7-6 幸せ・願望 冒険者ギルドにて
今日は久々に自分の足で冒険者ギルドを訪れた。
紅い戦線の三人は今日はクエストに、シロとウェンディには買い物に行ってもらっている。
尚、終わった後はこちらに迎えに来るそうなので、ポーションの納品が終わると暫し待機となっていた。
「なんだか若旦那が来るのも久しぶりだなあ。ほれ、これサービスだ」
「そういえばそうだな……まいどあり」
ポーションの代金とサービスのモモモの果実水をマスターから受け取ると、俺の向かい側に座ったので世間話を少々。
「どうよ? 久々の冒険者ギルドは。変わったところに気がつかないか?」
「あー……人が増えたか?」
モモモ水を飲みながら周囲を見回すとまだ若い子達が多い感じだ。
それと、俺が知らない新顔も多いな。
「そうなんだよ! 孤児院から出てきたばかりのやつらが冒険者になるって増えたんだよ!」
「へぇー。だから最近(小)とか(劣)の消費が激しいのか」
「その通りだ! がっはっはっはっは!」
「ほーう」
随分と嬉しそうだが、そいつは俺にも良いことだ。
今や下位の回復ポーションは作るのも手間ですらないし、彼等が成長すればどんどん売れてくれる事だろう。
モモモの果実水を一口飲んで寛ぎながらマスターと話していると、他のテーブルに徐々に人が増えてくる。
どうやら中級の冒険者が初心者の冒険者に色々と教えているみたいだ。
「あれは……?」
「ああ。先輩が指導してるんだよ。最初の頃は無茶をしやすいから、この辺りの魔物の分布図や戦い方を少しだけな。本来ならFランクからなんだが、うちはその下、Gからあるからな。短期間だが、GランクのうちはDランク以上の冒険者がついて指導することになってるんだ」
「なるほどな。で、先生役が大丈夫と判断してから、晴れてFランクの冒険者になる……と」
「おう。危険な仕事だからな……。基本が大事って奴だ」
「……それは最近痛いくらいに学んだよ……」
「ん?」
ここ数日は毎日走って、筋トレをして、打ち稽古をして、その合間を縫って必要最低限の錬金をしての繰り返しだ。
いかに自分が弱く、考えが甘かったのかを痛感させられている真っ最中だから、基本の大切さはよくわかる。
今日だって、買い物を任せたというよりは脚がぷるぷるするからここで休んでいるようなものだしな……。
「このやり方のおかげで、遠方からもこの街に来て冒険者になる奴が増えてるんだ。アインズヘイルは街から離れれば敵が強くなるからわかりやすいってのもあると思うけどな」
「へえ。マスターは新人を大事にしてるんだな」
「そりゃあな……。俺にとっては息子や娘みたいなもんだからな……」
マスターが新人達を慈しむような目で見つめていた。
その瞳の奥には小さな悲しみが混じっており、おそらく……今までの経験の中で新人が命を落とした事もあるのだろう……。
「……あー。Fランク昇格祝い用に、アクセサリーでも贈ろうか?」
「お、いいのか!」
なんだかんだ有りはしたが、マスターとはこれからも長い付き合いだし……なにかしてやれないものかと考えたのだ。
だが、まさか体を乗り出してくるほどとは思わなかったが。
「とはいっても簡単で安価なものな。他から不平不満を言われない程度のもんだぞ」
「それでも十分だ! アクセサリーは高価な物が多いからな……新人は鎧や盾、武器を優先しちまうからなかなか手が出せないんだよ」
「なるほどな……でも期待はするなよ。渡せてもこんなもんだ」
机の上に紙を一枚置き、既知の魔法陣を発動させる。
Aランクの錬金術師になって初の錬金室以外の場所での錬金である。
思い浮かべるのは、『捻れた鉄のネックレス』。
俺が、初めて作ったネックレスだ。
紙に魔法陣が形成されていき、その上にアクセサリーが形をなして完成していく。
『捻れた鉄のネックレス 防御力+10』
……あれ? 性能上がってないか?
確か+2くらいだった気がしたんだが……。
「こいつは……むしろ中級でも欲しがるぞ……」
「いや待て、ここから大量生産するから!」
このネックレスを元にして、贋作で大量生産にうつる。
『捻れた鉄のネックレス 防御力+5』
「……十分すぎるだろ」
「……新人じゃなくても、希望者には配ってやってくれ」
マスターは呆れながらも、お礼を言うと捻れた鉄のネックレスを受け取り魔法の袋に入れて受付嬢さんに手渡した。
ちなみに、以前の受付嬢さんではない。
彼女は現在妊娠中でお休みらしく、代わりはマスターの奥さんだそうだ。
「ただいまっすー!」
「ただいまー」
「ただいま」
聞き覚えのある声が響き、入り口に目を向けるとレンゲとソルテとアイナが帰ってきたようだ。
背中には大きな袋に詰められたアイテムや、魔物の毛皮などをぶら下げている。
「お、帰ってきたみたいだな」
「だな」
「迎えに行かないのか?」
「あの中を行けと……?」
入り口の前で小さなひとだかりが出来ており、アイナ達は奥にまでまだ来れていない。
それは新人や、中級の冒険者達に囲まれているからであり、あの中に入っていけばきっと俺はつぶされてしまうだろう。
「今日はなんだったっけ?」
「確か……森の入り口に現れた、深部の敵の討伐じゃなかったか。脅威度A-ランクのクレイジーブルアンガスの討伐だったはずだ」
「ああ、そうだったな」
たまにはぐれなのかわからないが、深部の方の敵が入り口付近などの浅い場所に現れるらしい。
適正ランクでいうと、一つか二つ違う相手なのでアイナ達上位の冒険者が狩りに行くということがあるそうだ。
そんな脅威度の高いクエストを終えれば、新人に成り立ての子達はその報告を聞きたがるというものだよな。
と思っていると、アイナが俺に気がついて嬉しそうにしながら、するするっと冒険者達をすり抜けて俺の前に来た。
「主君ただいま!」
「ああ、おかえり。どうだった?」
「ばっちりだ! 怪我もないし、問題なかったぞ」
「そうかそうか。なら良かったよ」
アイナ達はこの街の冒険者では唯一のAランクだ。
だからこそ今回のような危険な依頼も多くやってくる。
……まあ、最近強さについては体で知る事が出来ているわけで、そう簡単にはやられないだろうとは思うのだけどやはり少しは心配してしまう。
「それで……ちょっと主君にお願いがあるんだが……これで、新人の子達にアクセサリーを作ってもらえないだろうか。その、本当に簡単なもので良いんだが……」
アイナが不安そうに差し出してきたのは鉄鉱石。
それを見て、俺とマスターは顔を見合わせてしまう。
「最近、新人が増えてきたのだが……血気盛んで傷も絶えないと聞いていてな。私達は教えられないが、何か出来ないかと思っていて……。その、駄目だろうか? お礼は勿論……させてもらうのだが……」
「あー……」
「お熱いこって……」
「ん? 何のことだ?」
「いやな、さっきマスターと話してて鉄鉱石で作ったアクセサリーをその新人用に渡したところなんだよ」
まさかアイナも同じ事を言うとはな……。
マスターの顔がにやにやしてるし、なんだかやりづらい。
「そ、そうか……主君も同じ事を思ってくれていたんだな……ありがとう!」
「お、おう……」
「あー暑い暑い。それじゃ、若旦那俺は仕事に戻るからまたな」
「おーう。えっと……じゃあ、座るか?」
「ああ。そうさせてもらおう」
そういってアイナが座ったのは俺の隣の席。
しかも、わざわざ椅子をずらして俺のすぐ近くへと座ってしまう。
「ふふ……やはり主君は優しいな」
「いや、たまたまだぞ? そういうアイナこそ、後輩想いで優しいじゃないか」
「あの子達は私が孤児院で教えた子達だからな。少しくらいは手助けをしてやりたかったのだ」
「そっか……じゃあ、回復ポーションのセットもつけておくか……」
「ふふ。やはり優しいではないか」
アイナが自分のクエスト報酬の多くを孤児院に寄付しているのは知っている。
自分も両親はいないから、だからこそ多くの孤児を救いたいと、弱きを助け、強きを挫く者になりたいと言っていた。
そんなアイナだからこそ、俺は惚れたんだろうなあと思ってしまう。
「どうした? 見つめたりなんかして。何か顔についているか?」
「んーアイナは綺麗だなって」
「そ、そうか? 正面から言われると、照れてしまう……もう、あんまり見ないでくれ……」
「いやだ。見る」
「ううう……じゃ、じゃあ私も見るぞ!」
お互いが瞬き一つせずじーっと見詰め合っていた。
徐々に顔が赤くなるアイナは見ているだけでも楽しい。
ぱっちりとした瞳と、ぷるんとした唇。整った鼻に可愛らしく真っ赤になった耳。
まだまだ見続ける事が出来るのだが、アイナがギブアップと顔を逸らしてしまった。
「はぁ……はぁ……息が……」
「息は止めなくてもいいだろうよ」
「だが……ううう……いじわるだ……」
よしよしと、頭を撫でそっとこちらに引き寄せるとアイナは頭をこちらに預け、寄りかかってきた。
「……女誑しめ」
「アイナ誑しなだけだよ。むくれてても可愛いなあ」
「ううう……主君には一生口で勝てない気がする……」
アイナが弱すぎて、分かりやすいだけだぞ。
すぐ顔が赤くなるし、すぐ顔に出るからからかいたくなってしまうのだ。
「うー……」
「ごめんな? ちょっとからかいすぎたな。許してくれるか?」
「……もう少しだけこのままでいさせてくれたら許す……」
「ああ。好きなだけいいぞ。周りの目を気にしないならだけど……」
「え……あれ!?」
いつの間にか騒ぎが収まり、俺等の周りには冒険者達とレンゲにソルテがこちらを静かに見守っているところだった。
「終わったっすか? じゃあ反対側いいっすかね?」
「ちょっと、そっちは私でしょ?」
「ソルテは膝上に座ればいいじゃないっすか! 今はシロもいないんすし!」
「皆の前で出来るわけ無いでしょ!?」
「いいじゃないっすかー! アイナはあんなにデレデレなんすから、元々ご主人にデレデレなソルテたんが膝上に乗ったところで今更皆気にしないっすよ!」
「あう……あうううう……」
あーあーレンゲさんソルテさん?
そのくらいにしないと、アイナが髪色と同じくらい真っ赤になってしまいますよ?
「ううううう! 渡さん! 主君の膝も両側も渡さんからな!」
そう言ってアイナは俺の膝上に、向かい合うように座って俺をぎゅっと抱きしめた。
豊満なはずのおっぱいの感触を期待したのだが鎧を着ているので硬い……。あばらがあ……。
「開き直ったっす! ちょ、なんで膝上に乗ってるんすか!? 鎧着たままだとご主人がつぶれるっすよ!?」
「このまま脱げばいいだろう! 主君、ここの留め金を外してもらえるか?」
「お、おう。わかった……」
「ちょっとアイナ! 三人でちゃんと分かち合いましょうよ!」
「知るか! 大体二人はいつも主君といちゃいちゃしているじゃないか! だから今回は絶対に譲らないからな!」
ギャーギャーと三人が騒ぎ、その姿をぽかーんとした表情で見つめている冒険者達。
まあそうなるよな。憧れの先輩がこんな事になるなんて誰も思わないよな……。
「憧れも、女の子か……」
「でも、幸せそうだし。それでいいんじゃないか」
「そうよー。冒険者だって女の子だもん。女の幸せも手に入れて、羨ましいわ……」
「ああ、アイナ様……あんなに乙女の顔になって……」
「ソルテさん……もうあの冷たい目で俺を見てくれないのか……」
「というか……人前でいちゃついてんじゃねえよぉ……。泣くぞ? そろそろ俺等泣くぞ……」
「ア゛ア゛ア゛ア゛!!」という男冒険者達の低く鈍い声が冒険者ギルドに響き渡るのをまるで聞こえていないというように、三人はまだまだ争っているのだった。




