11-7 シュバルドベルツ帝国 皇の王
『こうべを垂れろ巨乳よ! 我らは垂れぬ貧乳ぞ!』
『曲線美よりも直線美! 胸の形は心根の形!』
『皇帝陛下よ目覚めの時だ! 平らな枕にいらっしゃい!』
声が揃うとよりはっきりと聞こえてくる抗議の声は鳴りやまず、ここ王広間にも無遠慮に響き続けていた。
「ん……うるさい」
眠そうなシロが不機嫌な様子で口の端を上げ、俺に抱き着いて猫耳を畳んで耳を塞ぐ。
「あれは……抗議活動か?」
「抗議活動であれば落ち着いて会談を開き、相手の主張を聞くくらいしても良いのだがな……。あれは宗教活動だと宣言されているのでこちらからは中々手出しが出来んのだ……」
「宗教活動……?」
「ああ。しかも大きな宗派でもないマイナーなものだ。ついこの間からああしてちっぱいを勧誘する宣教師がおってな……余への抗議を宗教活動と称して毎朝騒ぎ立てるのよ。しかも宣教師は表にはでず、もし余が外の奴らに手を出せば宗教弾圧だなんだと騒ぎ立ておるのが厄介極まりない……」
「何の目的があって……って、ちっぱいをないがしろにしていたからじゃないのか?」
「馬鹿を言うな。余は確かにおっぱいが好きでちっぱいには一切全くこれっぽっちも興味がない。だが、それは公私の私の話であり、公であれば罪人のおっぱいと善良なちっぱいでは後者を選ぶ程度には良識をわきまえておる」
「じゃあ、同じような能力の高さのおっぱいとちっぱいが面接に来たらどうする?」
「城で採用するかどうかの話か? どちらも優秀なのであれば、二人取れば良かろう。……仮にも余は皇帝であるぞ。自分の性癖を私ではなく公でも行使できる程、帝国皇帝の座は安くはないのだ」
「おお……」
すっと胸元から丸い球の付いたペンダントを取り出したガルシア。
ペンダントの丸い球は水晶のようで、美しい透明感のある白い靄が渦巻いているようだ。
「まだまだ白いか……シロとやら。余を攻撃してみると良い」
「ん?」
「ああ、腹や首はよせ。余は武に関してはあまりに貧弱故、万が一でもそこはまずいからな」
「ん……」
シロが俺にいいの? と確認するような視線を向けてくるが、俺にも答えようがないのでシシリアに確認をする。
「ああ。大丈夫だろう。ただ、ナイフは使わないでやってくれ」
「だそうだ。……一応手加減な?」
「ん。わかった」
わかったら速攻のシロさんが躊躇なくガルシアの肩にパンチ!
速さからして死にはしないまでも大分痛い一撃だと思うのだが……。
「おぉ?」
「こやつ……加減をしてこれなのか? やはりちっぱいは恐ろしいな……」
武に関しては貧弱とか言いながら、少し肩をさする程度で痛がってはいないガルシアにシロも驚いたようだ。
というか、鍛錬で見ているのでわかるが俺があれを受けたら吹き飛ばされて3回地面を跳ねる自信がある。
「驚いたであろう? これは皇帝のみが持つことを許される魔道具で『皇の水晶』という。階級は神器級で効果は民衆の余への支持率の高さによって、あらゆるダメージを抑えるというものだ。まあ、それ以外にも効力はあるのだが、秘匿ゆえ言えぬがな」
それだけ言うとペンダントを胸元へとしまうガルシアが、言葉を続ける。
「お前も知っていると思うが、帝国は実力主義である。皇帝という立場も血筋ではなく実力で勝ち取るものなのだ。……ゆえに良からぬことを企てる者もいる。余を排せば自分が皇帝になれる……と、誰もが思いつく事だ。だが、実力主義ではあるがそれは武によるもの。この魔道具は統治する力もない癖に、帝国を私物化するために武によって皇帝の座を得ようとする愚物を防ぐものだ」
「……なるほどな。暗殺なんかも防げるわけだ」
「うむ。そして愚王も長続きせぬ。国民に負荷を与えすぎる皇帝はまずこの加護を受けられずに殺されるだろう」
「……って事は、あれはお前を王座から引きずり落とすために身内が仕掛けてるって事か?」
考えられる可能性は恐らくそれが一番高い。
まあ、物語ではよくあることだからな。
おそらく、支持率を下げてその魔道具の効果を弱めて……って事だろう。
「いや? それはないだろう」
「え?」
あれ? 違った?
割と今まで当ててきたのだが……ま、まあ物語じゃなく現実だしな。
「さっきも言ったが、余は神童だ。優秀であり、それは周知されている。余の政策に反対する者もおらず、反対してきたとて余はその者の考えを聞き、間違いを正す力がある。まあ、余よりも優秀な者が現れれば帝国の為に余は前皇帝と同じく帝位を譲ると公言している故……だから、なんだその顔は」
「あ、いや……本当に、本当にちゃんとしてるんだなって……」
「馬鹿にしすぎであろう……。好敵手とて、流石に不敬であるぞ。余は謝ったのだから、お前も余に謝るべきだ!」
「あ、ああ。悪かった。ごめんなさい」
えええ……ちゃんとしてるじゃん……。
シシリアもうんうんと頷いているし、これが本来のガルシアだという事なのか?
周りにいる警護の騎士も、文官たちもおっぱいおっぱい言っているガルシアに頭を抱えたりせずにいたのはこのガルシアを知っていたからだろう。
「あー……でも待った。本題のちっぱいへの八つ当たりはなんでだよ。まさか抗議されてるからってだけじゃないだろうな?」
「……騎士達よ。ヘルムを外せ」
「へ?」
「門兵は現在持ち回りで当番制だ。ゆえに、こやつらも門番の経験がある」
「うわぁ……」
ヘルムを外した顔についているのは、傷跡……というか、爪痕か?
更には歯形までくっきり残っていたり、紅葉の様な平手の跡が消えぬまま残っていたりと……凄惨な状況だ。
「奴らは短気で攻撃的なのだ! こちらは一切の武を使えぬというのに、引っ掻き、噛みつき、平手打ち! 挙句の果てには槍を持っているのにちっぱいを触られたと騒ぎ立てる! ふざけるなと! 触るならもっと豊満なおっぱいに触るか、せめて尻だろうが!」
あ、熱い……騎士たちも何人かを除いてうんうんと頷いている。
ああー……ソルテも早々に槍を構えていたし、シロは言わずもがな、護衛達を倒しちゃってたしな……。
でも……
「ち、ちっぱいの全員が短気なわけじゃ……」
「ああ。言いたいことはわかる……が、そうなる可能性は高いのだ。なぜだかわかるか?」
いや、わからないと首を横に振ると、ガルシアは天を指さす。
天……ああー……。
「気づいたか。そうだ。戦闘神アトロスだ。アトロスは戦闘の女神であり、貧乳の女神であるが、とある文献には短気であったとも記されている。基本的に王国と同じく帝国も主に崇める神はレイディアナだが、奴らの信奉はアトロスなのだ」
アトロス様か……。
間違いなく貧乳だったし、確かに怒りっぽかったかもしれない。
更に付け加えるのであれば、口も悪かったが俺にサービスしてくれたりとお優しい一面も持っているんだけどな……。
「さらに言えば、統計ではあるがちっぱいな者の攻撃性や、積極性などは比較的多いと調査結果も上がっているのだ」
「ああー……」
どうしよう。何人か心当たりがある。
出会ったばかりの頃のソルテ、ソルテに対するシロ、オリゴールやアイリスも肉食系だろうし……あれ? 本当に案外当たっているぞ?
そして、アイナやウェンディはどちらかと言えば落ち着いているなと思ってしまう。
「いやでも待った。そもそもアトロス様の宗派ってマイナーなのか?」
「そうではない。姿もわからぬクロエミナならばともかく、アトロスを主神と崇める大宗派は当然ある。主に戦闘を主とする種族が崇めるのはアトロスだ。……だが、外の奴らは貧乳であることを誇りに思う事を主とした宗派のようだ」
ああー……あれか。
貧乳はステータスで希少価値という感じを全面に押しているのか。
「……ここ最近ずっと抗議の声に政務を邪魔され、悩まされ、夢にも出てくる程なのだ……。わかるか好敵手よ……国を、民の暮らしを良くしようと政務に疲れ、唯一の癒しであるおっぱいを持つ妻達を腕に抱き、夢見心地で寝ていたら全く興味のないちっぱい達が余の夢に大量に出てきて、はっと起きる時の気持ちを……。なあ、好敵手は、男色ではないだろう?」
「あ、ああ勿論」
俺は、女の子が大好きです。
「では想像せよ……。一日の終わりにお主の大好きな恋人達と愛しあい、幸せな余韻を抱いて寝ていたら、マッチョで老齢な男たちがニコやかに近づいてくる夢を……」
「……そっちの方が厳しくないか?」
他意はないのだが、老齢なんてつけるもんだからソーマさんや、ウォーカスさん、クドゥロさんに、フリードが半裸でポージングしながらニコやかに近づいてくるのは流石に……。
「余にとってはどちらも変わらん……。多忙の中、余の癒しは妻達のみ……。おっぱいである妻達の癒しが無ければ余は……余はもう……壊れてしまいそうだった……っ!」
『貧乳は希望! 巨乳は脂肪! 巨乳信奉主義者のマザコン皇帝を貧乳主義に!!』
「余はシスコンである!! そして、おっぱいを愛する者である!!」
はぁ……はぁ……と息を荒げまさしく切羽詰まったようなガルシアに、少しだけ、ほんの少しだけ同情的な気分になった……。
「……とまあ、このように余はちっぱいに悩まされ、今ではちっぱいを堂々と嫌いになりそうではあったが、お前達には関係が無いからな……。一度冷静に心を静め、謝らせてもらったというわけだ」
「……何かあんまり言えなくなっちまったけど……ちっぱいの人が全員悪い訳じゃないとは思うぞ……?」
「うむ……そうだな。奴らも余の大切な臣民である事に変わりはないからな……。全ての元凶は外からやってきた宣教師だ……。捕まえたらレイディアナの宗派に突き出してやるわっ!」
同情する余地はおおいに……というか、まあこんな声を毎日聞いていれば嫌にもなるかというものだろう……。
帰ったらソルテにも俺から話をしておこう。
こうして、新たな一面をガルシアに見た俺はガルシアの印象を改め、これからは良い関係を築いていく…………そう、思っていたのだが、事件は俺の不用意な一言から始まってしまう。
「ちっぱいは積極的か……でも、おっぱいのウェンディとかシシリア様も大分積極的だよな……」
「……ん? 何故好敵手が、姉上が積極的だと知っておるのだ?」
「あ……いや、なんとなくそういう雰囲気が……」
やばいやばい近い近い目が怖い。
「そういえばガルシアには言っていなかったな。そやつは我のお気に入りだ」
なんで! 今! 言っちゃうの!?
ガルシアには姉離れしてもらわねば……って呟いたが、俺には聞こえてもガルシアには聞こえてないよ!
シーッで! もうシーッで黙ってて! ひっかきまわさないで!
「っ……。ほ、ほーう……。いつかは姉上の旦那候補も出てくるとは思っていたが、ついにか……」
だらだらと汗が流れ、顔がくっつきそうなまでに近いガルシアを直視できない。
というか、視線を合わせたところで近すぎてどこを見ればいいのかわからなくなるだろう。
「そうかそうか……。この言葉を遂に言う日が来るとはな……。貴様など姉上の旦那には認めん! というか、ちっぱいかおっぱいか選べぬような半端者に姉上の至宝は触らせぬからな!」
「……」
もう触ったなんて言えない!
揉みしだいた事があるだなんて言えない!
だ、大体俺は記憶も感触も覚えていないのだから、それを責められるのは理不尽だ!
「な、なんだその反応は……? まさか! まさかまさかまさか貴様! 姉上の至宝に既に手をかけたのかっ!」
何も言ってないじゃん!
ちょっと汗をダラダラ流しながら目線を逸らしたまま動けないだけじゃない!
何で気づくの? なんで気づいちゃうの!?
「なんと、羨まし、じゃない! 婚前の姉上に手を出しただと……貴様……貴様ぁぁぁああああ!」
「ガルシアよ……我ももう良い年だ。むしろ遅いくらいだぞ? 姉が良き相手を見つけてきたのだから祝福すべきだろう」
遅いくらいって事は無いと思うのだけれど、この世界じゃあ結婚は早いものらしいから、何とも言えない。
俺としてはちょうどいいくらいだと思うのだけれど、口をはさむ余裕などない。
「それにだ。この男は我も認め、お前も好敵手とまで謳った男だぞ? 申し分は無いと思うのだが?」
「ぐぅぅ……」
唇を噛み、いや噛みしめて血が流れるほどの悔しさを露にするガルシアに、相変わらず俺は顔を見合わせられない。
ふと逸らしている方にいたシロが、『やっちゃう?』といったそぶりを見せるが、これ以上ちっぱいの名誉を下げさせるわけにもいかないし、ガルシアは手を出す雰囲気ではなさそうなので下がらせた。
「認めん! 余はお前を認めんからな!! だが……約束は守る。ウェンディとアイナについては約束通り手出しもせぬ。帝国にいる間の安全も保障しよう。だが! 認めんものは認めんからな!!」
理屈ではない感情なのだろう……。
というか、素直なんだろうな。
まあ、最愛の姉上が連れてきた恋人……ではないにしてもその候補のように伝えられたら誰もが微妙な心境だろう。
俺としては恋人になってしまうと帝国に住まう事になってしまうので、気が引けるのだが……。
きっと、説明しても今は聞く耳を持ってはくれないだろうな……。




