12-15 愛する人の為に 王の兄、アイリスの父
くそっ……くそっ……!
壊す! 壊してやるっ!
ヤーシスの住まう街も! アイリスもあの男も何もかも!
む? なんだ? 謁見の間の前に人が……。
「師匠ー! 駄目ですって!!」
「放しなさいチェエエエエスゥゥゥ!」
「これ以上はまずいですって! 不敬罪になっちゃいますって!」
「考え直すのデェェェス! あそこには、マイフレンドが! 私と文明を開化するマイフレンドがいるのデェェェェス! 許さないデエエエエェェェェスよぉぉ……………」
小柄な獣人に引きずられていったあれは……変人のエリオダルトか。
奴の作る魔道具はまさしく天才のそれではあるが、作り手であるエリオダルトは偏屈で変わり者だと聞いていたがまさしくだな。
まあ、良く分からんがどうでもいい。
今は私の用事を済ますことが先決だ。
「王よ!」
「む? どうしたゲルガー」
「アインズヘイルに進軍を! 奴ら独立を宣言し、王の領地を奪うつもりですぞ!」
「お前もその事か。問題ない」
「問題ない……ですと?」
「うむ。既にアインズヘイル付近で新兵訓練を行っていた者達を先遣隊として出してある。そろそろ着く頃だろう。後詰にはカラントを指揮官に据えて『守護者』達にも出てもらっているが、そちらも間もなくつく頃だ」
おお!
素晴らしい。噂を聞き、備えていた訳ですな?
先遣隊が先んじてアインズヘイルを取り囲んで威圧し、正規軍の力があれば、守備兵しかいないアインズヘイルなどすぐさま陥落するであろう。
カラントが指揮官というのは気になりますが、王の命令である以上奴も下手な真似は出来まい。
更には元騎士団長のいない今、王国で1、2を争うとまで言われる守護者まで……っ!
王国の兵は近隣諸国を見回してもただでさえ強兵だというのに駄目押しとはまさにこのこと。
これで、アインズヘイルは終わりも同然だろう。
くくくく。
ヤーシスめ……貴様がアインズヘイルに帰った際にボロボロとなった街を見て悔やむ顔が目に浮かぶぞ。
更に……。
「ところで王よ。アインズヘイルの蜂起に協力したアイリスはいかがいたしましょうか?」
「アイリスか……」
「奴は王を欺き、謀ったのです! どうか重い措置を!」
『見えぬ縁を切り継ぐ鋏』の効果はまだ王にある。
ウェンディの縁を切れなかったのだから当然だ。
王のハーフエルフを想う縁が私に繋がっている以上、私の言葉は愛すべき民の声。
これで、私の邪魔をするアイリスは完全に……。
「ふむ。重い措置か。であれば、国外追放などでどうだ?」
「なっ……アイリス……!? 貴様何故ここにいる!!?」
どうしてアイリスがここにいるのだ!
貴様はアインズヘイルの独立の協力者疑惑として、城の一室で監視され、幽閉されていたはずっ!
まさか!
「はっはっは。先ほどぶりですね。ゲルガー」
馬鹿な!
風竜に乗って私は王都に来たのだぞ!?
貴様は我が城に置いてきたはずだ!
「いやあ、風竜よりも私の妻の乗り心地の方が良かったですよ。ああ、変な意味ではございませんからね」
ぐっ、ふざけるな!
風竜の速度に匹敵するヒト族などいてたまるかっ!
私のオボロも速度にも特化しているが、人一人抱えて風竜に追いつくなど出来はしない。
いかに貴様のシノビが優れていようとも、そんな非現実的な真似があってたまるか!
「……兄さん」
「お久しぶりですね。ナルベイン。バイブレータの申請をしに来て以来でしょうか」
「ああ……久しぶりだ。それで、今日はどんな用事があるんだい?」
「久しぶりに我が子と話をしようと来たんですよ。そうしたら幽閉されているようでしたので、出してしまいました」
「そうか……。それで、アイリスの国外追放というのは……」
「はい。アイリスを、アインズヘイルに引き取ろうと思ってますのでね」
ぐっ……そう来たか。
王国としては国外追放にして罰を与え、実情は何もなく済ませる気か!
これでは優しき王は姪であるアイリスに同情し、その手を取ってしまう!
「……やはり、アインズヘイルの独立に兄さんも関わっているんだね」
「ええ。勿論です。そういえば、アインズヘイルに兵を出したのですね」
「はっ、そうだ! アインズヘイルはもうこれでお仕舞いだ! アイリスが国外追放になろうと、受け入れ先などあるまい!」
残念だったなあ!
貴様の腹積もりだけ都合よく進ませてたまるものか!
「うーん……仮にアインズヘイルが無くなったとしても、別にロウカクにお邪魔するなり、帝国のシシリア様にお願いするなり出来ると思いますが」
「おい。シシリアに頭を下げるなど絶対に嫌じゃぞ。暑いのも嫌だがロウカクが良い」
「こら。仮にの話なんですから、贅沢言うんじゃありませんよ」
「はっ。父親面しおって……」
「父親ですから。嬉しいですよ。また貴女と暮らせるのは」
「わらわはアインズヘイルに家があるからな。例えアインズヘイルに行こうとも貴様と暮らしはせんぞ」
「全く……素直じゃないですね。お母さんに似すぎですよ。ああナルベイン。ものは相談なんですが、アインズヘイルへ出兵した兵を戻して、平和的に話し合いで解決しませんか?」
なっ……ここにきて、話し合いだと?
先ほど王に用はない様に話していたが、やはりアインズヘイルを攻められるのは困るのだな?
馬鹿め! さりげなくしようともそうはさせるか!
「王よ! 耳を貸してはいけませんぞ!」
「わかっている。……いくら兄さんの頼みでも、アインズヘイルへの兵は止められない。これを止めれば、他の領主たちに示しが付かないからね」
「そうですよねえ……。まあ……仕方ありませんね」
なに? やけにあっさりとしているな。
それにあの余裕はなんだ……?
なぜあんなにも、慌てる様子がないのだ……!
「おい。無駄話をするな。兵を向けられようと、アインズヘイルは手を打ってあるゆえ、問題はない。それよりも……貴様の言っていた話、嘘ではあるまいな?」
「こら。父に向かって貴様だなんて……全く。ええ。本当ですよ。ゲルガーの持っていた魔道具の鋏。怪しかったですねえ……。ウェンディ様を相手に必死に、何をしたかったのでしょうねえ。まるで、あれさえあれば誰でも自分の思い通りにできるかのようでしたね」
っ!
貴様……!
「ほう……なるほどな。どれ。ゲルガーよ。その鋏をわらわにも見せてはくれんかの? 今。この場で」
「……そのような義務はないと思いますが? 貴方にそのような権利があるとでも?」
「無い……なあ。だが、なぜ出せぬのだ? ただ、見せて欲しいと言っているだけだぞ? それなのに出せぬとは……怪しいと自ら言っているようなものだぞ? 例えば……それを使って、我らが王を操っていた……という事もあり得るだろう」
こいつ……気づいている。
元々疑いをかけられていたが、ここにきて確信に至ったのか。
鑑定スキルを使われれば、この魔道具の事がばれてしまう。
王に使っているかどうかはともかく、私がこのような物を王のいる場に持ちこんでいること自体がまずい。
「アイリス……またその話か。私は操られてなどいないと、そう結論づいただろう? 鑑定しても、何も出なかったではないか」
「ええ……。ですが、万が一という事もありますゆえ……。これが的外れであれば、わらわは金輪際このような事は申し上げません」
「ふむ……。ではゲルガー。私が命じる。その鋏とやらを出して、鑑定させろ。これで身の潔白を証明すればよい」
王の好意は私に向いている。
つまり、これは善意からなるものだろう……。
王は私に罪など無いと証明させたいと誘導されたか……ぐっ。
こうなったら、致し方ない……。
「……出来ませぬ」
「ゲルガー?」
「っ……!」
脱兎の如く駆け出す。
中庭で待機している風竜に乗ってしまえば逃げ切れるだろう。
「アヤメ!!」
「いえ、追わずとも問題ないでしょう」
「貴様、何を言って……」
「遅かれ早かれ、あの男はお終いですよ」
「何? どういう意味だ」
「そのままの意味です。世の中には、絶対に敵に回してはいけない人……という者もいるのですよ」
「訳が分からん……。まあ良い。わらわも手は打ってある故な。あの男も、恐らく動いているだろう……」
どうやら追手はないようだ。
ふふふふ。『死後の穢れ』を警戒したのか?
大丈夫。大丈夫だ。
まだ私の運は尽きていない……。
まだ、何とかなる範囲のはずだ。
一刻も早く城へと帰り、全ての些事を捨て去って逃げれば……。
だが、ウェンディお前は、お前だけは逃がさぬぞ。




