6-28 温泉街ユートポーラ 紅い戦線の由来
うーん……。
順番間違えたかな……。
洞窟って冷たくて、ちょっと気持ちいいわよね。
地面に横たわって全身でその冷たさを感じているいま、ふとそんなことを思ってしまう。
とは言ってもそんな場合じゃないのよね……。
全身は傷だらけ。
回復ポーションも残りわずか。
目の前では巨大な敵と私達の間でアイナが必死に剣を交えて倒れた私達を庇うように戦ってくれている。
「……レンゲ。生きてる?」
「死んでるっすー……」
少し顔を上げてレンゲの方を見ると仰向けに倒れながら回復ポーションを飲んでいるレンゲの姿。
レンゲの方が接近度が高いため傷は多いかもしれない。
「あー……これで回復ポーションもラストっすね……」
「私はあと2本ね。1本あげるわ。アイナは……もう少しあるかしら」
アイナは主様から預かった魔法の袋を持ってるから、まだ何本かはあると思う。
だが、アイナもそろそろ限界が近いはずだ。
はやく回復して目標を散らさせないと……。
でも、幾度となく致命傷に至る傷を与えたはずなのだが、相手の様子を見るにダメージが残っているようには思えない。
「超攻撃性もさることながら、超再生とか反則っすよ……」
「泣きたくなるほど強敵よね……」
いくら攻撃を加えても再生、普通なら動きが止まるような一撃も気にせず攻撃を仕掛けてくるセオリー無視。
あと何度決死の攻撃を加えればいいのかもわからない。
残りの回復ポーションで、倒しきれるのかも……。
加えて少しでも隙があれば荒れ狂う暴威によって吹き飛ばされ、かすっただけでも壁に叩きつけられるほどの無理矢理な力。
アイナは力と力を合わせつつも反らしていなしてはいるが、そう長くはもたないはず。
となれば、
「どうするっすかねえ……」
「はぁぁぁぁ……どうするもこうするも、もうあれしかないでしょ」
「でっかいため息っすね。まあその気持ちはわかるっすけど」
「……出来れば使いたくなかったんだけどね……それで、シロ。いるんでしょう?」
虚空に向かってあのチビ猫の名前を呼ぶが、出てくる様子は無い。
さっきアイナの前に回復ポーションを転がしておいて、気がつかないとでも思っているのかしら。
「……怒らないし、問い詰めないから出てきなさいよ」
「……ん」
やっぱりいた。
黒鼬を纏って、天井の岩陰に隠れてたみたいね。
視覚じゃ見えにくいけど、気配は感じていたのよね。
「なんで、わかった?」
「なんとなくよ。なんとなく」
神経が過敏になっている今だからこそ、シロの存在に気がつけたというのもある。
それと、主様なら何をしてくるか……を考えたら自然と出てきた答えだった。
案の定よね……もう。
「……主は悪くない。シロが、ついて行くって言った」
「なに? 責任でも感じたのかしら?」
「……」
「え、うそでしょ? あんたらしくもない……」
尻を蹴り上げてしまったからといって、主様の元を離れてでもこっちが心配だったとかやめてよ。
寒気がするわ。
「……勝てる?」
「勝てると思う?」
「……思わない。このままジリ貧になって負ける」
「そうよね……。ねえ、あんたならあいつに勝てるかしら?」
「勝てる」
自信満々でもなく、ただ淡々と回答したというだけのシロ。
本当に、本当に腹が立つわねこのチビ猫は。
私達三人が必死になって戦っている相手も、シロにかかればその程度だってことでしょ?
「……手貸す?」
「そうね。お願い……」
シロ一人でも倒せると言うのだから、手を貸してもらえば生きてここから主様の元に帰れる。
今の絶体絶命のピンチを考えれば、当然よね。
シロだって、最悪の場合を考えてこの場に来たんだろうし。
……気にしないといえば嘘になるけど、それはまあいいのよ。
でも、でもね。
「……なんて、言うわけないでしょ?」
ここまできて、最後にシロの手を借りるなんてそんなこと絶対に許せるわけが無いじゃない!
そう。
そんな事をお願いするわけにはいかない。
それではなんのためにここまでやってきたのかもわからない。
形はどうであれ、シロの手なんて借りず、私達があいつを倒して主様の元に帰るんだから。
「……大丈夫?」
「心配そうな顔とか、萎えさせないでよね。それとあまりAランクの冒険者をなめないで。……私達だって、隠し玉の一つくらいもってるのよ」
「……大会では使わなかった?」
「使えなかったのよ。あんな衆人環視の中で、ううん。主様の前じゃ使いたくなかったの」
「っすね。まあ安心して見てればいいっすよ。ここからがある意味では紅い戦線の名前の由来っすからね」
私達のパーティ名紅い戦線は、リーダーであるアイナの髪色から……と思われているが、実はそうじゃない。
私達が、忌むべき力の根源には全て赤や紅が含まれているからその感情を忘れないよう、常に戦線においてもそれを忘れぬ戒めのためだった。
「シロ。これから見ること全て、主様には内緒にしなさいよね」
「ん」
今のはわかったってことよね?
まあいいか。とりあえず着ている服を脱いでいく。
「……露出狂? 主好みかもしれないけど……圧倒的にボリュームが足りない」
「違うわよ! こうしないと、帰りに着る服がなくなるのよ!」
すべてを脱ぎさって裸になった私は、そのまま手を地面につけ四つんばいになる。
ああ、この感覚は本当に嫌いだ。
体の奥底に沈んでいるような力をゆっくりと全身に巡らせていくと、銀色の体毛が生えていき、爪も牙も鋭く伸び、身体も大きくなっていく。
「……狼?」
「そうよ。私は狼魔族とのハーフだからね」
私の父は、狼の魔族であった。
傷つき、倒れたところを一人の村人が助け、そのあと恋に落ちた二人が産んだのが私。
私の紅い瞳が魔族とのハーフである証拠。
鏡を見るたびに、憎しみをぶつけてしまう象徴だった。
「どう? この姿。醜いでしょ?」
全身が銀色の毛で覆われ、紅い瞳がギラリと輝く。
それでいて人語を話すのだから、今の私は魔族に見えるでしょ?
「そう? 主ならモフモフさせろーって抱きついてくると思う」
「……そう、かもね」
でも、人一倍怖がりで臆病な主様にこの姿は見せられない。
怯えでもされたら、きっと私が立ち直れない。
だから、シロにはきっちりと釘を刺しておかないと。
「それじゃあ、行ってくるわ」
四足となった足に力をこめてアイナと相対している敵の横っ腹に体当たりを食らわせる。
まだ敵の方が身体は大きいが、今の私ならそれくらいの膂力は十分にある。
壁に叩き付けた拍子に、脚を爪で切り裂いて動けなくしてしまう。
「ソルテ……。その姿は……いいのか?」
「良くないわよ。でも、この力も含めて、私達でしょう」
「……そうか。そうだな。私もちょうど熱くなってきたところだ。付き合うぞ」
アイナの髪が炎のように揺らめき、火花を散らしたような明るい色に変化していく。
剣に高温の炎が纏わり付き、ところどころアイナの体からも炎が迸っている。
「アイナ……」
アイナはにこりと笑うが、それでも無理をしているであろうことはわかる。
アイナは特に、自分の力を毛嫌いしているから。
炎人族の暴走により、多くの被害者を出した事件。
力の無い村人も、子供も老人も関係なく多くの民を焼き殺し、その結果各国から正式に討伐対象とされた炎人族の血を誰よりも嫌悪していたのがアイナだから。
アイナ自身が事件の当事者なわけじゃない。
それでも未だ残る怨恨はきっと、正体を知られればアイナに向かう事だろう。
それでも、今は主様の元に帰る為にその力を使うという。
「……ごめんね」
「何故ソルテが謝るのだ。あの再生力では、私の火力が必要だろう?」
「うん……でも、ごめん」
「なら、拘束は自分がやるっすよ」
レンゲが割り込んで入ってくると、レンゲの身体には無数の赤いラインが入り混じるように光っていた。
「さーて。久しぶりっすからね。上手く加減できるといいんすけど……」
それは、レンゲに刻まれた魔力刻印の光。
姫巫女として、レンゲは幼少期にこの刻印を刻まれている。
砂漠の都市、レンゲの故郷の風習だが、現在の王国では禁止されている呪法の一つ。
術者の身体に負担無く、強力な魔法を使用できるようになるが、多くの姫巫女は成長する間に魔力暴走を起こして死亡してしまうが故に禁止された儀式。
その成功例がレンゲだった。
「調子に乗るなよ! 先ほどまで一方的にやられていた分際でえええええ!」
完全に切り裂いたはずなのにやっぱり再生するのね……。
しかも、砕けた岩と融合させて、もう一度は切り裂けなさそうね。
「私が取り押さえるから、レンゲ、援護よろしく」
「わかったっす! アイナとどめは任せるっすよ!」
「了解した。一撃で決めてみせる」
さあ、終わらせましょう。
シロも見ていなさい。『紅い戦線』の本当の意味を教えてあげる。
ごめんなさい、前回の感想返しは後日にさせてください。
読んでいて早くかえしたいとは思ったのですが、余裕だと思って外出たら、まだ駄目だった……。