12-11 愛する人の為に 見えぬ縁を切り継ぐ鋏
「そうか……わかった。すぐに戻る」
くくく、来た……ついにこの時が来た!
あの日から願い続けたウェンディを、我がものに出来る時が来た……!
こうしてはいられない。
すぐさま行動を起こさねばならない。
「ヤーシス! ヤーシスはどこだ!」
全く、どうして王城は無駄に広いのだ。
人一人探すのに手間がかかってしょうがない。
メイドや執事たちは何をしている。
ヤーシスくらい早く私の前に連れて来い。
「ヤーシス!!」
勢いよく扉を開け放つと、案の定あてがった部屋で暢気に茶など飲んでいた。
その向かいには、冷酷な眼差しを向けるヤーシスの護衛であるシノビの女。
視線を交えるだけで寒気が走る程に愛嬌の欠片すらない冷たい瞳を持つこの女がヤーシスの奥方だとは……。
「なんですか? 慌ただしいですねえ。妻と仲良くお茶を楽しんでいましたのに……」
仲良く……? この冷血とか?
趣味が悪い……いや、見た目だけで言えば相当な美人であることは認めるし、護衛としての腕前は憎い程に素晴らしいが、妻にしようとは普通は思わぬ。
「……王城を出て我が城に向かうぞ」
「ほう。もうですか」
「契約通り、アインズヘイルへの出兵は話しておらぬ。貴様も契約を守れ」
「ええ。ではまいりますか。王都はやはりつまらないですからね」
ヤーシスを連れ添って中庭へと赴くと、そこには迎えの風竜とテイマーが既に待機していた。
ヤーシスの女は……いつの間にか姿を消しているが、近くにはいるのだろう。
「公爵様。お迎えに上がりました」
「ご苦労。では行くか」
ヤーシスを風竜に乗せると、姿を現したのは奥方だ。
恐らくヤーシスの護衛に来たのだろう。
「ああ、大丈夫ですよ。後ろから付いてきてください」
「……」
コクリと頷くと、残滓すら残さずに消え失せる。
一個人が持つ護衛としては、あり得ない程の強者……。
風竜の速度に付いてくるなど馬鹿馬鹿しい話だが、その馬鹿馬鹿しいを成すのだから、恐ろしい。
「……さっさと行くぞ」
「乗り心地はいいと良いのですがどうですかね? 揺れますか? 酔いたくはないですね」
軽口をたたくヤーシスが乗り、テイマーの男が手綱を振るうと風竜は翼を広げ、空へと舞い上がる。
今更空を飛ぶことに何の感想も抱きなどしないし、感動も恐怖も全くない。
まあ、これが初めてでも今は別の高揚感で何も感じぬだろうがな。
「それでは、参りましょうか」
「ああ。進め」
風竜の速度は馬などとは比べ物にならない程に早い。
我が城までもあっという間だろう。
「ヤーシス。分かっていると思うが、あちらについたらやってもらう事があるぞ」
「はいはい。わかっています。一応契約は守りますよ」
ふっ、と鼻で笑うこの男にイラつきを覚えるが、従うのであれば許してやろう。
ああ、距離が近づくにつれて心がはやる。
もっと速度は上げられないのかと、ついついテイマーの男に文句を言ってしまうくらいには、はしゃいでしまう。
美しき薄桃色の髪、大きな瞳、美しき唇に大きな胸……外面をとっても超一流でありながら、大妖精である彼女が我が物になると思うと口元が緩むのを止められない。
「公爵様。間もなく到着です」
「来たか!」
妄想からさめて、目の前には見慣れた我が城が映っていた。
口元の緩みを直す気もなく迎えなどには一瞥もせず、お抱えの奴隷商人に部屋に来るようにだけ言って足を急ぐ。
例の部屋の魔法陣は、作動しているのだろうな。
いや、報告ではしているとあったな。
歴史ある公爵家には多数の書物があり、その中にはあまり知られていない精霊魔術の本もある。
大妖精とはいえ、精霊の上位種。
精霊の力を封じる魔法陣であれば、力は削げるだろう。
更に、あの男は空間魔法の使い手だ。
ゆえに広域の結界を張らねばならなかったわけだが、魔法陣であれば問題はない。
下手な小細工をされぬよう、私も監視を務めたのだ。
緻密に組み上げられた私の計画には、何一つ間違いなど起こりようもないだろう。
さあ、ウェンディよ。
ようやく我が物に――――は?
「……なんだこれは」
扉を開け、目の前の光景に緩む口が引き締まり、素になって思わず呟いてしまう。
ウェンディが、私のウェンディが水球の中に閉じこもっている……。
私とヤーシスを見て、ヤーシスがいることに驚いたようではあるが、私とは視線を合わせる事もなくぷいっと顔を背けられてしまう。
「あら、おかえりなさい。早かったわね」
「貴様これはなんだと聞いている!」
「何って……ウェンディ様よ? 貴方がお求めのね」
「そうではない! 何故魔法が使えるのだ! 弱体化させているのではないのか!」
ここは結界内だぞ!?
特別なアイテムでもなければスキルは使いようがないはずだ。
これでは触れられぬではないか!
こんなに近くにいるというのに……!
「あのねえ……何を勘違いしているのか知らないけれど、ウェンディ様は大妖精なのよ? 力を落としてなお、これくらいは出来るの。やろうと思えば、こんな城一つ水没させるのなんて朝飯前の力を所有しているのよ?」
「ぐぅ……っ」
確かに……そんじょそこらの精霊とは訳が違うのだった。
では、弱体化してこれなのか……。
むうう……仕方ない。楽しむのは奴隷化が済んでからだ。
いざとなれば、我が力で……。
いや、待てよ? 所詮はただの水。
引っ張り出してしまえば――。
「近づくと、危ないわよ」
「なに? っ!? がぼ、がぼぼぼ!」
水が顔を覆うだと!?
くそ、取れん! 息が!!!
もがき、苦しめど実体のない水は捕えようがない。
助けを求めてヤーシスを見るが、馬鹿みたいに笑っている!
貴様、後で必ず後悔させてやる……!
もがいた拍子に距離を取ると、水がただの水へと戻り床を水浸しにしてようやく息を吸う事が出来た。
「っ! はあ……はああ……くそ……舐めやがって……。私にこんなことをして……後で楽しみにしておくが良い。奴隷にした後、たっぷりと可愛がってやるからな! ヤーシス!」
「はいはい」
「さっさと奴隷の契約を解除をしろ!」
「あー……あはははは」
「なぜ笑う貴様……。まさか……契約を破る気か?」
ここであれば王への進軍の示唆もアイリスにも手を出せないと狙っていたのか?
「いえいえ。滅相もない。ええっと、契約はウェンディ様とお客様の間の奴隷契約を無くすんでしたかね?」
「そうだ! さっさとしろ!」
「――出来ませんよそんな事は」
なんだと……出来ない?
それはつまり、やはり契約を破るという事ではないか。
「貴様ぁぁああ!」
「ああ、勘違いしないでくださいね。そこにいる貴方のお抱えの奴隷商人、その人に聞けばすぐにわかりますよ。ウェンディ様は、『もともと奴隷契約などしていない』、とね」
「…………はあ?」
どういうことだ……?
何を言って……。
「お、おい……確かめてみろ」
「は、はい。わかりました…………っ! ほ、本当です。奴隷契約はありません!」
なん、だと……?
理解が追いつかん、いや待て。
全て理解しようとする必要などなく、別に構わんのではないか?
奴隷契約が無いのなら、私と契約を結ばせればいいだけだ。
「おい! ならば、私との奴隷契約の準備だ!」
「は、はい。分かりました!」
「おや……」
本来奴隷契約は双方の同意が必要だ。
だが、ハーフエルフに用いるように抜け道もある。
使えば暫くの間ペナルティが発生するが、強制的に契約を結ばせる事もできるのだよ。
更に……この部屋の一部は結界の効果を受けぬ魔法陣の施しもしてある。
私の、私の計画は完璧なのだ……完璧でなければ――。
「『邪法契約』――え?」
「どうした!?」
「あ、あれ? どうして、なんでだ? 契約が……出来ない……」
「何ぃ!? どういうことだ貴様! 真面目にやっているのか!」
「も、勿論です! この方法でハーフエルフを奴隷にしたこともあります! 出来ない訳が……」
なんだ。どういうことだ。
先ほどからイレギュラーが止まらない。
私の計画に穴があったとでもいうのか……?
いいや、そんなはずは……。
「くくくくあははははは!」
大声を上げて笑い出すヤーシス。
「な、なにがおかしい」
「はははは! 当たり前じゃないですか。たかが人族風情の邪法契約スキルが大妖精であるウェンディ様を奴隷化など天地がひっくり返ろうと、世界を滅ぼす魔物が現れようとも出来るわけがないでしょう!」
この部屋の誰もが驚いている中で、ヤーシスだけが全ての事情を知っているかのように笑っている。
言っている意味は理解できる。
だが、理解出来ぬ理由もある。
なぜなら……ウェンディは奴隷として貴様からあの男に買われたのだろうが!
「な……馬鹿な……。ではなぜ貴様の商館にいたのだ! 貴様はそこでウェンディを奴隷として扱っていたのだろう!」
「ええ。そうですね。そういう扱い……という事になっていましたからね」
にやにやと何を、言っている……?
扱いになっていた? どうして、どうやって……?
ウェンディは顔を背けるのをやめてヤーシスを見ているが、その顔は自分も分かっていない様子である。
つまり、ウェンディも奴隷化していなかった事を知らなかった……?
それを、ヤーシスだけが知っていただと……?
そもそも……ヤーシスはどうやってウェンディを手に入れたのだ?
「ヤーシス、貴様は……何を知っているのだ?」
「さて、それはどういう意味でしょうか? 世界について? ウェンディ様について? それとも、イツキ様についてですか? それよりも、これでわかりましたよね? 私が出来る事などないと。私もただの人の身。ウェンディ様と契約することなど出来るはずもありません」
「ぐっ……」
「今ならまだ、間に合うかもしれませんよ? ウェンディ様をお返しし、真摯に頭を下げて二度と顔を見せなければ命ばかりは……彼はお優しいですからね」
私に……高貴な私に頭を下げろと?
平民風情に頭を下げろと言うのか?
ふざけるなよヤーシス。
そして、私を舐めるな。
「くくく……頭を下げる? 平民に? 冗談が過ぎるな」
「でしょうねえ。ではどうしますか?」
「貴様まさか、私の手がこれで終わりだとでも思っているのか?」
「ほう。まだ何かあるのですね」
「ああ。あるとも」
最後の手段ではあるが、確実な方法がな。
順番が違ってしまったが、今はこちらが優先だ。
これを使ってしまえば、もう王を動かすことは出来ないが……構うものか。
「私には……公爵家には貴様も知らぬ秘奥があるのだ」
「それは……鋏、のように見えますが?」
「ああ。鋏だよ」
『見えぬ縁を切り継ぐ鋏』
鋏の形状をした魔道具であり、階級は神器級。
歴代公爵家に引き継がれる、ダンジョン産の魔道具である。
人には目に見えぬ紐の様な線が幾本も伸びている。
伸び縮みし、色は変われど切れる事は無い、それが縁。
切ろうと思ってすぐに切れる事は無い……その縁を私だけは自在に切り、私へと結びなおす事が出来るのだ。
愛情の縁を切り私に繋げれば、私を愛する者となる。
親しみの縁を切れば、旧来の友の様な関係にもなれる。
洗脳や魅了などの状態異常ではなく、元々人から伸びている縁を切り繋ぐだけなので鑑定スキルでも調べられず、魔力の残滓も残さない。
治す術は、この魔道具を使って繋ぎ直すか、所持者がいなくなるしかない。
これが、公爵家の秘奥。
ただ、難点があるとすれば、効果の重複が出来ない事だ。
新たな縁を切れば、元の縁が戻ってしまう。
それほどまでに、元来縁の力は強いものなのだ。
使い勝手は良くはないが効果が高く、戻る前にウェンディの意思を持って奴隷化してしまえば良いだけである。
更には、封神級の魔道具を所持しているものには縁すら見えず効きはしない。
隼人卿の『光の聖剣』が封神級でなければ、もっと容易かったものを……。
それにこの男、ヤーシスもだ……。
この男の縁も見る事が出来なかった。
封神級など、本来国に1つあるかないか……神器級ですら、国に5本もないのが当然なのに、奴は何かを持っているようだ。
「……私の邪魔をするか? ヤーシス?」
「いいえ。傍観者を貫きますよ」
その目……私には何も出来ぬと思っているな。
……奴が何を知っていて、この状況をどう見ているのかはわからない。
だが、邪魔をしないのならば今は文句はない。
それとも、奴の護衛は追いついていないのか……?
風竜の速度に追いつくはずもないか。
ならば、今が好機という他あるまい。
ウェンディの縁は……見える。見えるぞ!
当然だろう。
平民と暮らしていたのだから、封神級の武器や魔道具など持っているはずもない。
恐らく、この桃色の最も太く輝きを放つ、アインズヘイルの方向に伸びている線があの男への縁だろう。
これを切り、私に繋げば大妖精であろうが、誰であろうが従えることが出来る。
これこそが、私の奥の手だ!
他の糸を切らぬようにゆっくりと挟み込み、運命の瞬間が、至福の時が今ここに。
あとは鋏の刃が重なり合えば…………重なり……重な……り……む?
「む……んっ! んぐぐぎぎぎ!」
「……何をしているの?」
「さあ? 私達には鋏を握りながら一人でパントマイムをしているようにしか見えませんねえ」
「ふんぬうううああああ!!」
切れぬ! 何故だあ!
こんな事は今までになかったぞ!?
縁が見えているというのに、切れぬなど!
「切れぬううう! こんな、こんな事があるものかっ!!」
鉄のように固い、いや、鉄ならば切り裂く事も出来よう。
なんだ? オリハルコンか? オリハルコン級の絆とでもいうつもりか!?
どれだけ力を込めようとも刃が入らぬ。
傷をつける事すらできん!
「ふむ……どうやらとっておきも不発に終わったようでぷふふふ」
「笑うなヤーシス!」
「だ、だって先ほどあんなに自信満々に、ぶふうう! ほほほほほ」
ぐぅ……!
こ、この男……今すぐぶっ殺してやりたいところだ。
「ふふ」
「エルフ……貴様、立場を分かっているのか?」
「ごめんなさい。だって、あまりに笑うものだから釣られちゃって……うふふ」
「いやだって、ゲルガー、あなた鋏を持ったまま唸って、形相が鬼のようでぶふあ! あはははは!」
「笑うな! 貴様ら……どいつもこいつも高貴な私をこけにしやがって……! ヤーシス! 私はこれから王都に戻りアインズヘイルへの進軍を王に進言しに行くからな!」
「どうぞどうぞご自由に。これにて契約は終了ですね。私は自由にさせていただきますが、構いませんね?」
「ああ! 余計な事をせぬのならな!」
「ええ。しませんとも。する必要もないでしょう。私も王都に戻りますよ」
「勝手にしろ!」
風竜には乗せぬからな!
自力で帰るがいいわ!
力任せに扉を閉じて足を踏み鳴らしながら廊下を歩く。
くそ、くそくそくそが!
何だこれは……どうしてこうなる。
何故だ。
何故この鋏で縁が切れなかった。
神器級だぞ? 市場になど滅多に流れる事の無い、ひとたび出土すれば国が買い取りを交渉する程の代物だぞ?
くそ! 何故だ!
大妖精とはいえ縁は見えた。
縁が見えているのに切れぬなど、長き公爵家の歴史でもないはずだ!
……いや、一度だけあったかもしれぬか。
数代前の当主が子爵の妻であるハーフエルフを手に入れられなかった……あの時だ。
当時の王を鋏の効果で縁を弄り、公爵家を守るように仕向けられたのにもかかわらず、件のハーフエルフは従える事が出来なかったのだ。
父上の見解では神器級では神の力を封じ込める事は出来なかったのだろうというものであったが……大妖精の力は神にも匹敵するというのだろうか。
こんなことは初めてだ。
こんな歯を噛み砕きそうな屈辱も……。
この屈辱を晴らすために、ヤーシスに目に物を見せてやる。
貴様らの街、アインズヘイルを徹底的に潰してやる。
「ゲルガー様……」
「なんだ!」
「オボロからご連絡が。どうやら、あの男は生きているようです」
「なんだと!? 隼人卿がしくじったのか?」
それともまさかとは思うが……裏切ったのか?
あの男も私を……。
「いえ、報告ではマンティコアの血毒に倒れたそうですが、錬金術師ギルドに運ばれて治療を施されたそうです」
「なにぃ!? そうか。あのギルドには『超常』がいたか……ぐぬぬぬ。では、取り返しに来るというのか!?」
「恐らくは……」
裏切ってはいなかったようだが、詰めが甘いな。
英雄だ何だと言われていても、やはりまだ子供か……。
ふん。治療中だというのなら、アインズヘイルごと踏みつぶしてくれるわ。
「……隼人卿には一応城の守りをさせておけ。私が戻るまで誰一人として城に入れるなとな。そうすればレティを返してやると伝えろ」
「はっ……かしこまりました」
くそ、くそくそくそ!
何もかも思い通りにいかぬ。
奴が生きているのであれば結界の解除も出来ぬではないか。
何か手を……帰ってくるまでにウェンディを手に入れる手はずを思いつかねば……。




