7-10 幸せ・願望 勧誘
カチャリと茶器の音が聞こえ、この茶会もそろそろ終盤となっただろうか。
ストロングベリーのチョップドアイスを食べた二人は俺が淹れた紅茶で一息をつき、表情穏やかに談笑を始めていた。
「はぁ。満足だ」
「どうだ? 今回はわらわの勝ちでよかろう?」
「そうだな。今回は我の完敗と認めよう」
シシリアの口から完敗と聞いて嬉しそうに笑うアイリスが、俺に向かって親指を立てサムズアップして労ってくれる。
俺としても二人とも満足してくれたみたいで一安心だ。
あとは平穏に紅茶を飲んで早く解放してくれ……。
「しかし、良い腕だな。しかも趣味でこのレベルだと……本職の錬金術は一体どれほどなのだ?」
「レベル的には9ですが、それ以外は特筆すべきところの無い普通の錬金術師ですよ」
「なんと、その若さでレベル9か……やはり、流れ人なのが影響しているのかな?」
「普通のスキルとしていただいたのですが、もしかしたらそうかもしれません」
「ふむ……セレン」
「はい!」
パチンっと指を弾くと、セレンさんが俺の後ろへ。
何事かと思っていると、脇の下から前に出てきたセレンさんの両腕が俺の体に触れだした。
「ちょ、何を!」
ソルテが突っ込みをいれるが、それをアイリスが制する。
「失礼します……ちょっとだけ、じっとしていてください」
「いや、え? そんな、あ、そこは……くすぐったいんだけど!」
うちももから脇腹、さらに腕や胸までまさぐられるように触られてしまう。
何事かと驚いて居る内に、すぐにスッっと離れてしまった。
「戦闘面は、不得意なのですか?」
「え? ああ、うん。そうだね」
セレンに問われるが、まだ息も整っていないうちに話しかけられたのでつい敬語を崩してしまった。
だが、シシリアは特に気にした素振りは見せたりしない。
「ふむ。と言う事は……他の面でより優れていそうだな」
えっと、何が知りたかったの?
「うむ。アイリス。良い土産をありがとう」
「何の事じゃ?」
「帝国への人材派遣を行ってくれたのだろう?」
「こやつの事ならば渡さぬぞ? 持って帰るのは思い出だけにせい」
「なんだ。友から我への手土産ではないのか?」
「当たり前じゃろ? こやつが作る甘味はまだまだ進化する。それを味わわぬうちに手放す訳なかろう?」
あ、あれ?
おかしいな?
さっきまでなんだか和やかな雰囲気だったはずなんだけど、急にぴりぴりしだしたぞ?
「では、本人に聞いてみるか。我が帝国は良い人材を求めている。貴方であれば、その資格は十分……我の庇護下にあればすぐにでも高みへと上がれるがいかがか?」
「残念であったな! こやつはそういったことに興味が無い。その条件はこやつには逆効果じゃ」
「アイリスには聞いていないぞ。どうだ?」
王族と皇族の視線を独り占めだ。
何この異様な空気……。二人とも顔は笑っているのに目が笑っていない。
な、仲良し! 仲良しじゃないの!?
「あ、あー……アイリスが言ったように、俺はあまり競争とかには興味が無いので……。皆と一緒に平和に暮らせればそれで満足なんですよ」
「そうか……と言う事は、平和に暮らすのであれば帝国でも問題ないということだな?」
「え? ま、まあ……場所に拘りはありませんし、色々な国を見てみたくもありますが、アインズヘイルに家もありますし、即決できるような事ではないかと……」
「そうじゃな。家も最近増築されたばかりじゃし、すぐに引っ越すというわけにも行くまい」
あ……っ!
もしかしてアイリスはこのために俺の家を増築していたのか!
お詫びにしては大げさだと思っていたのだ!
「ほう……」
「ですが帝国も楽しいですよ? 帝国のラガーは最高ですし、チョクォはこのアイスにも活用できると思います」
「ラガー……か」
そうだ。帝国にはラガーがあったのだった!
この国のお酒は甘いものが多く、ビールがあれば間違いなく合うのに……と思ったことが多々あったのだ。
うおお……だけど、ビールの為に住まいを移すというのもな……。
それに、チョクォ……なんとなくこの世界の食材の名前の法則から予想するに、チョコじゃなかろうか?
チョコ……確かにチョコがあれば間違いなく俺のお菓子作りのバリエーションは増えるだろう。
クレープ……ガトーショコラ……チョコパフェや勿論チョコアイス……チョコチップなんかもいいな。
「なんだ、ラガーが好きなのか? あれは好みは分かれるが帝国の我お気に入りの店のラガーは美味いぞ。キレとコクが他のラガーよりも段違いだ。更に、ツマミ類も我が満足するほどの店なのだ」
「おお……」
味にこだわりをもっていそうなシシリアがそこまで推す店か……。
帝国への移住は置いておいても是非知り得たい情報だな。
「ふふ。ナイスだセレン。揺れておるぞ」
「はい。是非帝国でお店をだしていただきたいです。後ろの方々がウェイトレスもすれば間違いなく売れます!」
お店……お店か……。
お菓子屋さんにすれば、間違いなく多いのは女性客……。
作るのも嫌いじゃないし、目にも楽しいだろうな。
それに、皆のウェイトレス姿か……間違いなく男性客の来店も見込めるな。
……セクハラをした男はその腕を……おっと。
だが、サービス業は長期の休みなどが取りづらい上に、俺の目標はあくまでも働かない生活だ。
……楽しそうだな、とは思うが、目標から遠ざかるのはよろしくないな。
「残念ですが、まだこの世界に来たのも浅く、見て回りたい都市や国が多いのです。勿論いずれ帝国も観光に……とは思っていましたが……。やはりすぐには決められません」
「うーむ。そうか……」
「ふっははははー! こやつはわらわのものなのじゃー!」
アイリスが調子に乗ってシシリアに向かってドヤ顔で笑うと、シシリアの目が一瞬獣を狩る狩人のように鋭く光った気がした。
だがこちらに立ち上がり俺の手を取った時は、なにやら悪戯が浮かんだような悪ーい顔。
一体なにをする気なんだ……。
「……そうだな……例えば、我の胸を好きにしても良い……としたらどうだ?」
「え…………え?」
「こうしても、良いのだぞ?」
俺の手を取り、しっかりと押し付けられる。
そりゃあもう。広げた指の間から溢れんばかりの肉厚さを感じざるを得ないほどにしっかりと。
流石に! と思い離れようとしたのだが、思った以上に力が強くて離れられない。
……2割くらいは離れたくない俺の意思かもしれないが。
「シシリア様!? 一体何を!?」
「シ、シシリア! それは卑怯じゃろう!?」
「そうか? 持ち前の手札を使っただけだぞ? ほら、これはどうだ?」
「んむぅ!?」
こ、今度は顔!?
谷間に顔を埋めさせられ、顔全体でその柔らかさを体験するという大変貴重な行為を行えた事には感謝したいが、いかんせん息が、苦しい! でも幸せ! いや苦しい!
「あん……。こやつ、我の尻を叩いたぞ。不敬者め……。なんだ、尻も好きなのか?」
空いている手でタップしようとしたらたまたま尻を叩いてしまっただけだ!
いや、好きだけど!
今はそういう状況じゃない!
酸欠! 酸欠になるから!
おっぱいに埋もれて死ぬとか本望だけど、急展開過ぎるから!
「あ、あの……ご主人様が死んじゃいます……」
「息! 息吸わせないと駄目っす!」
「ああ、なるほど。すまぬな」
「ぷはぁぁぁぁぁぁー!!!」
ああ、呼吸って素晴らしい。
肺に空気が入るっていうのは素晴らしい。
息を整えつつ、感謝と恨みを込めてシシリアを見る。
にゃろう……死ぬかと思ったぞ。でも、本当にありがとうございました!
「ぐぬぬぬぬ……。これ見よがしに巨乳アピールをしおって……。アヤメ!」
「いやです」
「まだ何も言っておらぬ!」
「いやです」
「聞く耳もないの!?」
「どうせ私に色仕掛けをしろというのでしょう。残念ながら私の故郷で私はソッチ方面は全くのダメだと言われました。だからいやです」
「む? ダメだと言われたからいやなのか? あやつにするのがではなく?」
「ッ……どっちでもいやです!」
アイリスとアヤメさんは話が斜め上の方向に向かっていってしまっている。
というか、対処に困ってるから助けて欲しいんだけど……。
「それで、どうだ?」
「わかりました……」
「ぬなっ!?」
これは、はっきりと言わないと収まりがつかないだろう。
適当にはぐらかせば隙をついて攻めてくるということが、よくわかったからな……。
「しっかりとお断りさせていただきます」
「む……」
「申し訳ありませんが、自分には愛している人達がいます。誰よりも、彼女達の事を第一に考えると今の暮らしを手放せません」
ついこの間、アイナ達と想い合う事が出来たのだ。
それらも落ち着く前に環境が変わるとなると、ゆっくりとアイナ達と過ごす事もできない。
それに、王国には知り合いが多い。
せっかく仲良くなったのに、おっぱいが理由で帝国に行ったとなれば呆れられてしまうだろうしな。
「そうか……。わかった。残念だ……」
「申し訳ございません……」
「構わぬよ。アイリスの面白い顔も見れた事だし、もし帝国に遊びにくることがあれば歓迎しよう。我のいきつけの店で乾杯しようじゃないか」
「はい。それは楽しみにさせていただきます」
まあ、あの表情を見てた俺としては今回の事が悪戯だとは気づいていたわけで。
流石にその悪戯に乗る……というのも、後々面倒にしかならないと思ったからな。
まあでも…………あのおっぱい……は少し、いやかなり、もの凄く惜しいんだけども……。
この後は無事に茶会は終了。
俺はというと、夜中のオークションに向けて休憩中だ。
帰り道、馬車の中でアイナとウェンディに挟まれ、しっかりと腕を取られていたのだが……もしかしてヤキモチだったのだろうか?
残念な事に気疲れから寝ていたので、あまり堪能する事はできなかった……。