10-25 アインズヘイルで休息を 匂いフェチ
午後の授業が始まり、早速聖石を使っての香水作り……と、行きたいところだろうがまずは座学からだ。
「聖石なんだが一日、二日つけておけばある程度の浄化効果を持つ水になる。どの程度の濃度で使えばいいのかは香りによって自分達で調整してくれ。利点としては、匂いの統一化だけではなく、毒素の除去も可能になる事だな」
「「「「「……」」」」」
「一つ注意点なんだが、聖石は七日七晩つければただの水でも聖水になる。だが、聖水を扱うのは教会の領分なので製作、使用はしないように。くれぐれも……だぞ」
それならなぜ教えた。と、思うかもしれないがたまたま出来た物が聖水だと思わず使ってしまう場合もあるだろう。
知らないよりも、知っている方がいい。
知っていればうっかりでも作りはしないはずだ。
特に、テレサからの信用……ということもあっての許可であるのは明白なのでテレサに迷惑をかけぬように、更には教会という巨大な組織を敵に回したくはないからな。
「「「「はーい!」」」」
「せんせがせっかく許可を得てきてくれたんだもんー! 無下にはしないよぉー!」
元気よく返事をする生徒達。
まあ、短い間ではあるが教師をしてみてこの子達の人となりはよくわかっているからな。
信用は出来ている。だからこそ、リートさんやテレサを頼りにさせてもらうこともできるというものだ。
「じゃあ作業開始なんだが……後ろが邪魔だったら言ってくれ。すぐに追い出すからな」
「静かにしてるのに追い出すなんて物騒っすよー! ブーブー!」
そうもなるだろう……じーっとこっちをニヤニヤして笑顔を浮かべながら見つめてくるのだからやりにくいったらありゃしない。
一番後ろの席に横一列になって座るのは、アイナ、ソルテ、レンゲ、ウェンディ、シロの五人。
本当に見学に来るとはな……。
「せんせー別に邪魔じゃないよー!」
「それに、許可も得ているんだから大丈夫だよぉー!」
そうなのだ。あらゆる権力が使えないのだからアイリスの力が働いているわけでもないのに、何故だか許可が下りているのだ。
……先生方にもいいのかと確認したら、ご家族の見学は良いんですよ。と、穏やかに答えられてしまった以上、俺からは何も言えなくなってしまったのだ。
というか、先生方も時間があれば授業風景が見たいとおっしゃっていたのである。
第二錬金科がやる気になっている……というのは、職員の間でも話題になっているらしい。
特別な授業はしていないと言っているのだが、またまたーと信じてもらえない。
実際に見られたところで、今は俺ほとんど何もしてないので下手をすると怒られるかもしれないんだよな……。
「教鞭を執る主君……なんだか、いいな……」
「ん。いつもよりちょっと凛々しい」
「はぁ……素敵ですね。私も生徒になってご主人様に色々と教えていただきたいです……」
「何を教わるのよ……。ウェンディが言うと、どうして卑猥に聞こえるのかしら……」
「あらソルテさん。ご自分の願望がそうだからいやらしいことを思うのでは? はしたないですよ?」
「はしたな、って……あんたの今の蕩けた顔を見たら誰だって卑猥に思うわよ!」
「……生徒達がいいなら構わないが、そうやって騒がないでくれよ。生徒達がそっちに意識を持ってかれてるから……。お前らも聞き耳立ててないで集中しろよ」
さっき食堂でまだ聞き足りないとか言っていたから、興味が離れていないんだよ。
ったく……注意したら皆して背筋を伸ばして調子いいんだよなあ。
で、いつも通り俺は暇になるわけだ。
生徒達もいずれは自分達の力で成さないといけないことがわかっているので、なるべく合成の段階では俺を頼りにはしない。
自分で試行錯誤するからこそ、ぐんぐんと伸びる。
先生ってのは、方向を示し、道を逸れたり行き詰ったら手を貸すくらいがちょうどいいんだ。
ちょうどいいんだが……暇なんだよな。
「ご主人ー! なにさぼってんすかー!」
「……今はやることがないんだよ。野次を飛ばすな野次を。あーお前らはいつも通りでいいからな。耳を傾けるなよー」
「「いつもどおりでいいのー?」ぉー?」
「ああ。気にせずいつも通り……おい。なんでくっついてきた」
言い終わるが早いか教卓にいる俺にダブルサイドアタックが飛んでくる。
いつものように……って、ああいつも通りってそういう……。
「いつも通り、匂いチェックの時間だよー!」
「クンカクンカタイムだよぉー!」
「お前らな……つい最近匂いを嗅がれて恥ずかしがってたろ? もう忘れたのか?」
そうやってからかいにくるのは構わないが、結局自爆してばかりいる気がする。
自分から行くのはいいのだけれど、思いもよらない返しをされるとすぐに焦るくせに懲りないな……。
「そ、それはせんせーがお胸の匂いを戸惑い無く嗅ぐからだよー!」
「今日は胸にはつけてないから普通にだよぉー!」
「あ、クランのスカートには付けたから嗅いでもいいよー。お尻の方だよー」
「勝手に何してるんだよぉー!? だ、駄目だよせんせ!」
「私だけ胸を嗅がれたのは不公平だよー! クランもお尻の匂いを嗅がれるといいよー!」
「ぎゃー! 押さえつけるのは無しだよー! お尻の匂いを嗅がれるのは絶対に嫌だよぉー!」
ラズがクランの腰を曲げさせ、両腕もまとめて脇に抱えるように抑えつけてクランの尻を俺の方へと向けさせる。
必死に抵抗するクランだが、腕も抑えられているのでお尻を振るしか出来ないでいた。
「ほらほらせんせー遠慮しなくていいよー!」
「せんせ! 遠慮が必要な場面だよぉー!!」
「流石にしないっての……」
ウェンディ達がいるから……というわけではなく、尻、もといスカートの匂いを嗅ぐのはまずい気がする。
おっぱいと何が違うのかと問われたら困るのだが、なんとなく絵面としてとてもまずく思えるのだ。
「むう……不満だよー」
「はあ……はあ……不満はこっちの台詞だよー! なんてことをしようとしているんだよぉー!」
息が上がりながらもラズに食って掛かるクランと、まさしく不満そうな顔で頬を膨らませるラズ。
そして、それを見てクスクスと笑いながらも作業を続ける生徒達。
遊んでる二人を見て生徒が皆笑っているのは、ラズとクランもここぞの集中力が高いからだろう。
……まあ、息抜きと集中のバランスがすさまじく両極端ではあるのだけれどな。
これも……まあ、いつも通りか。
だが、今日はいつもと違って……。
「あの子らやるっすねえ……」
「これ授業よね? 授業なのよね? イチャついてるだけじゃないの?」
「あらあら、見せつけてくれますね。クンカクンカタイムがとても気になります……」
「いい度胸してる。見込みある」
「むう……積極的だな……。私も見習いたいところだが……少々度がすぎるのではないか?」
参観者がいるわけで……。
おおう……視線が、視線が突き刺さる……!
微笑んでいるのに、和やかなほんわかムードなんて流れて来やしない。
だが、ラズとクランはそんな視線など気にせずに両サイドからくっついてくるのをやめもしない。
「……貴族社会に生きてたら、あれくらいの視線は普通に受けるからねー」
「もーっと黒くて怖いのなんて、いっぱいあるんだよぉー……」
ぼそっととても小さな声で呟き、俺が見ていることに気づくと満面の笑みを向けてごまかした。
……可愛いだけじゃないって事か。
流石貴族、強かだねえ……。
案内人さんも強かだったが、それとはちょっと毛色が違う気がするな。
……っていうか、今授業中だよ。
「……ほら、お前らもくっついてないで錬金してこいよ」
「うんー! あと少ししたらちゃんとやるよー。でも、せんせー。やることがないなら、普段の自分のお仕事をしててもいいよー?」
「いや、そういうわけにもいかないだろ……」
「相談がある時にちゃんと聞いてくれればいいよー? そういえば、せんせは普段は何を作ってるのぉー?」
「んー? 俺はアクセサリーと魔道具が多いかな。バイ……肩こりを取る魔道具とか、最近だと……アイリスに頼まれて声がでかくなるアクセサリーを作ったかな……」
危ない危ない。
うら若き乙女に向かってバイブレータなんて話題は……いや、あれはマッサージ器具だしな。うん。
現代人がアレの用途を勝手に勘違いしているだけで、あれは本来マッサージ器具だもんな。だからセーフ!
「あ、それお父様が絶賛してたよー!」
「軍部でも話題なんだってー! 号令や演習の時にとても便利で画期的だってー! まさかまさかの、せんせが作った物だったんだねぇー!」
「軍部……? お父さん……?」
「うんー! 私達のお父さん軍部のお偉いさんだからねー!」
「前線にはもう出ないんだけどねー! でも、昔から鬼教官として有名みたいだよぉー!」
鬼……教官……?
すぅー……ふぅー……冷静に、冷静にな。
まあ、貴族なのだから親が軍部のお偉いさん。
そういうこともあるだろう。
そうかぁ……鬼教官かぁ……。
「せんせー?」
「せんせ?」
その鬼教官の娘さんがひっついてきて俺に抱き着き顔を見上げていらっしゃると。
ラズにはぴったりと柔らかさをしっかりと感じられる程におっぱいを押し付けられ、クランは凹凸の少なさからか接触面積がとても多く密着度が高い。
……こんな姿を見られたら、
『貴様……我が最愛の娘達に抱き着かせているだと……? よろしい。ならば決闘だ!』
とか、
『ほう……。いい度胸だ。娘が抱き着くにふさわしいか、鬼教官たる俺のしごきにどこまで耐えられるか……試してやろう』
なんて渋い声で言われる展開が待っている気がする。
よし。やはり知っているということは重要だな。
危険は先に回避させてもらおう。
「あううう、なんで遠ざけるのー!」
「むうーおでこを押さないでぇー!」
「いいから、離れようなー? それと、今後はこういうのはやっぱり良くないと思う。な? 俺とお前達は生徒と教師。勘違いを生んだら、お互い不幸になるだろう?」
主に俺が。
特に俺が。
「むうう、今更だよー!」
「ううー! もうクラスの皆は見慣れてるよぉー!」
そうだね。今も見てるもんね。
ぐぐぐっとおでこを押しているにもかかわらず、腕の力を緩めるどころか強くしていく二人。
なるほど。これが、反抗期かっ!? 厄介な!
「そういうことではなく! うら若き乙女が年ごろの男性にくっつくこと自体が問題というわけで!」
「ただのスキンシップだよー! むうう……せんせーは私達……嫌いー……?」
「せんせが嫌いになるって言うなら……大人しくやめるよぉー……」
……。
女性最強の武器の登場だ……。
突拍子も無く涙を出せるとか、変幻自在すぎるだろう。
おそらく、これは演技だ。
だが、演技だとわかってはいても……。
「はあ……そういうのはずるいと思う。よしわかった正直に言おう。軍部のお父さんにしごかれるのは嫌だ! だから離れてくれ!!」
ヘタレと言いたいのなら言えばいい。
だって、しごきなら普段レンゲ達との鍛錬に加え、フリードから受けているもの!
フリードのしごきなんてもう本当、本当につらい。
死なないけど、痛いしボロボロだし、もう……つらい。
つらいけど、自分の身になる事だからと文字通り必死の思いで頑張っているのに、鬼教官のしごきもだなんてとてもじゃないが耐えられないよ!
「「お父様ー?」ぁー?」
疑問符を浮かべる二人に、俺は必死に頷いた。
伝われ! 俺の真心!!
「なーんだー。えへへへー。大丈夫だよー。お父様に見られても、私達が守ってあげるよー」
「お父様は私達が悲しむことは、絶対にしないから大丈夫だよー! せんせに安全を保障するよぉー!」
「本当か……? 絶対か? 嫌だぞ鬼教官の鬼のしごきとか……」
「大丈夫だよー! せんせは軍人じゃなく一般人なんだから、お父様もそんな事しないよぉー」
「お父様が守るべき相手に酷い事なんてしないよー。だから……私達はこれからもくっつくよー!」
「……いや、お父さんの事が無くても控えるべきなのは変わらなくないか?」
冷静に考えてみればなぜくっつかれているのだろうか。
若い男教師が学生に人気……なんてのは、ラブコメではよくある展開だが、俺はラブコメ主人公ではないはずだ。
「なーんかねー。香りの勉強をしてから、せんせーの香りが妙にお気に入りになっちゃったんだよー」
「クランもー! 匂いフェチだったのかなぁー?」
すんすんと嗅ぐと、ふへぇっとふやけた顔をしだす二人。
ちょ、嗅がないで。そろそろ加齢臭とかって、いつくらいから出てくるのか気になって思わず検索エンジンが懐かしく思うようなお年頃なんだから勘弁して!
「わかります!!!」
ウェンディ、机をたたいて立ち上がらないで……。
突然の出来事に驚いた子もいるからね?
あやうく試験管を落とすところだったからね?
あとこれ以上ややこしくしないで……。
「あー……ご主人の匂いはいいっすよねぇ……」
「ん。主の匂い好き」
「一緒に寝るときとか、安心しちゃうわよね」
「むう……私は獣人程鼻が良くないが、主君に抱きしめられたときは、たまらないな」
「おお、恋人さん達からも同意を貰えたよー」
「これはせんせの香りを香水にするべきかなぁー?」
「やめてくれ……マジでやめてくれ……」
何そのよそ様から見たらどう考えてもあり得ないチョイス。
一介の錬金術師の香りを誰が買うんだよ。
どうせならお前達の普段から放たれている香りを閉じ込めた方が売れるだろう。
これが隼人の……って言うんなら、まあ売れるだろうな……。
……今度駄目で元々として打診してみるか?
「さてと……そろそろ真面目にやろうかー」
「そうだねー。私達の初めての香水の完成品まであと一歩……。先生の香りも補充できたし、やろっかぁー」
一通り満足したのか離れるときはあっさりとだ。
だが、余計な茶々はいれやしない。
集中の時間みたいだからな。
「……シロ、ソルテ、レンゲ。鼻はいいだろ? 協力してやってくれるか?」
「ん」
「はーい! わかったっすよー!」
「いいわ。獣人の鼻はいいからね。細かい嗅ぎ分けくらいはしてあげるわよ」
まあ、正確にはヒトと犬なんかの鼻は違うものと言ってもいい程に美的価値観が違うらしいが、美味い匂いなんかは俺もシロ達も一緒だしな。
獣人の鼻は純粋にヒトよりも鼻が良いって認識でいいのだろう。
ならば……小さく混じった雑な香りをかぎ分けるのに貢献してくれるはずだ。
これで飛躍的に完成が近づくだろう。
さて、どんなのが出来るのか俺も楽しみに待つとしますか。
やばーい。
ゆっくりやりすぎだー!!
楽しいんだよ……学園編思いのほかやりたいことが多くて楽しかったんだよ……。
もっとゆっくりじっくりやりたかったところだが、走りめでいこう……。




