10-16 アインズヘイルで休息を オリゴールと指輪と
オリゴールを完全に忘れて先に進めそうになった。
なんというか、こことは今後とも縁が切れそうに無いなと思いながら店を出る。
「それじゃあな、ヤーシス」
「はい。まさか私にまでお土産をいただけるとは思っておりませんでしたよ」
「いつだったか、宝石商を呼んだ……って言ってたからさ、宝石は嫌いじゃないんだろうなって。ミゼラの事も頼んでたし、御礼だ御礼」
ヤーシスには何かあればミゼラを助けてくれるように頼んでいたからな。
まあ当然俺から頼んだのだから、お土産の一つや二つくらいは用意するさ。
「ええ。妻へのプレゼントに良い物をいただきました。実際は何もしておりませんのに、義理堅いですねえ」
「とか言いつつ、ちゃんと何かあったらすぐ動けるようにはしてくれてたんだろ?」
「……はは。勘ですかな?」
「いや、人柄的に。これでも、それなりの付き合いだしな」
御礼って言っても、ロウカクで買った宝石だし安かったしな。
それでもそれなりにはするのだが、ミゼラを守ってくれていたお土産なのだから、構わないだろう。
「……ふふっ。敵いませんね」
「誠意には誠意を。契約の常だろ?」
「ええ。その通りでございます。相手にもよりますが次の契約に繋がるよう契約には誠意を以て当たらねばなりません。約束も、契約のようなものですからね。そのおかげで、私は大した苦労もなく上質な宝石を手に入れましたから」
「それはまあ御礼だからいいんだけどさ……」
「ふむ? なにかありましたかな?」
なにかありましたかな? じゃあないんだよ……。
つい先ほどの自分の行動を思い返してみてほしいんだが……?
「……来る度に奴隷を並べるのはやめてくれ……。これ以上増やすつもりは本当に無いんだよ……」
「おや、無理に押し付けているつもりはありませんよ? ただ、お客様好みの娘達が多いので、もしかしたらとお見せしているだけですが?」
「そりゃあ……」
別嬪さんぞろいでしたよ?
左から別嬪さんに別嬪さん。一人も飛ばさず別嬪さんでしたよ。
それに大きいのから小さいの、尻尾があって耳や尻尾がふさふさでと俺の好みを把握された方々ばかりでしたとも。
しかも前来た時は態度の悪かった相手が、俺が家持ちで複数の奴隷を持っていることを知るとアピールも露骨になって服装もセクシーな下着だけって……。
「あのな……目線が合っただけで横に座らせるのは、押し付けじゃないのかよ」
「はっはっは。良いではないですか悪い気はしないでしょう?」
「そりゃあ悪い気はしないが、だからといってわざとらしく席を外すなよ。お前がいなくなると大変なんだからな……」
ヤーシスが席を外し、奴隷だけになるとスキンシップが過剰になるのだ。
具体的にはまず横に座られ、体に触れられ、膝に乗られ、手を取られて胸や足、お尻に尻尾にと誘われるのである。
はっきりと、買う気はないぞと言っているのにも拘らずだ。
「……お前、あの娘達になんか言っているだろ」
「はて? 何をでしょう?」
「押せばどうにかなるだとか、色仕掛けに弱いだとかそういうことだよ……」
「いえいえまさか滅相もない。ただ、お客様の情報はSランクで登録しているだけですよ」
「奴隷商館でSランクってなんだよ……」
ここにも他のギルドみたいなランク制度があるのかよ。
「お客様方の情報を独自の基準で選定したランクですね。
ちなみにSランクは『絶対安全・お金持ち・将来安泰』などの良い点ばかりが並んでいるので、買われるために皆必死なのですよ。買う買わないはお客様の自由ですが、アピールは許してあげてください」
いやまあ許す許さないを言うものではないんだけどさ……。
奴隷って言っても、借金奴隷なのだろうし悲壮感や必死感のあるものでもなかったし。
……気持ちよくなかったといえば嘘になるしな。
牛人族など、なかなかのものだった……。
のんびりとした雰囲気と優しい瞳、大きな大きなおっぱい、毛先だけふわっとした一風変わった尻尾、可愛らしいホルスタインの耳……。
首輪に鐘型の鈴なんかつけちゃってさ……嗚呼、そりゃあもうなかなかのものだった!
ヤーシスに今度店に行くと伝えると、日にちを指定され護衛をそっちが用意して迎えに来た理由がこれだもんな……。
だから今日は一人なのだ。
否、俺が一人じゃないと紹介出来ないんだろうな。
そういえば、ヤーシスのところの護衛も『シノビ』だよな。
以前、バイブレータを受け取りに来た子もシノビのように音もなく移動していたし、シノビってのは傭兵や護衛を生業にしているのだろうか。
っていうか、奴隷商人のヤーシスに護衛が必要な理由って……いや、ただの錬金術師の俺にも護衛がいるし言える立場じゃないか。
それに、触れないほうがよさそうだ。
付き合いから考えて後ろ暗いことをしているようには思えないが、触れたらろくでもないことになるのはわかる。
……この街の住人触れたらまずい事があるやつ多くない?
「そういえば、この後のご予定はありますか?」
「ああ……まあ、な」
「おや、気乗りしないご様子で。ダーウィンですか?」
「そっちは別に。メイラには帰ってきたって伝わっているからダーウィンにも伝わってるだろうしな」
それにあいつからは何にも恩を受けてないもん!
お土産はまあ……一応無くはないけど……。
ヤーシスやレインリヒ、オリゴールに渡すのに無しだと機嫌悪くなりそうだしね。
だから一応用意はしたの! 要求されたらすぐ出せるように用意しておくに越したことはないよね! 怖いから!
「そうですか。ではどちらに?」
「……この街で、一番喧しくて姦しくて騒がしい奴の所だよ……」
「ああ……。護衛はつけておきますので、どうぞごゆっくり」
「なあ……ヤーシス。提案なんだが一緒に行かないか?」
「私これでも忙しい身でして。ああ、忙しい忙しい」
ちくしょう。これ見よがしに手帳を取り出しやがって……。
せめてヤーシスがいれば少しは収まると思ったのにな……。
で、だよ。
「お兄ちゃああああああああああん!」
案の定過ぎるだろう。
なんでこいつは毎回お兄ちゃんと叫び飛び込んでくるんだ?
しかも、下半身に一直線に。
しかも殺る気満々で完全に前傾姿勢の低空タックルだよ。
「……不可視の牢獄」
「ごふぇ!」
オリゴールは温泉に連れて行っているし、空間魔法については知られているからな。
防御の札が使えるのはありがたい。
「壁が! 見えない壁がまるでボクとお兄ちゃんの心の距離を表しているようだ!」
不可視の牢獄に張り付いて無理やりにでも近づこうとぶちゃいくな顔を作るオリゴール。
「むあ、負けるものかぁぁぁあああ! 愛は何よりも強いんだ! 愛があれば、魔王にだって負けないんだあああ!」
……その顔、絶対に想い人には見せちゃ駄目だぞ。
はあ……仕方ない。
「わわわ! 愛が勝った!? じゃあ早速届けるぞ! 私の愛! わぷううー!」
「……おい」
「もごもごもご! もごごっご!」
「人の股間に顔を押し付けて喋るんじゃねえ変態がっ!」
「すんすんはあはあ。すぅー……ああ、会いたかったよお兄ちゃん」
「人の股間をお兄ちゃんと呼ぶな。人の股間のスメルに再会を感じるな」
ちょっと、ソーマさん? ウォーカスさん? 二人とも今日はいないの?
この子止められるのはお二人しかいないのに、今日は出てこないの?
「残念だったねお兄ちゃん。いくら見回しても二人はいないよ! なんせ、街道の進展の視察に行っているからね!」
「二人ともか? お前を止めるっていう大事な仕事を放り出して二人ともなのか!?」
「はっはっは! アマツクニ式DOGEZAでお願いしたらイチコロさ!」
領主が従者に土下座ってどうなんだよ……。
……あ、いや俺もたまに皆にするな。
「で、何で二人を他所にやってるんだよ」
「え、そんなのボクとお兄ちゃんがエロいことをするからに決まってるじゃないか? まさかお兄ちゃん、見られるほうが好きなのかい? 困ったな。ボクも嫌いじゃない!」
「黙れ変態。第一エロいことなんざしねえよ……。ロウカクに行ったからお土産を持ってきただけなんだが……」
「お土産! それはありがとうだけど……なんでだよ! 大人の男女が一つ屋根の下に二人きりなんだぞ? やることなんて一つしかないじゃないか!」
どうしてこう、こいつはここまで残念になれるのだろうか……。
せっかく見た目は可愛らしいというのに、どうしてこう俺には駄目な部分ばかりを見せるのだろうか……。
お祭りの時の格好いいお前を見せておくれよ……。
「用が無いならお土産置いて帰るぞ……」
「ふーんいいのかな? ……実はボクは知っているんだぜ? ロウカクでお兄ちゃんが何をしたのかね……」
「なっ……」
「実はボクもたまたまコレンちゃんに用事があってね。避難やらお話し合いやらで大変だったよ。お兄ちゃんも……随分と忙しかったみたいだね」
「……脅す気か?」
俺が聞くとニヤリと悪い笑みを浮かべるオリゴール。
地龍の事が多くの人に伝わると、それはもうとてつもなく果てしなく面倒くさいことになるだろう。
王国からすれば王国民が隣国を救ったという利を期待して、英雄だ何だと担ぎ上げられるかもしれない。
それは嫌だ。絶対にごめんだ。
大体俺はまだまだ限りなく弱い側の人間なんだからな!
「……ま、そんな事する訳ないだろう? これでもお兄ちゃんに嫌われるのは普通に嫌なんだぜ? だけどまあ……聞きたいことくらいはあるよね」
「なんだよ聞きたいことって……」
やはり地龍の事だよな……。
仕方ない。正直に話すとしよう。
オリゴールならば、俺に不利益な事はしないだろう。
せめてそれくらいは信じさせてくれよ。
「お兄ちゃん……」
「ああ……」
ゴクリ……と、何を言われるのか緊張からか唾を飲み込む。
だが――。
「妹枠はボクのはずだろ! なんでコレンちゃんに先に手を出しているんだよ! 妹が二人になるにしても順番! 順番はちゃんと守っておくれよ!」
「……は?」
「だーかーらー! お兄ちゃんってばコレンちゃんを手篭めにしたんだろ? なんだよ! S気が強いならそう言ってくれればいいじゃないか! ボクはM気が強いから、お兄ちゃんの希望には何だって応えられちゃうぜ! もちろんコレンちゃんよりもハードに応えられちゃうぜ!」
「……」
コレン様……いや、コレンは一体何をどこまで話したのだろうか。
これは一回尋問……ではなく、お話し合いをしなければならないか。
っていうか、一国の領主と隣国の女王様にもつながりがあるんだな……。
そもそもの話だが妹枠とは何だ……。
いや、仮に妹枠というのが一般的だというのなら、妹に手を出すのはまずいだろう。
あれか。義妹の方か。
いや、義理でもまずいのではないだろうか……。
「おいおい、何か言ってくれよ。それともこれから行うボクとのハードプレイを想像しているのかい?」
「それはない」
「なんでそれはきっちり否定するんだよ……」
それはね、きっちり否定しないとお前は沈黙を肯定として取るからだよ。
「はぁ……」
「ため息をつかれた! ……お兄ちゃん知ってるかい? ため息をつくと幸せが逃げていくらしいぜ? だからほら! 前向きに! こんなに小さくて可愛い愛人が出来たと思えば幸せってもんだろ!」
「……いや、だからさ。小さいのが問題なわけで……」
「それは種族差別だって言ってるだろう? 娼館にだってハーフリングはいるんだぜ? ……まあでも、ボクもそう言われ続けてきて学習したんだ。ねえお兄ちゃん。よく考えてみてくれよ。シロちゃんが適齢になった時も同じ理由で断れるのかい?」
「っ…… 」
痛いところをついてくるなあ……。
勿論シロの事は大好きだ。愛してると言っても過言ではない。
その時になって、シロが望むのなら勿論受け入れようと思っている。
……だから、オリゴールの誘いをかわし続けた理由は他にあるってことだ。
「……あのさ。俺がお前に迫られるような理由って一つしか思い浮かばないんだよ」
「んー? なんだい? 君の股間の匂いがボクをキュンキュンさせていることかい?」
「違うよ。……霊薬だろ? あの件はもういいんだぞ? お礼も貰ったし、本当にたまたま助ける事ができただけなんだからさ」
「……」
オリゴールが押し黙り、沈黙が訪れる。
オリゴールからはあの件のお礼はしっかりと貰っているのだが、どうにも納得がいっていない様子だったからな。
オリゴールが俯いたままなので、そんな空気を変えたくて、俺は無理やり話題を逸らそうと魔法空間から宝石をいくつか取り出して机へと並べていく。
「ほら、今日はお土産でアクセサリーを持ってきててさ。まあ、お前も来てたみたいだけど俺が加工したもんを作ってきたんだよ。そういえばオリゴールにはバイブレータくらいしか渡してなかったなって思ってさ。これなんか――」
「……馬鹿にしてくれるなよ」
「……お前を馬鹿にしたつもりはないんだけどな」
ははっ、とオリゴールが笑い俺のほうにゆっくりと近づいてくる。
その表情は領主の顔でもなく、普段のオリゴールでもなく、年相応の女性の雰囲気を持ち合わせていた。
「ボクの想いもそうだけど、君だよ君。君が君を馬鹿にするんじゃないよ。君に惚れる理由がそれしかない? そりゃあきっかけは命の恩人だってところからだが、他にもありすぎて困るくらいだぜ?」
そういって俺の手をとり両手で包み込むと、俺を見上げながら微笑んでくる。
「霊薬が高価な物だってのに、まだ知り合ったばかりのボクに渡しちゃう所とか。面倒くさがりながら毎回ボクに構ってくれるところとか。馬鹿だなあって思うけど懐が広いなって思うよ」
それに、とオリゴールが続けていく。
「自分の大切なものを守るためにはなりふり構わず全力を出すところとか。普段はぞんざいに扱うくせに、たまに優しくしてくる時なんかはずるいよね。その優しさを自分だけに向けて欲しい……って、女の子は思うだろう。でも、皆自分だけに優しい君は見たくないだろうね。不思議な人だよ。ありふれた魅力のはずなのに、君の周りはいつも暖かくて特別で、居心地がとても良いんだ」
そっと俺の手を頬に寄せると、心地よさそうに目を閉じるオリゴール。
「君といると、嫌な事も辛い事も忘れられるくらい楽しいんだ。だから、君が君を馬鹿にしないでくれ。ボクは、ボク達は皆君が好きなんだよ。あれだけの女の子皆に好かれているのには、それだけの理由が君にあるからなんだよ」
その言葉に、そしてオリゴールの満面の笑みに頬が熱くなるのを感じている。
おそらく、俺は今までオリゴールの前で見せた事が無いほどに顔が赤くなっていることだろう。
……まさか、こんなにもまっすぐに想いをぶつけられるとは思わなかった。
「……とはいえ、ボクも忙しいからね。まだまだやらなきゃいけないことが多すぎる。とてもじゃないが、お兄ちゃんに歩みを合わせる余裕もないし、皆ほどアプローチに時間もかけられないから、今日は大人しく諦めるよ」
すっと、手を離し俺が並べた宝石を吟味するオリゴール。
その中のひとつ。
小さなサイズの指輪を手に取り、ぎゅっと握るとニカッと笑う。
「こいつをいただくとしよう。それにしても、全部ダイヤブラインドか……。空気に触れた部分は曇るけど、内側はどの宝石よりも無垢な透明感を秘めた宝石。石言葉は……『胸の内に想う』だったっけ? ボクにはこれくらいがちょうどいいかな? でも! 今度は頼むよ? お兄ーちゃん?」
「お、おう……」
思わずうなずいてしまった。
それくらい、今日のオリゴールは女の子らしく、いや、俺がオリゴールを女として見てしまっていたのだろう。
……不覚にも、ドキっとしてしまったのは隠せただろうか。
※
お兄ちゃんが帰った後、一人残った寂しい執務室。
たまに朴念仁だよな……と思う。
でも、変なところで鈍いからこそ、普段から自然に振舞うことができるんだろう。
そういうところも嫌いじゃないんだから、我ながら随分と好きになったものだ。
おっと、書類に目を通さないとね。
……と、思いきや。
「うへへへ……」
左手の薬指にはめた指輪を見ると、自然と頬が緩んでしまう。
おそらくダイヤブラインドの石言葉なんて知らなかったんだろうけど、嬉しいなあ。
お兄ちゃんが作った指輪か……可愛いなあ。
うへへへ。
やっぱりお兄ちゃんは正攻法に弱いんだね。
でも、お兄ちゃんよりもボクは年上だから、年下に真面目に愛を語るってのはこっ恥ずかしいや。
いつもどおりふざけていないと、やりづらいなあ。
「さてさて……良い物も貰ったし、これでしばらく頑張れるから頑張らないとね。今日くらいは、ソーマとウォーカスを驚かせてやるのも悪くないや」
真面目に仕事だなんて、天変地異の前触れだー! って叫びそうだね。
でも、ロウカクは問題なく終わったし、ようやく帝国に取り掛かれるからね。
ここからが正念場……帝国の皇帝は巨乳好きで有名だからなあ……ボクが交渉に出て通じるかどうか……。
ヤーシスのところで胸の大きな娘がいないか聞いてみよう。
接待の必要もあるかもしれないしね。
あー……忙しい。でも……。
もう一度指輪を見て、誰もいやしないのに左右を確認してから唇を寄せる。
「仕事が全部落ち着いたら……その時はたっぷり可愛がってやるからな。覚悟しておけよ。お兄ちゃん」
もっと練ったらもっといいシーンになりそうなんだが……いかんせん、想像力が足りない。
抱かないのかよ!!
って、質問にはこう返す。
おそらくオリゴールさんで一回消えているので日和った。
言い訳はしない!!




