11-8 シュバルドベルツ帝国 帝国での鍛錬
帝国にやってきた! ……とはいっても、王国での日課をやらないわけにはいかず、シシリア邸の小さな演習場をお借りして今日も鍛錬に勤しむことに。
せっかく帝国に来たのだし……と、この世界に来たばかりの俺なら思うかもしれないが、最近は物騒な事も増えてきているし強くなるに越した事は無いので意気込んでやろうと思う。
「すぅ……ふぅ……」
まずは落ち着いて正面に立つアイナを見定める。
アイナは余裕のある表情で剣を構えており、完全に待ちの姿勢だ。
まあ、今回は俺が攻める鍛錬なので当然なのだが……。
さて……しかし、まいったね。
隙があれば打ち込んで来いとのことなのだが、隙がありません。
隙をちゃんと作るからと言われたのですが、全くわかりません。
どうしたもんかと困りつつ、目線はアイナから外さずにいると、アイナが足をゆっくりと持ち上げるのを目で追ってしまう。
そして、ダンッと地面に叩きつけられた際に思わず飛び出してしまい……。
「っ……うおおっ!」
「……釣られたな主君? 戦いのさなかに余計な事を考えるには、まだ不十分だと思うぞ?」
呆れられつつも俺の攻撃を軽くさばき、ぴたりと首筋に剣を当てられてしまう俺。
「だって、今のはずるいだろ……」
「あれだけ隙だらけの構えをしていたのに来ない主君が悪い。それに、あの程度でずるいなどと、戦闘職の者に言うと笑われるぞ?」
ええ……あれで隙だらけだったの?
はぁぁぁ……改めてアイナ達三人やシロの強さが遥か彼方、遠すぎると自覚せざるを得ないな。
「主君に言われて私は甘いようだから厳しくしようと思ったのだが……。仕方ない。今日も打ち込みからにしようか。息が切れるまで打ち込んで来るといい」
「わかった……。よし。切り替え切り替え。いくぞ」
俺の鍛錬は基本的に、攻めに重点を置いたものか、守りに重点を置いたもの、あとは組手と予め定めて行われる。
まあ当然俺の実力に合わせて手加減したうえで……だ。
残念ながらこの通り、意気込んでは見たものの実力は悪い意味で折り紙付きのままだというわけだ。
「よし。少し休憩にしようか」
「ぷはぁ……きつ……」
はぁはぁとこっちは息を乱しているというのに、アイナは汗一つかいていない。
アイナは俺の攻撃を防御しつつ、受けて止める、受けて逸らす、受けて弾き返すなどの種類分けされた防御手段まで教えてくれるのだが、こちとら必死で攻めているだけなので理解は冷静になってからするしかない。
「ふふ。だが、始めたころよりはだいぶ良くなっているぞ? 私も主君が成長していると思ったからこそ、隙を突く事を教えようと思ったのだ」
「ああー……結果は残念だったわけだが……」
「まあ……格上の相手から隙を見つけるのは戦闘経験がものをいうからな。漠然とした違和感から、それが隙なのか誘いなのかを判断できるまでは時間がかるものさ」
「はぁぁ……アイナいわく見え見えの隙すらわからないなら、まだまだ足りないってこったな……。よし。次は防御か?」
「うむ。そうだな。防御の方はもっとじっくりとやるぞ。出来るか?」
「望むところだ。俺にはそっちのが重要だしな」
俺の戦いは自己防衛。
基本的には皆の足を引っ張らないようにするためのものだからな。
「そうか。では、反撃できそうなときは反撃を――」
「ほうほう興味深い。戦闘は不得意と言いつつ、戦闘訓練はするのだな。うむうむ。向上心があるのは良い事だ。よし、我が手伝ってやろう」
「……えっと」
何で満面の笑みで仁王立ちしてるんですかシシリア様?
というか、普段着よりも随分と豪華絢爛といいますか、胸の部分は開かれていますし、動きづらそうなドレスなのですけどそれで戦うのですか?
あとその、何でしたっけ? 『薄刃陽炎』でしたっけ? そんなので訓練されたら俺は数秒で真っ二つになる自信があるんですけど……。
「あー……その、シシリア様? 主君にその武器では……」
「む? だが、実戦に近い訓練の方が身になるというものだぞ?」
「それはそうなのですが……」
「まあ任せろ。我とてそれなりの腕はある。寸止めくらいは……あまりした事は無いのだが、出来るはずだ!」
「出来るとは思いますが……。そんな訓練のイチかバチかで主君の身を危険にさらすわけにはいかないんですが……」
「ふむ……それもそうだな。では木剣でやるか」
いや、やるならはじめから木剣でやりましょうよ……。
っていうか、その服で激しくうごいたりなんてしたら、おそらくポロリしますよ?
別に俺がそれを嬉しく思うのとは別件で、多分ポロリされたら俺の視線は釘付けになり、その結果おろそかになった防御を抜けて鋭い木剣の直撃を受ける気がするのですが……。
「……いや、駄目ですよ? 何を言っているんですかシシリア様? この後お偉方と会談ですからね? もうドレスに着替えていらっしゃいますからね? 土で汚れたらもう一回お召し替えですからね?」
呆れた様子でシシリア様に突っ込みをいれるセレンさん。
いいぞ。その調子だもっとやれ。
シシリア様の相手とか……多分おそらく俺の攻撃などかすりもしないのだろうけど反撃も一応するとなると尻ごんでしまう。
「なに、ちょっとだけ、一回だけだ。それにお偉方と言っても我ほどではない相手だし問題は……」
「駄目ですって……。あの人綺麗好きで有名なんですから、ご機嫌損ねてしまいますよ……」
「むう。せっかくの機会だというのに……。ああ、ではセレン。お前がやると良い」
「……はい?」
「ちょうどよく防御の訓練だそうだし、セレンの戦い方であれば良い練習にもなろう」
「えっと……私は構いませんが……」
んー? シシリア様からセレンさんに代わるのか……?
目線でどうします? と、問われているのだが、二択ならばセレンさんの方が良いですね。
「むう……今日は私が主君の相手をする時間なのだが……」
「アイナよ。主の事を思うのであれば、新しい刺激はあった方が良いというものだぞ? それに、セレンの戦い方は面白い上に視野が広がると思うぞ」
「うーむ……では、セレン殿。頼めるだろうか?」
「はい! 任されました!」
と、どうやら今日の訓練の相手はセレンさんに決まったらしい。
まあ確かに、物騒なことがあるとしたら全く知らない相手になるのだろうし、そういう意味では俺が戦い方を知らないセレンさんは最適な相手とも言えるのかな?
セレンさんはたたたっと急いで演習場の端にある倉庫に武器を取りに行ったようだ。
お、どうやらちゃんと……いや待て、まずなんで引きずって……木剣は木剣なのだ……が?
「あれ? 目がおかしくなったかな……」
「どうしました?」
「なんかさ……でかくない? それ……」
セレンさんの持つそれは柄の部分だけは通常サイズなのだが、そこから、セレンさんの横幅を余裕で超え、セレンさんの身長をも超える長さのように見える。
「えっと……そうですね。少しだけ大きいかもしれません。でも大丈夫です。中に鉄の芯があるので、重さは普段使っているものと同じですので!」
「いや、見る限りでもかなり重そうなんだけど……」
もしかしてセレンさんもテレサと同じように加護を貰っていて怪力なのか?
いや、でもそれなら引きずらないか。
「ふふふ。セレンはそれであっているのだ。手合わせすればすぐにわかるさ」
「大丈夫です。私はそんなには強くありませんから、しっかりと防御をしていれば死にはしません!」
「怪我飛び越えて死ぬのか……」
まあでも、わからないからこそ成長の糧に出来るかもな……よし。
「それじゃあ、始めるか」
手首の柔軟を入念にしてからマナイーターと陰陽刀-陰-を手に取り構えを取る。
こちらは木剣ではないが、二本とも相手を殺傷する力は低い上に実力差もあるのだから勘弁してくれ。
木剣だとその大きさじゃあ一瞬でおられて腰がぐにゃってなるだろうからな。
「二刀流か……使えるのか? それに、かなりの上物を持ってはいるようだが……使えるのか?」
「主君は器用な方だからな。取り回しについては問題はないと思うぞ。それに、防御はしっかりと教えて来たからな」
「ふむ。そうか。だがセレン、最初から全力でいくでないぞ」
「わかってますって。あ、でもノって来ちゃったら止めてくださいね」
「……我のドレスが汚れるとか言いつつ我に止めさせるのか……。いいだろう。我が全身全霊をかけて止めてやろう」
「いえ、アイナさんが止めてくれればいいんですけど……」
やれやれ……と嘆息するセレンさんは可愛いものなのだが、生憎と相対している俺としては異様な気配しか感じない。
「それではいきますよ!」
「お、おう!」
返事をし、武器を前に構えて相手の出方を窺う。
これは防御訓練なので、俺から仕掛けはしないのだが……。
「……へ?」
セレンさんは体を大きく横に捩じり、木剣を一周させて背面へと持ってくると――。
「よいしょー!」
可愛らしい掛け声とは裏腹に暴力的なまでに巨大な木剣が俺へと横薙ぎに払われ、俺は慌てて上方へと軌道を逸らすようにしつつしゃがみ込んで何とか回避した。
「あぶっ、あっぶ、危なっ!」
ドッドッドっと心臓が早鐘を打ち、かすった髪の毛が熱でも帯びているんじゃないかというほどに熱い。
逸らすだけでなく、しゃがんだのは間違いじゃなかったようだ。
「おおー! お見事です! ではどんどん行きますね!」
どんどん……やばい! そう感じるとともに、今度は逆方向から大ぶりの一撃が見舞われる。
しかも、今度はご丁寧にしゃがみを潰した上から下へと打ち下ろしも加わっているので、二本の剣を軸にして回り飛んで回避する。
自分の体のすぐ下を、巨大な木の剣が通り過ぎるだけで風圧が緊張感を押し上げてくる。
「ほう。豪快な一撃だな。だが、隙だらけだぞ」
「まあ、セレンはまだ未熟故な。とはいえ、今は手を抜いておる。本来であれば切り返しはもっと速いぞ」
「なるほど……。魔物の多くは小細工よりもああした強力な一撃の方が多い。これは良い鍛錬になりそうだ」
良い鍛錬になる? そうだね! なるだろうね!
おそらくこれ、寸止めとかされないだろうしね!
緊張感が凄いね!
そういえば、セレンさんってお祭りの時にミゼラを助けようと8人の冒険者に抑えられながらも進んでいたな。
……あの時は普通の剣のサイズだったのだが……もしかしてアレも特殊能力のある剣なのだろうか。
杖みたいにつかってたけど…って危な!
アイナに余計な事を考える余裕があるのかって言われたばかりだった!
「とーりゃとりゃとりゃ!」
ただ、なんとなくだんだんとリズムが取れるようになってきたぞ。
右にいったら左に、左に行ったら右にと規則性があるからか回数を重ねるごとに見えるようになってきた。
「まだまだ行きますよー!」
「おう!」
受けて防ぐのもはじき返すのも無理そうではあるが、逸らして防ぐのはどうにかなる。
……見えているだけでも隙は大きいので、ここらで反撃を……今だっ!
「甘いですよー」
「なっ……」
俺が真っすぐに進んだと同時に、勢いそのままに縦切りへと移行するセレンさん。
すんでのところで回避には成功したものの、木剣とは思えない穴が地面に空いており、ぞっとしていったん距離を取る。
「思ったよりもずっと強いですね」
「そ、そうか?」
「はい。……では、もう少し速度を上げて参りましょうか!」
そういうと、大ぶりの乱打が始まった。
一振りの脅威は上がり、返しのスピードも段違い。
隙? そんなもんあるもんか。
荒れ狂う小さな台風が目の前にあるように暴威を振るい、中に飛び込めばばらばらになりそうである。
「いや、ちょ……」
「行きますよ!」
暴威はそのままに、ぐっと足に力をこめると、そのままこちらへと突進を仕掛けるように突っ込んでくるセレンさん。
円というか、球体型にこちらを食らいそうな攻撃が俺へと迫って……。
「――すまないが。今の主君にそれは防げないな」
加速する方向性を使って回避どころか逃げようと思ったところで、アイナが俺の前に立ち乱打の嵐を剣で止めてくれた。
「わっとと……。す、すみません。調子に乗りました……」
「いや、気持ちはわかるさ。段々とスピードを上げてもついてきたから、多分大丈夫だと踏んだのだろう?」
「はいい……すみません」
「いやいや、良い経験になったと思うぞ。なあ主君」
「あ、ああ……凄い緊張感だったよ。ああー……落ち着いたら汗がどばっと出てきた……」
ついでに疲労感も溢れんばかりである。
思わず腰を下ろし、空を見上げて疲れを取るよう呼吸を整える。
すると、俺の上に影がおりた。
「次は我とだな! 見ていて熱くなってきた! 万全な状態で敵が来るとは限らぬぞ! 疲労時にも対処できるようにした方がより実戦向けである! さあ、やろう!」
「……勘弁してください」
言っていることはごもっともだが、見ての通りへろへろなんで今戦ったらあっという間にやられるだけなんですけど……。
満面の笑みから『なんで!?』と、驚愕の顔に変わったところ申し訳ないが、本当に凡人でこれ以上は無理なので、ご納得してください……。




