12-14 愛する人の為に おまじない
リートさんとオリゴールは街の防衛の相談へと赴き、俺達も錬金術師ギルドに残ったまま作戦会議を終え、俺はひとっ走りというか、ひと転移をシロと二人でして帰ってきた。
一応十分な休養を取り、食事も済ませて英気は養った。
新しく包帯を巻き、その上に上着を羽織って袖に腕を通し、ボタンを付けていく。
白いYシャツにネクタイ。
俺の一張羅だ。
確実に戦闘向けではないんだけど……でも、鎧とか買ってないし、あっても重くて動きが鈍くなるし、これがサラリーマンの戦闘服だしな。
「……それじゃあ、準備はいいかな?」
「はい。任せてください」
「タイミングも分かりやすいし、どうにかなると思うわ」
「頼りにしてるよ。ありがとう二人共」
「はい!」「ええ」
まずは美香ちゃんと美沙ちゃんを『全てを見通す祖の神眼』で見た結界の一つの付近へと飛ばす。
転移で既に周囲にオボロとやらはいない事は確認済みだ。
二人には結界の装置を視認できてかつ、いつでも破壊できる位置で待機してもらう。
それに続いてアイナとソルテ、レンゲもそれぞれ結界の近くまで飛ばすのだが――。
「……」
「あー……やっぱり、怒ってるか?」
「怒ってないわよ!!」
怒ってるじゃん……。
いやまあ、わからなくもないのだけどね。
うん。全面的に俺が悪いんだけどさ。
「……どうせね。今の主様に何を言っても作戦を変えてくれないなんて分かってるのよ。それはもういいの。でもね……この作戦なら、隼人と戦わなくてもウェンディは助けられるじゃない」
「……そうだな」
アイナ、ソルテ、レンゲ、美香ちゃんと美沙ちゃんで4つある結界を破壊してもらう。
そして、俺とシロとミィと真で隼人のいるところへと転移して注意を引き付ける。
恐らく、ウェンディには常に行動を見張る者がついているだろう。
だとしても、結界の破壊と同時に侵入し、ウェンディを助け出すことは恐らく可能だ。
だが、それは同時にレティに被害が及ぶ可能性が高い。
戦力を分散して同時に……というのも考えはしたが、下手を打てる状況ではないし、こちらとしても失敗が無いようにウェンディに全力を注ぎたいので、戦力を分断する訳にはいかないからな。
「わかってるのね。そんなに……隼人が大事なの?」
「ああ。そして、俺が大事って思ってることが、今回の肝だ」
「……男同士の癖に。やっぱり出来てるんじゃないの?」
「おい待てそれ誰に聞いた? ミィか? ミィ! ちょっとこっちに来なさい!」
そういう疑いは隼人のパーティ側にしかされていないはずだ!
最初に錬金術師ギルドを紹介されたときとか、焼きおにぎりの時とかな!
「ミ、ミィじゃないのです!!!」
じゃあ逃げるんじゃないよ!
全く……いつの間に広めやがった。
勿論そんな事実はない!!!
「お、男と男の間にしかわからない事もあるんだよ。深い意味はないけどな!!」
「……むさくるし」
「そういうのじゃないんだけどぉ……!」
「はあ……まあいいわ。主様。しゃがんでよ」
「いや待て待て。誤解は解いてから……っ」
話している途中でネクタイを掴まれてしゃがまされ、その勢いのままにキスをされる。
無理やり押し付けるような、初めてソルテとキスをしたときの様な、不器用なキスだ。
「……おまじない。強敵が相手でもちゃんと帰って来られる奴だから。効果は、私で実証済みよ」
「……ユートポーラでだな」
「うん。これで安心できるわ。シロ。いざという時は、あんたが死んでも守りなさい」
「ん。当然」
「いや当然って……」
死んで守っちゃ駄目だろ。
俺そんなの喜ばないぞ。
「当然なのよ。あんたが死んだら、私達はどうなるかわからないんだからね。……私達を、これだけ惚れさせたんだから最後まで責任取りなさいよね」
「……なら、尚更死ねねえな」
「ええ。主様が死にさえしなければ、何も問題なんてないのよ」
「わかったよ。あー……じゃあ駄目押しでさ。おまじない、重ねがけしてもらおうかな」
「……効果は上がるかわからないわよ」
まぁ! っと、驚いている美沙ちゃん、顔を手で覆いつつ、ばっちり指の隙間から見ている美香ちゃん。
羨ましそうな眼差しをこちらへ向ける真の前で、もう一度ネクタイを引かれて顔を近づけ――。
「へいへいへええええい! 自分達も同じ作戦っすよね? なーんで、ソルテたんだけいい雰囲気作っちゃってんっすかね!? なああああんで、キスのおかわりしそうになっちゃってるんすかねー!!?」
「あら。いたの?」
「いるに決まってるじゃないっすか! 恋は盲目過ぎて視力どころか仲間が傍に居る事も分からなくなったっすか!!?」
「レンゲ落ち着け。我々もすれば良いではないか」
「そりゃするっすけど!? あーもう! ミゼラもしていくっすよ!」
「え!? こんな、人前で……?」
「俺は構わないぞ? おまじないは多い方が良いからな」
「じゃ、じゃあ……」
すすすっと近づいてきて、背伸びをするのでその高さに合わせると、自分から唇を押し付けてくれる。
そして、すぐに放すとこちらを見ている三人に目を向け、見られていたと改めてわかると顔を真っ赤にしてしまった。
「次は自分っす!」
「ちょ、ちょっとぉ、私が先でしょ?」
「どの口が! ご主人ー!」
勢いよく突っ込んでくるレンゲ。
思わず避けてしまう俺。
「なんで避けるっすか!?」
「絶対歯がガチってなるからだよ」
「そうならないように唇突き出したじゃないっすか!」
「お前なあ……雰囲気を大事にってよく言うくせに、あんな残念な顔でのキスはいいのかよ」
「残念!? いや今はソルテの二回目よりも先な事が大事っす!」
「普通にしろよ普通に……ほら」
「ん……ぅ……えへへ。それもそっすね。ご主人今の短かったっすから……もう一回」
「こらこら。おかわりの前に次はどう考えても私だろうが」
「ちぃ……」
「そうだな。アイナもおいで」
アイナはレンゲと違ってゆっくりと近づいてくると、俺の頬を両手で押さえゆっくりとした様子で顔を近づけてくる。
先んじて目を瞑ってしまっているので、俺の方から調整して少し長めに唇を合わせ、そして離れると見つめ合う。
「……主君。いってらっしゃい」
「ああ。行ってくるよ。そっちも頼んだぞ」
「わあ……新婚さんみたい」
ああ、確かにいってらっしゃいのチューみたいだな。
でも元の世界に当てはめると俺が主夫になりそうだ。
「……それじゃあ、行こうか。って、シロ? どうした? シロもしたいのか?」
「ん。シロは……今回も役立たずだった。シロがもっと強かったら……主を危ない目にあわせずに済んだのに……シロは……」
「……そんな事ないよ。いつも助かってる」
悲しげな表情を浮かべるシロに目線を合わせ、笑顔を見せてから抱きしめる。
「シロがいるから、ウェンディを助け出せるんだよ。俺こそ、いつも頼っちまってごめんな」
「ん……」
「情けないんだけどさ。また……頼らせてもらえるか?」
「ん……シロは、主のシロだから。ん」
そういうと俺に飛びつき、俺はシロがしやすいように少し目を瞑る。
すると、頬にちゅっと軽く唇を押し付けてくれる。
「あらシロ。唇じゃなくて良かったの?」
「ん。シロと主の初めてはもっと二人きりでする予定。あとちょっと、もうちょっとの辛抱だから我慢する」
「そう……。なんだ。変な物でも食べたのかと思ったわ」
「大丈夫。……心配した?」
「し、してないわよ! ただ……あんたは少なくとも私達よりも強いんだから、あんたに反省されたら私達の立つ瀬がなくなっちゃうでしょ……っ!」
「ソルテ。ありがと」
「っ……しっかりやりなさいよね!」
「ん。勿論。失態は、結果で取り戻す。そして終わったら一日中ちゅっちゅする」
「一日中か……唇が腫れそうだな」
「ん。お揃い」
そんなお揃い嫌だろうよ……。
でも……ああ、いい感じにリラックスが出来たかな。
すぅ……はぁ……よし。
それぞれがこれから向かう先の座標を元に、座標転移を開いて見送っていく。
転移先に危険がないとも限らないので、気は抜くなよと告げつつ最後の一人を送った後に魔力回復ポーション(大)を一瓶飲み干した。
魔力回復ポーションならば、毒の効果を受けないのはありがたかったな。
これが駄目なら何もできなかったし。
「で、今更だが、良かったのか真。こっちでさ」
「はい。二人は大丈夫ッス。むしろ行って来いって送り出されたッス」
それに……と、真は続ける。
「俺も、あいつに言いたい事があるんで……」
「……そうか。なら、全部終わった後に言ってやれ」
「ッスね。それよりも……なんで俺には作戦内緒なんッスか!? さっきシロさんとミィさんと打ち合わせしてたッスよね!?」
「んじゃ、行くか」
「無視!?」「ん」「なのです!」
座標転移を使用してゲートを出し、一度大きく息を吐く。
ここをくぐれば、もう後戻りは出来なくなる。
不安はある。無いわけがない。
それでも……俺の大事な奴らを助けに行かないとだからな。
ゲートをくぐると、室内から室外への変化に数秒を要した。
街道のど真ん中に巨石があり、街道はそれを迂回するように作られている。
その先に見える城下町から少しだけ距離のあるあの城がウェンディが今いる公爵の城だろう。
そして――。
「……よう。待たせたか?」
「……いえ。予想通りでしたよ」
巨石に腰かけ、こちらを見下ろす隼人の姿。
エミリーやクリスの姿はないようだ。
隼人は数メートルはある巨石の上から降りてくると、衝撃を気にも留めずに俺を真っすぐに見据えている。
そして、俺の後に出てきたミィに目を奪われるのを確認した。
「……ミィ。やっぱりイツキさんの所に行ってたんだね」
「隼人様……ミィは……ミィはやっぱり……」
二人にも話さなければいけない事が多々あるだろう。
だが、今は俺の方を優先させてもらうぞ。
「なあ隼人。一応聞いておくが、そこをどく気はないか?」
「ありません。僕は覚悟を決めています。公爵が戻ってくるまで、貴方達を城に通さなければレティが帰ってきますので……。ミィがそちらにいる以上、僕の事情は知っているのでしょう?」
「ああ」
「ならばそちらが引いてください。僕は譲る気はありません」
「それが無理な事くらいはわかるだろう?」
「ですね……。では……押し通ると? それがどれだけ過酷になるか、想像は出来ると思いますが」
ああ。良く分かってる。
お前が少し威圧するだけで、ビリビリと空気が痺れてる。
それだけで冷や汗が出てくるんだから、お前と俺との差を明確に肌で感じてるよ。
「それで、僕の相手はシロさんですか? 真ですか? それとも……ミィを含めた三人でしょうか?」
ああ、俺の作戦がミィを含めてお前の動揺を誘うとでも思ったんだろうな。
顔には出さないようにそうはいかないって、意識してるのがわかるぞ。
でも、違うんだよな。
「――お前の相手は、俺がしてやるよ」
「っ! 何を言って……貴方が戦うというのですか!?」
「何驚いてんだよ。俺が鍛えてるのは知ってんだろ」
「力に目覚めたと……? そうは見えませんが……」
「はっ。見ての通りだ。凡も凡だよ」
「では、何を考えて……シロさん。貴方はこの馬鹿気た真似を止めないのですか?」
「…………止めない」
そらそうだ。
隼人が動揺を見せている……俺の言った通りになっているからな。
もしそうじゃなかったらシロの参戦も止む無しだったが、そうじゃないなら止められないよな。
「真は……ただ見ていると……」
「おう。俺は兄貴を信じてるからな」
「っ……そんなの確実に、イツキさんは死に――」
「うだうだ言うなよ格好悪い。男と男がこの場に武器持って立ってんだ。やる事は一つだろう。お前、覚悟……決まってんだろ?」
『マナイーター』と『陰陽刀-陰-』を取り出して、二本を十字に交差させるようにしつつ、片方を隼人の方へと真っすぐに突き出す。
「かかって来いよ英雄。凡夫の力を見せてやる」
構えを取り、こちらは準備万全だ。
おら、遅れてんじゃねえよ。
さっさと構え終われ。
それがスタートの合図だ。
いや、スタートの合図なんざ、いらねえか。
「来ねえならこっちから行くぞ!」
『加速する方向性』『加速する方向性』
「っ!」
「遅えよ!」
突然の急加速、予想もつかせない初撃。
構え切っていない隼人の腕を、『加速する方向性』で加速した陰陽刀でぶった切る。
ただ、実刀にしてもステータスの差でどうせ切れないので、特殊効果のある方でだ。
「これは……麻痺効果……いや、幽体を切るのですか」
「がら空きだぜ!」
動かぬ左側を狙うのだが、プルプルと震えていたはずの腕がすぐに動いて俺を払おうとするのを見逃さない……が、ただ振り払おうとした雑なものだ。
それを避けて、伸び切った所をもう一度切る。
「くっ……!」
麻痺効果自体は発動している。
さっきは2秒。
だが、今回は2秒よりも多い。
…………動き出すまで……4秒か。
抵抗されないのも単純な麻痺効果ではなく、幽体を切るらしく、それに付随した麻痺効果という特殊性だからだろう。
当たり所によるのか、当て続ければ2秒増えるのか、倍になるのか……出来れば二番目か三番目が良いんだがな。
どうにかここで決められればいいんだが……。
今のうちに何撃入れられるかが勝負だな。
「まだまだ行くぞ隼人。お前を倒して、俺はウェンディを救いに行く!」
「行かせません。僕のレティを助けるために!」
我を通す。
例え……誰かを傷つけて進むものだとしても。
ありうることだ。これは物語ではないのだから。
誰かを救うために誰かを犠牲にすることだって当然あるさ。
『誰も殺さない! なんて都合のいい言葉が許されるのは物語だけだ』
いつかお前に言ったあの日の事を、今思い出していた。




