7-13 幸せ・願望 錬金術師の本領
順番に退場が促されていく中、俺達は最後の方に案内された。
廊下を進んでいくと、受付のあった場所にテレサやシスターが待機していたのだが、こちらに気づいてニィっとテレサが笑う。
「お疲れ様でやがりますよ」
「おーう。そっか……受け取りは教会からだよな」
「そうでやがりますよ。残念ながら、出品者が誰なのか……は、言えないでやがります」
「まぁ……仕方ないか」
そう言いつつ番号の書かれた札をシスターに渡すと、奥の方へと去っていった。多分商品を取りに行ったのだろう。
「納得いかないって顔してやがりますけどね」
テレサ達にも仕事があり、ルールがあるのだ。
そりゃあ、一言くらい言ってやりたい気持ちが無かったといえば嘘になるが、ルールである以上テレサ達を問い詰める訳にもいかないのだから仕方がない。
「さあ、まずはチョクォでやがりますね。代金と魔法の袋をお願いするでやがりますよ」
料金を支払い、そのうちの一割を分けて袋に入れると先ほどのシスターが抱えてた寸胴を受け取ってそのまま魔法の袋……ではなく、気づかれないように魔法空間の方に収納。
「彼女は?」
「ああ、売主と離れた後に教会が用意した軽い食事を与えたら眠ってしまいやがりましたよ。起こすでやがりますか?」
「いや、寝かせたままでいいよ。ああ、外套かなんかあったらもらえるかな?」
「わかったでやがりますよ。副隊長の外套をつけておくでやがります」
先ほどの腹パンだけじゃ済まなかったのか……。
代金を支払うと奥からハーフエルフの少女が副隊長に背負われてやってきた。
寝ている……との事だが、どちらかといえば気絶しているようにさえ思えるほどに安心して爆睡しているように見える。
彼女を副隊長からそっと受け取ると……やはり軽い。
元々線の薄い印象ではあったが、それにしたって軽すぎる。
俺はそんな彼女を背負うと、レンゲが上から外套を被せてくれた。
「それじゃあまたなテレサ、副隊長」
「はいでやがります。なにかあれば、いつでも来るでやがりますよ」
「ああ。その時は頼むな」
「いつでもいらしてくださいね」
「おう」
テレサと副隊長に別れを告げて、ずり落ちそうなハーフエルフを背負い直そうとすると、アイナが手を貸して支えてくれた。
「主君、私が背負おうか?」
「いや大丈夫だよ。軽いし良く寝ているからあんまり動かすのも可哀想だしな……」
それに、フリードの馬車まではすぐだ。
さて、戻ったらどうするか……。
やはりまずはアインズヘイルに帰った方がいいよな。
目が覚めたら風呂の用意と、後は食事も必要だな。
食事……食事か。やはり、ここはあれだろう。
「おかえりなさいませ」
「ああ、ただいま。目的は果たしたぞ」
「はい……ありがとうございます」
フリードの瞳が彼女の状態を捉えると、悲しみを宿らせた。
過去、フリードも辛い目にあったと聞いていたのだが……もしかして同じような事があったのだろうか?
「申し訳ございません……よろしくお願いします」
「ああ。任せとけ」
自然とそんな言葉が出てしまったが、任せとけか……。
前回と今回の間に彼女に人族に対して、大きな変化があったことはわかる。それも、悪い方向に。
そんな彼女に、人族である俺がしてあげられることは果たしてあるのだろうか……。
彼女はそれを、受け入れるだろうか。
俺が好き勝手やってしまっていい問題なのか自問しつつ、馬車に揺られるのだった。
隼人の屋敷へと戻ると、皆が玄関で待っていて迎えてくれる。
「おかえりなさいませ。ご主人様。お待ちしておりました」
「ただいま。じゃあ、このままアインズヘイルに戻るか」
「はっ。それではまた、後日……」
「ああ。よろしくな」
フリードと簡単に挨拶を交わして皆に触れて俺達は自分の家へと戻ってきた。
「良く寝てるわね……」
「ああ。今日はこのまま寝かせてやろう」
「どこでお休みになってもらいますか?」
「俺の部屋でいいんじゃないか?」
一番ベッドがでかいし、言ってはなんだがこの家では一番良質なベッドなので寝心地もいいだろうしな。
「それだと主君はどうするんだ?」
「そうだな……錬金室で作業でもするよ。変に目も覚めたし、寝られそうもないからな……」
どうせ寝られないのなら、作業に没頭したほうがいいと思ったのだ。
自分の部屋の扉をソルテに開けてもらい、そっとベッドに下ろして掛け布団をかける。
寝息は静かだが、顔色がいいとは言えないといったところか。
「では、私が彼女を看病をいたします」
「ああ……そうだな。悪いけど頼む。錬金室にいるから、何かあればすぐに呼びに来てくれ」
踵を返して部屋を出ようとすると、服の裾をくいくいっと引っ張られる。
誰だろうと振り返ると、シロが裾を掴んで俺を見上げていた。
「ん。主、シロも行っていい?」
「錬金室にか? 見ててもつまんないぞ?」
「ん。大丈夫」
「ねえ、私もいい? さっきまで寝てたから目が冴えちゃってるの。眠くなるまででいいから」
明らかに理由はそれだけじゃないだろうというのはわかるが、わざわざ理由を聞くのも野暮だろう。
「わかった。二人ともいいよ。アイナとレンゲは……まあ、今日は無理しないで休んでくれ」
「自分もまだ眠くないっすよ?」
「万全で動ける人が二人はいないとな。まあ、今日のところはゆっくりしててくれよ」
「ああ。わかった。それでは休ませて貰うぞ」
気になるのはわかるけどな……。
でも、アイナが俺の気持ちを察してくれたようだ。
何かあった時に、全員寝不足で動けませんじゃお話にならないから二人にはゆっくり休んでもらわないと。
「わかったっす。それじゃあご主人、無理はしないようにっすよ」
「体を壊すほど熱中しないように。シロ、ソルテ、無理をするようなら無理矢理休ませてくれ」
「ええ。わかってるわよ」
「ん」
あれ? 俺ってそんなに信用されてないのかな?
そんな事をするつもりは無いんだけど……。
「主君は無自覚に頑張りすぎるから、一応な」
「あー……気をつけます」
無自覚ならばどうしようもないかもしれないけどね。
だが、動けるようにしておかないといけないのは俺も一緒だしな。
「それじゃ、おやすみっすー!」
「おやすみ主君」
「ああ、おやすみ。ウェンディ、後は頼んだぞ」
「はい。お任せください」
三人と別れた後シロとソルテを連れて錬金室へと脚を運び、俺は仕事椅子へと腰掛ける。
シロは膝上には乗らず、俺を挟むようにシロとソルテが両脇に立った。
「さて、まずは栄養剤かな」
栄養剤は初の試みだ。
回復ポーションとはまた要領が違う上に、レシピがあるわけでもない。
手探りでやらねばならないので途方も無いが……やるしかないしな。
「ねえ、主」
「んー?」
「あの人、助ける?」
「……ああ。とりあえず元気にはなってもらわないとな」
「ん」
必要な素材を取り出して準備をしながらもシロの問いに答えると、シロは俺に頭を擦りつけてくる。
「ん? どうした?」
「主、温かいなあって」
「んん?」
「そうね。主様は温かいわね」
ソルテもそういって俺にくっついてくるのだが……いや、あの錬金の邪魔なんですが……。
「で、具体的にどうするつもりなの?」
「どうって……とりあえず今の状況からは回復させる……よ?」
「……えっと、それだけ?」
「ああ。正直、それ以上はどうすればいいのかわからん……」
「主様らしく、主様は普段どおり接すれば大丈夫だと思うわよ?」
「それ、アイナとレンゲにも言われたけどさ……。まあでも、彼女がどうしたいか……って所を聞いてからだと思う」
「ん。シロもそう思う」
「そっか……うん。そうね」
彼女がどうしたいか。
全てはそれを聞いてからだ。
その為の第一歩として、まずは体を治して元気になってもらわないとだよな。
「で、だ。そろそろ離れてくれ……」
「嫌よ。もう少しいいじゃない。アイナとレンゲはさっきまでべったりだったんでしょ?」
「ん。じゃあシロはお膝乗る」
「ちょっと、ずるいわよ。子供は寝てなさいよ」
「お前らなあ……」
ひとしきりイチャイチャとした後に、俺は錬金へと戻る。
ソルテとシロは満足したらしく、後ろのソファーで横になるとのこと。
二人に元気は沢山貰った。
あれこれ考えるよりも、今は目の前の事をしっかりと片付けようと頬を叩き気合を入れなおす。
それじゃあ、始めますか……。
回復ポーション(大)を取り出し、そこに使えそうな材料を加えて混ぜてを繰り返していく。
時に分解を、時に合成を交えつつ基本は手作業でひたすらに製薬作業だ。
万能薬、回復ポーション、魔力ポーション、イグドラシルの葉、茎、蕾、花、種、蜂蜜やローヤルゼリーなど、組み合わせを変えて表を作り、何が生まれるか。どういった系統に派生するかを調べ、予想と実験、合成を繰り返し行う。
いくつかの試行を繰り返すと目が疲れてきたので、イグドラシルの茎を噛みながら作業をする。当然火をつけたりはしない。
飲み物は当然、魔力ポーションと先ほどレンゲにも出したスーッとするお茶。
ちなみに材料はイグドラシルの葉と、メントルという葉を乾燥させて作られている。
更に実験を繰り返し、組み合わせは200を越えた頃だろうか。
10数種にも及ぶ素材を混ぜる、熱する、絞る、などの工程を交えつつ遂に完成に至った。
次から作るときは、既知の魔法陣ですぐに作れるようになるが、もっと簡単に出来ると思っていた……。
複雑すぎだろ……。
【血流運栄薬 体内の血流に乗せて栄養を運ぶ薬。 衰弱、虚弱、疲労、出血、低血圧、心臓活性などに効果があり、体力の自然回復を促す】
「はぁぁぁぁぁぁぁ……疲れた…………」
背もたれに体重をかけ、天井を見上げようとすると、アイナとレンゲ、それにソルテとシロ、更にはウェンディとつまりは全員が集合していた。
「あれ? どうした……」
「主様……もう夕方よ……」
「え?」
あれ? 始めたのって明け方だよな?
何時の間にそんなに時間が経ってたんだ……?
「先ほどあの子も目を覚ましましたよ。ですが、まずはご主人様がお休みになってください……」
「無理はするなと言ったのに……ほら、聞かないじゃないか……」
「止めなかったんだから同罪でしょ……」
「仕方ないっすよ。集中してるご主人には、何を言っても生返事しか返ってこなかったんすから」
あーれー? 話しかけられてたのか……?
全く記憶にないんだけど……。
「主、シロが膝に乗ったのも覚えてない?」
「私がお茶を淹れたのですが、それも覚えてないのですか?」
「自分はぱいを押し付けたっすよ?」
全く覚えてないです……!
っていうか、流石に気づけよ俺!
「ともかく……ご主人様の顔色も悪いのでまずはお休みください……」
「あー……あははは。ま、まあほら。お薬は出来たわけだし……さ。今回はしょうがないよね!」
「しょうがなくありません!」
「は、はいっ! ごめんなさい! すぐ寝ます!」
ウェンディの本気の怒りを前に、俺はすぐさま寝る事を決意する。
……うん。決意だけね。
皆が部屋から出たのを確認したあと、俺はひっそりと魔導コンロに火をつけて、鍋を取り出した。
彼女も起きたって事だし、俺も食べたいし、やっぱり、体調が悪いときはこれでしょう。
中にはご飯と多めのお湯。
味付けは、個人的にだが味噌味が好きなんだよなあ。
あとは卵を落としてっと。卵を入れると消化には悪いかもしれないが、軽食は食べられたみたいだし栄養的にもこれが一番――。
「ご主人様ッ!!」
「あ……」
「やっぱり、起きてたわね……」
「んー。いい匂いした」
「あの……ほら、ハーフエルフちゃんにご飯をね……その、作らないとと思って……」
扉の先にはウェンディを先頭に皆がむぅっとした表情で俺を見つめていた。
いや、あのね? ほら、ご飯は作らないとだし……ね?
あ、ダメ? はい。寝ます寝ます。ちゃんと寝ますから、あの、見張りはいらないんじゃないでしょうか……?
2巻の挿絵等が届くたびにやる気とテンションが上がる!
だが、本業が多忙ゆえちょっと更新ペースが開き不定期になりつつあります。
申し訳ない。




