9-8 砂の国ロウカク 出発・友からのプレゼント
今日は錬金室で俺もミゼラと一緒に回復ポーションを作成中。
ロウカクに行くことになったので、何日かかるかはわからないが、また大量に作っておいて先に渡しておかねばならないのである。
まあ俺は『贋作』を使って量産しているだけなのだが、ミゼラは一つ一つに心血を注いで作っていた。
「なあ、本当に行かないのか?」
「ええ。私は仕事があるからね」
あの後、俺はレンゲと共に皆に起されて目を覚まし、そのまま皆にロウカクに行く事を伝えたのだ。
俺の目を見てウェンディが諦めるようにため息をつき、アイナとソルテはレンゲの為ならばと頷くだけ。
シロは地竜とつぶやいて涎を垂らし、慌ててぬぐっていたので問題ないだろう。
だが、ミゼラは『私はお留守番しているわね』と言ったのだ。
「理由を話せば待ってくれると思うんだけどな……」
「そうかもしれないけれど、せっかく発注数を上げて貰えたのだから応えたいじゃない」
「まあそれもわかるけどさ……」
ミゼラは冒険者ギルドに卸す分を余分に作れないからと、今回のロウカク行きを辞退したのである。
とはいえ説明をすればマスターは俺がその分作れば構わないと言うだろうし、冒険者達は泣く泣く諦めてくれるだろう。
……読んで字の如く本当に泣きそうな奴らが心配だけど。
ただ、理由は回復ポーションの問題だけではなかった。
「私がついて行っても役に立たないどころか完全に足手まといでしょう。誰かの命がかかっている状況で、それは出来ないわ」
その気持ちもわかるんだよな……。
だからこそ俺は体を鍛え始めたわけで。
とはいえ、どちらかといえば俺も足手まといな方だし……無理は言えないか。
「それにせっかくのお家なのに使わないでいるとすぐ駄目になってしまうわよ。私たちの大切な家なのだから、誰かが残った方がいいでしょう?」
「そりゃあ……そうだけどさ」
「一緒に連れて行ってくれようとしてくれた気持ちだけで十分よ。それに……」
ミゼラは作業の手を止め、顔を上げて俺を見つめる。
「帰ってきた貴方に、『おかえり』って言いたいじゃない。だから、無事に帰ってきてね?」
「……ああ。わかった。ちゃんと皆で帰るよ」
「うん。無理しちゃ駄目よ? 待ってるからね」
はいよ。
無理無茶無謀とは無縁に生きたい俺だから、ご安心を。
ちゃんと五体満足で帰ってくるよ。
「でも、どれだけかかるかもわかんないし、寂しくないか?」
「大丈夫よ。狸人族の子達が一緒にご飯も食べてくれるみたいだし、あ、お風呂も使ってもいいわよね?」
「それは、かまわないけど……」
ええ……いいなあ……。
あのふわふわもこもこの太い尻尾と、丸いお耳の可愛らしい狸人族の女の子とお風呂……。
ずいぶん前にブラッシングしてあげようとしたらひゃーって顔を赤くして逃げてしまったあの子とお風呂だとっ……。
「ふふ。旦那様はすぐ顔に出るわね。どう? 羨ましい?」
「羨ましすぎる……っ!!」
ミゼラはいったいいつの間にあの子と仲良くなっていたんだ……。
俺だって、俺だってあともう少し仲良くなれればきっと……っ。
「帰ってくるまでに、さりげなく旦那様の良い所を話しておくわよ」
「ありがとうございますっ!」
やった! これであのもこもこさんをもっと魅力的にすることができる!
さすがミゼラ愛してるぜー!
こいつは尚の事、無事に帰ってこなくてはだな!
※
そして出発の日の朝。
「戸締りはしっかりな? 知らない人について行っちゃ駄目だぞ? 火を扱ったときはちゃんと消えてるのを確認してからその場を離れるんだぞ?」
「子ども扱いなのね……」
「何かあれば冒険者ギルドか領主宅に行けば、絶対に力を貸してくれるようにはしておいたからな? それとお金は渡したよな?」
「はいはい。大丈夫よ。お金もありえないくらい受け取りました。まったく……何年帰ってこないつもりなのかしらってくらいね」
とりあえず、10万ノールの金貨を50枚くらい渡しておいた。
最悪足りなければヤーシスに面倒見てもらえるように頼んでおいたし、後払いでなんとでもしてくれるらしいのでそれも伝えておく。
「あ、そうだ。もし足りなかったら戸棚の蓋が赤い鍋に金貨が入ってるからな? あとは俺のベッドの裏にもあるから、好きに使っていいからな?」
「旦那様どれだけこの家に金貨を隠してるのよ……」
へそくりって訳じゃあないぞ?
へそくりなら魔法空間にあるからね。
ただなんとなく、なんとなーくこんな時のために用意しておいたのである。
「それと、外の一人歩きは危険があるかもしれないから気をつけろよ? 特に夜は駄目だからな?」
「大丈夫です! 私がついています! ミゼラちゃんがお出かけになる時もついていきます!」
狸人族ちゃんがまだ小さく薄い胸をどんっと叩き、ぎゅーっとミゼラを抱きしめる。
うんうん。本当に仲良くなったんだな……。
「よろしく頼むな」
「はいです!」
手を上げて返事をするよい子の頭を撫でると、目を細めて気持ちよさそうにしたのだが、はっとなってぷるぷると顔を振る狸人族ちゃん。
おそらく、任務中だった! と思い出したのだろう。
はぁ……可愛いなあ。
「あ、そうだ旦那様。ベッド……たまに旦那様のを使ってもいい?」
「ん? ああ。構わないぞ」
あー確かに、家のベッドだと俺のベッドが一番質がいいもんな。
広いし寝心地もいいし、俺がいないのだから俺の部屋も好きに使ってもらって構わないぞ。
……見られて困る物は無いしな。
「……ありがとう」
「ああ。それじゃあ、そろそろ行くけど……ええっと、伝え忘れたことはない――」
「……ァァアアアイフレエエエエエエエエンド!!」
「か……」
ドドドドドと、地鳴りのような音と朝だと言うのにとんでもなくデカイ声と共に砂煙を巻き上げてこちらへと向かってくる影が一つ。
……一つかぁ。チェスちゃんいないのか……。
「おお、お出かけデェェエエスか!?」
あんなにも全力疾走であったと言うのに、息一つ乱していないエリオダルト。
あれ、俺と同じ運動は苦手系だと思っていたのだが、意外と体力があるのだろうか。
「あ、ああ……これからロウカクに行くところなんだが、何か用事だったか?」
「Oh……そうだったのデェェエエスカ! それは、間に合ってよかったデェエエス!」
朝からテンション高いなぁおい……。
と思っていると、ふらふらの足取りでエリオダルトの来た道からこちらへと向かってくる小さな女の子の姿がやってきた。
「はぁはぁ……ぜぇぜぇ……ひぃひぃ……し、師匠……速すぎます……どこからその体力がげほっごほっ!」
「チェス!? ちょっと、大丈夫!?」
「ふぅふぅ……ああ、ミゼラ……。お久し、ぶりでげほっ!」
「挨拶はいいから、まずは呼吸を整えて」
「はい、水飲みな」
魔法空間から水差しとコップを取り出して、訓練後の俺のような状態のチェスへと水を渡すと、一気にゴクゴクと飲み干してしまったので、また注いであげる。
「ふああ……ありがとうございます……」
「チェスはもっと体力をつけねばなりまセェェン。錬金は徹夜も普通デェェスから、これからはランニングをするべきデェス」
「師匠にまともな説教をされると、どうして理不尽に感じるのでしょうか……。というか、師匠がおかしいんですよ。今何徹していると思っているのですか……?」
「ええっと……3日デスカ?」
「5ですよ5! 移動中はまったく寝ずに、研究中にチェスはちょくちょく寝てましたけど、師匠はずっと起きてたじゃないですか!」
「そうだったデェェェスか? あまり覚えていないのデェェエエエス!」
よく見ると二人とも目の下のクマが酷いな……。
というか、そんなにクマまで作って急いで王都からアインズヘイルの俺のところに来た用事ってなんなんだろう。
悪いけど俺はこれからロウカクに行ってしまうのだが……。
「ところで師匠。どうやらお出かけ直前のご様子ですが、もう目的は果たしたのですか?」
「Oh! そうでした! マイフレンド! プレゼントデェェェス!」
「プレゼント? なにかくれるのか?」
「YES! マイフレンドは、魔法が使えないと嘆いていました……ダカラ……私は魔法を使えるようになる魔道具を作ったのデェェェス!」
「まじですか!?」
いや待て凄すぎだろ……。
魔道具で魔法が使えるようになるって、え、本当か?
結果だけを聞いてもどうやって作るのかすら思いつかないんだけど……。
両手を天に向けて広げた決めポーズの上にドヤ顔をされていても気にならないくらい凄いと思ってるわ。
「おお、ついにご主人も魔法がっ!」
「これで主君はもっと強くなれるな」
「ま、主様は元々MPも高いし、魔法使い型だものね」
「まあ、まだ試作機デェェスけど」
「それでも、人類史に残るほどの偉業ですけどね……」
「おおおお……」
「ふっふっふー。それでは……これを、マイフレンドに差し上げマァァアアアス」
エリオダルトが魔法の袋から取り出したのは、渋い黒色の四角い古めかしいランタン型の魔道具だった。
中には透明な丸い玉が入っており、それ以外は……上部に持ち手のついた普通のランタンのように見える。
「使い方は簡単デェェス。魔力を注ぐ際に、適性のある属性を込めるだけデェェス」
「こ、こうか?」
早速ドキドキしながら言われた通りに魔力を込めてみる。
込める属性は火! やはり魔法と言えば火が定番だと思うの!
すると、ランタンの透明な玉が赤く光り、そこから淡い赤色の膜のようなものが風船のように膨らみながらランタンからせり出てきた。
そして、魔力を注ぐのを止めると淡く赤い膜は球体となり、空中に浮遊し、ゆっくりと地面へと向かっていく。
「おおおお……」
「成功デェェス! 魔法名は『魔力球』魔力を具現化し、球体にする魔法デェェェス!」
魔力球は小さな風程度では飛ばされないようで、シャボン玉よりもゆっくりと地面へと向かっていく。
おおお……空間魔法以外での初の魔法だ……。
落ちてくる魔力球に手を近づけると、じんわりと暖かかった。
「へええ。ねえ、これどれくらいの威力があるの?」
「ん? ないデェェェェスよ?」
「え?」
「魔力球はさっき言ったとおり、魔力を具現化して球体化させる魔法デェェェス。威力とか、敵にダメージとかを与える魔法ではないのデェェエエス。触っても問題ないのデェェス」
触れるんだ。おお、ぷよぷよ? いや、ぽよぽよか?
柔らかくて温かいゴムボールみたいな感触だ。
力を込めても破れず形を変えるが、手を離すと球体に戻る。
これは、面白い。
「で、でもですね? これは凄い発明なんですよ? 魔力を属性付きで具現化する。それも魔法適性の無い方がそれを行えるって、とても凄い、歴史に残る発明なんですよ?」
「でも、攻撃は出来ないんすよね……?」
「そ、そうですが……」
「おおお……」
「マイフレェンド? Oh……期待はずれだったデェスかね?」
「エリオダルト……」
俺は思わずエリオダルトを抱きしめる。
おっさんだとか関係ない! 感激のハグだ!
「んんーっ! やたっ! 魔法だー! ありがとうエリオダルトー!」
「Ohッ! YES! 喜んでもらえてこちらも研究したかいがあったデェェェエエエエエエエス!!」
パンパンとエリオダルトの健闘を称え、背中をたたく。
仮令攻撃ではなくとも空間魔法以外の魔法、魔法なのだ!
しかもぷにぷにを召喚出来る魔法。
これを喜ばずしていつ喜ぶというのだろうか!
「はぁ……良かったですね。師匠……。ふぅぁ」
「ちょっと、チェス!? 大丈夫!?」
俺とエリオダルトが抱き合う姿を見てチェスが倒れてしまい、それをミゼラが受け止める。
そんなに、ショックな映像だっただろうか……いや、まあおっさ、男同士が抱き合っていればそうか……。
「……zzZZZ」
「HAHAHA。チェスはまだまだデェェエ……zzZZZ」
「エリオダルト? ちょ、体重をこっちにかけ、って寝てる!?」
二人とも糸の切れた人形のようにその場で倒れてしまう。
おそらく、数日の徹夜の反動が、目的を完遂した安堵感によって唐突に訪れたのだろう。
「……ミゼラ、二人の看病も頼んでいいか?」
「はい。わかりました」
まだまだ感謝の気持ちを伝えたいのだが、こちらも急ぎの用事があるのである。
申し訳ないとは思いつつもエリオダルトを背負ってベッドまで運ぶ手伝いはしつつ、栄養剤である『血流運栄薬』を用意し、感謝と出発する旨を伝えた手紙を添えて俺たちはロウカクへ向かうのだった。
4-17にて、アイナに膝枕をしてもらっている時に『三人とも親を知らない』としていたのですが、作者の考えが至らず設定等を変更した結果、現在との矛盾が発生してしまいました。
今は、『小さい頃から一緒で、師匠に育てられた』と、変更しています。
混乱を生むような事をしてしまい、申し訳ございません。




