12-6 愛する人の為に 密会ヤーシス
はあ……やれやれ。
困りましたねえ……。
楽しみにしている記念すべき日が近いというのに、どうして私は王都にいるのでしょう?
何が楽しくてこのお方とお会いしなければならないのでしょうか。
「久しいなヤーシス。良く来てくれた。まあ、高貴な私の要請である以上当然か」
「相変わらずですねゲルガー。いえ、今はゲルガー公爵でしたか……当主になられたのでしたね」
「ああ。もっと先になるかと思ったが、父上の失脚でな。我が父ながら理解出来ぬよ。刹那的な楽しみの為に身を犠牲にするとは……。騎士団長の様な猪に手を出せば、首を落とさぬ限り噛みつかれるに決まっているだろうに……。信じられるか? 父上はあの猪に殺される間際まで、とても楽しそうであったのだ。あれは狂人と言える」
確かに……前公爵は常人ではないと言わざるを得ませんでしたね……。
一般的な常識が通じぬ男。
殺しも犯罪も、更には施しや人助けまで自分が楽しむためと思えば行う男でした。
まさしく腐っている……というより、狂っていると言った方が正しく、更には一本筋の通った男でもありました。
自分が楽しむため……という、歪んだものでしたがね。
まあ狂人という意味では、貴方も大概だとは思いますがね。
「それで……私に何か用があるのですよね? 残念ながら、現在貴方にご紹介できるような奴隷はいらっしゃいませんが?」
「そんなものはいらんよ。どうせ貴様が紹介するのは犯罪奴隷だろう?」
おや、犯罪奴隷の処分に困った際に利用していたのがばれていましたか。
はっはっは。まあ、構いませんが。
「私はついている……神が私にウェンディを授けるようにしているようにしか思えぬほどについている。驚いたぞ。まさか契約を行った奴隷商人が貴様とはな」
「ウェンディ……ウェンディ・ティアクラウンですか。となると……契約解除を行って欲しいのでしょうか?」
お客さんから貴方が彼女を狙っていると聞いておりますし、このような話が飛んでくる可能性も考慮はしていましたが……やはりですか。
「ああ。その通りだ。話が早くて助かる。が、一つ違うな。頼んでいるのではない。やってもらうぞと言っているのだヤーシスよ」
「はあ……そんな事が出来るわけないでしょう? 信用問題に関わります。これでもクリーンな奴隷商人と有名なのですよ?」
「なあに、休業補償くらいはしてやろう」
「今のあなたにお金があるとは思えませんがね。確か、お父上の件で財産を没収されたのでしょう?」
「良く知っているな。……では、断ると?」
「ええ。お断りさせていただきますよ」
私にメリットが何もないじゃないですか。
休業補償など、私の名誉が傷つくことを考えると国家予算に匹敵してもおかしくないのですよ?
「そうか……では、こちらも手札を切らせてもらおう」
「貴方に切れる手札があると……?」
「ああ勿論。いくつかあるが……アインズヘイル、独立するらしいな?」
「……ええ。良く知っていますね」
何故この男が……と一瞬思うが、現在街に残るかどうかの聞き取りを行っているのですし、街を離れる誰かがどこかで話し、この男がそれを耳にしていてもおかしくはない。
この男には『オボロ』がいる。
隠密と情報収集に長けている以上、ウェンディに執心しているようですし、アインズヘイルにも潜伏させているのでしょう。この時期であれば尚更伝わってしまっていても納得できますね。
「陛下は慎重派ゆえすぐに出兵することはないと思うが……私が言えばすぐにでも出兵するだろう。加えて、私であれば、出兵自体も止められると思うがな」
「……」
なるほど……まだ宣誓はしていないですが、計画を企てたという罪でオリゴールと賛同者達をしょっぴくと……。
確かに今兵を出されるのは時期としてはよろしくないですね……。
宣言した後であれば、対処は可能でしょうが……。
「ちなみに、私が無理やり貴様を利用するという手段もあるが……出来ればこちらは使わせないで欲しいところだ」
「ほう……」
私を無理やりですか……。
私の護衛の存在を知ってはいるでしょうし武力行使ではないでしょう。
手っ取り早く片付けてしまいたいところではありますが……この男には、アレがある。
『死後の穢れ』
自身が死んだ際に殺した相手を呪う魔道具。
トリガーは自分の死ゆえに、呪いは強力で何が起こるかわからない。
聖女の力を借りれば治せない事はないでしょうが……この国にいる聖女はパワー系ですからねえ……。
「それと……今現在、アイリスはこちらの監視下にある」
「っ……」
「いやはや、王位継承権を放棄しているとはいえ、仮にも王族がアインズヘイルの独立に協力するのはまずかろう?」
なるほど……。
確かにそれは、困りましたねえ。
はっはっは。見くびっていましたね。
取るに足らない存在だと思ったら、意外とやりますねえこの男。
「ああ、それとだがウェンディの現主、奴の脅威の最たる隼人卿は私の味方だ」
「っ……!」
何という事でしょう……。
まさか、隼人卿にまで手を出しているとは……。
「良い反応だなヤーシス……。英雄たる隼人卿が私の味方であり、アイリスも動けぬ以上、奴に後ろ盾はない。この現状こそ……神が私に味方していると言っても過言ではないだろう」
「ああ、いえ。それはないかと」
「なに?」
おっと、つい口が滑ってしまいました。
危ない危ない。
どうせ話しても理解されないのですし、適当に話を進めますか。
「ああ、えっと、なんでしたっけ? ウェンディ様とお客様の間にある奴隷契約を無い状態にすれば、アイリスもアインズヘイルも放っておいていただけるのでしたっけ?」
「……ああ。貴様は契約を解除するだけで良い。そこからは抱えている奴隷商人がいるのでな。……では暫く、王都に滞在してもらおう。時が来れば迎えをよこす。貴様の護衛も一緒にいるように。無論……あの男への連絡は出来ぬと思えよ?」
「わかりましたよ……。はあああ……どうやら宣誓式は見られそうもありませんね……」
「アインズヘイルがどうなろうが私は知った事ではない。だが、出兵は私が黙っていてもいずれ行われるだろう。あの小賢しい領主の事だ。宣誓後の対処はしてあるのだろうが、協力せぬのならば……」
「わかっています。大人しく従いますよ」
やれやれ。貧乏くじを引いた気分ですね。
あの街のお祭り騒ぎのような活気ある姿が好きなのですが、それを見る機会を奪われるとは……。
あーあー……最早勝ちを確信しているかのような顔をしています。
「はあ……ゲルガー。悪い事は言わないのでここらで手を引き、大人しく余生を過ごされては?」
「私が手を引くだと? その理由が一切ないではないか」
「そうですか……」
「さて……準備は整った。そうだな……決行は宣誓式の日にでもするか。隼人卿にもその旨を伝えるとしよう」
ふむ……。
一応の注意はしましたので、義理は果たしたことにはなるでしょうか。
さてさて、どのような過程になるのやら。
※
はああ……風呂……最高……。
帝国にも風呂はあったが、やっぱり1000年檜の我が家の風呂が一番だ。
ユートポーラは別枠とするが、メイラありがとう。
改めてありがとう。
「はぁぁぁ……んんー……」
「……」
「ん? 何見てんだよ。ムラムラしたのか?」
「いや、なんで一緒に入ってるのかなって」
真達が泊っている事だし、この前注意もされたから一緒に入るのは我慢していたのだが、光ちゃんは……ああ、男だからセーフなのか。
「なんだよその目。女として意識してくれてんのか?」
「あー……股間の一物さえなければ美少女と風呂だと喜んだのに」
「んんー? 気になるなら無くそうか?」
「いや、いいよ」
もう既に焼き付いたから意味がない。
処理済みでつるつるな上に隠そうともしないから見ちゃったしな。
「はぁぁぁ……しかし、館も相当だが、こいつは良い風呂だな……。毎日入れるのは羨ましい」
「お。風呂好きか?」
「おう。学生時代、同級生が良く奢ってくれてなー。どいつもこいつも前かがみで笑ったけど」
「お前なあ……いたいけな学生の性癖を歪めてるんじゃないよ」
「ばーか。勉強代だよ。俺の裸を見るなんざ、風呂代だけで済むわけないだろ」
なんとも艶めかしい表情を浮かべるもんだ。
「いやー面白かったな。俺サウナ好きでさ。サウナに行くとカルガモみたいについてきて、限界までいるんだもん。サウナは我慢大会じゃないっつのにな」
ああー……サウナで火照った顔はさぞ……。
この色気で隼人達と同年代で男だもんな……同級生諸君が健全な道を進んでいることを願うとしよう。
「ああ、そうそう。俺はそろそろこの街出るから」
「え? 真達と行動するんじゃないのか?」
「その予定だったけど、あの姉おっかねえし……新しい寄生先も見つけたから、とりあえず王国をぐるっと回ってくるよ」
「おー……そうか」
「んんー? 寂しいのか? 安心しろって、また帰ってくるからよ」
「寂しかないけどさ。まあ、気を付けてな」
「おう。まあ、この世界に来たばかりの時と比べて自衛くらいは出来るけどサンキューな。お土産楽しみに待ってろよ」
それはありがたいな。
俺も王国はめぐり尽くすどころか、まだユートポーラと王都くらいしか行った事がないからな。
これからアインズヘイルは独立することだし、流石に気楽に回るってのは難しいだろうから、お土産はありがたく頂戴しておくとしよう。
「あ、その際はまたお風呂入ろうぜ。今度は最初から消しておいて背中洗ってやるよ。お兄ちゃん」
「……」
……別に女体化につられたとかは全くないが、お土産を貰うのだし風呂くらいは許可してやろう。
次来たときは、俺自慢の温泉にでも招待しようと思う。
別に他意はない。ただ風呂が好きなようだからだ。
本当にない!




