8-4 アインズヘイル記念祭 思いもよらぬ来訪者
マザーから相談を受け、鉄板の用意をすることとなったのだが流石にサイズ的に錬金室でやるわけにはいかず、庭ですることにした。
「鉄板に火の魔石をつけるの?」
「ああ。だけど魔石のままじゃあ熱の伝導に偏りが出るからな。魔石を加工してなるべく平らに広くなるようにするんだ」
「こんなに薄くなっても機能するのね……」
確かに魔石というよりはもう魔板みたいになってはいるが、機能的には問題ないんだから不思議だよな。
「まあ魔石の加工もいずれ教えるよ」
「ええ。まずは一つ一つじっくりと、よね」
「ああ。ミゼラはやる気があるからすぐにでも出来るようになるさ」
「ふふ。楽しみね。そういえば外での錬金って、A級にならないといけないのよね?」
「そうだな。俺は最近知ったんだけど……」
A級って意外と便利なんだよなあ……。
大型の物を作る際は倉庫くらい大きな錬金室を作るしかないわけだし。
「今は何をしているの?」
「んー? 火の魔石と魔力蓄積用の魔石と変換機と起動装置の接続だな」
「結構複雑なのね……鉄板を温めるだけなのでしょう?」
「子供達が扱うんだから安全第一ってことで、あとは外枠に水と風の魔石で冷風が出るようにして熱中症対策かな」
「今作ってるのって……お祭り用の鉄板よね? 大きな厨房で使う巨大鉄板とかじゃないわよね?」
「そうだな。まあ、その後も使うんなら快適に使える方がいいだろう? 寒くなってきたら冷風の方は使わないようにもしないと……。後はなるべく少ない魔力で動かせるように調整だな」
これで夏のような暑い日も、冬のような寒い日でも屋台を快適に開く事ができるだろう。
いつでも食べられるお好み焼き屋の屋台がある……これは、素晴らしいじゃないか!
「一つ聞きたいのだけど、寄贈するのよね……?」
「ああ。材料費は安いし、孤児院ならお金を取らなくても、他所に文句は言われないだろう?」
なんでもかんでも無料でやってたらキリはないが、孤児院ならば寄贈という形で無料提供は出来るからな。
まあ、アイナ達が寄付をして俺がそこからお金を貰うというのも変な話だしね。
「技術費がとんでもないのだけど、きっと子供達には伝わらないわね……」
「まあ、それはいいよ。楽しく美味しくお好み焼きを作ってくれればさ。うっし、完成したら届けに行こうぜ」
「貴方はそういう人よね……。ええ。そうしましょう。……あら? お客様みたいよ?」
「ん?」
ミゼラが顔を向けたのは門の方。
格子の隙間からこちらを覗いているのは確か……帝国のシシリア様の護衛のセレンさんか?
「んんー! 何をしているのでしょうか。私とても気になります」
「あの、門から離れてくれませんか?」
「よいではないですか。身分は証明したのですし、こちらの錬金術師さんに用があるのですから」
「そうですけど……呼び鈴もあるのですが……」
「それにですね。シシリア様をお守りするのにこういった諜報活動も必要なので、せっかくならば練習させていただこうかなと思いまして!」
「ここ、アイリス様のお屋敷でもあるのでそれは流石に……」
「だって……シシリア様私よりもお強い人なので護衛のしがいがないのですよ……。こういうところで貢献しないと、いつ捨てられてしまうのか心配で……」
「知りませんよお……」
「あの……どうしました?」
なにやら門番である狸人族の子が眉尻を下げて困っているようなので声をかけると、あちらはあちゃー見つかっちゃいました。と頭を下げた。
「ご無沙汰しております! セレンです!」
「ああ、はい。知ってますけど……。えっと、本日はどうしました?」
「はいー。アイリス様から発注をお願いしている『マイク』? なるものを受け取りに参りました!」
いやマイクって……確かにアイリスからは頼まれてるけど受取人がセレンさんだなんて聞いてないぞ。
と、とりあえず門を開けてちょっと待っていてもらおう。
「えっと……少々お待ちください」
「はい!」
俺はすぐにその場を離れ、アイリスへと確認を行った。
『なんじゃー。わらわに用か?』
「お前な……発注したものの受取人が誰かくらいは言っておけよ」
『む? ああ、シシリアか。言い忘れておった……すまぬ。おそらくじゃがセレンが受け取りにきたじゃろう? それなら渡してやってくれ。金もセレンが持っておるはずじゃ』
えっと……どうしたのだろうか。
なんだかいつもより元気がなくそっけない感じだな。
『わらわは駄目じゃー……仕事でアインズヘイルの祭りに行けぬー……。はっ! まさかおぬし、出店をやるとか言わんじゃろうな!?』
「いや、今のところは普通に参加する予定だけど……」
『そ、そうか。良かった……またおぬしが新たな甘味を生み出したりしておったら、わらわもっと落ち込むところじゃった……。ならばよい。それでは物は渡しておいてくれ』
『アイリス様? さぼりですか? もっと増やしますか?』
『今も仕事中じゃ! それにこれ以上は無理じゃ! 阿呆! 鬼! いき遅れ!』
『……はい?』
『ぬ、やめんかこら! 来るでない! ぬあああああああああああああ!』
ぷつっと通信が切れてしまう。
……。
アイリス、女性には言ってはいけない事を……。
惜しい人を亡くしたな……。
「失礼しました。確認が取れましたのでお渡ししますね」
「はいー! アイリス様何も言ってなかったんですねえ……。えっと、こちらが代金です」
セレンさんがお金の入った袋をくれたので、中身を確認。
ぴったりなようなので、魔法の袋(偽装)から取り出したマイクアクセサリーを渡すと、セレンさんも魔法の袋へしまったようだ。
「シシリア様がオークションでこの魔道具を見ましてね。欲しがっちゃってアイリス様にお願いしたんですよー!」
「あ、そうなんですね。というか、参加してたんですね」
「はい! わが国のチョクォも出品しましたよー! 高く買っていただきました!」
「ああ、それなら多分俺です」
「なんと、貴方様でしたかー。お味はどうでしたか?」
「大変美味でした」
チョコレートアイス美味しかったなあ……。
単価を考えるといっぱいは食べられないんだけど、色々試すなら量が足りないし、また買いたいなあ。
「ふふ。貴方のところの奴隷さんたちは皆幸せですねえ。普通いませんよー? 奴隷で甘味が味わえるなんて」
「まあ、うちはあまり普通ではないので……」
「良い方向に変ならば良いのです! ところで、先ほどは何を作られていたのですか? 随分と大きなものを作っていたようですが」
「ああ、あれですか……えと、興味があるなら見ていきますか?」
「よろしいんですか!? 王国の秘密兵器とかだったりしませんか!?」
「いえ、普通の調理器具ですけど……」
なんだ秘密兵器って……。
そんなものを俺に依頼されても作れないし、作らないぞ……。
絶対敵を作るに決まってるからな……。
鉄板に近づいていくとミゼラは帽子をかぶっており、セレンさんに対して頭を下げたあと、よく見えるようにと場所を譲ってくれた。
「ほうほう……大きな鉄板なのですねえ……」
「ええ。お祭りのテントにあわせて作ってますからね。あの、あと少しで終わりなので続きをしても良いですか?」
「構いませんよ。突然お邪魔してしまったのは私ですし、それに錬金術を見せていただけるのは私としても楽しいですし……それで、その方は……? って……あれ? あれあれ? 嘘……まさか……え?」
セレンさんがミゼラを見て、突然驚いた様子でどんどんと近づいていった。
「あああ、あの! 失礼な事をお聞きしますが、この前王都のオークションにいらっしゃった方では……? その……奴隷として……」
「っ……」
そうか。オークションに参加していたのならミゼラの姿はみた事があるよな。
ここは下手な嘘はつかないほうが良いが……釘はさしておこうかな。
「はい。そこで購入しましたよ。今では私の弟子で――」
「なんと! ああ、良かった……。この国でのハーフエルフの処遇は知っていましたので、わが国で保護を! と思ったのですが、競りに負けてしまいまして今日まで悔やんでいたのですよ!」
なんと……あの競り合っていた相手はセレンさんだったのか。
シシリア様の護衛なら結構な額を貰ってはいるだろうけど、それでも500万ノール以上って大金だぞ。
だとしたら、ものすごくお人よしの良い人なんだな……。
「あ、名前も名乗らず突然失礼しました! 私、帝国皇帝の姉君、シシリア・オセロット様の護衛を勤めさせていただいておりますセレンと申します!」
「帝国の……皇族様の護衛ですか……。確か帝国は実力至上主義だったと思うのですが……優秀な方なのですね」
「いえいえ。私はまだまだですよ」
謙遜……ではなくこの人は本気で思っているんだろうな。
なんというか、努力の人だよなあ。
「帝国は確かに実力至上主義ではありますが、ハーフエルフは大器晩成型と認識がありますからね……。でも、貴方ならば大丈夫でしょう。良かった……本当に、良かったです……」
ミゼラの手を握り、頭を下げて涙を流すセレンさん。
本当に心配していたんだな……。
「……はい。師匠と出会えて私は幸せです。セレン様も、心配していただきありがとうございました」
「様だなんて! セレンで構いませんよ。私もまだまだ修行中の身ですし、これからお互い頑張りましょう! 貴方が頑張っているとわかれば、私ももっと奮って頑張れますので!」
「……はい。セレン。私はミゼラといいます。よろしくお願いしますね」
「ミゼラ……はい。覚えました! そして忘れません! ああ、今日は良い日となりました……。このあとシシリア様の大切な用事がなければもう少しお話ししたかったのですが……」
「大切な用事? この街でか?」
「はい。どうやら領主様とお話があるそうで……あっ! 内緒でした! ごめんなさいこれ以上は言えません! そして忘れてください!」
「あ、ああ……大丈夫。他言はしないよ。ミゼラもな」
「ええ。大丈夫です」
「ほっ……ふ、普段はもっと秘密を守れるんですけど、ちょっと嬉しさで口が滑ってしまいました……まだまだですね……。よし! 反省終わり! それでは失礼します!」
反省から立ち直り、踵を返して帰るまであっという間だったな……。
なんだろう。愛すべき駄目な子というか……。シシリア様が手元に置きたくなるのもわかるなあ。
「……前向きねえ……私も見習わないと」
「そこだけにしてくれな……秘密を口滑らせるのはまずいからな……」
「そうね。流石に……まずいのではないかしら……」
「まあ、シシリア様が知らないとは思えないから、漏らしてもいい情報しか与えていないと思うけどな……」
門を出て行ったセレンを見送っていると、くるっと振り返って口元に両手を当てる。
あ、これ何か叫ぶな。
「言い忘れていましたけど、私もシシリア様もお祭りまではいるのでー! またお会いしましょうー! では!」
……いや、その情報は流石に大声で言うのはまずいんじゃないだろうか……。




