12-7 愛する人の為に 独立宣言・事件発生
噴水のある中央広場には大きなステージが立ち、そこを中心として街の人達がそりゃあもうとんでもなく集まりオリゴールを見上げていた。
ざわざわと一人一人は小さな声でありながらも、これだけの数が集まれば随分と賑やかな声になるものだ。
だが、オリゴールがすっと手を上げると、それぞれが注意しあって数秒のうちに静寂が訪れた。
『諸君! 良く集まってくれた! 我らが悲願を、アインズヘイルの独立を共に叶えし皆にまずはお礼を申し上げる! 皆ー! 本当にありがとうー!』
『『『『『うおおおおおー!!!』』』』』
歓声が前後左右上方と全方向から地面を揺らすかのようにびりびりと響き渡る。
今、この街にいる全ての者の視線はオリゴールに注がれている事だろう。
そして、その表情はどれも明るいものだ。
悲願……アインズヘイルの独立か……。
独立を支持している訳ではなく、ただこの街や領主であるオリゴールが好きでこの街に残る者も多いだろうな。
俺のように……。
「しかし、凄いな……アインズヘイルって、こんなに人がいたんだな」
「そうですねえ。ふぅ、少し人の数に酔ってしまいそうです」
「だなあ……あの中に入るのはな……」
お祭りの時も人が多かったが、今日は一か所に集まっているので尚更だ。
俺は少し外れた空いているところにいるのだが、それでも続々とオリゴールの声を聞きにきている人が増えているのでここもいずれは人で埋まるだろう。
ちなみに、オリゴールが使っているマイクは俺の手作りで、以前作ったものよりも高性能な一点ものだ。
「うう、ううう……光ちゃん……なじぇ……なじぇなんだ……」
「まーだ言ってんのかよ……」
「だっで兄貴ぃ! 俺の始まったハーレムが終わっちまったんだよ!」
「それは始まってなかったのではないでしょうか?」
「だなー」
「そんなあ!」
始まっていないものは終わらないだろう?
まああの子は鳥かごの中で大人しくしているような性格じゃないし、真にばれないようにやら、美沙ちゃん達を気にしつつでは生きづらさもあるのだろうさ。
「おや、若様」
「ん? おお、ダーマか」
「はい。貴方のダーマです」
何時、お前が、俺のになったんだろうか。
なんでなっちゃったんだろうか?
ウェンディが渡さないと言うように俺を抱きしめてくれる。
「兄貴……男まで?」
「真。冗談でも許さないからな」
「ひぃ」
「おや。なんだか可愛らしい子ですね」
「ひぃ!」
どうやらダーマのお眼鏡に真もかなったらしい。
イケメンであるダーマが艶めかしい視線を真に送り、真はそれを見て縮み上がったようだ。ようこそ。
「それで若様。どうですかあのステージ。なかなか領主様の威厳を示すのに役立っているとは思えませんか?」
「ああそうだな。結構遠くからでも良く見えるし……あれはダーマが?」
「ええ。我が家も悲願を願う者ですからね」
「我が家って……ダーウィンもか?」
「勿論です。父上はそのために悪名を轟かせていたのですよ」
「やめろダーマ。そんなんじゃねえよ」
「おや父上」
後ろからのとても低音な声に俺とダーマが目を向けると、相変わらず不機嫌そうないつも通りの表情のダーウィンがいた。
「では、この街を出ていく者への補償や受け入れ先の街を父上が用意したのは何のために?」
「うるせえな。たまたま貸した金を返せねえ顧客の罰が何も思いつかなかっただけだ」
「罰など……普段通りで良いではないですか」
「もう一度だけ言うぞダーマ。うるせえな」
「はいはい。分かりましたよ」
流石ダーマ、引き際を弁えている。
ダーウィン相手にギリギリの引き際まで攻めるとか、多分こいつにしか出来ないんじゃなかろうか。
「お前、残ることにしたんだな。てっきり面倒は嫌だとかで出ていくかと思ったのによ」
「ん? いかねえよ。俺この街好きだもん」
「……そうかよ。これじゃああの家は戻らねえと諦めるか。ダーマ。お偉いさんに顔だしに行くぞ」
なんと、まだ惜しんでやがったのか。
でも諦めるとは言いつつも機嫌は良くなったみたいだ。
「ええ……今日くらいは良いじゃないですか。おめでたい日ですし、若様とここで領主様の晴れ姿を見学という事で……」
「駄目に決まってんだろ」
「では、この新しいお気に入りになりそうな子を連れて行っても?」
「あ? また男かよ……勝手にしろ」
「へ? ちょ!? まっ!!? アッ!!?」
……さらば真。
俺から送れる一言はただ一つ。
『頑張れ』だ。
「あの、ご主人様? お助けしなくていいのですか?」
「……死ぬような事じゃないだろうしな」
あそこで下手に手を出せば、俺まで巻き添えになりかねん。
すまんな真。後で労ってやるからな。
「一応私達の護衛という役割もありましたのに……」
ああ。だから、守ってくれたのだろうダーマから。
それに、護衛ならば戻ってくる姿が見えたから大丈夫だ。
「主様! 買ってきたわよー!」
「おかえりソルテ」
「もうすっごいわね。どこもかしこもお祭り騒ぎよ。屋台も混んでて時間かかっちゃった」
ソルテもこの熱気に当てられてか少しテンションが高いな。
両手に抱えた食べ物を預かり席に座らせると、続いて更にテンションが高い子が帰ってきたぞ。
「いやー! めっちゃ並んだっす! はいご主人! 飲み物はこっち置いておくっすね! アイナはもう少し、シロはまだかかりそうっす!」
「そっかそっか。悪いな、ありがとう二人共」
「いいっすよー!」
「いいわよ私達も食べるし。あれ? そういえば真は? 護衛ほっぽって美沙達に合流したの?」
「あー……ダーマとダーウィンに攫われてった」
「……真、何したのよ」
「何したんだろうな……」
ただダーマに気に入られただけなのだが……。
しかし、優秀な男が好きなダーマが気になるという事は、やはり真はいずれは英雄の器になりえるのかもしれないな。
これは後で話してやろう。きっと傷ついた心が少しは癒されるはずだ。
「主君。待たせた。どうだ? なかなか立派なシャインファインチキンだろう?」
「一羽買いしたのか……」
それ中々にでかいぞ?
子豚……いや、中型犬くらいのサイズはありそうな鳥だ。
っていうか、複数あります?
「いや三羽だ。シロもいるし、隼人達も来るのだろう? 余ったら主君の魔法空間に入れてもらえばいいと思ってな」
「確かに。まあ、真達も帰ってきたら大人数だし、足りないよりはいいか」
「ああ。そういえばシロの方はトラブルでまだかかりそうだったな」
「牛串屋でか? トラブル?」
「ああ。魔道具が故障したらしい」
「あー……故障なら修理しに行ってきた方がいいかな?」
「いや。既に修理を始めていたし、商会の者もいたので問題ないだろう。ただ、まだ時間はかかりそうだし、料理が冷めてしまわぬようにいったん主君に預かってもらっていいだろうか?」
「あいよ。皆揃ったら並べるか」
さてさて、そろそろ隼人達も来る頃だと思うのだが……。
んんー……そろそろオリゴールの独立宣言が最高潮を迎えちまう。
まあ、間に合わなくても今日一日、街はお祭り騒ぎだろうけどさ。
『これより我が街、商業都市アインズヘイルは名を変える! 【永世中立国家アインズヘイル】! 我が国は軍を持たず、不戦を貫く! いかなる国家とも争わず、いかなる戦争に加担もしない!』
おっと、そういや国になるんだった。
そして、永世中立……。
言葉は立派だが、前途多難だぞオリゴール。
元の世界ではスイスがそうだったかな。
まあ、スイスとは違う形みたいだがな。
ロウカクに帝国、更には共和国など多数の国家との契約により、この国は守られるそうだ。
この国を襲えば、全同盟国が敵に回る契約を結ばせるだなんて、とんでもないなオリゴール。
まあ現在国家間の戦いはなく、魔王や魔物との闘いに目を向けられているというのもあるだろうが、大胆な契約だ。
そのかわり、同盟国はアインズヘイルでの商売の税が大きく減るらしい。
これにより、同盟国は他国の者の流通が盛んになりさらなる繁栄を迎える事だろう。
ここアインズヘイルを中心に、商業は栄え、アインズヘイルもまた人が増える上に軍備に割くお金を税の補填に当てる事が出来ると……。
まあ、細かいこたあ庶民の俺にはわからないがダーウィンや一応優秀なオリゴールが問題ないと踏んでの事だ、信じて暮らすさ。
「っと、宣言にゃ間に合わなかったか……」
どうやらようやく隼人が来たようだ。
珍しく、イケメンらしからぬ遅刻だな。
フードで顔を隠しているのは、人気者だからだろうか?
あれ? でもエミリーだけしかいないのか?
他の皆は買い出しにでも行っているのかな?
まあ、聞けばわかるか。
「おーい! こっち――ッ!」
俺が隼人に声をかけようとした瞬間に、隼人のいる方角からレアガイアを相手にした時以上にぞくっとした感覚が襲ってきた。
頭のてっぺんからつま先まで一瞬にして身を縮こませ、独特の無情な冷たさを感じさせるような殺気。
「「「ッ!!」」」
それはアイナ達も感じたようで、瞬時に武器を取って警戒態勢を整える。
どこかに敵? まさか公爵家の――。
グシュ――。
「ッ……あ?」
「おらあああああっ!」
いつの間にか近づいていた何者かに何かで腹を刺されたと同時に、レンゲの拳がその男を吹き飛ばした。
そして、カランと音を立てて血の付いたナイフが落ちる。
その血は……俺の腹から流れ出たものだ。
「主君!? 貴様ああッ!」
さ……刺された……? ぐっ……やばい、自覚したら痛みが……。
幸い刺されただけで裂かれた訳ではなく、そこまで深くはなさそうだが熱いと錯覚しそうな痛みが腹から走り、手で押さえても血が止まらない。
「主様!」
「っ……あ……」
痛みの走る腹部を触ると、どろりとした感触があっという間に手を染める。
確認すると、真っ赤に染まった赤い血だ。
それが、水溜まりを作る勢いで地面へと滴り落ちている。
そして、すぐにぐわんと視界が歪み膝をついて腕で何とか支えながら倒れこむのを防ぐも、起き上がる事が出来ない。
「ば……ポーション、を……っ!」
魔法空間から何とかポーションを取り出したのだが、誰かの投げた小石によって瓶が弾き飛ばされ、砕かれてしまった。
一体、誰が……方向的に……まさか……。
「きゃあああ!」
「っ……ウェンディ……!」
ウェンディの悲鳴のしたほうになんとか顔を向けると、そこには何故かエミリーがウェンディを捕え、連れ去ろうとしている姿が見える。
その光景に、あまりに突然な展開に、俺の頭はまだ理解が追いついていかなかった。
「っ! 何してるっすかぁぁ!!」
「……」
「そこをどくっすよ!!」
「……」
「らああああ! ぐっ……! かっ、は……」
連れ去られそうなウェンディを助けるためにレンゲがエミリーに飛びかかると、隼人がエミリーを守るために現れて一撃を防ぎ、レンゲの腹に拳を当てて退かせる。
やっぱり、さっきのは……。
「主!」
「ぐっ……シロ……」
「……シロさん」
「殺気を感じて来てみれば……隼人。どういう事?」
シロの怒ったような声が聞こえる。
でも、意識が……朦朧として……焦点が……。
「……エミリー手はず通りに」
「ええ……」
「放してください! エミリーさん放してください!」
「……申し訳ございません」
「エミリー! エミリー・フォーサイド・ログウェル! これは命令です! 放しなさい!」
「出来ませんッ! ……失礼! 風が運ぶ」
「放し……あ……ご主人様! ご主人様ぁ!!」
「ウェンディ! ぐぅ……シロ……頼む……!」
「ん!」
「させません……!」
なんで、なんで隼人がウェンディを……。
なんで、シロと隼人が戦わなきゃ……。
駄目だ……血が……こんな小さな傷で、なんでこんなに血が……。
※
英雄隼人。
強い。
この男は、本当に強い。
「レンゲ!」
「かはっ……はあ、はあ……大丈夫っす……。それより、ウェンディを!」
「わかっている!」
「通しません」
「ぐっ! シロと対しながら、だと……!」
「シロここは任せるわよ! ウェンディは私が……きゃあ!」
「貴方も、行かせません」
「押し通る!」
「誰も通しません!」
圧力が上がる。
隼人は本気で通す気が無い。でも、そんな事は関係がない。
シロはウェンディの所へ行かないといけないの!
主が望んでいるの!!
「があっ!!」
「はあっ!」
だけど、数合交えただけでわかる。
隼人はシロよりも、圧倒的に強い。
これが流れ人の、英雄の力。
数多の魔人や魔王を屠ってきた男の力。
でも、だからと言って退けない。
ウェンディが、助けを呼んでいた。
主にシロは頼まれた。
余力を残す余裕なんかない。
だから、最大の敵を排除する。
後は……仲間たちに託す。
『被装纏衣 三纏白獅子』
「そこを……どく」
最高速と最高火力を持って、主の敵を排除する。
「どけません!」
「っ……!」
速い! 白獅子のスピードでも、足りない。
スピードもパワーも、数段上を行かれてる。
ギリギリだ。ギリギリ、防げているだけですぐに押し切られる。
くっ……シロじゃ……勝てない……。
「……さんを……ートさんの所へ。そうしないと……」
「ッ!」
「……」
白獅子のスピードとパワーで剣と短剣の打ち合う音が鳴り響くさなかに、小さな声で呟かれた言葉に思わず動きを止めてしまった。
だけど隼人はシロを攻撃せずに踵を返して逃げ去っていく。
敵からの言葉。なのに、無視できない言葉。
「シロ!」
「っ……」
隼人が去っていく。白獅子も解除されて……もう……追いつけない。
でも、ウェンディが……!
「何してるっすかシロ! ご主人は自分が何とかするっすから追うっすよ! 回復ポーションも――」
「っ……駄目!」
「な……」
敵なのに、隼人が言った言葉は真実だと思った。
確証はない。でも、確信はあった。
シロが大事なものは何?
一番大事なものは……?
「主を錬金ギルドに運ぶ! アイナと二人でなるべく揺らさずに! 急ぐ! 着いたらリートに後は全部任せて! それ以外は何もしちゃ駄目!」
「え!? あ、わかったっす!!」
「ウェンディはシロが追う!」
「シロ! 乗りなさい!」
いつの間にか、ソルテが狼の姿になっている。
いいの? とは聞かない。
ソルテも、今何をすべきかはわかっているだろうから。
「あんたは少しでも体を休めて。食材なら沢山買ってあるから食べなさい。……あんたしか、あいつは対応できないんだから」
「ん」
食べてる余裕なんてない。
でも、食べなきゃ勝てない。
食べても……でも、今はそれしかない。




