10-21 アインズヘイルで休息を ラズとクランと
リートさんという綺麗な先輩のおかげでかなりの知識を得た俺は、少し明るい気分で学園へとやってきた。
生徒達が休み前に試作用に使ってしまった材料はおそらくほとんど残っていないはずだし、さぞ困っているであろうところに俺が先生らしく颯爽と解決策を提示するのである。
早速教えてもらった日から薔薇の精油は集めだしているし、それ以外にも冒険者達から受け取った材料から作った精油も各種少しずつ取り揃えておいたのだ。
これで俺の先生としての威厳や頼りがいは不動のものとなるだ――。
「せんせー!」
「せーんせ!」
「ん? ぐぇ」
後ろから声がしたので振り向くと姿は見えず、なぜか衝撃が両脇腹を襲ってくる。
下を確認すると腕を回して顔を俺の体につけており、二つの似た顔がこちらを見上げるようにしてニカッと笑う。
「おっはよー!」
「おはよぉー!」
「……はいおはよう。それより離れなさいな……」
「「あはははー。はーい!」」
こちらが困った顔を見せたので満足したのかすぐに離れてくれる。
しかし若者は朝から元気だね。
何かいいことでもあったのだろうか。
「ぐぇ、だってー」
「変な声出してたぁー」
「お前らな……いきなり抱き着いてくるんじゃないよ」
「えーやだったー?」
「嫌なわけじゃないけども。子供子供している年でもないんだから、そういうのを異性に気軽にやっちゃいけないの」
「えーでも、せんせーは私達の師匠だよー? 師匠なら最早身内! だからセーフだと思うよー」
「セーフじゃないの。それに師匠じゃなくて先生だからな?」
「どっちも変わらないよぉー」
いや変わるよ……。
先生と師匠が一緒だと、教師は弟子がとんでもなく多くなってしまうじゃないか。
先生は学園で多くの相手に教える立場の者であり、師匠はほら人生をかけて専門的なことを集中してしっかりと教え込む相手というか……。
そこまで遠い存在ではないのだけれど、ここで師匠と認めてしまうとお前達は師弟だからーとか軽いノリで俺の家に押しかけて来そうで怖いんだよ。
でも、専門的に集中して教えるわけだし、師匠といえば師匠ともとれるんだよな……。
「はぁ……まあいいか」
「おお! 師匠公認になったー! じゃあ次は師匠のお家にご案内ー?」
「師匠のお家見てみたいよぉー!」
やっぱり予想したとおりに家に来そうじゃねえか。
……だんだんこの二人の考えが読めてきた気がするぞ。
「残念だったな。俺の家はアインズヘイルだぞ?」
「そうなのー? アインズヘイルから毎日こっちに来てるのー?」
「……なわけないだろ」
実際はアインズヘイルから来てますけどね。
ええ。座標転移で隼人の家経由で来ています。
……なんて、言えるわけないんだよね。
「じゃあ宿なのぉー?」
「宿ならうちに泊まるー? なんちゃってー」
「いやいや。臨時講師の間は隼人の家を間借りさせてもらってるんだよ」
下手に宿などと言ってしまえば、些細な行き違いが生まれるかもしれないしな……。
経由地とさせてもらっている隼人の家からとした方がいいだろう。
もし突撃されたとしても、完璧執事のフリードならば話をうまく合わせてくれるだろう。
「隼人って……もしかして伯爵ー?」
「せんせ、隼人卿とお知り合いなのぉー?」
「ああ。俺の大事な友達だよ」
そういえば、最近会ってねえな……。
フリードの話だとかなり遠いところのダンジョンに行っているみたいなんだが……大丈夫だよな?
「おー。せんせってやっぱり意外と大物ぉー?」
「俺は大物じゃないよ。ちょっと知り合いに大物が多いだけ」
エリオダルトとか隼人とかな。
あー『超常』だなんて言われているレインリヒもか?
テレサも聖女だし、一般的にはそうなるか。
あー……我ながら、とんでもないのが友人や知人にいるな。
領主であるオリゴールは……まあ含めなくてもいいだろう。
「それより、授業急がなくていいのか?」
「んー? 今日はずっと錬金の授業だよぉー?」
「むしろせんせーが遅れそうだから声をかけたんだよー」
「え? なんでだよ。普通の授業もあるだろ?」
確か錬金の授業はもう一時間後のはずだ。
俺はそれまで適当にぶらついて学園を見学でもしていようとおもっていたんだが……。
「教養の授業のせんせーが、やる気があるようだから皆既に知っている授業よりも錬金の授業に集中したほうがいいだろうって、授業時間の変更を打診してくれたんだよー」
「錬金の先生が2クラスどっちも見てくれる予定だったんだけど、せんせがいるならせんせが見た方がいいと思うよぉー」
「いやお前……授業変更ってそれは良くないんじゃ……」
「教養も歴史なんかも皆小さいころから習っているからねー。他のせんせが良いって言ってるんだから、良いと思うよぉー?」
「うーん……まあ、他の先生とお前達がいいなら俺は構わないけどさ……」
教える時間が増えたところで現状やることは少ないしな……。
基本的にわからない事に答えたり、俺が研究して成果を伝えたり俺の意見が聞きたいときに参加するくらいだからな。
それが必要ない時では、俺の出番は基本的にないんだよ。
「じゃあ、一緒に教室いこー!」
「あ、ラズずるいー! せんせ、私といこぉー!」
「だからくっつくなっての。歩きづらい……。せめて腕にしろ腕に……」
なんで腰なんだろう。
絶対に足がぶつかるよね?
それくらい分かる年だよな?
あと、ラズは自分の胸に備える二つのおっぱいにもう少し気を使いなさいな……。
若いからって無茶していると、後々後悔することになるんだぞ!
「いやー意外とせんせって鍛えてるなーってー」
「ねー。意外とだよねぇー」
「……そりゃあな。6人の恋人に呆れられないようにお腹がポッコリしないように気を付けてるんだよ」
異世界の食べ物が! 異世界の食べ物が美味しいからいけない!
異世界の食材に元の世界の調理法とか醤油とか味噌を合わせたら駄目だと思う。
相性が良すぎてついついお腹いっぱいになるまで食べてしまうのだもの!
「おー。努力家だー」
「マメな努力がハーレムの秘訣ー? せんせって、女好きなのぉー?」
「誤解があるようだが……別に女好きだから6人も恋人がいるわけじゃないからな? 全員を全力で愛した結果そうなっただけだからな? 数が多ければいいとかそういうんじゃないからな?」
別に俺はそういう……なんというか、女性にだらしないだとかって訳じゃないと思う。
しっかりと倫理観は持っているし、常識だってわきまえている。
だからこそ、アイナ達にも想いを告げられるまでは手を出さなかったのだし……って、ん? なんで止まったんだ?
「……だからなんでせんせは愛したとか平然と言うんだよー」
「愛してるが自然に出てるよーっ! もっと恥ずかしがろうよー!」
「んー? 恥ずかしがる理由が無いからな。言葉にしないと伝わらない事なんて、世の中沢山あるんだ。大切な人にしっかりと想いを伝えることを、恥ずかしいとは思えないだろ?」
「お、おー……今までいなかったタイプだよー」
「せんせはよくわからない格好良さがあるよー! なんで6人も恋人がいるのに微妙に誠実に思えるんだろぉー?」
「そりゃあお前、事実誠実だからだろ?」
「「それはない!!」」
えー……確かに少し調子に乗ったかもしれないけれど、なんで断言するんだよ。
なんで普段みたいに間延びした口調じゃないんだよ……。
そう出来るなら普段からそうしなよ……。
「私の勘が告げてるよー。きっと6人以外にも手を出した女性はいるはずだよー」
「きっと雰囲気とかには流されたり、真っすぐに想いを伝えられたら応えちゃう人な気がするよぉー」
「「つまり、押しに弱いタイプだよー」ぉー」
「…………ハズレダヨー?」
「「あ、あと嘘が下手くそだよー」ぉー」
「……」
別に嘘が下手くそなわけじゃないと思うよ……。
ただちょっと、集中していないと土壇場の機転がきかないというか、慌てているときや突然予想だにせず図星を刺されたときに弱いだけだと自己分析する。
「そっかそっかー。せんせーは押しに弱いのかー」
「そっかそっかー。なら、ちょうどよかったねぇー」
「押しに弱くないですし……。ん? ちょうどよかったってなにが……?」
なんだろう。とても嫌な予感がする。
俺の予感は時々当たる。当たるときは、当たるときなりの雰囲気を持っていて、今がそれなのだが……。
「あのねー。私達も香水について沢山調べたんだよー」
「そうしたらね、なんか材料がたくさん必要だっていうのがわかったんだよー。これはまずいんじゃないかなぁーって」
「おお……そうだな」
普通に休みの間も調べ物をしていたということに驚いてしまった。
そうか……思った以上に本気だったって事か。
なら、その想いに俺は応えないといけないな。
「その事なんだが実は――」
「「だから、親に頼んで家を出るからって事で、農場を用意してもらいましたー」ぁー」
「…………はい?」
なんて?
腕を組んでくるくる回ってポージングをしていないでもう一度言って貰える?
「だからー。農場を貰ったんだよー! 貰ったって言っても、お花代とかは払わなきゃいけないんだけど、安定するまではお父様が払ってくれるってー」
「お花とかを育てている農場が私達に専売してくれるんだってー。だからこれで安定供給が出来るようにしてもらったんだよぉー!」
いや、そこはまあうん。
許容範囲外だが色々飲み込んで許容しよう。
貴族すげえ。
そこじゃないんだよ。
俺が気になったのはそこじゃあないんだよ。
「……家を、出る?」
「うん! 社交界に出るときはお願いされるけど、それ以外はノータッチなんだよー」
「心配されすぎなくらい心配されたけど、なんとか説き伏せたんだよぉー」
「「だから……もう、絶対に失敗出来ないんだよー」ぉー」
不敵に笑う二人だが、その瞳には決心が宿っていた。
退路を断ち、活路を作って進む道しかないとばかりに二人の表情は真剣にすぎた。
「……楽じゃあないぞ」
「わかってるよー」
「だから、頑張るんだよぉー」
「そうか……。ならいい。頑張れ」
「「うん!」」
「って、髪をがしがししないでよー!」
「せっかくセットしたのにぃー!」
うりうりと髪を乱させると、涙目になってお互いの髪を手櫛で直しだす二人。
仲睦まじい二人を見てほっこりしつつ、お詫びに櫛を出して整えてやったのだが――。
「せんせー上手ー。気持ちいいー。あ、そうそう。勿論失敗したらクランと一緒にせんせーの家に行くつもりだからねー?」
「やぁー師匠って素晴らしいねぇー。せんせは私達を見捨てないよねぇー?」
あー……だからさっき押しに弱いと、ちょうどよかったと言ったわけか……。
「……失敗しないように頑張ろうな?」
「「うんー。だから、もしも。だよー」ぉー」
いきなり家を出ると決めるなんて、自信家か夢想家かギャンブラーかと思いきや保険をしっかりとかけにくるだなんて随分と現実主義じゃないか。
嫌いじゃない思考だなー。
とはいえ、家についてはその時になってみないとね……。
先に話をするよりも、その時になって話をした方が話が通りやすいと思うだけだよ。
問題を先送りにしている訳じゃないよ!
忘れてはいけない。
10章は日常回だ。
10章も終盤なのに学園編が始まっていて後々につながるフラグも置いていく予定だが、日常回だ!
さあさあ特典系も出始めましたねー!
発売日まで残すところあと10日!
この期間が一番楽しいっ!




