6-29 温泉街ユートポーラ ただいま/おかえり
はぁぁぁ……。
あー駄目だ。頭がくらくらする。
いっそ今すぐ倒れて目を閉じて気絶したい。
「大丈夫ですかお兄さん?」
「大丈夫ですかご主人様?」
クリスとウェンディが両脇から俺を心配そうに診てくれているが、大丈夫も何も魔力切れだからな……。
「大丈夫大丈夫……魔力を使いすぎただけだからさ。まさか全員で来るとはな……」
魔法空間から魔力回復ポーション(大)を取り出して、呷る。
確か飲みすぎは中毒になるとか言っていたが、大丈夫だろうか……。
俺結構頻繁に飲んでるんだよなあ……。
扱いとしては、エナジードリンクみたいな感覚なんだよなあ。
あれも飲みすぎは厳禁だったはずだ。
「ごめんなのです。でも、仕方ないのです」
「いいよいいよ」
「むしろ感謝してよね。いざって時、今の隼人を誰が止めるのよ」
うん。それはありがたい。
今目の前にいる隼人君ってば、なんかね。オーラが可視化しているんですよ。
真が言っていたのは嘘だったのだろうけど、間違いなく見えるんだよね。
……怒ってるのかな?
「さあ、いつでもいいですよ? どうしました?」
隼人が挑発してる!?
やっぱり気が立ってるのかな?
清廉潔白で爽やかな君でいて!
「お、お前が隼人か!」
「ええ、そうですよ。貴方がお望みの隼人です」
「そいつの使い魔だったのか!」
「はあ?」
「え……」
いやーうん。ごめん。そこは俺が勘違いさせたところがあるから許してやってくれ。
というか、会話聞いてたしノリノリで切り札ですとか言ってたじゃん。
「イツキさんをそいつ呼ばわり……頭を落として下げさせましょうか? 確か、治せるんでしたよね?」
そっち!?
怖い! 怖いよ隼人!
俺はそこまで気にして無いからいいよ!?
今は敵視されてるわけだし、敵対者を敬えなんて求めないから!
「お、おい美香! 噂だともっと勇者感があるんじゃなかったのか!?」
「そ、そのはずなんだけど……」
「うーん……完全に怒ってるわね……」
「は、隼人? 落ち着けー。大丈夫だから。俺は大丈夫だからその、穏便にな?」
「ふふ、イツキさんはお優しいですね。でも、僕はイツキさんを傷つけようとした相手を許しませんよ? それもあんなくだらない理由で!」
隼人さーん! もっとほら! いつもの爽やかな笑顔になって!
白でいて! 黒いなにかとか見えないで!
優しい隼人様に戻ってよ!
「く、くだらないとはなんだ! お前は持つ者だから持たざる者の気持ちがわからないんだろう!」
「わかりませんし。わかりたくもありません。……おおかた貴方は、二人のどちらかを選ぶ事から逃げたんじゃないんですか?」
「なっ……」
「それなら僕にもわかりますよ。僕も、以前は彼女達の中から誰か一人を決める事から逃げていました。ですが僕は、イツキさんと出会って変わりました。いえ、変えてもらいました! だから今の貴方を見ていると、自分がどれほど愚かだったのかがよくわかります」
「愚かだと!?」
「ええ……。貴方のように愚かな人に、僕の大切な人達には指一本触れさせません」
……かっこいいー!
流石は隼人。そういう台詞が似合う似合う。
剣を構えてやる気満々だぜー!
でも、さっき黒い隼人を垣間見たからなんか怖いぜ。
「あー……お客さん?」
「案内人さんどうした?」
「やー……まさか英雄の隼人様がやってくるとは思いませんでしたよ。やはりお客さんは中々の優良人物みたいですね!」
いい顔でサムズアップ!
「今そんな事いいから……」
「でー……本題なんですけどね。そのー……隼人様が全力で戦闘なんてしたら、ここ壊れませんかね?」
……。
…………はっ!
そうだ。そうだった!
隼人の『光の聖剣』なんて使ったら穴どころか亀裂で真っ二つだ!
しかも真はダメージ95%カット!
何発撃つつもりだ!?
「案内人さん止めて!」
「あはははは。ごめんなさい無理だと思います。私もここが壊れるのは悔しいですしお金次第で……と言いたいですが、命は惜しいですし」
だよね!!
となると、ここはやはり隼人の嫁達だろう!
流石にクリスには頼めないが、他の皆は隼人を止めにきたって言っていたしな!
「レティ、エミリー、止めてくれよ?」
「うーん……無理かも」
「……止めようとは思ってるけど、今の隼人に近づけると思う?」
「それは……なら接近職のミィ! 頑張れ!」
「無理無理無理なのです。止めるならお兄さんのほうが適任だと思うのです!」
何の為に来たんだお前らー!
あれか!? 完成直前の温泉目当てか!?
このいざこざが終わったら仲良く入浴目当てか!?
覗くぞ馬鹿ー!
いや、待てよ! 今日は頼りになる男がいるではないか!
「フリード! お前がいたんだった! 頼む!」
「……お客様の心中お察しいたします」
「フリード……」
「ですが、私は隼人様の執事。隼人様の成したい事をお手伝いする身ですので」
「フリイイイドオオオオ!」
いやいやいや。
違うんだって、こんな殲滅! の為に呼んだんじゃないんだってー!
抑止力よ!? 俺を守る抑止力なんだって!
「……イメージとは多少違ったが、噂どおり美人のハーレムにイケメン面「まーくん?」……顔。宣言どおり一対一で受けてもらうぞ!」
「ええ、やりましょうか。貴方が諦めて、精神が折れて反省するまで戦いましょう」
あれー? 話がいつの間にか進んでるよ!
MK5だよ! マジで! コロシアウ! 五秒前だよ!
今の若者には多分通じないよ!!
「ちょいちょいちょおおおおおおおおおおい! 待った! まじで待って! お願い、お願いだからちょっと待って!」
駄目だよ!
何回戦うつもりだよ!
壊れちゃうから! 直せなくなるから!
「イツキさん……ですが」
「戦ったら嫌いになるから! もう連絡とかしないから!」
「ええっ!? それは……困りますね……」
「お、おい!?」
「お前も! 戦ったら不法侵入と、器物損壊で訴えるから!」
「なっ……」
「まーくん。隼人はシュパリエ様とご婚約しているわ……。もしそうなったら私達お尋ね者よ……?」
「ぐっ……。お姫様と婚約とか……ぐぬぬぬぬ」
抑えて! 向かってきたら流石に迎撃するなとは言えないから!
隼人よりも浴場の方が大切とは言えないし、そうなったら流石に止められないから抑えてくれ!
「やるなら外! お外でやって! ここでやらないで!」
「お兄さん、子供みたいなのです」
「それだけ必死なんでしょ」
「でも、これで止められたみたいよ」
好きなだけ言うがいいさ!
だって、頑張ったんだもん!
帰ってくる皆を迎える為に頑張ったんだもん!
それをこんなくだらない事で壊されるとか……冒険者ギルドでの一件の再来かっての!
「じゃ、じゃあ外でやるか?」
「別に構いませんけど……あー……。はぁ……僕の出番なくなってしまうかもしれませんね」
隼人が真の後方、山のほうを見つめたあと剣をしまってしまう。
俺も、隼人のあとを追ってその方向を見ると……。
「主君!」「ごしゅじーーーん!」「主様ー!」
三人が、ボロボロの姿になりながらも帰ってきた。
あれ、シロがいないけど……。
「ん、ただいま」
「シロ!? 何時の間に!?」
「ん、さっき。ちなみに、バレた」
「ああ……まあいいよ。皆無事に帰ってきたんだから」
あーあ……でも、間に合わなかったなあ……。
あと少しで完成だったのに……。
三人が俺を呼び、両腕を広げてこちらに飛び込んで……飛び込んで……いや待て、お前ら鎧つけっぱなしだから!
「転移!」
「ぷぎゃ」「ひぎゃ」「わおおん」
あぶねえ。あのままだとひき肉まっしぐらだったぜ……。
三人を迎えてそのまま帰らぬ人とか洒落にならない。
「酷い! 酷すぎる! 主様なら普通受け止めてくれるんじゃないの!?」
「主君!? あんまりだ!」
「ご主人の非ロマンチストー! 空気読んで欲しいっす!」
阿呆。空気を読んだ結果だっての!
嫌だろ? 無事に帰ってきたのに自分達が飛び込んだ結果俺がボロボロになってるとか!
「はぁあ……。でもこの感じ。主様の元に帰って来れたわね」
「そうっすねえ……良くも悪くもご主人の空気っす」
「ふふ、急いだかいがあったな?」
「はあ……まあなんだ。皆おか、むぐ」
三人に口を押さえられて出掛かっていた言葉を止められてしまった。
その行動に驚いていると、三人がニカっと笑って手を放し、
「「「ただいま!」」」
満面の笑顔で放たれた一言。
その言葉に俺は、一瞬キョトンとしてしまったが、すぐに同じく笑顔を作って応えることにした。
「おう。おかえり」
さっきはできなかったけど、今なら出来る。
ぎゅって三人纏めて抱きしめさせてもらう。
焦げ臭かったり、泥も所々についていて酷いし、切り傷なんかも残っててボロボロでも、皆無事に帰ってきてくれてよかったよ。




