6-25 温泉街ユートポーラ それぞれの努め
ウェンディと買出しに出かけた日から数日……。
浴場の大まかな部分は終わり、俺は今外壁とにらめっこ中。
今現在この温泉を囲っている壁は古くなってボロボロになってしまっている木の壁。
うーん……。
さて……ここをどうするか……。
当然直す予定ではあるんだが、ここは木か竹で囲いたいという欲が出てしまっている。
となると、親方達の手が必要なのだがあれだけ大見得を切っておいて頼むというのもな……。
「んんー……」
「……おい」
「うおお、びっくりした……」
「うんうん唸ってどうしたんだ? 完成したのか?」
後ろを振り向くと厳つい親方の顔があって、驚いてしまった。
「まあ……大まかな部分は、かな」
あとは温泉が湧き出す(ように見える)石の湯口と、洗い場を作れば石工については完成と言えるはずだ。
正直景観を考えるとどうしても木工の手が必要になってしまう。
「そうか……壁はどうするんだ?」
「竹がいいとは思うんだけどな……」
「そうだな。壁は竹垣にしたほうが見栄えがいいだろう」
お、親方もそう思うか。
だよなー……でも竹とか売ってるのかな?
「確か持って来たのがあったな……。うし、それを使って作ってやる」
「いいのか!?」
「ああ……ここまで作れたんならサービスだ。俺が作る屋敷に相応しい風呂場にしようぜ」
「親方ぁ……」
親方がサムズアップで俺に微笑んでくれた。
今ならその太ましい腕に抱かれてもいい!
「ド素人にしちゃあ頑張ったな」
「おおお……褒められてる……でいいんだよな?」
「おう。お前が言っていた温泉愛……確かに感じとったぜ」
親方が差し出した手を、俺は熱く、固く握り締めた。
「うわー……戻ってきてみれば暑苦しいですねえ……」
おい、今いいところだから。
親方と俺の友情タッグが生まれたところだから少し黙ってて。
「ああ、そうだ。それとそこなんだが……何か建てる予定なのか?」
親方が示したのは浴場の横の一角で、砕いた岩を整地した結果平らなだけの地面になってしまった部分だった。
「いや……一応打たせ湯とかを考えてはいたんだけど、原理的に難しくてな……」
本当は原理的には簡単なのだが、それが他人にはどう見えるかが問題だった。
工事の手を入れるわけにもいかず、あくまでも昔流れていた源泉をそのままつかっていますという体の方が、面倒を避けられそうだったからね。
「そうか……なら、この一角は借りるぞ」
「いいけど……何を作るんだ?」
「お前さんにとって素晴らしいもんだよ」
おいいいなんだよおお!
気になるじゃんか! 勿体つけるなよー!
親方はそのまま作業場のほうに戻り、竹垣の準備を始めてくれるようだった。
「あのー……私の存在忘れてません? 戻ってきましたよー? あなたの案内人ちゃんが、ドロドロ、トロトロ、ネバネバを倒して戻ってきてますよー」
……。
若干忘れてた。
案内人さんに任せる仕事が無く、あまりに暇だ暇だと言っていたのでこの辺にいるスライムを狩って来て貰ったんだった。
「しかし、こんなに皮膜を集めて何を作るんですか? もしかして温泉に混ぜてとろとろでぐちょぐちょなお湯を!?」
「そんな冒涜的なことするか! ……温泉とは関係ないことだよ」
「へええー……興味ありますねえ!」
「いや、まず優先しないといけない事があるからな……」
とは言っても湯口も洗い場も割りとすぐに出来てしまうんだよな……。
洗い場っていっても、底に火の魔石を仕込んだかけ湯みたいなもんだし、湯口はそもそも湯をひいてるわけじゃなくてそう見えればいいだけだしな。
「じゃあまだなんですねえ……。うーん何して時間を潰そうかなあ……」
「ウェンディと一緒にお昼ご飯を作りに行ったらどうだ?」
「自慢じゃありませんが、料理は出来ません!」
おおう、本当に自慢じゃないな。
「……まあ、お金を取れないレベルなだけですが、この人の近くの方が面白そうですしね」
「ん?」
「なんでもないでーす!」
「そうか。なら……またスライムでも狩りに行くか?」
「それはそれで飽きて来たんですよねえ……」
「……わかった。錬金を見てていいから。邪魔だけはしないでくれよ?」
「はーい!」
これから作る物は正直見られたくない。
……技術的なことじゃなくて、羞恥的な意味でだが。
「はい、それでははじめまーす」
「はーい!」
パチパチと拍手をしてくれる案内人さん。
うん。ノリがいいね。
「まずはこちら。ジェリースライムの皮膜ですね」
「とろっとろですね」
「はい。とろっとろを、鍋に入れます」
「おー」
いちいち反応してくれるんだな。
まあ、楽しいからいいか。
「次に、鍋を火にかけます」
「先生! 溶けちゃいますよ!?」
「はい。それでいいんです。完全に液体化させましょう」
火にかけられたジェリースライムの皮膜は、とろとろのクラゲみたいであったが溶けてとろとろの液体になる。
このとろみ具合。まるでローションのようだ。
よし、スライムローションと名づけよう。
このスライムローションを木桶にうつしておく。
「次に、こちらを使います」
「それは……はい! 普通のスライムの皮膜ですね?」
「その通りです。特性はわかりますか?」
「はい! 引っ張っても戻ります! でも、捻ると戻りません!」
「正解です。ではこれを、先ほどの溶かしたジェリースライムの皮膜に入れますね」
スライムの皮膜を滑って落さないように気をつけつつスライムローションのなかに沈める。
「先生! 熱くないんですか!?」
「熱いですけど、コレが重要なんです」
菌は熱に弱いからね。
ただ、スライムの皮膜も熱に弱いのであまり温度が高いまま行えないから全部は殺しきれないとは思うけど。
でも一応ね。殺菌殺菌。
「さて、取り出したのは……これです!」
「なんですか!?」
「これは回転球体です。魔力を注ぐと、玉が回転します!」
「おおー!」
いつの間にか先生と生徒みたいになってるな。
でも、結構楽しい。
「それをどうするんですか?」
「いい質問です。ですが、百聞は一見に如かずですよ」
回転球体をスライムの皮膜の上に乗せ、極少量の魔力を注ぐ。
すると、回転球体はゆっくりと回転し徐々にスライムの皮膜を引っ張っていった。
スライムローションの中でゆっくりと引き伸ばされていくスライムの皮膜。
そして、ある程度の長さに達したところで回転球体を取り出してしまう。
「先生! どうなったんですか!?」
「ふっふっふ。実験は成功です。あとは先っちょを少しだけ捻りつつ引っ張ります。これは実はとても大切なのです」
「おおー! ……で、何が出来たんですか?」
あ、ここから素なのね。
うん、ありがとう。楽しかった。
「んー……なんていえばいいんだろうか」
コンさん? コンちゃん?
「まあ無難なところで言えば避妊具だな」
「避妊……? でも、妊娠は神様からの授かりものですよ? それを妨げるなんて……何処で使うんです?」
「必要としているやつはいるさ。元の世界じゃ必須だったからな」
いやまあ俺も別に必要ないんだけどさ。
でもそろそろヤーシスにも新製品を卸さないとと思っていたしな。
ヤーシスの伝手を考えると貴族向け。
貴族といえば息子がきっと放蕩三昧で困っているなどあると思うの。
そんな時の為にこれがあれば! って事だ。
更には高級娼館でも重宝されると思う。
ああいうのはやはり一番病気が恐ろしいしな。
治せはするんだろうけど、あるにこしたことはないはずだ。
ただ、まだまだ実験は続けないとだな。
薄さとか、あとは耐久度とかも限界を試してみないとクレームが来ても困るしな。
一応サンプルとして、密封型のシェルスライムの皮膜で覆ってしまい、魔法空間に放り込んでおく。
「あれ、終わりですか?」
「とりあえずな。親方や皆が頑張ってくれてるのに、こんなものを作ってるのはちょっと罪悪感がな……」
もう少し風呂場を丁寧に仕上げをやり直そうと思うの。
粗いって言われたし……。
まだまだ細かくしっかりと見ればやるべきところはきっとあるはずだ。
「働き者ですねえ。どうせ今なら誰も来ないですし、どうです? 遊んでいきませんか?」
「魅力的だけどパス」
「真面目ですねえ……。もう知ってましたけど。それじゃあ、私もお手伝いしますかね」
アイナもソルテもレンゲも、きっと今頃頑張っているだろう。
俺も、よりよい風呂で迎えられるようにしないとな。
よし! 掃除だろうと石の削り具合だろうときっちりこなしてやるぜ!
- 紅い戦線 Side -
魔族。
とある学者が唱えた説の一つ。
魔物は何から生まれるのか。
動物や虫、魔物にはベースとなるものが多数存在し、死後またはなんらかの影響で魔力を多く取り込むと魔物化するという説がある。
そして、それはなにも動物に限った話ではない。
魔物と魔族の大きな違いは、魔族は魔物と違い人語を解し、考える頭があること。
その結果ある一説においては魔族とは人族、またはそれに類する亜人族が魔物化した結果なのではないかということだ。
『……来客とは、久方ぶりだな』
「「「!!?」」」
人語を解した。
つまり、目の前の化け物は魔族……という事だろう。
『匂いがする……ワシをここに閉じ込めた、あの忌々しい女の匂いが……』
壁に備えられた魔道ランプが、徐々に光を灯し魔族の姿を鮮明にしていった。
「ねえ、予想してた?」
「まあ……この魔力の濃さを考えたら当然頭にはよぎったっすよね」
「そうだな。だが、魔族……で間違いなさそうか?」
鬼人族の象徴に似た二本の角。
その片方が折れており、肉体からは腐臭と死臭が漂っていて、およそ生者とは思えない。
そして、自分達の三倍はあろう巨体と、手に持った巨大な鉈のような武器が異彩を放っていた。
『アアア……疼く……ワシの折られた角が! 疼くぞおおおおおおお!』
「来、速……っ!」
「下がれっ! ぐうっ!」
動きはそれなり、だが、重いっ……。
振りぬかれた大剣に合わせた筈なのに、完全に力負けしている……。
「がぁ……!」
壁に叩きつけられた衝撃で、どれほどの勢いで吹き飛ばされたのか察する事はできた。
壁からずるりと地面に崩れ落ち、体を動かす事すらままならない。
「アイナ! 大丈――」
「ソルテぇぇえええっ! 前見るっす!!」
「っ……」
二人は私の動きを見て、受けるのはまずいと判断したのか紙一重での回避を選択したようだ。
それでいい。あの巨体であの速度は脅威だが、二人からすれば対応できる範囲内だろう。
「ぐっ……回復、ポーションを……」
動かぬ体をなんとか動かして回復ポーションを取り出そうとする。
その時、目の前に回復ポーションが転がっていた。
衝撃で落としたのだろうか? いや、今はそんな事など関係ない。
なんとか手を伸ばし、回復ポーションを掴み取ってすぐに口に運ぶ。
「っ痛ぅ……」
傷は治っても衝撃による体の疲労が消えるわけではない。
だけど、今はそんな事を言っていられる状況ではない!
回避行動を続ける二人ではあったが、体力が減っていけば避けきれぬ場合もある。
その場合、受けねばならないのだろうがあの力では到底敵わない。
「やば……」
「レンゲ!」
レンゲに迫る凶刃に、先ほどの不意打ちの時とは違い、私の全力を込めた一撃を叩きこむ。
「ソルテ! 今だ!」
「うん!」
カチ上げられ、バランスを崩した鬼人のわき腹をソルテの槍が抉りとる。
だが、こいつは痛みの声一つ上げずに、私達をにらみつけるとそのまま鉈を振り下ろしてきた。
「あぶなっす!」
砂塵が舞い、地面に開けられた穴の大きさにぞっとしながらも敵からは目を離さない。
「ねえ、あれ効いてる様に見える?」
「見えないな……。おそらく、あの体は既に痛みなど感じないのだろう」
「うわあ……面倒っすね」
あの猛威に、痛みを感じない体か。
しかも、抉り取ったはずの傷が既に塞がっているのか、血の一滴も滴り落ちていない。
下手をすると、不死性の可能性もありそうだ。
「弱音を吐くなよ私の体。倒さねば、生きて帰れぬのだぞ」
「そうね……。生きて、帰るわよ」
「おうっす! さあさあ行くっすよ!」
どんな手を使ってでも、こいつを倒し、生き残ってみせる。
そう決意し、私達はこの化け物へと挑むのであった。




