12-18 愛する人の為に 英雄と凡夫
全力全開。
余すことなく全力で、考えうる限り全開だ。
そして、攻められたら終わりの俺には攻めるしかないので攻め続けるのだが、隼人は冷静に捌いて隙を見つけては俺を崩して攻撃に転じてくる。
その際は、全力で回避に徹しなければならない。
一撃粉砕必至であり、某すぐ死ぬゲームを初見クリアする並の無理さ加減だ。
「『光の聖剣』」
隼人が振り下ろした光の剣が、街道をえぐり木々をなぎ倒す。
あいつも全力だ。
ひりひりするような緊張感と恐怖心。
それと同時に、隼人との真剣勝負に心は踊る。
すげえ。やっぱすげえな。
強いな。誰よりも。
レアガイアを目の前にした時以上に肌がひりひりしている。
己の過信なんて、一ミリも出てこない程に圧倒的な差が俺達にはあると痛感する。
コンマ数ミリずれただけで、俺はミンチどころか消し飛ぶかもしれない。
「ぐっ……」
「はああああ!」
俺が痛みに顔をゆがめても、お前は手を休めない。
それでこそ、俺の認めたお前だよ。
でも、俺もやられっぱなしじゃないんだよ。
「っ……これは……」
「『不可視の牢獄』」
「こんな薄い壁……すぐに壊して……っ、何枚も? こんなもの……時間稼ぎにしかなりませんよ!」
「ああ。時間稼ぎだからな。ほれ、俺の攻撃は……上からくるぞ」
「冷た! 雨……? いや、これは……!」
どどどどどっと、隼人の上に水が降り注ぐ。
ただの水じゃあないぞ。温泉水だ。
先ほどから『排出』で普段温泉に流しているお湯を上空にためておいたのだ。
そしてそれを、不可視の牢獄で四方を固めた隼人を、水の中に沈めるために降らせたのだ。
「がぼっ……」
「知ってるか? 空気と比べて、水の抵抗は約20倍。それに、ステータスが高くなると、息を止めておける時間は伸びるのかね?」
ステータスの穴。
肺活量はステータスに関係ないだろう?
クルクルと俺は余裕を見せるように回り、ぴたっと止まって刃を隼人に向ける。
抵抗がすさまじくて速度を付けて光の聖剣も降り降ろせまい。
そのままブラックアウトしちまえよ。
そして、不可視の牢獄の特性上こちらからは攻撃が通る。
さあ、遠慮なく麻痺ってもらおうか!
「……!」
「ちっ、なんでこれで躱せるかね」
「ごっぼぼぼ……」
「でもいいのか? あんまり呼吸が荒くなると、余計に苦しくなるだけだぜ? これで終わり――」
ダンッ――っと、隼人から光のオーラが上空へと向い、それと同時に不可視の牢獄が全て破れて温泉水が流れ出る。
「な、訳ないか……」
「ごほっ、げほっ……凄いです。イツキさん。少しだけ焦りましたよ」
「褒めんなよ。嬉しくなっちまう。それを言うなら、凌いだお前もだろうが」
一回こっきりの隠し玉だったってのによ……。
あっさり破ってんじゃないよ全く。
「ついこの間魔王を倒した際に得た力です。『光の聖剣』の力を纏い、身体能力を向上することが出来るんです。これが無ければ……いえ、無くても地面に穴を開ければ何とかなったかな?」
凄いとか言いながら、余裕そうに言うじゃないの。
シロの被装纏衣と似たようなもんか。
つまり、今まで見て来た速度はもうあてにならない……訳っ!
足に痛みが、いや、それを感じる前に地面から浮かされ、体が空中にいるままに斜めに倒されて……蹴り! ガード上げ――。
「がっ……はっ」
「言ってなかったかもしれませんが、剣術だけではなく、体術スキルもあるんですよね」
足払い、そして、正中への回し蹴り……まずい、直撃だ。
あまりの痛みに目を瞑り、地面を転げて痛みを誤魔化そうとするも、どうにもできない。
何より、まだ毒の効果が残っているので回復ポーションを飲むことが出来ないのだ。
このままじゃ不味い……仕方ない。
卑怯だとは言うまいさ。
俺の持っている全てで当たるとは伝えてあるからな。
「これで、終わりですね……」
「ぐ……来い! カサンドラ!!」
「はーい」
地面から出てきたのは、人型形態のカサンドラだ。
まき散らした土属性の魔力球によって、俺の居場所はわかっただろう?
打ち合わせなどしていないが、来ていたことは分かってたよ。
「っ……まさか、地龍!?」
下から飛び出てきたカサンドラは隼人の足首を掴もうと腕を伸ばす。
だが、宙に浮く形になりながらも持ち前の身体能力で隼人は回避して見せた。
「あれ? 逃げられた? そう。私は地龍の長。カサンドラ。君は……今世の英雄かな? 本来なら、相手をする事は無いんだけどね……まあ、あれだ。私の盟友に、酷い事をしないでもらいたいね」
「はは、はははは! まさか地龍とお友達になったんですか!? 凄いですね。本当に凄い!」
ありがとよ。
悪いなカサンドラ、少し回復するまで頼む……。
「シロが見ているようだから、一対一なんだなとは思ったんだけど……呼ばれちゃったからね。水を差して悪いね。代わりに私が一対一で相手してあげるよ」
「そう決めたわけではありませんし、イツキさんは恋人の為ならば『恥も外聞も全部いらん!』という人ですから、構いませんよ。貴女との絆も、イツキさんの全てなのでしょう。それに……貴女で僕の相手になりますかね?」
「言うねえ……。勇者に近しい英雄とはいえ、あまり舐めた事は言うものじゃないよ? ヒト族風情が。食い散らかしてあげようか」
「龍は既に何頭か狩っていますよ。お肉が美味しい事も知っています」
「はっはっはっは。いいね。私、盟友がずたぼろになっているから、実は少し怒ってるんだ。遠慮なくぶっ飛ばせそうだ。別に私が倒してしまっても構わないのだろう?」
あ……それ……まず……。
「僕も早くイツキさんを倒さねばなりませんので……すぐに終わらせます、ね!」
カサンドラが素手で打ち合い、隼人が光の聖剣で応戦をする。
シシリアを相手にしていた時は、傷一つ付かないようであったが……カサンドラの皮膚が裂け、ところどころに傷を負ってしまっているようだ。
剣と拳の連打……。
モーションの違いから、拳の方が手数が上のはずなのに、隼人は残像が見えるかのような速度で対応している。
「おっと、これは完全に予想外だ……。今世の英雄はこんなに強いんだね。盟友、良く戦えたもんだ」
「こちらも予想外でしたよ。本当に……イツキさんは凄いですよね」
「ん? ああ、盟友は凄いよね。うん。君は強いけど、盟友の方が興味深いんだよね」
悠長に話しながらではあるが、お互い足を止めて目にもとまらぬ連打の応戦を繰り広げている。
だが、劣勢と見るやカサンドラが地面を足で叩き、周囲の土を針状に変えて四方から隼人に襲わせた。
恐らく魔法だと思うが、隼人は宙へと飛んでそれを回避、更にはカサンドラに両腕でガードさせ、地面へと沈ませるような強力な一撃を打ち降ろす。
そして、俺に繰り広げたように地面に降り立つと同時にどてっぱらに回し蹴りを打ち放ち、俺のすぐそばへとカサンドラが吹き飛ばされてきた。
「ぐっ……!」
「カサンドラ!」
このままじゃあまずい。
痛みは……ある程度引いたな。
じゃあ……俺の出番だ。
「戦い慣れてるなあ……ごめん盟友。アレちょっと強すぎない……?」
「だろ? でも、助かったよ。ありがとな。後は休んでてくれ」
「私ならまだいけるけど……大丈夫なの?」
「おう。任せとけ」
「そっか……負けるなよ」
負けねえよ。
絶対にな。
あと、少しだから……。
「……まだやるんですね」
「当然」
「僕に勝てる算段はあるんですか? 今の地龍のような策がまだあるんですか?」
「そうだな……5つくらいはあるかもだが……後は根性だな」
「根性……イツキさんから聞くとは思いませんでした。そういう泥臭いの、お嫌いですよね?」
「大嫌いだ。戦いも痛いのも、根性論とか冗談じゃねえな。でも……ウェンディを諦めるなんて、死んでもあり得ない。だから、負ける気はしない。俺が負けない以上、お前は勝てないんだぜ?」
「勝つではなく、負けないですか……。これはまた、随分と骨が折れそうです」
「お互い様だろ。こっちは物理的にもだけどな!」
武器を構え直す。
ルーティーンのように、ゆっくりと大きな動きで。
そして、右手で陰陽刀を立て、左手でマナイーターを横にする。
……これで、準備は完了だ。
『加速する方向性』を前面に展開し続け、隼人への道のりを築き上げる。
そして……陰陽刀とマナイーターを地面へと落としながら、俺は『加速する方向性』へと足を乗せる。
「拳……いいでしょう」
俺の意図に気づいたのか、隼人が『光の聖剣』を上空へと投げてボクシングのように構えを取って迎え撃ってくる。
ああ、お前ならそうすると信じてたよ。
男のガチンコ、最後はやっぱり拳だろう。
加速し、一直線に隼人へと向かう。
振りかぶった拳を、隼人の横面へと向かわせる。
隼人はそれに合わせて拳を引き、俺の顔面に合わせて拳を撃ち下ろし――――。
「……かはっ」
「……終わり、ですね」
完璧に、カウンターが決まっちまった。
その場に崩れ落ちるように、地面が近づいてくるが、受け身を取りようもない。
「……僕の、勝ちです」
「……かもな」
指一本、動かせねえや。
口の中が、血の味がする。
恐らく、奥歯が折れているのかじゃりっとした感触がする気がする。
ガチっと何やら音がして、俺が何とか体を回すと、上空に投げた剣を隼人がキャッチした音だった。
そして、隼人は俺の首元へと剣を突きつける。
「……終わりです。諦めてください」
「……仕方ないか」
「ええ。仕方ありませんね」
「仕方ないから……引き分けって事にしといてやるよ」
「引き分けって……どう見てもイツキさんの負けじゃないですか」
「いや。引き分けだよ。……シロ」
「ん。任せて。『被装纏衣 肆衣鈍蛇』」
シロが鈍色のオーラに包まれ、ナイフの底から双頭の蛇のような細長い物が伸び、更に先の方で分割。
そして……それらは超高速で森の中へと入っていく。
シロの新技。
『緋装纏衣 肆衣鈍蛇』
拘束に長けた能力で、身体機能は変わらないようだが、オーラの様な物が物理的に干渉することが可能となっている。
そのオーラは煙のようで、分離と結合が可能なため障害物にぶつかると二つに分かれて通り過ぎると結合し、障害物を無視して進むことが出来る。
木々を通り抜け、そのまま目標へと一直線上に進んで敵を蛇のように巻き付いて捕縛する。
「場所はもう分かってる。主が、示してくれた。……何もさせずに締め落とす」
「「「「「ぐぅ!!」」」」」
シロが捕まえた5人の黒装束の者達。
隼人を監視していたオボロ達を即座に締め落とし、無力化させる。
これで……こちらの動向を把握する者はいなくなった。
「あれは……オボロ? 彼らは隠密スキルを使って居場所が分からないはずなのに、どうやって居場所を……」
「『空間座標指定』でな。場所の指示は、構えの際の剣先だと伝えておいた」
人数については、さっきのお前を倒す手段が5つってところからだ。
シロには俺の言動にも注意するように伝えておいたから、気づくと思ってな。
この土壇場で、そんなにある訳ねえだろう?
「……これで、お前を監視する奴らは片づけた。お前が裏切ったとて、報告する奴はいない以上、争う理由がない。ゆえに引き分けだから、お互いの恋人をお互い助けるって事でどうだ? 今なら直通ルートを開いてやるぞ」
「なっ……城には、結界が……あ、まさか、アイナさん達が?」
「その通り。これでお前を縛るものは何もない。さっさとレティ助けて来いよ。時間が経つと……異変を感じて助けられなくなるぞ」
「っ……僕と戦いながら、こんな計画を……。イツキさん……あり――」
「引き分けだからな。お礼を言われる筋合いはねえぞ」
さて、あいつらに合図を送るとするか。
あいつらの背中に沿って張った不可視の牢獄を砕けば、それが合図となっている。
大変だったわあ……そっちを解除しないようにしつつ戦うのは本当に大変だったわ。
痛みに耐えながらも解除しなかったんだし、これは最早ハンデだろう。
じゃあもうアレだ。実質は俺の勝ちだな。
結界の破壊と同時に、レティと俺のウェンディの場所を空間座標指定で探し、すぐに座標転移を二つ開く。
「さっさと行けよ。レティの王子様」
「……はい」
「ミ、ミィも行くのです!」
「ミィ……。ごめん……僕が不甲斐ないばかりに……」
「ミィはいいのです……。やっぱり、隼人様を救うのはお兄さんだったのです……。ありがとうなのです!」
ぐっと何かを言うのをこらえた隼人と、こちらに頭を下げるミィがゲートの中へと消えていく。
「ぐ……俺らも行くか……」
「主、大丈夫?」
「ああ……なんとか……ギリギリ」
本当にギリギリだ。
もしあいつが、拳を振りぬいていたら死んでただろうな……。
結局、あいつの甘さに甘える事になっちまった……。
「……無茶しすぎだよ」
「悪い。熱くなった……もっと早く自然に知らせられたら良かったんだけどな……」
「もう……。主、こいつらは?」
「放っとけ。どうせ最終局面まで何もできんだろう」
「ん。締め直しとく」
再度きゅうっと小さく呻いて、紐でがっちりと縛って放置だ。
後ろ手にして、手首と親指までがっちりだ。
「兄貴……」
「あ? どうした? そういや、隼人に何か言うんだったか?」
「やっぱ……兄貴は格好いいっすね」
「んん? おう。シロ、真、入り次第制圧頼んだぞ」
「ん!」「はいッス!」
それじゃあ、俺らも行きますか。
ウェンディ、今助けに行くからな……。




