8-18 アインズヘイル記念祭 今のミゼラは
三話連続投稿になっていますので、ご注意ください。(2/3)
『ハーフエルフが触った物なんか食えるか!』
まだ聞こえる怒鳴り声。
耳に入るたびに肌がざわつき、髪の毛が逆立つような感覚に襲われる。
「お、おい。兄ちゃん?」
冒険者の男が声をかけてくるが関係ない。
今の俺は脚を進める事しか頭になかった。
「おいおい! 落ち着けって!」
すっと肩をつかまれるが、気にせずに進んで行く。
聞こえてきた声の方向。
それにハーフエルフという言葉。
そのことから恐らく、いや間違いなくミゼラの事を言っているのだろう。
だから、早く行かなくちゃ。
「大丈夫だ。落ち着いてる。だから手を放せ」
「いやいや! 目! 目がやばいから!」
「お前俺に殴りかかった時と同じ目してるって! 完全にキレてるじゃねえか!」
「キレてるよ」
俺自身に。
シロがついていったとはいえ油断した……。
祭りなんて、特に不特定多数の男と接触する機会が多いのは考えればわかることだろう。
奴らは今もミゼラを、怒鳴りつけている。
きっとミゼラは怯えてしまっている。
自分の甘い判断が招いた結果だ。
だからこそ、俺は早くミゼラの元に行き、彼女を守らねばならない。
自分への怒りも相当なものだが、同じくらい相手の男にも怒っている。
そして、この国のこの因習にも。
「それならなおさら落ち着けっての。お前さんに危害を加える可能性だってあるんだぞ」
「はぁぁぁ……わかってる。大丈夫だ」
ああ。大丈夫。俺は落ち着いてるよ。
シロもいる事だし、命の危険はないだろう。
だけど……心はそう頑丈に出来ていない。
心の傷は、開きやすいんだ。
「……じゃあその、なんだよそれ」
手に持った薬品の入った試験管を指差された。
先ほど魔法空間から取り出した物だが、死の危険はない安全な薬品である。
「ただのタタナクナールだ」
「おいいいいいい! 完成させてたのか!? ついに例の薬を完成させやがったのか!?」
「馬鹿言うな。もっと前に完成させているよ。今回のは無味無臭の空気感染可能な範囲が広いやつだ」
「俺らも被害を食うじゃねえか! 大丈夫だから! 仲間も察して向かってったから大丈夫だから!!」
逃がさないためだから仕方ない。
いわゆるコラテラルダメージというやつだ。
……悪いが、好き勝手に怒鳴っているんだろう?
ならば、こちらも、好きにやらせてもらおうじゃないか。
「解毒剤はあるから……いいだろう?」
「治るからってだめだよ!? ちょ、ちょっと待って!? 兄ちゃんちょっと力強くなってない!? 止まってええええ!」
「皆手伝えええええ! 俺らの股間が大ピンチだ! 兄ちゃんも止めろおおおお!」
話を聞いたのかどんどん冒険者が集まってきた。
流石にこの人数を押し通るのは無理だな。
「アイナ。排除してくれ」
「ああ。わかった」
「ソルテ、レンゲ、ウェンディ、店を頼む。少しの間販売を中止しておいてくれ」
「はい。わかりました」
「ご主人の好きにやっちゃっていいっすよー!」
「シロがいるなら主様は大丈夫よね……。わかったわ。いってらっしゃい」
「「「「皆さんわからないでください!」」」」
俺の気持ちを察して見送ってくれる三人。
そして、俺を止めようとする男たちの前に仁王立ちするアイナ。
「主君。ここは任せろ。ガツンとやってしまえ」
「ああ、行って来る」
「私も行くんですー! 放してくださいー! ミゼラが、私の友が侮辱されたんですよ!! ぶっ殺してやります!!」
「ちょ、ちょっと誰だか知らないけど落ち着いて!」
俺の横では、セレンさんが俺と同じように冒険者の女の子に止められている。
セレンさんは既に剣を抜いており、剣を杖のようにしながら8人もの女の子が抑えているにもかかわらずゆっくりと進んでいた。
『なんだこのチビは……俺らとやる気か? 揃いも揃って奴隷じゃねえか。てめらの主はどこだよ!』
シロがミゼラを守ってくれている。
今にも飛び掛り切り刻みたいところだろう……だけど、頭の回る子だ。
きっと俺の事を考え、まだ手を出さないでいてくれているのだろう。
その子らの主を探してたな。
ここだよ。と声を上げ、二人組みの男に近づこうと思った矢先のことだった。
ようやく相手の姿が見え、瞳孔が開き、大きく一歩を踏み出したところで俺は脚を止めてしまったのだ。
「「「「「……」」」」」
「な、なんだてめえら」
「うちの領民に対して。ずいぶんな口を叩くじゃないか」
それは、あっという間のことだった。
男達とミゼラの間に立ったのは、野菜売りのおばちゃんを初めとした普段露店で店をやっている人達。
相手はいかつい冒険者風の装いだが、物怖じせずミゼラを守るように、壁のようになってくれていた。
「てめえら庇うのか? ハーフエルフだぞ!? ハーフエルフを格下に見るのは王都では普通な事だぞ!」
「そ、そうだ! 貴族様が決めた事だぞ!」
「貴族だあ? 知るかそんなもん。そいつらが俺らに何かしてくれたのか? そいつらが、この子に何かされたのか?」
油を売っていた熊人族の店主も、指の骨を鳴らし怒っている様子が見て取れる。
肉屋の店主など露店で使っていたのか、巨大な解体用の包丁まで出してきていた。
「て、てめえら! 貴族の決定に口を挟むつもりか!?」
「はあ? ここはアインズヘイルだぞ。商業都市アインズヘイルだ。色んな奴が来る街だ。もちろんハーフエルフだってな。この国だけだよ。ハーフエルフをないがしろにするのはよ」
ギリっと歯を噛み締める。
この国、本当に一部が腐ってる。
……まあそれは、どこの世界でも大して変わらないのかも知れないけれど。
それでも……納得できる事ではない。
「ミゼラちゃんはうちにポーションを卸してくれている立派に自ら働いている子だぜ? その彼女のどこが格下だっていうんだ?」
「そうよ。この子にお世話になっている人がうちの冒険者ギルドには沢山いるのよ!」
「お姉ちゃんのポーションのおかげで僕の仲間は助かったんだよ! お姉ちゃんは格下なんかじゃない! 立派な人なんだ!」
今度は冒険者達が露店商達の前に立ち、壁がさらに分厚くなる。
中には、新人の子達もいるようだが、しゃんと立ちはだかっていた。
「だ、だがな……許されてるんだよ! ハーフエルフを格下扱いする事は!」
「そ、そうだ! 俺達は何も悪くねえ! この国じゃあ許された行為のはずだ!」
「ああ。許されてるよ。でもね、ここは王国でもアインズヘイルなんだよ。ボクの街だ。この街で、ボクの領民が虐げられるのを許すほど。ボクは温厚じゃあないんだよね」
俺とセレンさんの間をゆっくりとした足取りで、騒動の中心へと歩いていくオリゴール。
普段の雰囲気とはまったく違い、厳粛な領主としての姿を見せ付けられてしまう。
「この街は元々内乱や戦争で街を失った民が集まってできた街なんだよ。種族も性別も年齢も生まれた場所も、全く違う人たちが少しずつ集まってできた街なんだ。その時、王国が僕達に支援をしてくれた事はない。ここまで大きくなれたのは自分達の、多くの種族のおかげでこの街は成り立っているんだよ。そんな僕らが受け入れないわけないだろう。仲間を助けないわけ無いだろう」
「なんだこのチビ……」
「ははっ。領主に向かってチビ呼ばわりか。いい度胸だ。言質は取ったよ。衛兵。この者たちを拘束しろ」
「「「はっ!」」」
「なっ……領主!?」
どこからともなく現れた衛兵が槍を構えて男達を包囲すると、男達は両手を上げて抵抗しない意を示すがその顔は領主オリゴールへと向けられている。
「そんな、そんな馬鹿な……」
「貴族でもないボクが領主をやれるのも、この街が王国に縛られていない証拠だよ。ボクはただのハーフリングだからね。……確かに王国でハーフエルフを侮辱する事を罪には問えない。でも、チビという発言は領主への不敬と取らせて貰うよ。それに、祭りを妨害した罪は重いぜ? 覚悟しておけ」
「「ひっ……」」
「連れて行け!」
「「「はっ!」」」
オリゴールが凛々しく言い放ち、男達は連れて行かれてしまった。
そして、オリゴールがミゼラを守る壁となっていた人達の方へと歩き出すと、壁が割れるように皆が道を空けた。
「やあ。怖かったね。もう大丈夫だよ」
「あ……」
「安心していいよ。君の事はボクらが守る。もちろん、お兄ちゃんが守ってくれるとは思うけど、ボクらだって君を守るよ。誰が何と言おうが、君はこの街の領民だからね」
その言葉に、この街の皆が頷いた。
俺は、上唇を仕舞うように口をつむってしまった。
オリゴールの言葉に、不覚にも目の奥が熱くなり、ジンっとしてしまったから。
「ありがとう。皆さん。ありがとうございます……」
「おっと、しんみりした顔はよしてくれよ? お礼を言うなら笑顔がいいさ! さあさあ、しらけた空気は吹き飛ばして祭りを楽しもうぜ! まだまだ祭りも二日目だからね!」
オリゴールが皆にそう言うと、先ほどまでの空気が嘘のように歓声が上がる。
俺も自然と、口が緩み微笑んでしまう。
普段駄目な所ばかりの姿と、今のこの立派な姿があるからこそオリゴールは領主として慕われているのだろうという事が良くわかった。
「出鼻をくじかれてしまいましたね……」
「だな。でも、良かったよ。一番いい結果だと思う」
「はい! 良い街ですね。この街は」
「ああ。そう思う」
心から。
俺は、この街に来れて良かった。
ウェンディ達と出会えて、ミゼラを受け入れてくれた。
全部この街から、始まったんだ。
俺も……。
「ふむ……」
「あ……」
あー……そういえば、アイリス様いらっしゃいましたね。
さっきのオリゴールの言葉には、それなりに王国への不満なんかも入っていた気がしなくもないのですけども……。
「なんじゃ『あ』って」
「いや、そのー……」
「……お主。もしやわらわがハーフエルフを馬鹿にしておるとでも思っておったのか? 他国とも交流のあるわらわがそんな阿呆な真似をするとでも?」
……や、だって貴方この国の王族じゃないですか。
貴族の話って聞いたら……ねえ。
ん? アヤメさんどうしました? 顔を近づけてきて……ってまさか頬に口付――。
「何気持ち悪い顔をしているのですか? 耳を貸しなさい」
「あ、はい」
あ、違いました。勘違いでした。
俺もこのタイミングで変だなあって思ったんですけども。
……その、そんなに気持ち悪い顔してましたかね?
「……あのですね。アイリス様のお仕事は、このような問題を解決する事です。これだけに留まらず、王の目を欺いた腐敗は広がっています。だからこそ、このような問題が起こるのです……」
「……叔父上は血筋に甘いからな。王族の間違いは王族が正すべきじゃ」
アイリスと俺にしか聞こえないようにアヤメさんが囁くと耳がぞくっとした。
それより叔父上って王様の事だよな?
それに、王族の間違いって……?
「しかし、良い領主だな。我も今回の話……良い方向に考えておこう」
「はい! この街ならばよいと思います!」
「セレンもそう思うか。うむ。真っ直ぐなお前がいうのならば、正しいだろう」
こっちはこっちで意味深な事を言っているし……。
そういえばセレンさんが来た時に、シシリア様はこの街で大切な用事があるとか言っていた気がするが……。
まあ、どちらも俺は関われないことだろうけどもさ。
王族と帝国の話だしな。
そんな事よりも今は――。
「旦那様……」
「おかえりミゼラ」
「ええ……ただいま。ごめんなさい、心配をかけて」
「ミゼラが謝ることじゃないよ。俺こそ、すぐに助けに行けなくてごめんな」
「ううん。大丈夫よ。さあ、旦那様。原因はわかったので鉄板を直してお祭りに戻りましょ」
何事もなかったかのように笑顔を俺に向け、俺の袖を引いて屋台へと引っ張るミゼラ。
「あ、ああ……。ちょ、引っ張るなって」
「早く直してあげないと、お客さんが困るでしょう。子供達も待ってるのだから、ほら急いで」
思ったよりも顔色が悪くなくて驚いてしまった。
きっと、青ざめてしまうような思いをしたのだと思っていたのだが……もしかして、心配かけまいと強がっているのではなかろうか?
一先ず、今日は鉄板を直し時間も時間なので店を閉め、皆で俺達の家へと帰ることにするのだった。




