10-24 アインズヘイルで休息を 女子トーーーク
「えっへっへー。どうっすかどうっすか? ご主人驚いたっすか?」
「そうだな、驚いたよ……」
シロを挟んで体を乗り出して顔を覗かせ、それはもう楽しそうに笑うレンゲ。
当然、驚くに決まっているだろう。
王都に用事とは聞いていたが、まさかそれが学園だとは露ほども思わなかったからな。
「黙っていてすまない主君……。だが、学園の冒険科の生徒達を指導してほしいと、依頼は随分前からうけてはいたんだ。ただ、なかなか長期的に主君のもとから離れる気にはなれなかったので断っていたんだが……タイミングが良くってな」
「一応武術大会の後にはオファーされてたんだけどね。まあ、色々あった後だし、ホームも違うから余裕があればって話だったから放置してたのよ」
「ソルテたんがご主人から離れたくないって言ってたんすけどね」
「なっ……あんたもでしょうが!」
あー……温泉の後はソルテはべったりだったからな。
なにかといっては近くに……と。
隙あらば横に来ようと、反動……というか、それまでとのギャップが健気でとても可愛かった。
「なるほどな。……ところで、なんで冒険科の連中は誰一人として食堂に来てないんだ……?」
冒険科の席がなんでか空っぽなんだよ。
あそこだけ寂れているかのように、ぽっかりと空いて誰もいないのが最早恐怖なんだが……。
「私は騎士科の手伝いをしていたから知らないのだが……」
あ、そうなの?
まあでも確かにアイナならば騎士科でも通じるなと思ってしまう。
騎士の実際の仕事はともかくとして、戦い方などは騎士志望の子達も参考にしやすいだろう。
「え? とりあえず今日が初日っすし、全員ぶっ飛ばしてきただけっすよ?」
「そうね。レンゲは男嫌いだから少し力をこめすぎてたわね。あれじゃあまだ起き上がれないでしょうね」
「ええー。ご主人とやる時くらいに手加減したっすよ?」
レンゲの……手加減?
ギブアップと言ってからが本番っす! 疲れたからって敵は待ってくれないっすよ! という、至極真っ当でより実践的に、ありがたいほど執拗に攻め続けてくるレンゲのアレのどのあたりに手加減があったのだろうか……。
……一応、俺が生きているのだから手加減……って扱いなんだろうか。
「主、あーん」
「ん? ほれあーん」
シロがこちらへ口を開けておねだりをするので、ひょいっと俺の分のスープを分けてあげる。
すると、美味しそうに頬を緩めて次はパンが食べたいなっと、目で語るのでパンを摘まんでふいふいっと動かすと目でパンを追うのが面白かったが、すぐにあーんとあげることにした。
「シロ。主様のばかり食べたらなくなるでしょ。……主様、私の少し食べていいわよ。……あーん」
「お、悪いなソルテ。あーん」
ソルテが手を添えて俺へとスプーンを差し出すので、遠慮なくいただくことに。
うん……やっぱりうまいな。
「おおお……ナチュラルだよー。ドキドキ間接チューイベントのはずなのに、やり慣れてるのがすぐにわかる程自然だよー!」
「人前だってことを忘れてるよー! 恥ずかしがる仕草さえないよぉー!」
「あー……」
最近あまりにも日常的で普通の事として認識していたのだが、あーんって一般的にはバカップルがやることだよな。
自分達だけの空間ならいざ知れず人前でなんてのは、最たるものだろう。
だが、忘れていた……というか、最早これが自然なのだと記憶が上書きされているのは俺だけじゃないみたいだ。
「……普通ですよね?」
「ん。いつも通り」
「っすね。まあ、誰がするかは会議で決めてるんすけどね。今日みたいな突発的な時は早いもの順っすけど」
「むう……流石にここからでは届かないな……」
「アイナさん。私がした後でよろしければ、場所を替わりましょうか?」
「ああ。ありがとうウェンディ」
「はい。おっぱい同盟ですからね」
あ、なんか小さなどよめきが……。
ウェンディがおっぱいと言ったからだろうか?
んー……年齢的に大人のお姉さんからおっぱいと聞くのも恥ずかしい世代なのだろうか?
異世界の思春期事情がわからないから答えは出ないな……。
「ど、同盟ー!? 派閥に分かれているのー!?」
「ラズはおっぱい同盟になるのー!? 私はー!? 小さいお胸の派閥もあるのぉー!?」
「ん。ちっぱい連合がある。入るには厳正なる審査が……サイズは全く問題ない」
「なんだかとっても悲しくなることを言われた気がするよー! い、いつか私だってラズみたいに大きくなるんだよぉー!」
「っていうか、入るなんて言ってないよー! それよりもー! 皆さんには聞きたいことがあるんだよー!」
うんうん。よく言った。っと、ラズの言葉に同意するように頷き始める第二錬金科諸君。
更にはその行先を見守るような視線を向ける生徒諸君。
……地味に、教員も興味津々とこちらを見ている気がする。
「聞きたいこと……ですか? なんでしょう?」
「あ、ウェンディさんとシロさんはさっき言っていたんですけど……み、皆さんはせんせーの恋人なんですかー?」
「せんせには6人の恋人がいるって聞いたんだよー! ここには5人いるからもしかしてぇー……」
「恋人……改めて問われると……そうだな。私は主君の騎士というか、主従というか、恋人……でいいのだろうか?」
「なんで疑問形なんだよ。いいに決まってるだろう」
断言してよいのだろうか……?
と、不安そうに眉尻を下げるアイナが、あっという間に晴れやかな顔になると、頬を少し赤く染める。
「そ、そうか……。ならば、そうだな。私も恋人……ふふ。恋人というわけだ」
「なら、自分も恋人っすね! もうご主人ラブっすよー!」
「……私も、そうね。……改めて他人から言われると、少し照れるけど……」
「お、おおー……皆乙女の顔だよー……」
驚きつつも頬が緩んで面白いものを見つけたと隠しきれていないぞ第二錬金科諸君。
なんだ? 好奇心旺盛なお年頃なのか?
色恋の話は、お昼ご飯よりも大好物なのか?
スープ冷めちゃうぞ……。
「せんせの恋人が勢ぞろい……あれ? あと1人はぁー……?」
「ミゼラならお家でお仕事中です。ご主人様のお弟子で、皆さんと同じく、真面目で可愛い錬金術師の女の子ですよ」
「弟子!? 弟子が恋人!? せんせー弟子に手を出すのは駄目なんじゃないかなー!?」
「私達も弟子になるかもしれないってことは……危ないよぉー!」
「危なくねえよ……。別に弟子だから手を出したってわけでもねえよ……。っていうか、お前らを弟子に取る気もねえよ……」
ブランド事業成功させるんだろ? そのために皆で頑張っているんだろ? だから二人で抱き合ってこっちを見るんじゃないよ。
危機感を抱くなっての。
周りもキャーキャーと騒ぐなよ。
もう先生はたじたじだよ……。
「あの……失礼ですが、皆さまは先生のどこをお好きになられたのですか?」
キャーそれ聞いちゃう? 聞いちゃうの? じゃないよ。
ノリノリかっ! もう止まる気配すらない……。
だいたいさっきのあーんと違って周囲の状況は理解できているのだし、こんなところでそんなこっぱずかしい話をするわけ――。
「主君の好きなところか……。言葉にすると、一夜明けてしまいそうだな」
「多すぎて困ってしまいますよね……。でも、やはり一番はとてもお優しいところでしょうか?」
「ん。シロの我儘を聞いてくれる。あと、いっぱい抱きしめてくれる。温かい」
「いざ言われて考えると、不思議な魅力がいっぱいあるわよね……。器も大きいし、いざという時は頼りになるし」
「ヘタレなところもあるっすけど、気さくで自分に素直なところっすかね? でも、覚悟を決めた時の顔とか、集中しているときの顔は恰好いいっすよねー!」
……するんすね。
生徒達がキャーって、聞いた側がキャーって言って俺を見るよ。見ないでよ。
ぁー……耳が熱い気がする。
「あー……でも、言ってることはわかる気がするよー。せんせーの反応って、素直で面白くてついつい悪戯したくなるんだよー」
「せんせって不思議だよねー? 初めて見た時は、普通にノリが良い感じの面白そうなせんせだなーって思ったけど、今は優しいし頼りがいもあってもっと面白いせんせだなーって思うよー。でも、ちょっとエッチだよねぇー」
「え!? ご主人もうエロい事したんすか!?」
「主君……流石に手が早すぎるのではないか……?」
「してねえです……。する予定もねぇです……」
もうも流石もないだろう。
そんな事より、テーブルの上が全く片付く気配がないんだが……。
「……お前ら全員昼飯食べ損ねるぞ。そろそろ昼休みも終わるだろうし、午後の授業に差し支えてもしらないぞ?」
「はっ……そうだったよー! あースープ冷めてるよー!」
「もっといろいろ聞きたいよー! でも、早く食べないとぉー!」
残念ながらスープは随分前から冷めてたよ。
あーあー……淑女が急いで食べるとか、残念に見えてしまうな……。
「アイナ達も……午後も授業があるんだろ? 急がなくていいのか?」
「ん? 我々は臨時の教師だから午後の授業はないぞ?」
「私も、午前中がメインだそうで、お片づけはいいそうです」
「シロは主の護衛」
「あ、そうなの……?」
言われてみればそうか……。
俺も授業変更で錬金を一日教えるようにならなければ、全部の授業に出るわけでもなかったもんな。
シロは……誰か他人に教えるとかはしないだろうし。
「だから、午後はご主人の授業参観っすよ!」
「ん?」
ん?




