9-27 砂の国ロウカク 助っ人登場?
『爺狗那!!!』
クドゥロさんが蹴りを放つと同時に、ただならぬ雰囲気と肉体からは聞こえるはずがない、否、聞こえてはいけない物騒な音が耳を抜ける。
ただの蹴りとは思わせぬ程の威力なのは音が、気迫が、物語っていて唖然としてしまった。
「我が魂の一撃! 砕けぬものなどっ! 何もないッ!! ぬううううううおおおおおおおおおおお!!!!」
鬼神の如き咆哮を上げるクドゥロさん。
レアガイアの意識が完全にクドゥロさんに釘付けとなり、明らかに今までの余裕な様子とは違うように、四方から砂塵を全てクドゥロさんにぶつけるように襲わせた。
「あああああああああああ!!!」
だが、クドゥロさんは砂塵で頬の肉が裂け、耳を切り刻まれようとも一心不乱に蹴りを見舞い、意にも止めぬまま一心に蹴りに集中し力をゆるめもしない。
そして……
『ゴギンッ!』
……何かが砕ける乾いた音と同時に、クドゥロさんの体が一瞬沈み、その後はすぐに弾かれるように跳ね上がる。
しかし、クドゥロさんの顔は満足気だった。
『グルォォォオオオオオ!!!』
レアガイアから聞こえるのは今までにないほどの大絶叫。
痛みと怒りが交じり合ったような、声の届く範囲の生きる者全てが一瞬で怯んでしまうような咆哮を上げた。
そして、殺意を持ってクドゥロさんを狙うレアガイアが動いた拍子に……鱗の一枚が砕けて剥がれ、地面へと落ちていく。
「……嘘だろう。母様の鱗が……」
カサンドラが驚愕の声を上げ、ありえない光景を見るかの如くこれでもかと目を見開いて視線を向けている。
絶対無敵、完全防御、まさしく鉄壁たるレアガイアの龍鱗を破壊し、八方塞がりな状況を打破できる可能性が生まれたのだ。
とはいえ今までの何よりも早い尻尾の一撃が今、クドゥロさんへと襲いかかろうとしていた。
「爺……嘘……駄目……」
コレン様が口元を押さえ、受け入れがたい現実を目の当たりにして呟く声が聞こえる。
快挙か。と、問われれば間違いなく快挙だろう。
だからこそ、クドゥロさんの満足顔も頷ける。
だけど俺には、ひとつの感情しか生まれなかった。
レアガイアの咆哮すら、気にする余裕が無いほどの激情を行動に変えていた。
「糞……」
「お義兄さ、ひっ……」
「糞ジジイイイイイ!!!!」
ふざけんな!
勝手に死のうとしてんじゃねえぞ!!
『加速する方向性』『加速する方向性』『加速する方向性』『加速する方向性』……。
一歩を踏み出すと同時に足元に展開、さらに不可視の牢獄で空中闊歩。
何よりも早く速く、誰よりも最速を出さねば間に合わない。
「なっ……」
よう。爺さん驚いた顔してるなあ。そりゃそうだ。
ここはどこよりも死に一番近い場所だからな!
そんな場所に向かっていってる俺自身もびっくりだよ!
ああ、死にたくないっ!
でも、それと同等くらいにあんたの行動は看過できない!
なんとか尻尾がぶつかるよりも早く爺さんを小脇に抱えることは出来たが問題は山積みだ。
『加速する方向性』『加速する方向性』『加速する方向性』『加速する方向性』…………
逆方向へと停止、転進。
体への負荷はとんでもなく、腰から何からぶっ壊れそうだ。
だが、転進しなければ目の前に迫る尻尾からは逃げられない。
「はぁぁぁぁっ!!」
アイナが気づいて近づいてくれていたようで尻尾を止めようと一撃を見舞うが、怒りを露にしているレアガイアの攻撃を止められるはずもなく弾き飛ばされてしまう。
「だっ!!」
「りゃああああっ!!」
更に、シロとレンゲが現れてシロは白い衣を纏いナイフを振りぬき、レンゲは拳に巨大な岩を装着して殴る。
だが、アイナと同じく弾き飛ばされてしまうが……ありがたい。
皆の稼いだ1秒にも満たない時間のおかげで、なんとか後方へと進みだすことはできた。
「主様っ!」
ソルテが叫ぶのと同時に背中から追風のように風が背中をおしてくれる。
おそらく魔法だろう。
これでさらに加速がつくが、こいつは……やばい追いつかれる。
不可視の牢獄か? いや、ここは……と考えている最中にも尻尾はどんどん俺達を叩き潰そうと接近してくる。
まずいと思うと同時に一瞬にして視界が揺らいだ。
これは……水か!
相当量の水が俺とクドゥロさんを覆っていた。
……この水を誰が出してくれたかはわかっている。
おそらく、今頃とんでもなく心配そうな顔をしているであろうウェンディが、俺を守るために魔法を使ってくれたのだろう。
その水の塊にレアガイアの尻尾が触れると、水がぐっとたわんだ後に俺達を含んだまま弾き飛ばされた。
尻尾から離れたタイミングで水は弾け飛んでしまったが、直接尻尾にぶつかることなく、離脱する事ができたのだ。
とはいえ、まだ無事じゃない。
この速度で地面に激突すれば、仮令砂であろうとも死ぬだろう。
だが、尻尾の一撃で死ななかったのであれば十分だ。
……多分だけど。
急いでエリオダルトに貰ったランタンを取り出す。
そして、すかさず残り少ない魔力を供給し、できる限り魔力球を大きくしていく。
込める属性は土。
時間がないとはいえなるべく大きく、限界まで多くの魔力を注いで衝撃に備える。
ここでしくじったらすべてが終わり、ジ・エンドだ。
頼むぞ……。
「ぁぁああああ!」
地面があっという間に近づいてくる恐怖で叫び声をあげながらもランタンを前にして魔力球を自身と地面の間に挟む。
衝撃の瞬間魔力球が大きくへこみ、限界ぎりぎりにまで潰れて眼前に砂が迫るが、それでも魔力を注ぎ続けなんとか地面への激突は避けられた。
だが、普段の弾力の魔力球では大きく跳ね返されて天を舞うところだった。
わざわざ土属性の魔力にしたのには意味があるのだ。
火は熱、水は冷気、とそれぞれ属性別に小さな効果はあったのだが、土の魔力球の特性は弾性だった。
ある程度の調整ならば他の魔力球でも出来はするが、この速度での落下と反発力、残った魔力の事を考えると土の魔力球以外では駄目だったのだ。
そして……衝撃を魔力球が吸収し、俺達は大きく跳ね飛ばされることもなく地面へと倒れこんだ。
「ってぇ……っ。はあ……怖かった。でも、なんとか助かった……かな?」
弾き飛ばされたアイナ達を心配し見るが、もうレアガイアをけん制して動いているようなので無事なようだ……。
こちらを確認しつつ暴れまわるレアガイアの攻撃を凌いでいるので、無事だというアピールに手を上げると小さく笑って前を向きなおしてくれた。
「ご主人様ぁ!!」
「お義兄さんっ! 爺!!」
「……おー。ウェンディもありが――ぐぅぇ!」
「ご主人様の馬鹿! 大馬鹿です! 出て行っちゃ駄目と言ったじゃないですかっ!」
おおう……激怒している。
普段は慈悲深く全てを包み込んでくれるような優しい瞳のウェンディさんの眉が釣り上がり、完全に怒りを瞳に宿している。
「あー……まあほら、無事だった訳だし……ね? 結果オーラ――」
「無事ならいいという訳ではないでしょう! どれだけ……どれだけ心配したと思っているのですか……っひ……んぐ……」
「うわあ! 泣かないでくれウェンディ! ごめん! 本当、ごめんなさいっ!」
ぽろぽろと涙を流すウェンディを抱きしめなおし、頭をよしよしと撫でるのだが泣き止んでくれない。
どどどど、どうしよう。頭よしよしは最強じゃなかったのか?
これが効かないとなると、どうすればいいのかわからない。
人生最大の修羅場かもしれない。
「そうですぞ主殿!! 私などを助けるためにどうしてそのような無茶をするのですか!!」
クドゥロさんも激昂している。
ええ……皆無事に助かったのに怒られるの……?
いや待て。クドゥロさんには俺が怒ってもいいはずだ。
「それはクドゥロさんが人の制止も聞かずに死のうとするからだろう! クドゥロさんが死んだら少なくとも二人が悲しみ泣くんだぞ!」
「人のことを言える立場ですか! ご主人様が死んだら一体どれほどの人達が悲しむと思っているのですか!! 駄目だとわかっているのなら、どうして行うのですか!」
「……ごめんなさい。本当にごめんなさい……。いや、でも死ぬつもりはなかったよ? 本当だよ?」
そう言いつつボロボロのクドゥロさんに回復ポーションを差し出して、さらに振りかけておく。
今思えば座標転移を設置すればもっと安全に助かることが出来たとは思う。
ただ、全速力で近づく為に『加速する方向性』の連続使用をしたせいで二人分を飛ばせるゲートは作れなかったかもしれない。
それに、クドゥロさんの承認も必要だったし……。
とはいえ、短距離転移であれば間に合うのではとも思ったのだが……咄嗟に適当な座標を指定出来るほどの判断力がなかった結果心配をかけたのは、申し訳ない。
「まさか母様の鱗を砕いた上に生きてるとはね……。……本当に、ヒト種は理解しがたいよ」
「カサンドラ……クドゥロさんのおかげで弱点が出来たみたいだぞ? 手助けしたくなってきたか?」
「悪いけど、私は理想ではなく現実派でね。確かに弱点は出来たみたいだけど、母様も怒っているし、これからもっと苛烈な攻撃に耐えられ……ん? これは……」
カサンドラが会話を途中で切り、魔力球に興味を示す。
じいっとあらゆる角度から観察した後にカサンドラが大きな魔力球を持ち上げると……。
「あむっ」
食べた!!?
「んんっ……おおおー……やっぱり。薄味だけど、とても美味しいや」
「ええ……魔力球って食べられるの……?」
「いや、龍種は直接魔力を摂取できるだけだよ。魔法を食べたりね。それにしてもこれは……ねえ、もっと出せる? もっと大きいの」
「出せなくはないけど……。悪いけど今は魔力の消費を抑えたいんだが……」
加速する方向性の連続使用に不可視の牢獄、大サイズの魔力球で魔力はもうかつかつ。
まだ意識があるのが不思議なくらいなのだ。
魔力回復ポーションも飲みすぎれば中毒になってしまうので、ここからが正念場なのだからあまり余裕はない。
「うーん……じゃあ、盟友が濃くて大きいのを沢山出して私の体を満足させてくれたら、今だけ盟友のものになってあげてもいいよ?」
……なんか言い回しがやらしく聞こえるのは、俺がそういう事が好きだからか?
いや……わざとか? わざとだな?
ウェンディが泣きやみ俺の頭を胸に押さえつけてキッとカサンドラの方を睨んだって事はわざとだな。
だがしかし……。
「んんっ……ぷはっ。それはそうしたら、一緒に戦ってくれるって事か?」
「ああ。盟友が私を満足させてくれるならね」
「ならわかった」
判断は一瞬だった。
魔力回復ポーション(大)を取り出して一気に煽る。
少しずつ回復していく傍からランタンへと魔力を流し、魔力球を作るのに消費していった。
そして、出来上がった特大の魔力球をカサンドラが貪り食べ始めていく。
「んんんー……さっきよりずっと濃厚で美味しいね。気を利かせてくれたのかな? ……嬉しいよ」
「味が……薄いって言ってたからな。さっきのは質よりも大きさを求めたものだし……。それで、あと何個作ればいい?」
「うーん……あと4つは欲しいかな」
「4つもか……わかった」
俺は魔力が枯れた傍から魔力ポーションを飲んでどんどん魔力球を作っていった。
俺が中毒になるか、カサンドラが満足するかのデッドヒートの大勝負である。
「はぁ……凄いよ。雑味がまったくない。喉越しも滑らかで飲み込むとずっしりと満足感もあり、純粋な魔力の味だ……。高揚すらしてしまうね」
純粋な魔力の味って……そりゃあ純粋な魔力の球だからな。
っていうか、あの落下の衝撃ですら裂けなかった魔力球をグミのように噛み裂いて食べていくのね……龍の牙の鋭いこと鋭いこと。
そして、カサンドラは宣言どおり4つの魔力球を全て平らげるとお腹を撫でながら座ってしまう。
「はぁぁぁ……満足だ。盟友の濃いのでお腹がたぷたぷになってしまった……。満たされたよ」
「はぁぁぁぁ……はぁぁぁぁ……ひぃぃ……」
「ご主人様!? 大丈夫ですか!!?」
「だ、大丈夫……ギリギリだけど……。何とか大丈夫……」
足に力が入らずガクガクと震え、視界は霞むし胃の中が空っぽの時のように力が入らない感覚だけど……なんとか大丈夫……。
「ごめんね盟友。搾り取っちゃった。はぁ、でも、とてもいい感じだ……。これなら、きっと……」
それだけ言うと目を瞑り、何かに集中したかと思えばカサンドラの体が光に包まれていく。
眩いばかりの輝きを強めながらサイズがどんどん小さくなっていき、やがてそれは人型へと変わっていって……。
「……んん。圧縮するとこんなところかな」
褐色の肌に長い金色の髪をなびかせると、太陽の光に反射されキラキラと輝きを放っていた。
「へえ、私って人型だとこうなるんだねえ」
整った顔を触り、柔らかそうな唇を弄って耳たぶをふにふに。
自分の大きな大きなおっぱいを揉みしだき、くびれた腰をきゅっと捻ってヒップアップされた尻を揉み上げ、太い竜の尻尾を振ると、って……。
「は、裸じゃないですかっ!!」
ウェンディが叫ぶ。
だが、当のカサンドラは何を言っているんだ? といった表情であった。
「元々裸だったのだから当然だろう?」
「いいから何か着てください! ご主人様っ! いつまでも見ていないでローブでも何でもいいから出してください!」
いや、俺的にはこのままのほうが回復が捗るというか、あ、いえ、何でもないです。
えっと、ローブローブ……。
「ん、これはどう……こうかい?」
「前は閉じて留めてください! というか、下着もないって……少し動いたら見えてしまうではないですか……」
「仕方ないだろう? 人型になったのは初めてなんだよ」
ローブのフード部分のみを被り、ひらひらと舞わせているのでまったく隠れていない。
それをウェンディが直してしっかりと着させる。
ところでクドゥロさんは……流石紳士。目を背けている。
俺には真似できない芸当だ。
「……どうしてわざわざ人型に? 龍ならばいかような姿にもなれるでしょう?」
「そうだね……。今しがたヒト種の奇跡を目の当たりにしたばかりだから……かな? それに、いつだって強大な敵を倒すのはヒトだから、私もあやかろうと思ってね」
「協力……してくれるんだよな?」
横になってなんとか体を起こす俺と視線を合わせるためにしゃがんでくれるカサンドラ。
ちらりと気になる部分もあるのだが俺が顔を見つめると、肯定するように可愛らしい笑顔を向けてくれる。
「ああ。盟友との盟約だからね」
「……勝てるのか?」
「さあ? どうだろうね? この姿でも負けるかもしれないよ」
「おいおい……そこは絶対勝つって言ってくれよ」
「未来に絶対なんてのは、現実的にありえないんだよ。……でもさ、私も母様から見れば若者だからね。ちょっと若者らしく、理想を語って叶えてこようとは思ってる」
「そうか……頼む」
「ああ。そこで見ておきな。私が、地龍の長になる瞬間をね」
そういうとカサンドラは砂を巻き上げてその場を離れ、盛大に…………顔から転んだ。
……まあ、ドジとかではなくいきなりサイズも歩行方法も変われば当然か。
「あれ? ご、ごめん。すぐ調整するから!」
ぴょんぴょんとその場で跳ねたりショートダッシュを重ね、シャドーボクシングのように拳をシッシッっと何度か突き出すと、納得したように頷きこちらを振り向く。
「そこで見ておきな。私が、地龍の長になる瞬間をね」
「……顔、真っ赤だぞ。あと砂ついてる」
「はあ……慣れない格好付けはするもんじゃないね……。せっかくの門出なのに、格好悪いなあもう……」
顔についた砂を払い、照れを隠す為かどうかはわからないが、カサンドラは今度こそレアガイアへと向かっていくのだった。




