9-7 砂の国ロウカク この温もりを
あー……眠れん。
お昼寝の弊害か、もう夜中だと言うのに眠れずにいる。
しかし、シロはあれだけ昼間から寝ていたというのに、夕飯を食べ終えてお風呂に入った後にまた寝てしまったのだから凄いものだな。
子猫は一日20時間は寝るそうだが、猫人族もたまにそれくらい寝るのかねえ。
さて……どうしたもんか。
今日は一人寝だし、ベッドで目を瞑るのにも飽きてきたし、夜通しやっている飲み屋にでも繰り出そうかな……。
それか仕事を前倒しでしてしまうか……いやいや、俺は元々働きたくないを信条に掲げている男。今回は仕事はやめておこう。
……飲み屋にいけば誰かしら冒険者もいるよな?
よし。そうと決まれば久々に夜の街に繰り出すとしますか!
ゆっくりと扉を開けて、ゆっくりと扉を閉じる。
皆気配や音に敏感なので、起してしまわぬよう極限まで音は立てぬようにと慎重に慎重に。
「うーん……んんー……ああー……」
「ぴゃっ!」
リビングから聞こえてきた低い唸り声に思わず変な声をだして固まってしまった!
声の方向にゆっくりと視線を向けると、そこには真っ暗闇のリビングでふらふらと揺れる黒い影。
その影が俺の声に反応し、ぐるりとこっちを向くと同時に雲が動いて降り注いだ月明かりに照らされたのは、ソファーに座りつつ俺をきょとんとした表情で見つめるレンゲだった。
「あれ? ご主人?」
「なんだレンゲか……」
あーびっくりした……。
お化けの類かと思った。
心臓がバクバクいってるよ……。
「こんな夜遅くに何をしてるんすか? 今日は……ああ、休息日っすもんね。もしかして女の子のいるお店に行くんすか? お好きっすねえ……。言ってくれればいつでも自分がお相手するっすよ?」
「いや普通に飲み屋に……って、レンゲこそ何してるんだよ……」
「ああー……やー……」
いつもの調子で俺をからかおうとしてきたのだろうが、俺が質問を返すと途端に言葉を濁すレンゲ。
喉が渇いたから水を飲んでたとか言うのかと思えば怪しい。はっきり言ってとても怪しいです。
「その感じはつまみ食いか? 別に構わないけど、あとでウェンディに怒られるぞ。で、何をつまんでるんだ? 俺にも分けてくれ」
「なっ! 自分そんな食いしん坊キャラじゃないっすよ!? そういうのはシロがいるじゃないっすか!」
いやほら、今日個性が云々って言ってたから新たなキャラをつけようと思ったのかなってさ。
『実は姫巫女』っていう濃ゆい個性がついたから余計だとは思ったんだけども。
「ん? それなんだ?」
「あー……その、ロウカクからの手紙っす……」
そういえば爺さん、クドゥロさんが書簡を送ったって言ってたな。
もしかしてそれがクドゥロさんが出て行った後に届いたのだろうか。
レンゲがすっと手紙を差し出してきたので読むと、まずはレンゲの体調の確認から始まり、現在のロウカクの状況の説明など、今日クドゥロさんが話してくれた内容が書き記してあった。
そして、地竜が増加しているところ、出現場所、規模などの詳細が描かれており目を見開いて驚いてしまう。
「こいつは……思ったより多いんだな」
「っすね。ちょっと予想以上っす……」
地竜がぽつぽつと出現しているのかと思えば、各所でかなりの数が確認されているようだ。
「これは……軍だけでなんとかなるのか……?」
地図もあり、一番大きな街はロウカクの首都だろう。
そして一面にわたる砂漠に、いくつかある離れた小さな町。
それらの近くに赤い点で地竜の規模が書かれているのだが、その数は10を超えている。
「わかんないっす……。各町も慣れてはいるんでそれなりに防衛は出来ると思うっすけど、軍の戦闘が一箇所でどれくらいかかるか次第っすかね……」
「そいつはまた……クドゥロさんはどうなんだ?」
肉球ナックルで組織を壊滅させたらしいし、かなり強いとお見受けしたんだが……。
「爺は強いっすよ。全盛期なら自分は勝てないっすし、爺と軍で手を分ければなんとかって所っすけど……爺もお爺ちゃんっすから、砂漠を旅しながらの連戦はどうなんすかねえ……」
そうだよな……見るからにお年寄りだったしな……。
レンゲは眉尻を下げて困った表情を浮かべる。
おそらく、この手紙を読み心配で眠れなかったのだろう。
クエストから帰ってきて疲れているだろうに、それでも眠れずに故郷の、クドゥロさんの事や妹さんの事を考えていたのだろう。
「心配だな……」
「……っすね」
クドゥロさんはおそらく、レンゲを助け出す為でもあり、この問題を解決する為でもあるという、2つの目的でレンゲを連れ帰りに来たはずだ。
それでも小さい頃から見てきたレンゲの幸せを、一番に考えたのだろう。
今幸せなレンゲを見て大丈夫だと無理を言ったのだろう。
でなければ……あそこまで非常事態だ火急の用件だと騒ぐはずも無い。
俺はレンゲの正面へと腰を下ろし、レンゲをまっすぐに見つめて問う。
「……この数、レンゲが行けばどうにかなるのか?」
「……一番地竜に慣れてるのは自分っすからね……。軍と爺と分かれて対処すれば、大丈夫だとは思うっすけど……」
「……行きたいんだろ?」
今のレンゲの表情を見れば誰だってすぐにわかる。
「やー……まあぶっちゃけそうなんすけど……それを言うのはどうかなあと葛藤している自分の気持ちも汲んで欲しいんすけど……」
お前だってクドゥロさんの前で俺の憂慮を考えてくれなかったので、お互い様だと思うんだけど。
「自分はもうご主人のものっすから。こんな家の事情でご主人に迷惑かけるとか、絶対駄目っすよ」
「あのさ……俺はレンゲを幸せにするって言ったろ? クドゥロさんの前でも誓っただろう。レンゲが行きたいって思っているのなら、そう言えば良い。俺はそれを叶えるだけだ」
レンゲはソファーに膝をたて、膝を抱えて俺の方に視線だけを向けてくる。
「ご主人は優しいっすから……そう言ってくれると思ったっすけどねぇ……。自分、甘えすぎかなって……。押し付けすぎじゃないかなって、嫌われないか怖いんすよ……」
なんだよらしくないなあ。
むしろ俺こそ毎回好き勝手にしているのだし、それを考えれば甘え足りないくらいだろう。
いつもの調子で『ちょっとロウカク行ってサクっと地竜ぶっ殺したいんすけど行ってもいいっすか?』とか言われても嫌うわけないだろうが。
そういう殊勝で普段と違う態度を取られると、尚の事叶えたくなるのが男の性ってものなんだぞ。
「馬鹿だな……嫌うなんて本気で思ってんのか?」
「……自分だって乙女心は少しくらいあるんすよ? たとえほんの僅かでも嫌われる可能性があるのなら、怖気づくのも乙女なんすよ……」
それは知ってる。
レンゲは結構シチュエーションとかムードにこだわる時もあるしな。
基本的にはソルテの乙女度が高いから、そこをつついてる事が多いけどさ。
「それに……もし自分が助けに行きたいなんて言ったら……」
「勿論。許可した上で、俺もついていく」
「っすよね……そうなるっすよね……。その為に、体を鍛え始めたんすもんね……」
当然。
俺は魔物をばったばったとなぎ倒して世界を救うとかそんな大仰な目的を持って強くなろうとしているわけじゃあない。
……付いていけないのが嫌なんだ。
何も出来ないのは、もう嫌だからな。
「はあー……」
「ははは。諦めろ。行くなら止めない。だけど、俺も行くからな」
今のまま、もしなにもせずレンゲの国が滅びればレンゲは二度と本当に笑えなくなると思う。
幸せにするって、爺さんに約束したしな。
レンゲの幸せがロウカクにも及ぶなら、当然着いていく。
俺だって、目の前の相手が死んでしまったら、もう二度と笑えないと思うから。
「っすよね……そうなるっすよね……。ご主人は……今回はやめとかないっすか? 地竜はここらの魔物よりもずっと強いんすよ?」
「別に俺も戦うなんて言ってないだろう。要所要所でサポートしたり、基本的にはウェンディとミゼラと不可視の牢獄に乗って宙にでも浮いて安全なところにいるよ」
付いていくことだけは譲らない。
だけど、足手まといになりに行くわけじゃあない。
役に立ちはしないかもしれないけど、足を引っ張らずいざという時力になれればそれでいい。
「いやー……確かに地竜は飛ばないっすし、遠距離攻撃も岩を飛ばすくらいっすけど、危ない事に変わりはないんすよ?」
「んーでも、大丈夫って確信してる。レンゲがいるし、それにシロやアイナ達もいるしな」
譲らないぞという意思を込めて、にこりと笑顔を向けてやる。
「あーもうこれ聞く耳もってない感じっす。もうご主人の中で決定事項になってるっす……」
「そうだな。砂漠で作る食事をどうしようか考えてるからな」
「もう大分先のことまで考えてたっす……。いや、勿論出先でご主人の料理が食べられるのは嬉しいんすけど……」
うんうん。
ちゃんとしたものを食べないと万全の力は出ないからな。
携帯食や、その場しのぎのご飯で力が出ずにレンゲにもしもの事があるなんてこともありえなくはないのだ。
だから万全に越した事は無いのである。
「……はぁ。ご主人」
「ん?」
「お願いさせて欲しいっす」
今更だな。そして律儀だな……。
まあ、筋を通すってのはレンゲもとい紅い戦線らしいけどさ。
「おう。聞かせてくれ」
「ロウカクに行きたいっす。それで、妹と民の皆を守りたいっす」
「ああ。わかった。俺もついていく」
「はいっす……。ご主人は……自分が必ず守るっす」
そういうとレンゲは腰を上げ、俺の横へと腰を降ろした。
そして、俺に横から抱きつき頬をこすりつけてきた。
「この温もりは……誰にも奪わせないっす」
「そうだな。寝巻きだからノーブラのさりげなくふよふよと腕に当たるこのぱいの感触も、誰にも奪わせやしないよ」
「……ご主人。今それ違うっす。もっとロマンチックに! ご主人は出来る子なんすから、たまには合わせて欲しいっすよ」
「そうか。俺は出来る子だったのか……。じゃあ、これでどうだろうか」
「へ?」
俺はレンゲの体をくるりと回し、上から覆いかぶさるようにソファーに押し倒した。
腕だけで体を支え、真っ直ぐにレンゲを見下ろしている。
「レンゲは俺を守ってくれ。その代わり、俺がレンゲを幸せにするからさ」
「っぁ……。や、やれば出来るじゃないっすか……」
顔を赤く染め、必死に顔を隠そうとするレンゲさん。
こっちも真顔で言うのは恥ずかしいのだが、レンゲの珍しい反応が見れたので大満足だ。
「ああー……真面目な顔は卑怯っす……。そんな、いきなりキリッとされたら困るに決まってるじゃないっすか……」
「惚れ直したか?」
「はぁぁぁ……そうっすね。ご主人らしくて、さっきよりもっとご主人が大好きっす……」
「うん。俺もレンゲが大好きだ」
くつくつと笑いあう俺とレンゲ。
そのまま下からレンゲが俺に抱きついてきたので、俺は横になりつつ腕の力を緩めてレンゲに重なり、抱きしめたまま朝を迎えるのだった。




