7-18 幸せ・願望 ハーフエルフであること
あーくそ。
無い無い無い……。
どれもこれもハーフエルフに対しての記述は、下等だの、劣等種だの……。
逆にここまで徹底されているとそうなのかと思いそうになるが、まだ全部見たわけじゃないしな……。
っていうか、劣っていたとしてもあんな扱いが許されるのか?
だとしたらふざけんなだよ。
ハーフエルフの顔を見て劣等種とか美的感覚おかしいんじゃないのか?
見た目だって生まれ持ったいわば才能だぞ?
持たざる者もいるんだぞー!!
「これも他と同じですね……」
「そうか……次はっと……」
しまった、今ので今回借りた分はお仕舞いか。
もしかしたら図書館にある本は全て王国派の検閲済み……なんてことはないよな?
まさかとは思うが、都合の悪い歴史はなかった事になんて……。
「少し休憩にしましょうか……」
「いや、あー……そうだな」
ウェンディが手伝い始めてからはしっかりと休みを取るようになった。
まだ大丈夫だろうと思ってもこうして様子を見てから休みを提言してくれるからな。
言う事を聞いて、しっかりと休んだおかげか進展も倍以上に早くなっているのだ。
「はぁぁ……」
目頭を押さえ目の疲れを癒す。
眼球マッサージをしてから一息。
「お昼ご飯作りましょうか」
「ああ。今日は俺もやるよ。気分転換も必要だ」
「はい。それでは、お買い物から行きましょう」
「そうだな、そうしようか。ついでに図書館にも寄って本を返して借りようか」
ミゼラは今日も逃げ出して、それをシロは追いかけている。
三人は庭で訓練中だったはずなんだがいなかったな……。
と言うことで、今日は二人でお買い物だ。
まずは普段からお世話になっている野菜売りのおばちゃんのお店だ。
この前もミゼラがトメトを貰ったみたいだし、今日は沢山買わせて貰おうかな。
「こんにちはっと」
「おやあ、いらっしゃい。今日は二人かい?」
「ええ。今日はご主人様と二人っきりです」
「そうかいそうかい。良い笑顔だねえ。それじゃあ、ミゼラちゃんに感謝だね。今日もここらを走っていたよ」
「あー……毎度迷惑をかけるね……」
「いいんだよ。領主様に比べたら可愛いもんさ。ほら噂をすれば……」
野菜屋の店主がふと顔を横に向けたのでそちらを見ると……。
「見つかった……!」
「今日はあと1回やり直しがある。使うー?」
「まだ逃げ切れるわよ……」
「ん。じゃあ、捕まえてから使わせる」
遠くの方に見えるのは逃げるミゼラと、楽しそうに笑うシロがいる……。
あいつら、独自にルールを決めてやってるのか……。
「あとで、あっちの方でも買い物をしようか」
「ええ。そしてシロには注意しましょう……」
そうだな。人混みの多い中で走るのは迷惑だから止めるようにあとで言っておこう……。
「それにしても……本当に普通の反応なんだな……」
今まで話を聞いていた時も思ったのだが、この街の人たちのミゼラに対する反応に驚いた。
差別に対しては、正直厳しい反応ばかりなのだと思っていたのだが……。
「ミゼラちゃんの事かい?」
「あ、いや……」
限りなく小さな声で、独り言だったのだがおばさんは野菜を籠に入れつつ聞き取ったみたいだ。
「この街は商業都市だよ。他国からだって人は沢山来るからね。よそではハーフなんて普通なのに、この街で差別を受けたなんて言われたらその国の人は来なくなるじゃないか」
それに、とおばさんは続ける。
「……私達庶民は何も知りゃしない。お偉いさんにはそれだけの理由があるのかもしれないがね。でも、そんな事は私達には関係無いんだ。私達は王国民だが、『アインズヘイルの領民』だよ。領主がアレなんだから、わかるだろう?」
はいよっと渡された野菜を受け取り、少し呆気に取られてしまう。
領主……オリゴールには何度もこいつが領主で大丈夫なのかと思ってきたのだが……まさかあんな領主だからと安心できる日が来るなんて……。
「辛い目にあってきたんだろうさ……。うちの野菜を頬張りながら、ありがとうございますって、目を潤ませてたよ……。良い子じゃないか。あんた、幸せにしてやんなよ?」
「ああ。当然だ。約束するよ」
「なら大丈夫だ。あんたもアインズヘイルの領民だからね。皆で安心して追いかけっこを楽しませてもらうよ。なあ?」
おばちゃんがそういうといつの間にか集まっていた店主達が大きく頷いていた。
そっか、そうか……。
ああ、俺この街が初めにたどり着いた街で良かった。
ここに、家があって良かったな……。
「ご主人様。嬉しそうですね」
「ああ。嬉しいよ。俺、この街が大好きだ」
「ふふ、私もご主人様に出会えたこの街が大好きです」
ウェンディがそっと俺の手を握り、指を絡ませてくる。
俗に言う恋人つなぎという奴だ。
このあと、店主達の店で買い物をする際も手は繋いだまま。
新婚さんみたいだなと冷やかされもしたが、手を放す事はなかった。
図書館に寄って新たな本を借り、昼食が出来上がる頃にはミゼラとシロが帰ってきた。
アイナ達はというと、ギルドに寄ってクエストを確認してきたらしい。
アイナ達は昼食後にクエストへと向かうらしい。
そして冒険者ギルドからポーションの発注を受けてきてくれたようなので、午後からはポーション作りをする事となった……のだが……。
「ちょっと見ててもいいかしら」
と、ミゼラからの要望があったのだ。
本日は逃亡済みなのでこれ以上逃げないとは思うのだが、帰ってくるとうちのトレーニングルームを使うか部屋で眠っていたミゼラが今日は俺の仕事を見たいと言ってきたのだ。
地下で男と密室に二人きりなんだが大丈夫なのか? と心配になったのだが、とりあえず部屋の扉は開けたままにし、ウェンディが途中で様子を見に来るとの事なので、ミゼラが大丈夫ならばと許可した。
「錬金って、手作業でも行うのね……」
「ああ。こっちの方が精度がいいんだ。スキルでも作れるが、そっちは練度やレベルが関係してくるかな。手作業の方も魔力の調整とか、集中力が必要だけどな」
今日はミゼラが見るというので手作業でポーションを作ることにした。
とは言っても、下位のポーションは手作業で作った回復ポーション(中)を贋作で効果を落として作るので、(中)や(大)だけだが。
「そう……でも、あまり疲れたようには見えないわね」
「まあ、慣れた作業だからな。これは冒険者ギルドに卸すポーションなんだが、あそこに卸すポーションのほとんどを任されてるからな」
「安定してお金が入るのね……。だからこんなに大きな家に住んでいられるの?」
「いや、確かに需要は高いけど、どちらかと言えばポーションは薄利多売かな。アクセサリーの方が儲けは大きいよ」
今度は銀のインゴットを取り出して、分割してから手形成を用いてデザインを作る。
外側の3枚の花弁と、内側の6枚の花弁を別々で作って組み合わせる。
本来ならばこの花は下を向くものなのだが、上を向かせて内側を小さな宝石で彩って完成した。
『スノードロップのシルバーブローチ 体力大上昇 敏捷中上昇』
まあまあかな。
能力は二つだが、大上昇と中上昇なら文句は無い。
「はぁー……見事ね。職人技というものかしら……」
「そんな大層なもんじゃないよ。はい。ミゼラにあげる」
「貰えないわよそんな高価な物……」
「まあまあ。せっかくだしさ。それに、能力も上がるからこれで逃げやすくなるぞ?」
能力はおあつらえ向きに体力と敏捷だからな。
明日動きの変わったミゼラに、シロは驚くんじゃなかろうか。
「……貴方は私を逃がしたいの? 逃がしたくないの?」
「そりゃあ逃がさないよ」
能力向上とはいえ、元のステータスが大きく反映するわけだからこのくらいでシロから逃げられるとは思っていないしね。
「質問の返しになってないわよ……」
「はっはっは。そういえば、もし逃げ切ったとしてさ。実際どうするんだ? お金もないし、仕事もあてがあるわけじゃないんだろう?」
「……それは、貴方の考える事では無いわよ」
「考えるよ。逃げた方がミゼラにとって良いならしょうがないと思えるけど、そうじゃないなら悪いけど、諦めるつもりがないからな」
例えばミゼラの両親が生きていて、その所在もわかっているというのなら……俺はそこまで送り届けるけどさ。
それでも、再発を防げないのならばそれすらも許さないけど。
「……どうして貴方は、私にそこまで構うの?」
「そりゃあ俺がそう望んでいるからな。ミゼラには幸せになってほしい。いや、幸せにするって決めた以上、過剰なほどに構うさ」
「それを私が望んでいなくても?」
「ああ。好きにするって決めたんだ。俺の好きにしたいって決めたから、俺はそれを叶えるよ」
誰だって幸せになりたいと思う。
生きているのならば、そう願うはずだ。
いや、正確には幸せの形はひとそれぞれである以上、不幸せになりたくないかな?
「……あのね、何度も言っているけど私はここじゃあ役立たずなの。シロさんは貴方の護衛を、アイナさん達は素材集め、ウェンディ様は貴方の身の回りや生活を支えている。そんな中、役立たずの私が何もせずに居られると思う? それが幸せだって言えると思うの?」
「思わないな。でも、今出来ないからってこの先も出来ないとは限らないんじゃないか? 役に立ちたいなら、何かに挑戦したいというのなら応援するし、協力するよ。それまでは普通に家事の手伝いをしてくれるのもありがたいぞ?」
この前の手伝いは、三人で凄く効率が良かったしな。
それに、洗濯物を取り込むウェンディを手伝ってくれて助かったとも聞いている。
少しだって構わない。役に立たない事なんてないんだよ。
「あのね……。この前も見たでしょう? 普通の家事手伝いすら出来ないのよ。お皿も割ってしまったし……私はハーフエルフなのよ? スキルが望めない、成長が見込めないハーフエルフなの」
「なら、皿は割れない物にすればいいさ。そうすれば皿洗いは手伝えるだろ? それに、俺等だって皿を割る事くらいあるぞ。ミスがないわけないだろ。……ハーフエルフだからってのを、理由にするのはちょっとずるくないか?」
「……ずるくなんかないわよ」
「いいや。ずるいね。スキルが望めない? 成長が見込めない? 違うよな? 成長がし辛いだけで、スキルも覚えられるし成長もするよな?」
これは沢山の書物にも書いてあった事だ。
確かに成長速度は遅い……だが、スキルを覚えられないわけじゃない。
現に過去にはスキルを覚えた者もいたとか、他国では普通に暮らしている以上なんらかのスキルは持っていると思って良いはずだ。
「そうかもしれないけど……でも、貴方達人族と違って、私達ハーフエルフは劣っているのよ。エルフと違って魔力量も低いの。スキルレベルだって上がるのが遅いし、上限だって……」
「甘えるなよ。いっちょ前にやる前から諦めるな」
「あなたにはわからないわよ。錬金って才能も女神様からいただいたものじゃない……何一つ、あなたの力なんかじゃないわ。他人の力で今の生活をしているあなたに何がわかるの?」
「わかんねえよ。見込みがない? 才能がない? その程度の事で行動を起こしもしない奴の気持ちなんてわかるわけがない」
「っ……あなたも、同じ思いをすればわかるわよ……。才能の無いことを、続けられるなら続けてみなさいよ。きっと投げ出すわ……。だってあなたには、錬金があるからそっちにいつでも逃げられるのだもの。あなたの事、優しいって言ったわね。どうやら私の勘違いだったみたいね……」
「そうかい。俺の評価なんて、なんだっていいよ。どちらにせよ断言する。ミゼラが自分で一歩を踏み出さない限り、幸せになんかなれやしない。俺にだって……」
部屋を出て行くミゼラの背中に、俺は言葉を途中で切らす。
思いのほかヒートアップしてしまった事を反省しつつも、後悔はしていない。
俺の言った事は間違っていないはずだと、俺は俺を信じてる。
役に立ちたいと願うのなら、ミゼラがやりたいと本気で思うなにかを見つけなければいけないと思う。
だが、彼女はハーフエルフであることを理由にして一歩を踏み出そうとしない。
それ自体、境遇を聞いたうえで仕方ないとは思わなくもない。
でも、ミゼラが一番……ハーフエルフであることを差別し、諦めていると感じたのだ。
だが……
「あー……言い過ぎた……間違いなく言い過ぎた……はあああー……」
心の弱っている少女に、なんであんな言い方しか出来なかったんだと、ウェンディが様子を見に来るまで頭を抱えて大きなため息をつくのだった。
ああー……2巻発売日まであと一週間! って宣言したかったのに、過ぎてしまった……。
というわけで、一週間きりました!
活動報告に、特典SSについて記載しておりますので是非是非ご覧ください!