、しょげているのを見ていられないっ!
とはいえ、だ。
「……主として、命令する事も出来るんだがな」
「それならそれで従いますよ。どうしますか?」
あっけらかんと言ってのけるシオン。
実際問題命令を出されればそれはそれで構わないと割り切っているようだが、はあ……俺はそうしないと分かっているんだろうな。
「……分かった。シオンの為に数日取るよ」
「やた! 少なくとも三日以上で! それでしたらお館様の為に我慢します!」
「分かったよ……。じゃあ、アマツクニにいる間は我慢だな」
「はーい! 了解しましたっ! あ、ウェンディさん達にはお館様から告げてくださいね? 私が告げたら絶対私が詰め寄られますので!」
「分かった。俺から説得するよ。という訳で、自重しますので……」
「うう……すみません。ありがとうございます……。あれ以上は流石に……。九尾になってまだ数年なのに、もう一尾と代わらねばならないところでした……」
ぺこぺこと頭を下げて感謝するククリ様。
いや、なんか本当に、こちらこそすみませんでした……。
恐らくだけど、切り替わるのだって楽ではないでしょうに……。
「その、何かお礼を……」
「あーいえ、気にしないでください」
ええ、本当に、気にしないでください。
むしろこちらがお詫びを差し上げたい気分ですので……。
シオンは……何か妄想しているのかだらしない顔をしているので、後程思い知らせておきます。
「そういう訳にはいきません。度重なるご迷惑と、私からの懇願をお受けしていただけるのですから」
「いやでも、タチバナさんがお土産を用意してくれるので間に合ってますしこれ以上は……」
現状既に最上級のお礼を頂くことになっているのに、これ以上貰うってのは逆に申し訳なくなってくるし……いや、待てよ。
あの尻尾……七つの尾を愛でさせて、もとい手入れさせて欲しいと言えば今ならば通るのではなかろうか?
七つの……出来れば八尾が戻った後に八つの尾を同時にモフモフパラダイスに身を委ねる事が出来るのではなかろうか!
無礼かもしれないのは承知している。
だが、昨日我慢したあの衝動を叶えるチャンスはここしかないかもしれない。
シオン同様、試してみるだけなら……駄目ならきっぱり諦め…………諦めるっ!!
「……でしたら、巫狐様の尻尾を手入れさせてはいただけませんか?」
「……巫狐様の尻尾に触れさせろ、と……? それが、どのような意味を持つかはおわかりですか?」
ビリビリとした視線、そしてドスの利いた声。
獣人、それもこの国の至宝ともいうべく巫狐様の尻尾という事で、怒気を含めた質問をタチバナさんからぶつけられてしまうのも当然と言えば当然か。
獣人にとって尻尾は大事な物。
それも巫狐様の尾という事は、先代や先々代などすべての巫狐様に触れるという所業だものな。
流石にこれは、駄目か……。
「……タチバナ。貴女が口を出す事ではありません。私が個人的に礼をさせていただく立場なのですよ?」
「っ……は。失礼いたしました……」
至って冷静に、落ち着いて、淀みのない声でタチバナさんを嗜めるククリ様。
そのお姿にやはりこの国で一番偉く、一番の威厳を感じざるを得ない程の大きさを感じる。
まるで先ほどまでの姿などなかったかのようである。
「私は構いませんよ。むしろ、お手間を取らせてしまいますし、そんな事がお礼になるのであれば構いません。一尾から七尾も喜んでいるようですし。ですがその……今日はどうか勘弁していただけると嬉しいです……」
「はい。勿論です。では、八尾様が戻ってからでどうでしょうか? 自分についていると手入れが少ししづらくて……。どうせなら、八尾様もご一緒に完璧なまでに綺麗にさせていただきたく思います」
「はい。構いませんよ。ふふふ。綺麗にしていただく事がお礼とは……素敵なお礼ですね」
「実益も兼ねておりますのでご安心を。それでは、皆待っていると思いますので……」
「はい。あ、それと……一応来る際は普通にお願いします。貴方達ならばタチバナに顔を通せばこちらに案内するようにしておきますので」
ん? 普通にって何の事だろう? と思っていると、すぐさま天井から誰かが降ってきた……って、シロ?
「……ん。気付かれた」
「はい。気付いていました」
「シロ、お前いつの間に……」
「なっ……いつの間に……。というか、ここに忍び込むなど……!」
「タチバナ? 彼女は皆さんと一緒に入って来たんですよ?」
「え……そんな、まさか……」
俺もタチバナさんと同じくまさかだよ?
一緒に……? いや、そんな姿は確認していないのだが……。
「私でもなんとなくしかわからなかったんですが……。シロさんの隠密スキルのレベル上がりすぎでは……?」
「ん? ウェンディの視線を掻い潜ってつまみ食いしてると上がった」
そんなので上がるのか……。
隠密って、確かオボロの連中が使ってたスキルだよな。
もしかして、見ただけで覚えたんだろうか……?
「……次からは警備体制を強化せねばなりませんね。申し訳ございません」
「いえいえ見事な隠密でしたからね。仕方ありません。オボロにもこれほどの使い手はいないのではないでしょうか?」
「……でも気付かれてた。やっぱり……強い」
「はい。私、とても強いですよ」
落ち着いた調子のまま平然と強いと言ってのけるククリ様。
その姿からじゃあ想像もできないが、シロやシオンの真剣な表情を見るに言葉の通りなのだろう。
一体どれほどの強さなのだろうか……。
「……今度、遊びに来てもいい?」
「はい。貴女ならばいつでも構いません。正面から来てくださっても構いませんし、警備強化にも繋がるので今回のようにいらしていただいても構いませんよ? それに遊び相手など、滅多に来ませんので……私も楽しみにしていますね」
「……ん。ありがとう」
「いえいえ。これもお礼の内ですのでお気にせず」
……遊び相手が増えた?
と、いう訳ではなさそうな雰囲気だぞ?
ククリ様は柔和に微笑んでいるが、シロは少しピリッとしている気がする……。
「あーお館様? そろそろ皆起きますし、親方さんに今日こそお会いしないとですよ?」
「あ、ああ。そうだった。それじゃあククリ様。そろそろ失礼いたします」
「はい。この度もご迷惑をおかけしました……。また、お礼を受けに来てくださいね」
こうして狐々殿を出た俺達をタチバナさんが見送ってくれた後の宿への帰り道でのこと。
「それでシロ。なんであんな所にいたんだ?」
「ん? 主がお出かけするから護衛~」
「え、私がいたじゃないですか……」
「アレ相手だとシオンだけじゃあ不安」
「ううう……そりゃあそうですけどぉ……。自惚れるわけではないですが、私だってそれなりにやれますし、お館様の為ならば命を懸けてお守りするくらいはしますよ?」
「ん。でもしゅんえーきさいじゃ不安」
お、俊英鬼才をここで使ってきたか。
「ぐぅっ! シ、シロさん? それはやめませんか!?」
「ん? うちじゃ一番弱いしゅんえーきさい?」
「ぐはあ! 絶対言われると思った! そうですよねそうですよね! 皆さんより弱いのに俊英鬼才だなんて呼ばれちゃおかしいですよね! 言われるだろうなと思ってましたよ畜生!」
慌てるように悶えるように頭を抱え、くねくねと恥ずかしがっているシオン。
耳が赤いので本気で照れているようだ。
とはいえ、別に戦闘面だけで言われていたわけじゃないだろう?
「ん。まあでも、シオンにも気づかれてると思わなかった」
「ううう……まあ、私の場合はシロさんが隠密スキルを持っているのも知っていますし、オボロにもいたので慣れてますからね。位置はわかりませんでしたが、シロさんが付いてきていない訳が無いというのと、視線を感じていましたので……」
「ん。やっぱり有能。しゅんえーきさい」
「ぐはああ! うええんお館様ー! シロさんがいじめますー!」
「俊英鬼才が泣いてるな」
「お館様まで酷いー!」
ポコポコと叩かれるが痛くないので、どちらかというと可愛らしく、ついつい笑ってしまう。
そんな俺を見て、少し叩く力を強くして抗議し続けるシオン。
「むう……褒めたのに酷い」
「なー酷いなあ」
「え、褒めてたんですか今の!? 褒めるんならもっとわかりやすく褒めてくださいよー!」
多分傍からはじゃれ合っているようにしか見られておらず、朝っぱらからと不満がたまっている事だろうな。
だが……知った事か!
こういう時間が幸せなのだから、
「そういえばふと思ったんですけど、今のお館様がククリ様としたら感度倍増って事ですかね? 今でアレでしたし……これはまさか、お館様によるアマツクニ陥落が実現――あいた!」
「しません。そういう物騒な事言うんじゃないよ」
「わ、わかってますよう……。冗談ですってば」
変な事に気づくんじゃないよ……。
ほらほら、くだらない話をしてないで朝餉だよ朝餉。
今日一日を元気よく過ごすために朝餉を食べに宿に帰るぞ。
……シロも反応に困るからククリに手を出すならシロにも! って顔はしないでおくれ。
色々と、書いてから消して軽くした……寂しい。




