12-3 愛する人の為に 愛すべき時だったので
目を開くと、見知った天井が迎えてくれた。
少しだけ開いたカーテンの隙間からの日差しが俺の目元を照らし始めて、そう言えば家に帰って来たんだなと思いながら目が覚める。
「ん……んんー……? あれ?」
思い切り両手を上げてノビをしようと思ったのだが、左手が上がらず、右手だけを上げつつ左側に重心を取られ不格好になってしまった。
「ん……んぅ……ご主人様ぁ……」
俺の左手が上がらなかった原因は左腕に抱き着いているウェンディさん。
薄い布を体にまとわせているのだが、谷間がばっちり見えている。
というか……薄い布の下は裸だろう。
かくいう俺も裸である。
昨日は久々の自分のベッドで……という事もあり、ついはりきってしまった。
「すぅ……すぅ……」
小さな寝息をたてるウェンディ。
だが、このままでは髪を食べてしまいそうなのでそっと指先で髪をどけてやると、薄っすらと笑みを浮かべる。
「……幸せだな」
外から聞こえる鳥のさえずりと、愛する女性の寝息が聞こえてくるゆっくりとした時間の流れる穏やかな朝。
愛する女性の温もりを感じつつ、この幸せをじっくりと噛みしめるようにヘッドボードに寄り掛かって目を瞑る。
僅かにだが下の階から包丁の音が複数聞こえてくるので、美香ちゃんとミゼラが朝食を準備しているのだと思う。
恐らく、もうそろそろ呼ばれるだろうから少しだけ、もう少しだけこの幸せな時間を堪能させてもらう事にするのだった。
※
「主ー起きるー朝ごはーん」
一節ごとにトーンを上げていくリズミカルな掛け声で瞑っていた眼を開く。
「大丈夫。起きてるよ」
「ん。むぅ……やっぱり。部屋にもいないし料理もしていないから主の所だと思った」
「気持ちよさそうに寝てるだろ? ああ、突くな突くな」
シロが気持ちよさそうに寝ているウェンディの頬をつんつくつくつくと突くと、ウェンディが嫌がってもっと俺に密着して顔を隠してしまった。
「でも朝ご飯。起きなければいけない」
「あー……出来れば寝かしといてやってくれ」
「昨日も遅かったから? 主とウェンディ激しすぎ……」
「いや、まあ……まあ?」
まあウェンディは今も裸だし、俺も裸だし……気づかない訳もないか。
昨日のウェンディは久々の家でしかも俺のベッドだったせいか、その……我慢を全て解放したような感じになってしまったからな……。
肉食系ウェンディさんも大変素晴らしかったです。
いや、最初は寝ようと思ったらウェンディが眠れない……と、不安そうに部屋を訪れたので一緒に眠ろうとしたんだけどさ……。
ちょっとだけ、唇を重ねたり、抱き合ったり、触れ合ったりしているうちに盛り上がってしまい……お互いに歯止めが利かなくなってしまった。
いや、言い訳はすまい。
ウェンディを愛したくなったのだ。
愛したくなったのなら、愛したくなった時が愛すべき時である以上当然の成り行きなのだ。
「んぅ……シロ……? ごひゅじんさまぁ……あ、おふぁようごらいまふ……」
「はいおはようさん」
「んん……」
顔を上げて起き上がったかと思う、今度は膝立ちして両手を差し出しながら俺の方へと近づいてくる。
「おはようございまふ……」
二度目のおはようだ。
しかもまたちゃんと言えていないうえに、俺に抱きつきながらである。
「……抜け駆けに対する罰を執行する。アシツボ」
「きゃあああああ! 痛い! 痛いです!」
「痛い。でも健康になる。今のは寝起きが良くなるツボ」
「そんなツボはありません!」
いや、なくもないかな?
低血圧にきくというか、血流をよくするツボならある気がするし、足の裏には沢山ツボがあるとは聞いたことがある。
「目はばっちり覚めたみたいだな」
「ご主人様ぁ! シロが酷いんです! 痛くするんです!」
「アシツボとはそういうもの。健康だと痛くない」
「ふ、不健康じゃないです!」
「寝不足は不健康。それに……昨日の抜け駆けについては審議が必要。どうせ有罪だから、先んじて罰を与えた」
「抜け……ば……罰を与えたのなら審議は不要では? ちょっと、眠れなくてご主人様の元を訪れただけですし……」
「罰はシロからの罰。審議は皆から受ける。それに……だけ? ウェンディの声はこの館に響いてる。答えなら朝食時にわかる」
とりあえず騒いでいる二人を背中に顔を洗って、その朝食を食べに下へと降りると、香ばしいパンの焼ける匂いと、甘いコーンの匂いが漂ってきてお腹をぐうっと刺激する。
更にはベーコンを焼いた芳しい香りが俺達三人を迎え入れてくれた。
「あ、イツキお兄さん! おは、よう……ございます……」
んん? なんで最初は声が大きかったのに後ろに行くにつれて声が小さくなり、顔を赤くして小さくなっていくのだろう?
俺の身なりがおかしいのか、こっちを見てくれないのだが……寝ぐせはシロが俺の肩に乗ってしゃしゃっと直してくれたし、男特有の朝の生理現象も収まっているはず。
社会の窓は閉じているし、パンツ一丁という訳でもないのだが……謎だ。
「おはよう旦那様。ウェンディ様もおはようございます」
「おはようございますミゼラ。今朝はすみません。お手伝い出来なくて……」
「いえいえお気にしないでください。……仕方ありませんから」
ミゼラが何故か俺を睨みつける。
しかも顔を赤らめてだ……。
やはり俺の顔に何かついている……?
顔は洗ったはずなんだがな……。
「任務完了」
「ご苦労様。朝食のベーコン、多めにしておくわね」
「やた! ミゼラ大好き! 葉っぱはいらない!」
「はいはい。私も大好きよ。でも、野菜も食べなきゃ駄ー目。旦那様、先に席についていていいわよ」
「ああ……」
「私はお手伝いいたします」
「……シロは付き添う」
付き添うだけなのか。
というか、俺と一緒に席に行かないのも珍しいな。
まあ、いいか。
とりあえず俺は大人しく言われた通りにするとしよう。
「あら、おはようございます。イツキさん」
「おはよう美沙ちゃん。よく眠れた?」
「うーん……まあ。真はまだぐっすりですよ」
「あー……朝弱そうだもんな」
それで二人に起こされるんですよ。
美沙ちゃんには裸でお布団の中に侵入されて寝起きドッキリをされ、美香ちゃんの場合は男の朝の生理現象によって逆ドッキリをかますわけですなちくしょうめ。
それにしても、美沙ちゃんは歯切れが悪かったが眠れなかったのだろうか?
「それにしても……随分と激しいのね」
「ん?」
「昨日の夜よ。ウェンディさんの喘ぎ声と腰を打ち付ける音……随分と響いていたわよ?」
「あー……すまん。盛り上がった」
「でしょうね」
「本当、うるせえったらねえよ……あんあんあんあんパンパンパンパン! 眠れやしねえ……」
ああ、起きていたのか光ちゃん。
机に伏せていたからてっきり寝ているものかと……。
「あら? 光ちゃんと美香ちゃんは聞き耳を立てていたでしょう? わざわざ扉の方に耳を向けて……」
「なっ……」
「私が部屋に無音をかけるまでずっともじもじしていたじゃない。かけた後は二人して悶々としていて、私はそっちで眠れなかったわ」
「あれは! ……眠れなかったから……」
「そういえば光ちゃんは美沙ちゃん達と同じ部屋で寝たのか」
「ええ。真と同じ部屋じゃあ、危ないでしょう? それに、美香ちゃんはもう光ちゃんを女の子として扱うと決めたみたいだしね」
「ああ……興味はねえけど、普通に着替えだしたからな……。途中で気づいたようだから気を使って布団を被っといたけどさ……」
「そっか……。まあともかく悪かったよ。次から気を付ける」
「それなら、部屋に結界を張ったらどう?」
「結界?」
それは魔法だろうか?
残念ながら俺に魔法の才能は……。
「ええ。四方に専用の魔道具か、魔法使いが数日分の魔力を込めた魔石を置くの。そうすると、中の音は聞こえなくなる」
「凄いな結界」
「凄いのよ。私も現在研究中なんだけどね。高位の魔法使いが結界用の魔石を作ると、範囲内では魔法やスキルも使いづらくなって、まさしく結界となるそうよ」
まさしく結界と……。
それなら街の防衛にも使えそうだが、スキルが使いづらくなるんじゃ暮らしづらくなってしまうから使えないのだろうか?
それか――。
「……デメリットもあるんだろう?」
「ええ。まず魔道具がとても高価なこと。魔道具の方は耐久力が高いのよ。魔石で代用した場合、魔力の切れた魔石は砂になって再利用できないしね。でも、イツキさんなら魔道具は作れるんじゃない?」
「いや、おそらく銘を打ってあるだろうし、同じ機構では作れない。独自の機構を考えないとだけど……正直ちんぷんかんぷんだな」
どうして周りに音が聞こえなくなるのか……恐らく関連するとしたら風の力……魔石で代用出来るのとは別だろうな。
魔石の場合は魔力で磁場でも起こしているとか……?
駄目だ。作っている錬金術師にしかわからん。
……何故だかテンションの高い耳に良く残る王国の錬金術師の顔が浮かぶのだが、あの男ならば確かに作れるだろうな。
そして、魔石の場合は使い切りか……魔道具にしたって相当な魔力が必要だろうし、費用対効果を考えると微妙といえば微妙。
非常時であれば、とても有効だとは思うが……。
「ああ、著作権のようなものがあるんだったわね。それなら、魔石の方でもいいんじゃない?」
「んんー……大き目の魔石は結構高いからな……音漏れ防止のために買うには、高い買い物だな……」
「そうね。という事で、私が力を込めた結界用の魔石をあげるわ」
「え? 数日分の魔法使いの魔力が必要なんじゃ……」
「ええ。だから数日分の魔法使いの魔力を込めたの。コツを掴まないと破裂するんだけどね。研究用に作った試作品だし、使い切りだからここぞという時にどうぞ」
平然と言ってのけるが、凄い事……だよな。
手渡された四つの大きな魔石は、目に見えて魔力が入っているようでゴォォっと音を立てているようにさえ思える程に力が篭もっているのがわかる。
美沙ちゃんがただの魔法使いだとは思わないが、普通に作るよりも強力なものになっているのではないだろうか……。
「あ、ありがとう」
「……凄い力をヤル声抑えるために使うってどうよ?」
「言うなよ……。秘密の話をする際にも使えるだろう?」
「うふふ。泊めてくれたお礼だから、好きに使っていいわよ。2日あればまた作れるし、魔力タンクにもなるしね」
わぁ……2日で作れるのかこれ。
持ってるだけで魔力がパンパンに入っているってわかるんだが。
加工しようとしたら、破裂しないか心配だから使うならこのまま使おう……。
「うふふ。これで気にせず出来るわね?」
「いや……昨日は寝る前までは本当にそんなつもりはなかったんだよ一応……」
「そうなの? 6人もいるのだし、毎日とっかえひっかえなんだと思ってたわ」
「とっかえひっかえって……」
「あら、皆さん楽しそうですね。なんのお話ですか?」
こちらの声を聞いてか、ウェンディが朝ご飯を運びながらやってきた。
なんというか……タイミングがよろしくない。
このままでは巻き添えに――。
「うふふふ。昨日の夜のお話ですよ。昨日はお楽しみでしたね?」
「え……」
巻き添えにされたか……そして、するっとウェンディの手からは持っていた皿が落ち――なかった。
近くにいたシロがすかさずフォローしてくれたようだ。
「予想通り。付き添っていて良かった」
「そのための付き添いだったのか……」
「昨日の夜は激しかった。多分ご近所にも聞こえてる」
「えええ!」
「旦那様もウェンディ様も……お客様がいらっしゃってる時くらいは自重してくださいね」
「ミゼラまで!!? まさか美香さんにも!?」
ガバっと後ろをすごい勢いで振り向くウェンディ。
手にあった食器類はシロが持っているので何も気にする必要はなくなっている。
「あの……その……」
そして顔を真っ赤にしておぼんで顔を隠す美香ちゃん。
その際にシロが美香ちゃんの分の食器類も見事にキャッチしていた。
……なるほど。先ほどの語尾が弱弱しくなっていった反応はこれが原因だったのか。
「それはもうたっぷりと。『無音』を使う前に美香ちゃんったら、『今後の参考のために聞いておいた方がいいかもしれないんじゃないかな!』って、言ってたんですよ」
「おおおお、おおおお姉ちゃん!!?」
「音だけで一体何の参考になるのかしらね? うふふふ」
「お、お姉ちゃん!! その口を閉じて! 今すぐに! ち、違うんです! 盗み聞きとかではなくて!」
「いや、俺らの声が大きすぎたみたいだし……」
「声……大きい……昨日の……」
美香ちゃんが顔を真っ赤にし、必死で何かが違うのだと訴えかけ、ウェンディは顔を真っ赤にしてニヤニヤ顔の美沙ちゃんの視線に目を回し始め……。
「何よ。なんの話?」
「昨日のウェンディ」
「昨日のって……ああ、ウェンディの抜け駆けね。それは審議するわよ。ええ、勿論」
「何すかー? ウェンディとご主人のアレっすか? まあ、日常茶飯事っすよねー。今じゃあ子守唄みたいなもんっすよ」
「それはそれで問題な気がするのだが……。というか、随分と盛り上がったのだろう。ウェンディ、抜け駆けはともかく仕方ない事だ。気にするな」
「ア、アイナさんもあんな声を……っ!」
そこにアイナ達も加わることによって、よりカオスな朝食の場が生まれるのだった。
人が多いのも……考えようだな。
「とりあえず……朝飯食べたいな……」
ここで平然と朝ご飯を食べ始めたいところなのだが、そうもいかないよな……。
一人、全く蚊帳の外で眠っている男がいるわけだが……どうやら朝ご飯はその男が起きてからになりそうだ。
さりげなく朝食を魔法空間に入れて冷めないようにし、この騒ぎが落ち着くのを席に座りなるべく空気と化すようにしながら乗り切るのであった。




