7-21 幸せ・願望 ミゼラの一歩
テレサと副隊長が未だ困惑しているが説明をあとにして、フリードの待つ馬車へと戻る。
「どうしました? なにやらご機嫌のようですが」
「ああ。凄く良いことが聞けてな。女神様は素晴らしいな!」
「ほう……。信仰に目覚めましたかな?」
「ああ。あんな女神様なら、信仰に目覚めても悪くないと思えるよ」
見た目もよくスタイルも素晴らしく、性格まで完璧な上に俺の事を心配してくれていたとあらばこれは信仰心の一つも目覚めなければ罰が当たるだろう。
それにお饅頭を食べてるってギャップも良い意味で抜けてて可愛らしかったしな。
「この後はいかがなさいますか? 何かお土産でも買っていかれますか?」
「そうだな……いや、すぐ家に帰るよ。ミゼラに早く伝えなきゃいけないことがあるからさ」
「かしこまりました。ではお土産はこちらでご準備させていただきましょう。どうぞお持ち帰りくださいませ」
「ありがとう。こっちも、プリンを置いていくから皆で食べてくれ。フリードには、抹茶プリンな」
「ありがとうございます。皆、喜ぶ事でしょう」
こうして、俺は王都から転移で家へと帰った。
メイドさんたちはプリンがあると聞くと、その場でメイドさん同士で両手をつないでぴょんぴょんと可愛らしく跳ねて喜んでいたのが微笑ましかったな。
うーん……やはりメイドさんはいいなあ。
転移で仕事部屋に戻ってくると、時刻は夕方を過ぎてしまっていた。
教会で思いのほか長い時間気絶してたのかもしれないな。
うーん。小腹は減ったけど、まずはミゼラを探しに行くか。
あ……そういえば俺とミゼラってまだ気まずいままなんじゃなかったっけ。
あーどうしたもんかな……。
「あ……」
「お?」
仕事部屋の扉が開き、声を漏らしたであろう本人を見る。
すると、ミゼラがエプロンをつけて部屋に入ってくるところだった。
「ご、ごめんなさいノックもせず。まさか、ここにいるなんて思わなくて……。あの、貴方を探してはいたんだけど……」
「俺もちょうど探してたところなんだけど……。あー……そういえば、今日も逃げ出してたんだよな……?」
「え、あ、そうね。ええ。今日も逃げ出してて、シロにすぐに捕まってしまったわ……」
「そっかそっか。じゃあ、おかえり……かな?」
「ええ……ただいま……かしら……?」
「「……」」
なんだろう。この空気。
あははは、と空笑いをしつつこの絶妙に微妙な空気からなんとか脱出せねばならない。
だがしかし、なんて口火を切ればよいのだろうか。
幸いにも無視して飛び出していく……という事はなさそうなので、なんとか話をうまく運ばねば……。
「そういえば、今日は王都に行ってたのよね……?」
「ん、ああ。そうだよ」
「王都に……行ってすぐに帰ってこられるものなの……?」
あー……そういえば、ミゼラには空間魔法について話してなかったな。
まあ、ミゼラならば問題ないか。
逃すつもりはもはや皆無だし。
「実は俺、空間魔法が使えるんだ。これ内緒な」
「空間魔法……? あの、伝説上の……?」
「そうらしいな。まあこれも……女神様から貰った力なんだけどな」
「あ……ごめんなさい。えっと、その……」
「ん? ああーそういうつもりじゃないんだ! すまん……」
やべえ、今のは皮肉に聞こえてもおかしくないよな。
また少し気まずくなってしまったか……。
「「……」」
少しの沈黙が気まずい。
この空白を埋めねばと思ってしまうのは、日本人の性だろうか。
ところが、先にその空白を埋めてくれたのはミゼラだった。
「……ねえ、もしもその力が無かったら、あなたはウェンディ様やシロさんをどうしてたの?」
「え?」
「あなたがウェンディ様を8000万ノールで買ったって聞いたの。でも、もし錬金や、空間魔法なんて凄い才能が無かったら、ごく普通の一般人だったらどうしたのかなって……」
女神様曰く、錬金は本来の俺の才能らしいけど、錬金が無かったらか……。
そうだな……何のとりえも無い人だったとしたら、色々と条件も変わってくるのだが、単純に俺に錬金の才能が無かったらと考えてみるか。
「うーん……そうだな。まず自分に出来る事を探すかな。それで、どうにか買えるように手は尽くしていたと思うぞ」
「8000万ノールもの大金を……?」
「うん。まあでも、思いつくのは頭下げて回るしかないかな。有力なのはレインリヒとか、あとは冒険者ギルドの連中とかに頭下げて、金を都合してもらったり、やっぱり一番頼っちまうとしたら隼人かな?」
あの頃は知り合いもあんまりいなかったしな。
ヤーシス相手に口でどうにかなるとは思えないけど、それでもどうにかするしかないのなら借りたお金でも説き伏せるしかないよな。
それに錬金の才能が無かったら、レインリヒとはお近づきになっていないし、冒険者ギルドとの諍いも起こらずアイナ達と知り合うこともなかったのかと考えると、俺は随分と錬金スキルに助けられているなと感慨深く思う。
「他人に……頼るの?」
「ああ。どうしようもなかったらな。頭下げて人に頼って、助けてください! って言って回るよ」
「誇りはないの……?」
「誇りじゃ飯は食えないし、誰も救えないからな。っていうか、他人にすがる事を悪いとは思ってないし」
はは、と軽く笑う。
いやあ、自分で言ってて酷いもんだな。
まあでも、どれだけこの世界で暮らそうとも他人の力で生きて行きたいという俺の根っこは変わらんもんさ。
今だって出来るならば働かずに生きたいし。
……そういう訳にもいかなくなってるけどさ。
「自分だけの力じゃあ限界ってもんがあるもんさ。だから、俺は無理だと思ったら遠慮なく人を頼るよ。勿論その分頼られれば力にもなるけどさ」
「そう……」
まあ、これでもだめだったら……ともなればどうしたんだろうな。
ウェンディを諦める……って選択肢が無い以上、なんらかの手は打つだろうけど……今はぱっと浮かばないな。
レインリヒに人体実験代わりになるからとお金をせびるのも手か……。いや、死ぬな。
「まあ、そうなってみないとわからないけどな。なんかしらはしていたと思うぞ。……って答えでどうだろう?」
「……うん。満足よ。やっぱりあなたは……前向きね」
「前向き……うーん。まあ、どうしてもな場合はともかく、それ以外は基本的にはそうでもないと思うけど」
「そうかしら……あなたは逃げずに前を向いて一歩を踏み出せる人だと思うわ。逃げているばかりの私と違って……」
「いやいやいや、ちょっと待て。逃げるのが悪いとは言ってないぞ? むしろ、俺は逃げるの推奨派だ。逃げて何が悪い。三十六計逃げるに如かずだ」
「え? でも私に、ハーフエルフであることから逃げるなって……」
「それとは別だって……俺が言いたかったのは、諦めたくない事から逃げるなって、諦めたくない癖に諦めるなんて選択肢は無いって言いたかったんだよ。本気で嫌なら、逃げたって良いって言うよ」
っていうか、俺は本気で嫌なら逃げるし。
特に虫からだったら即行で逃げるね。
ウェンディ達の命に関わるとかでもない限り、虫関係からは全力で逃げさせてもらうだろう。
「でもさ、ミゼラは役に立てないからこの家に居れないって言ったろ? つまり、役に立てるならこの家にいたいんだよな?」
「……それは、そうだけど……」
「なら、やれることを探せばいい。そうすればここにいられるってのは自分でもわかってたよな?」
「ええ……。でも私は……」
うん。
だから、ミゼラには逃げて欲しくなかったんだよ。
やれることがあればと願ったミゼラに、自分自身を諦めて欲しくなかったんだ。
だからさ。
「なら大丈夫だ。ハーフエルフは落ちこぼれなんかじゃないからな!」
「え……?」
「寿命が長いから成長速度が遅いだけなんだって。だから、決して劣っているわけじゃないんだよ。ミゼラだって、努力すれば結果は実るんだ」
まあ成長速度が遅いことには変わりがないので、それが劣っているかどうかと言われれば微妙なところではあるんだが、まずはミゼラ自身に自信を持ってもらわないとだからな。
「嘘……。いいわよ、そんな元気付けなんて」
「嘘じゃない。現に他国では普通にハーフエルフはスキルを使って生活をしているし、なによりもこの話はレイディアナ様に直接お聞きした話だから間違いない!」
「レイディアナ様に……? どういうこと?」
「ああ。今日王都に行って、教会でお祈りしていたんだ。そうしたら、レイディアナ様に運よくお会いする事が出来た。そこで、ハーフエルフのことを、ミゼラのことを聞いたら教えてくれたんだよ」
呆気に取られるミゼラ。
ぽかんと口を開いたまま、今俺がはなった言葉を反芻していることだろう。
そして、はっとしたあとにおそるおそる俺にもう一度確認を行ってきた。
「本当に……? じゃあ……私も、スキルを取得できるの?」
「ああ。信じてくれるかは、ミゼラ次第だけどな」
女神様に聞いてきたなんて、こんな眉唾ものの話を信じてくれるだろうか?
普通ならまあ信じるわけないだろうけど、それでも俺は自信を持って笑顔でミゼラに伝える。
なぜならこれは、紛れもない事実なのだから。
「ええ、ええ。信じるわよ……。貴方の言う事だもの。信じるに決まっているわ……。私は、ここに居てもいいの……?」
「当然。ここでさ、ミゼラのやりたいことを見つけよう。俺達も協力するからさ。ミゼラがやりたい、これからを探そうぜ」
「うん……。う゛ん……。ありがとう……。本当に、ありがとう……」
止めどなく流れる涙を止めようと何度も目をこするミゼラをそっと抱き寄せる。
すると、ミゼラは俺の腰に手を回してぎゅうっと顔を押し付けてきた。
「ううう、うぐうううう……」
堰をきったように溢れる涙を胸元に感じつつ、その暖かみごと俺は抱きしめ、頭を優しくぽんぽんと撫でてあげた。
「よしよし。一緒に頑張ろうな。ここからがミゼラのスタートだ」
「う゛う……。ぇぐ、うあああああ……」
普段クールっぽい子が、声を上げて泣く姿は心打たれるね。
俺は抱きしめる力を強くしてもっと思い切り泣けるように、声が漏れ出てしまわぬようにとより強く押し付けた。
暫くして、ミゼラが泣き止むとそっと俺から離れてしまう。
目は真っ赤。鼻水の跡が少してらりと見えてしまっていた。
「ご、ごめんなさい。取り乱したりして……ああ、服もごめんなさい……」
「はっはっは。珍しいものがみれたからいいよ。それに、女の涙を隠すのは男の名誉だからな」
「馬鹿ね……。そうやってふざけなければ、もっと格好いいのに……」
「これくらいがちょうどいいだろ? あんまり格好良くなりすぎると、もてすぎて困っちゃうからな」
「馬鹿。調子に乗りすぎよ」
「はははは。すっかり元気だな」
俺の笑い声に反応して、くすりと笑うミゼラ。
やはり、泣き顔よりも笑顔だな。
もともと美人のミゼラが笑うと、より一層美人が際立つというものだ。
「さて、それじゃあ明日からさっそくミゼラのやりたい事探しだな」
「それなんだけど……貴方にお願いがあるの」
「お? なんだ? 前から決めていた事でもあるのか? 何でも良いぞー。必要な道具もすぐに集めるからな」
「うん……。挑戦してみたい事があるの。その――」
俺はミゼラが口にしたスキルを聞いて驚いた。
そして何だってすぐにおうって言うつもりが、聞き返してしまう。
「え、それでいいのか?」
「うん。これがいい。これを一番に習いたいの」
「……わかった。任せとけ」
こいつは責任重大だ。
俺も誠心誠意、真剣にならねばならない。
だが、多分どのスキルよりもテンションが上がるな。
「それじゃ、今日はもう夕方だし早速明日の朝からだな」
「ええ。頑張るわ」
おう。と拳を突き出すと、ミゼラは意図を察して俺の拳にこつんとぶつけてきた。
明日は忙しくなるぜー。
「あ、そういえば、なんでエプロンつけてるんだ?」
「あっ! そうだった。その……今日ね。シロとお買い物をして、料理を作ってみたの。あ、勿論ウェンディ様に手伝ってもらって、シロに味見してもらったから食べられる物にはなってると思うのだけれど……それで、出来上がったから貴方を探していたのよ」
なるほど。
だからミゼラは俺を探していて、シロがお金を欲しいって言ったのか。
っていうか、自分から一歩踏み出してるじゃん。
もしかして俺、余計なお世話だったかな?
ま、いいか。それよりも……。
「それを早く言えよな! ほら、冷める前に食べに行くぞ!」
「……冷めたら温め直せばいいじゃない」
「いいや、出来立てを食べたい! ほら、ダッシュだダッシュ!」
「ちょっと、押さないでよ……そんなに期待するほどのものじゃ……ねえ、聞いてる? ねえ!」
聞いてませんっと。
ミゼラの料理は黒こげだろうと生焼けだろうと食べきる予定だったが、そんなことはなくとても美味しかったのでお腹がいっぱいになり動けなくなるまで食べてしまうのだった。