9-21 砂の国ロウカク 緊急事態発生
なんやかんやありはしたものの、ロウカクをたっぷりと堪能した俺達はそろそろ帰ろうと思い、コレン様やクドゥロさんにその旨を伝えると、謁見の間にて見送ってくれる事になった。
「本当に帰ってしまうのですね……」
「地竜の問題も解決したし、待っている人もいるもんでね」
ロウカクは見て回るところも多く、思いのほか長い間滞在してしまったのだが、そろそろミゼラが恋しく……心配になってきたしな。
「また適当に来るっすから、元気出すっすよ」
「こちらも大事なお客様がいらっしゃるタイミングだったので、良かったといえばそうなのですが……。絶対ですよ?」
「ああ。必ずまた来るよ」
……ベリーダンスの会員カードも特別にクドゥロさんに作ってもらったしね。
暇な日があれば、お忍びでロウカクに来て羽根を伸ばすというのも良いかもしれない。
「むう……結局手を出していただけませんでしたね……。お姉様とのお子が……」
「っていうか、自分とのではないっすからね? 諦めて、他のいい男を捜すっすよ。まあ、ご主人以上のいい男なんてそうそういないと思うっすけどね」
「それは……そうかもしれませんが……」
「え? んん? ええっ!? なんすかその反応! なにかあったんすか!?」
「ん? ……ああ、主が悪い」
「シロ? 何か知ってるんすか? あ! グルーミングっすか!? あれを受けて心許したんすか!? 気持ちはわからなくもないっすけど、チョロすぎないっすか!?」
いやまあ、心当たりを探すとそうだけどおそらくそうじゃないというか……。
まあ、面倒くさくなりそうだしそれでいいや。
「な、なんでもないですよお姉様! ちょっとお尻を……」
意味深な事を言って俺の方をちらりと見た後に頬を紅く染めるコレン様。
……面倒にさせてくれるじゃないの。
後でお仕置きを……って、喜ぶのか。
面倒だなマゾにお仕置きって……。
「お尻!? お尻って言ったっすか!!? ご主人コレンのお尻に何したんすか!? しかも手は出していないって……マ、マニアックな事を妹にしないで欲しいっす!!」
「何を想像しているか知らんが違う。変な事は何もしていないっての……」
「あ、あの程度は何もしてないのと同義という事ですか……? 私のお尻をあんなに……あんなに滅茶苦茶にしておいて……!」
さっとお尻を押さえ、自分で撫でて顔を更に紅くするコレン様。
その言い方と仕草だといらぬ誤解を受けるじゃないか。
おい、もうわざとだろう?
わざとにしか思えないんだが?
むしろこれは作戦か? レンゲを俺にけしかけるという作戦なのか?
「ごごご、ご主人本当に何をしたんすか? そりゃあコレンにも悪いところは沢山あったっすし、ご主人には迷惑かけたとは思ってたっすけど、それとこれとは話が別っすよ? お仕置きじゃなくて調教されたら流石に困るんすけど!? さあさあ、白状するっすよ!」
諭しながらお尻を触り、揉み、叩き、撫で、高圧的な言葉を向けていた……とでも言えというのだろうか?
世の中にはとても口だけでは説明できない状況的な流れというものもあるのだよ……。
「ほっほっほ。主殿? これはじっくりとお話を聞かねばなりませんな?」
「……おい待て爺さん。なんだその肉球は。わかった。話はしよう。だからちょっと、その威圧的な肉球は引っ込めてくれませんかね!?」
この爺さん顔で笑っておきながら何たる重圧を肉球にのせやがる。
ぷにぷにの肉球から放たれる重いオーラの異様さが怖すぎる。
「シロ! ちょっとご主人は自分には何も言ってくれないっすし、あった事全部言うっすよ!」
「んんー……シロは見てないからわからないけどリズムよくパンパンって聞こえた」
ああ、お尻を叩いた時は服の上だからな。
気分的にはペシンだったのだが、実際の音はそんなところだろう。
よし。この問題はもうシロに任せよう。
どう転んでも嫌な予感しかしないしな。
「ねえウェンディ、そういえばアレどうするの?」
「アレか……。本当にするのか?」
「もちろんです。そのために買ったんですから。ですが、家に帰ってからにしましょう。ミゼラの分もありますし……」
「その時は皆で……でいいのよね?」
「はい。もちろんです。停戦協定で、共同戦線です。おそらく……ご主人様もアルティメットナイトを使うでしょうから、皆でのぞまねばなりません」
「そうだな……。そうでないとお互いに厳しいか……」
「そうね……。シロはどうするの?」
「シロとは交渉で、全員の各優先権と交換する事になりました……。痛いですが、シロの想いも考えると仕方ありません……」
アレだのアルティメットナイトだのなかなか興味深そうな話が聞こえたのだがそれ以外は声が小さく、レンゲが騒いでいたのですべては聞こえなかった。
「おーい。三人でこそこそと何の話だ?」
「な、なんでもないわよっ!」
「ええー……なんでいきなり怒ってるの?」
怖いわあ……もしかしてソルテもコレン様との話から察したのか?
いや、ああ……なるほど。あの日か……。
「なんか最低な事考えてる気がするんだけど」
「いや、なにも?」
相変わらず勘のいい犬だねえ……。
「まあ、主君にも良い事さ。その……恥ずかしいがな」
「アイナさんシィー。サプライズなんですから!」
「そ、そうだったな。すまない主君。忘れておいてくれると助かる」
「お、おう。頑張る」
なにもうー。凄く気になるんですけど!
アイナが恥ずかしがるサプライズって何が起こるのー!?
いや一っ、わかっている事はある。きっとエロい事だ楽しみだぞう!
「そういえばシロ殿。訓練の方は助かりましたぞ」
「ん。別にいい」
「歯ごたえはなかったようですな。しかし、軍には良い刺激になりましたぞ」
そういえばシロは軍の連中と戦っていたな。
シロが小さいからと舐めた連中があっという間にぼこぼこにされ、部隊長クラスがやられた後は多対一になっていた。
だがまあ……うん。
心が折れないことを祈るばかりだろう。
「とりあえず、そろそろ帰るか」
「ご主人! 帰り道でしっかりと話は聞くっすからね!」
「主殿、今度来た際にしっかりとお話させてもらいますからな」
「あーはいはい。わかったよ。それじゃ――」
と、言い終わる前に扉が大きく開かれる。
「し、失礼します!!! 女王様! 緊急事態です!!」
謁見の間だというのに兵士が荒々しく扉を開けて、慌しく入室してきた。
確か……それなりに上の立場のはずだが鎧もつけ、帯刀もしたままで、そんなものにかまっている暇がないようで様子がおかしい。
「なんですか? ただいま大切な恩人の帰還を見送っているところですよ?」
コレン様もぱっと女王様モードに切り替えた。
あっという間に謁見した際のご立派な女王様の姿となったのには、ほうっと感心してしまう。
「で、ですが! 緊急を要するため申し訳ございません!!」
「それで、どうしたというのですか?」
「ち、ちりゅうが……」
「地竜? また大量に現れたのですか?」
コレン様がこめかみを押さえ、頭を悩ませるようにして聞きかえすのだが、兵士は大きく首を横に振る。
「違います! そちらの地竜ではなく、地龍が、地龍レアガイアが目を覚ましました!!」
「「なっ……」」
「なんですとぉっ!?」
驚いたのはコレン様とレンゲ、そしてクドゥロさんが驚愕のあまり目を見開いて兵士へと詰め寄っていった。
アイナとソルテ、シロとウェンディの四人は眉を顰め神妙な顔を見せる。
ちりゅう……レアガイア……?
って、地龍か!? カサンドラとは別の地龍って事か?
「そんな馬鹿な。まだ前回から100年も経っておらぬのだぞ!?」
「私もそんな訳はないと何度も確認させました! ですが、間違いなく事実だそうです……。ノーザンの辺りで確認され、ここを目指して南下中との報告が入っております……!」
「ノーザンって……大量にいたはずの地竜がいなかったところっすね」
あそこか……てっきりカサンドラが食べに行ったのだと思っていたのだが、もしかして別の地龍がいたということだったのだろうか?
「……そうですか。わかりました。爺、貴方はすぐに重鎮達を集めてください。それとお姉様方、事情が変わってしまいました……。地龍は北から参りますから今すぐ、東から南に大回りでご帰還ください」
今回は関所を通って来ている以上、関所を通って帰らねば俺らは関所を不法に乗り越えたお尋ね者になってしまう。
とはいえ、最悪の場合はいざとなれば転移を使って安全にアインズヘイルに帰ることは出来るのだが……。
「なっ……馬鹿なこと言うんじゃないっすよ! この状況で帰れって言うんすか? 自分は姫巫――」
「お帰りください。申し訳ありませんが、あの方との盟約に従いお姉様は、この国の住人ではありません。ロウカクの決まりは、ロウカクの者が行わねばなりませんので」
コレン様の雰囲気は、いつものレンゲに対するものではない。
完全に尊敬する姉、敬愛する姉への態度ではなく、むしろ邪魔だから早く帰れと邪険に扱うようなものになっている。
そして、コレン様の言葉に従うようにクドゥロさんまでもが頷いた。
「地竜の事は助かりましたが、姫様や主殿は客人です。これ以上の深入りは不要ですぞ」
「お姉様にはもう、守るべき幸せがあるのです。だから、こちらのことはお気にせず。それでは皆様、私達はこれから話し合いをしなければなりませんので。御機嫌よう……」
ドレスの端をつまみ、かしこまって俺達を追い出すように礼をするコレン様。
有無を言わさずに早く帰れと言っているのだ。
そしてクドゥロさんが俺らの背中を押し、何が何でも帰るようにと促していく。
「ささ、ここも危なくなりますぞ。来た際のデザートパラサウロの手配はしてありますからな。どうぞ。お早く……」
「そんな、コレン! 駄目っすよ!!」
地龍が来るのはやばい。
それはレアガイアと言う地龍ではなくカサンドラという地龍を見た俺でもそれはわかる。
地竜で手一杯だったこの国に、あれ並の龍をどうにかする手立てがあるのか。
……いや、レンゲの慌てようからそんな手立ては無いのだろう。
だが……コレン様もクドゥロさんも、真っ直ぐな眼差しを向けて俺達を逃がそうとしてくれていた。
「お姉様。お元気で……。後は、頼みましたよ。お義兄さん」
小さく呟いた声を背中に、俺達は城をあとにするのだった。
9章終盤突入ー。駆け足で。
 




