8-19 アインズヘイル記念祭 ミゼラの未来
三話連続投稿になっていますので、ご注意ください。(3/3)
家に帰った後もミゼラの様子は普通のまま。
むしろ、少し元気すぎるくらいだろうか。
やはり無理をしている気がするのだが……と考えながらベッドで横になっていると、どんどん眠れなくなってきてしまった。
「あー……駄目だな。明日も祭りがあるから寝ないとなのに……」
こうなってはどうしようもないと起き上がり、厨房へと向かった。
寝れない時はこれだ。
ミルクを温め、卵黄とバニル、そして蜂蜜を加えてかき混ぜた簡単なミルクセーキである。
それらをポットにいれて魔法空間へと仕舞い、部屋で飲もうとリビングに向かうと、テラスの方の窓から風が入ってくるのを感じた。
誰かいるのかと思い覗いてみると、そこには以前作った折りたたみ式の椅子を広げ、座って街の明かりを見つめる女の子が一人。
「……ミゼラ?」
「だ、旦那様?」
声をかけると驚いたように振り向くミゼラ。
その顔は、街の明かりに照らされているせいか少し赤く感じてしまう。
「どうした? 眠れないのか?」
「……ええ。ちょっとね」
「風邪引いちゃうぞ」
「ええ……」
それだけいうとミゼラは街の方へと視線を戻し、俺が座れるように椅子を少し空けてくれる。
俺もミゼラの横に腰を下ろし、街の方を眺めることにした。
まだまだ街道を照らす魔道ランプの光の先、まだ騒いでいるのかオレンジ色の光が固まっている。
「お祭り、まだやってるのね……」
「ああ。夜の部ってやつだな。お酒を出しているお店なんかは、朝までやってるらしいぞ」
「そうなのね……旦那様は行かなくていいの? 誘われているんじゃないの?」
「……誰に聞いたんだよ」
「ふふ。内緒」
楽しそうに笑うミゼラに、魔法空間から取り出したポットからミルクセーキをカップに注いで渡す。
「寝れない時はミルクセーキが一番だ。飲んだらぐっすり眠れるよ」
「ありがとう。……温かい」
ミゼラはカップの温かみを手で感じつつ、ゆっくりと口へと運んでいく。
「甘くて美味しいわ」
「そっか。まあ、ついでだついで」
「ついでって……旦那様も眠れなかったの?」
「あー……まあ、な」
俺は誤魔化すようにカップに口をつける。
出来立てでまだ熱いミルクセーキに舌を火傷しつつ、甘すぎるくらい濃厚でクリーミーな味わいに舌鼓を打った。
「……もしかして、心配しているのかしら?」
「……」
俺が黙っていると、ミゼラは俯いてしまう。
「旦那様ってわかりやすいわよね。でも、本当に大丈夫よ」
「無理……してないか?」
あんなことがあったんだ。
心の傷が広がっていってしまっていても、なんらおかしくはないだろう。
すると、ミゼラは俯いたまま立ち上がりテラスのフェンスへと近づいていきカップを手すりに置くと振り向いた。
そして、その表情は――。
「私ね、今前に進めている気がするの」
満面の笑みだった。
「旦那様に錬金を習ってから、少しずつ、ほんの少しずつだけど、未来を歩めている気がするの。街の人や冒険者の人と話すたびに、少しでも成長しているって実感できるの……」
ミゼラは空に浮かぶ星を眺めて手を広げる。
「私の知っていた世界はとても小さかった。世界がこんなにも眩しくて、楽しい場所だなんて思わなかった。人々が……こんなにも優しくて、素敵だなんて思わなかった」
だが、そのまま手を下ろし表情が見えぬように顔を上に上げてしまう。
「……男の人達に怒鳴られて、とても怖かった。シロが、私の手を握ってくれたけど、とても怖かったの。頭の中がぐしゃぐしゃになって、何も考えられなくなって……でもね」
ぱっと顔を下ろし、満面の笑みを浮かべるミゼラ。
「旦那様の顔が見えたの。ちょっと怖い顔してたけど。男の人達の後ろで、旦那様が近づいてくるのがわかった。そうしたらね……なんだか、とても安心することが出来たのよ」
後ろに映るオレンジ色の街の光のせいか、どこか明るく温かい笑顔を向けてくれている。
「街の人達が、私を守るように壁を作ってくれて……嬉しかった。私を仲間と呼んでくれて、認められたんだって……頑張って良かったって思えたの」
「そっか。俺も、嬉しかった」
「うん。だから……ありがとう」
「ありがとう……? それは、ミゼラが頑張った結果だろう。俺に言う言葉じゃないよ」
ミゼラが頑張ったから、正当に評価されたのだ。
俺が何かをしたからじゃあない。
「ううん。言わせてほしいの。旦那様には、いっぱいのありがとうを言いたいの」
ミゼラが俺の横に腰を下ろし、顔を向けて俺の手を取り、優しく両手で包み込んだ。
「手を差し伸べてくれてありがとう。背中を押してくれてありがとう。錬金を教えてくれてありがとう。たくさんの人との繋がりを作ってくれてありがとう。私を……成長させてくれて、信じてくれて、幸せにしてくれてありがとう」
ひとつひとつのありがとうに思いを込められ、ずっしりとした重みを伴って放たれる。
その一つ一つを、俺も真剣に受け止めていく。
「貴方に、出会えてよかった。ありがとう」
最後のありがとうには満面の笑みを乗せて。
俺はその光景に見惚れつつ、しっかりと心の中で受け止めた。
「……こちらこそ、俺のわがままに付き合ってくれてありがとうな」
俺が言い終わると同時に、光の奔流に俺とミゼラが包まれた。
地面には魔法陣のようなものが出来上がっていて、太い光や細い光がうねりを上げて天へと昇っていた。
「きゃっ……」
「なんだこれ……っ!」
やがて天に昇る光がひとつ、またひとつと俺らに巻きつくように囲い始め、やがて一つの球体となってしまう。
俺はミゼラを抱き寄せて頭を抱え、万が一にも放してしまわぬようにと強く抱きしめた。
だが、やがて球体は割れて地面の魔法陣へと吸い込まれていってしまう。
そして、魔法陣も消え去ってしまった。
「な、なんだったんだ……?」
「んん。んんうー……っ!」
「あ、悪い。大丈夫か?」
「ぷはぁっ……ええ。大丈夫」
思わず強く抱きしめすぎてしまったらしい。
息苦しかったのか顔が真っ赤に染まってしまっていた。
そういえばこんな事、前にもあったな……。
「……今の、もしかして……」
「ミゼラ?」
ミゼラが自分のギルドカードを開く。
そして……。
「やっぱり……」
「どうした?」
「今の、一生の誓いだったみたい」
「なっ……」
一生の誓いってあれだろ!?
ハーフエルフが唯一度、生涯体を許すことが出来る相手を決めるっていう……。
無意識にミゼラの顔から体の方へと視線を一瞬向けてしまった。
「いきなり……何考えているのよ」
「いや、すまん。でも……いいのか? 俺で……」
「いいんじゃない? 本能で発動しちゃったんだもの。それとも、私みたいな線の細い貧相な体は嫌?」
貧相って訳じゃあない。
りっぱなぱいもあれば、腰だってくびれているし、最近はうちで食事をしているから立派に育って……ってそうじゃないだろう。
「だからって……大事な事だろう?」
「いいのよ。それに貴方が良かったの。貴方じゃないと駄目なのよ」
っ……そんなことを言われてしまっては……。
わかった。俺も男だ。男として責任を取ろう。
俺はミゼラの背中に手を回し、ぎゅっと抱きしめる。
「い、いきなりなの!? それに、こんな、初めてが外でだなんて――」
「幸せにするよ。約束通りこれからも」
あの日、ミゼラが自分の過去を打ち明けてくれた時に、幸せにすると誓ったからな。
「……ええ。これからも、よろしくお願いします。旦那様」
「ああ。よろしくな」
そのまま、ミゼラは俺に寄りかかり共に街の明かりを見続けていた。
「あ、ミルクセーキ……。ねえ、ちょっと頂戴?」
「そこにあるのにか?」
「うん。面倒だもの」
「さて、このぐうたらさんをどうしようかな」
「あら、いじわるね。旦那様が他人に頼るのは悪いことじゃないって言ったのよ?」
「それはどうしようもない時の話だろう……」
「今がそうなの。……今は、ここから離れたくないのよ」
柔和な笑顔を浮かべて、優しくそっと腕を取り頭を腕に乗せてくるミゼラ。
そんな表情を浮かべられては断れるわけもない。
つくづく俺は甘いかなあ……と思わなくもないが、今夜くらいは、何でも叶えてあげようか。
「はぁ、御自分で飲めますかお嬢様? なんなら口移しにでもいたしましょうか?」
「ばーか」
くっくっくっと二人で笑いあい、そのままたわいのない話を続けた。
これまであった事や、ミゼラの知らない人の事。
温泉を持っていることや、ミゼラの好きなおかゆの事。
そうこうしているうちにやがて眠くなったのか、うつらうつらとしてしまうミゼラ。
寝息を立てたところで起こさぬようお姫様だっこで部屋まで運ぶ。
「おやすみ。ミゼラ」
「……ん。旦那様……」
ミゼラの寝言に、思わず噴出してしまう。
夢の中で、もしかしたらさっきの続きをしているのかもしれない。
明日からまた、いつだって出来るんだけどな。
さて、明日は……というか、今日は祭りの最終日だし、俺も寝ますかね。
今日はぐっすり眠れるだろうからな。
今年はこれで終わりですかね。
8-17で終わりで年越しではいけないと思い、連続投稿をさせていただきました。
皆さま、良いお年を!




