10-13 アインズヘイルで休息を テレサの身体
「はぁぁ……レイディアナが淹れた茶はうめえなあ」
「そんなおべっか言って、自分で淹れたくないから私に淹れさせるだけでしょう? まったく……面倒くさがりなんですから」
「いやでも、本当に美味しいですよこの緑茶。それにお煎餅と羊羹も合いますね」
緑茶にお煎餅に羊羹、それにどら焼きまで……完全に和テイストだ。
しかも美味いのよこのセット。心にクル味だわ。
「お前が持ってきたゴールデンモイも懐かしくていい味だぜ? ありがとな」
「いえいえ。ちょうどの時期だったもので」
お礼にと俺もゴールデンモイを提供したのだが、アトロス様の好物だったらしい。
女の子はお芋がお好き。
これは当たっていたようだ。
正解はお芋もお好きが正しい気がするが。
「んで、お前何しにきたんだ?」
「んんー気づいたらここにいたというか……目的はない? 感じですかね?」
羊羹を黒文字楊枝で切り分けて一口運ぶ。
甘くねっとりとした羊羹の甘さが口いっぱいに広がっていき、後味は余韻を残す程度に抑えられている。
そして、少し渋めの緑茶がまずはすっきりとさせ、そしてその後に苦味と渋みを運びまた一口羊羹を食べたくさせるのだ。
まさか天の世界で羊羹が食べられるとは思わなかったな……。
あれ? でも前回俺がここに来たとき体は大聖堂にあったままだったんだよな?
……これは実際に食べられているのだろうか?
まあ味は感じるからいいか。
「まあなんでもいいじゃないですか。せっかくのお客様ですし、ゆっくりしていってください」
「まあそうだな。珍しいっていうか、ありえねえ客人だもんなぁ。そういや、あいつ元気か?」
「あいつ? って、誰のことですか?」
「私の妹だよ。もう会ってるんだろ?」
「へ……?」
アトロス様の妹……妹……。
俺が出会ったことのあるエルフっていったら、隼人のところのエミリーくらいで……エミリー……。
「あ……あああああ!!!」
「なんだよ突然叫ぶなよ。首刎ねんぞ」
いや! だって! そりゃ叫ぶだろ!?
隣に座ってまじまじ見てようやく気がついたんだもの!
「アトロス様ってエミリーのお姉さんだったの!?」
「あ? 気づいてなかったのかよ。そっくりだろ?」
いわれてみれば……いや、確かによく見れば似ているが、そっくりではないだろう。
タイプ的に大分印象が違うのでわかりづらい!
エミリーはどちらかといえばクールで知的なタイプなのに、アトロス様はワイルドで豪快なタイプだもの!
「懐かしいなあ……今はあいつが長やってんだろ?」
「え? 長って……」
「そりゃあエルフの森の長だよ。私が旅に出るときに長の座を譲ったからな」
「エルフの森の……? え、じゃあエミリーって王様なんですか!?」
「ん? なんだあいつ言ってなかったのか? ちなみにエルフの森は王政じゃねえから一番上は長ってんだ。私も先代の長になる。まあ、めんどうくせえわ、前線で戦えねえわでつまんねえから即行でやめたけどな」
「なっ……!」
ええっと……つまりエミリーはエルフの国の一番偉い人って事?
レティは貴族だし、ミィは確か猫人族の長の娘さんだったか?
な、なかなか濃いメンバーだったんだな隼人……。
っていうか、俺はそんなエルフの長に空間魔法で絶叫マシン体験をさせていたのか……。
どうしよう。エルフの森も一度は行ってみたかったんだけど、立ち入り禁止とか言われないだろうか……。
そもそもアトロス様が元エルフの森の長だとか、そんな情報神紀伝にも載ってなかったぞ!?
うわ、これ後でテレサに話したほうがいいだろうか?
いや、その前にエミリーに確認……って、今隼人連絡取れないんだった!
「あれ? でもエミリーも森を出てるって事は長やめたのか? まあ、エルフは知識の追求者が基本だし、たまに私みたいな酔狂な戦闘好きもいるが、あいつは典型的なエルフだからな。知りたいもんが出来れば森から出るか。はっはっは」
「……本当にアトロス様もエルフから女神様になったんですね……」
「ん? まあいろいろあってな。レイディアナやクロエミナなんかと一緒に旅して回ってたんだぜ? 楽しかったなあ……」
「おお……。レイディアナ様も教会の聖女様だったんですよね?」
「はい。そうですよ」
おお、神紀伝の内容は真実なんだな。
ってことは、副隊長の本が汚れていないのも真実と……。
きっと二人は旅をしながら様々な偉業を成し遂げたのだろう。
そして、神に至ったと……うおお、ロマンだなあ。
まるで物語や神話を読み聞かされているようだ。
「うふふ。他に何か聞きたいことはございますか? 答えられる範囲ではありますが、なんでもお答えしますよ?」
おおお……女神様になんでも質問できるチャンス?
何を聞く? スリーサイズ? の話題はアトロス様もいるから駄目だな。
好みの男性のタイプか?
いやそれよりも……。
「テレサの体って、どうにかならないんですか?」
「聖女テレサですか? どうにかとは?」
「いや、女の子の体が硬いままっていうのはちょっと……。本人も気にしているようですし……」
「体が硬いのを……? え、あの子まだ恋をしていないのですか? あの子の体は常に安全であるように頑丈で、誰かを守れる力を有するようになっていますが、恋をすれば適宜身体能力の調整は可能になりますよ?」
「え……?」
「確か離れる際に説明もしたと思ったのですけど……。もしかして記憶が……私が女神になったから? でもそれはうまく調整され……あっ……」
独り言のように考え始め、何かに気がついたようにはっとするレイディアナ様。
だけど、申し訳なさそうに眉尻を下げる。
「……申し訳ありませんが、これ以上はお話できません。ですので、テレサにはそのまま恋をすればその体は望むようになるとお伝えください」
「わ、わかりました……」
とりあえず、なにやら深い事情がありそうだが突っ込むなと瞳が語っている。
まあ、これでテレサの悩みも一先ずは解決に近づくのだからよしとしよう。
「んん? お、何か消えかけてね? そろそろお帰りか?」
「え!? まじですか!? まだ聞きたいことがあったのに!」
「残念だったな。まあ、2度あったんだ。3度目もあるさ。そん時は私も呼べよー」
「はぁ……もう行ってしまわれるのですね……」
「残念だ……本当に残念だ……レイディアナ様ともアトロス様とももっとお話ししたかったのに……」
せっかくの機会だというのに、全く時間が足りないな。
どうなってるんだ! というか、ここに来れるにはどうしたらいいかを教えてから戻してほしい!
「あらあら。嬉しいことを言ってくださいますね。なんですか? お小遣いの催促でしょうか?」
「いや、それは今でも十分足りてますよ」
毎日50万ノールに数日に一度醤油か味噌。
普通に仕事での収入もあるし、現状維持でも問題はないくらいだ。
「そうですか? お醤油とお味噌は足りてますか?」
「はい。本当に助かってます」
「そうですか……。他に何か欲しいものはないですか?」
欲しい物……『全てを見通す……』いや、なんでもないです。
くださいと言ってもらえるものでもないだろうしな……。
「おいおいレイディアナ。サービス過剰じゃねえか?」
「心配なんですよ……。戦闘スキルもありませんし、ずっと心配していたんです。ちょっとくらいはサービスしたっていいじゃないですか……」
「あー……よく下界を覗いてたもんな。つか、流石にプライベートはやめとけって言ってんのに、こいつときたらかぶりつくみてえに、ぶげらっ!」
「アトロス? 少し……その口を閉じましょうか。余計な事は言わなくていいんですよ?」
アトロス様の顔にアイアンクローを仕掛けたレイディアナ様の背後に仄暗いオーラを感じる。
でも手が小さいからアトロス様の頬をぶにっと抑えているにすぎないが……アトロス様の整った顔がぶちゃいく顔にされている……。
これはウェンディに似た絶対に逆らってはいけないオーラだ。
逆らったら……死?
でも、プライベートを覗かれていたのだろうか……。
えっと……それは、どの時なのだろう?
まさか夜的なアレも……?
「お、おう……。……戦闘神を威圧するなよムッツリスケベが……。なあ、そう思わねえか?」
「なにか言いましたか?」
「いえ、何でもないです……。うう、おっかねえ……」
「それで、欲しいものはないのですか?」
「えーっと欲しいもの欲しいもの……あーなんだろう。何かあるか? 急に言われると思い浮かばないものですね……んんー……あ! そうだ!」
そういえばついさっき欲しいなあ……と嘆いたものがあったのだった!
「じゃあ――が欲しいです」
「おっ。決まったみてえだな。しかし、また微妙なもんだな。っていうか、死蔵してるもん適当にやりゃあいいだろうに……。まあ、また来いよ。次の土産は酒がいいぞ」
「もう! 来れるかどうかもわからないのにお土産の催促なんてはしたないですよ!」
「いえいえ、美味しいお酒を常備しておきます。すごく楽しかったです。また来たい……いや、また来ます!」
来たときと同じようにだんだんと意識が薄れていく。
ぼやけつつあるが、レイディアナ様とアトロス様の美貌を目に焼き付けて、俺は天の世界を後にした。
――。
…………っん。んん?
なんだろう……マシュマロが口に当てられている。
これは、食べればいいのだろうか……?
「ひぁぁ……ひぁぁ……」
「んんっ……っく、ふぁあああ、ぁむ……」
そういえば前回、天の世界に行けた時はお祈りの最中だったよな。
でも今回は寝ていただけと……。
共通することは場所が教会って事と、テレサと副隊長が一緒ってところだろうか?
「あのあの……起きましたか? 起きたのなら流石にどいて欲しいです……。おっぱいを枕にされながら、あんな事は流石に恥ずかしいです……。あのあの……もごもごしないでくださいぃぃ……」
「主君……顔を上げたほうがいいぞ。あまりの出来事に副隊長がか弱い乙女になりそうだ……」
「ん……? っしょ、ああ、副隊長によりかかってたのか……悪いな」
「うう……確かに頭は私が落ちないように支えましたけど……あんなことまでは許してませんよう……。絶対責任……取ってもらいますからね……」
あんなことってなんだろう……。
しかし、どうりで口元に柔らかい感触があったと思った。
初めは普通に寄りかかっていたみたいだが、その後ずれておっぱいに落ちてしまったのだろう。
それを副隊長が支えてくれていたと……。
俺の頭をおっぱいから落ちぬように支えてくれていたわけか。
「ありがとう副隊長。おかげで気持ちよかった……。いいものも見れたし……」
「どのような意味でですか!? っていうか、おっぱいに顔を押し付けて何を見たんですか!? まさか透視能力持ちだったんですか!?」
「惜しい……。それは、アトロス様だ」
いい勘してるぜ副隊長。
「ふぇ? アトロス様ですか?」
「ん。ちょっとアトロス様とレイディアナ様とお茶してた」
「主君? どうした? まだ寝ぼけているのか?」
「え? またですか? にわかには信じられませんよ?」
「そうでやがりますな……。本当に信じられねえでやがりますよ。人前でおどれらは何さらしてやがりますか?」
青筋を立て、天使か悪鬼かと見まごうほどの笑顔で聖なる巨大十字架を肩に担いで仁王立ちをする聖女様。
「ちょ!? 隊長!? 私は違いますよ!? むしろ被害者! そう私被害者!」
「傍から見たら自分で押し付けている痴女にしかみえねえでやがります。ったく、自分が所属する教会の話をしているというのに、頭の方は大丈夫でやがりますか? 一回聖なる巨大十字架で叩いてみやがりますか?」
「でもほら! 神紀伝は全然汚れていません! つまり私は潔白です!! 悪いのは全部主さんです! 1も2もなく主さんです!」
ん……あれ? 俺が悪いのだろうか……。
確かに話を聞きたいと言っていたのに寝てしまったのは悪いと思うが、そこまで怒られる事ではないはずだ。
んんー……寝起きすぎて頭がはっきりしない……。
もしかして、さっき見たアトロス様達も夢だったんだろうか……。
「主君。ところで、それはなんだ?」
「ん? あ……」
うん。やっぱり夢じゃなかったな。
手に持つ『みりん』が夢ではなかったと証明していた。
で、あれば。テレサには伝えなきゃいけないことがあるんだった。
「テレサ」
「なんでやがりますか? 振り下ろしていいでやがりますか?」
「恋をしなさい」
「…………いい度胸でやがります。この状況でそんな事が言えるなんて……」
「いや待った。はしょりすぎた! レイディアナ様がテレサは恋をすれば――」
「言い訳無用でやがります! 副隊長共々! ちょっと常識を学ぶでやがりますよ!」
「私だから悪くな、「あっ――!」」
俺と副隊長は愛のある聖なるお仕置きを受けて生まれ変わった……。
そんな訳もなく、危機一髪の最中アイナが苦労して羽交い絞めにしたおかげで一命を取り留めることが出来た。
そして、先ほど端折りすぎた話を再度すると若干疑われつつも信用され、テレサが「そっか……」と小さく零しながら笑顔を浮かべた。
俺と副隊長はその笑顔を見てによによと微笑んでいると、照れ隠しのテレサがもう一度聖なる巨大十字架を担ごうとするので全力で止めに入るのだった。
ちょっと出かけてるので確認が微妙……。
もしかしたら微調整が入るかもしれませんが、どうかお許しを……。




