6-9 温泉街ユートポーラ ソルテの決意
リビングに上がるとそこにはソファーの上でうつらうつらしているウェンディと、ウェンディの膝の上に頭を載せて眠ってしまっている様子のシロがいた。
「えーっと……」
そんな二人の先、大窓から見える限りでは外は明るみ始めており、どうやら明け方まで作業をしてしまっていたらしい。
「あ……」
眠そうだな……。
目がまだ開ききっていない。
あーあー。シロを起こさなくてもいいぞ。
「ご主人様、お疲れ様でした」
「うん。先に寝てても良かったんだぞ?」
「いえ、ご主人様が頑張っていらっしゃるのに私達が先に寝るわけには行きませんから」
「気にしなくて良かったのに……眠そうな顔してるよ」
「んんー……主……」
「シロも頑張って起きていたのですが……」
俺はウェンディの隣に腰を下ろすと、シロの頭を優しく撫でる。
「シロから事情はお聞きしました」
「そっか、それで二人も頑張ってくれていたんだな」
ウェンディの肩を寄せると、頭をこつんと預けてきた。
「……あまりご無理はなさらないでくださいね……?」
「……わかってる。だから、無理をしない程度に頑張ってるよ」
ウェンディの頭を優しく撫でると、開ききっていなかった瞳が気持ち良さそうに閉じる。
今の話が、今回の徹夜でアクセサリー作りでは無い事は分かっている。
事情を知ったという事は、そういうことだろう。
だけど、三人の為に出来る限りの事はするさ。
今の生活が、俺にとっての普通だからな。
むざむざ手放すような真似は出来ないって。
シロとソルテが喧嘩して、レンゲが囃し立てて、アイナが宥めてウェンディが微笑んで……。
そんな当たり前が、今は俺の幸せだからな。
それを護る為なら……って。
「……ウェンディ?」
「……すぅ……すぅ……」
「寝ちゃってますか」
まあ、流石に徹夜に近いしな。
今日はベッドで……とも思ったが、ここで寝るのもいいか。
仲睦まじく、肩を寄せ合って寝るってのも悪くない。
それからほんの少し時間が経過して、俺も目を閉じていると、キィっという扉が開く音がした。
その音に目を開き、次にリビングの扉が開けられる。
「……起こしちゃった?」
「いや、寝そうになってただけだよ」
「そっか。今までお仕事……だったのよね?」
「まあ……そんなところかな」
ソルテの姿は、こんな早朝だというのに着替え終えていて普段着であった。
「あの……さ、そんな状態で悪いんだけど話があるの。……聞いてくれる?」
「ああ、いいよ。言ってみな」
決心の固まっている瞳だ。
レンゲとも約束しているし、今回は真剣に彼女の言葉を聞こうと思う。
「……クエストに行きたいの」
「クエスト? それなら自由に行って構わないが、なんでわざわざ?」
「それが、この街のクエストじゃないからよ……。少なくとも、一日、二日でこなせるクエストじゃないの」
「遠征ってことか?」
「そう……ね。うん。別の街のクエスト」
ソルテは普段より言葉数が少なく感じる。
柄にも無く緊張しているのだろうか。
その姿が、とても小さく、か弱く感じてしまった。
「……何処まで行くんだ?」
「私達が昔鍛えていた修練場の先にある洞窟よ」
「洞窟……って、ダンジョンでも攻略に行くつもりか?」
「洞窟だからってダンジョンってわけじゃないわよ。随分昔からある高難易度の討伐クエストなの」
「高難易度……それって、敵が強いのか?」
「強いと思う……。私達が小さい頃からあったクエストだしね……」
やはり聞いていた通り、強敵と対峙するようだ。
出来れば違って欲しかった……なんて薄すぎる可能性を都合よく信じていたんだけどな。
「なんで、ソルテ達が行くんだ? わざわざ遠く離れたここから受ける理由があるのか?」
「……当然理由はあるわよ。でも、それは言えない。まだ、言えない……」
「……そうか」
「でも、一つだけ、私達は冒険者なの。冒険者でありたいの……。シロには、冒険者だから弱いって言われたけど、そうじゃないってちゃんと証明したい。もっと強くなって……それで――」
ソルテは途中で言葉を飲み込むように止めてしまう。
その先は、きっと帰ってきてから言うと決めているのだろう。
だから、わざわざ理由を問いただすなんて野暮なまねはしない。
「……どうしてもか? 正直、危険を冒して欲しいとは思わないんだが」
「うん……主様なら心配すると思った。でも、どうしてもお願い」
「……わかった。だけど、何処に行くか位は教えてくれよ」
場所すら分からないのでは対処のしようもないからな。
「いいけど……洞窟まで付いてくるとか言わないでよ? 本当に危険だから、主様を守り通せるかもわからないんだから……。それと、余計な手出しは駄目だからね」
俺の心配が優先か。
だが、後で怒られる事になっても、俺が手出ししないわけがない。
そういう性格だって、ソルテなら分かってくれると思う。
「分かってる。ソルテ達の邪魔になるような事はしないさ」
平気で嘘をつける、悪い大人になっちまったって思うよ。
でも、それは時として大切であり、重要だから覚えた事だ。
社会人になって、日々死んでいく心の中で覚えたあまり良い印象のない行為。
それが、今は役に立つんだから世の中分からないもんだな。
「北東にずーっと行って、温泉街を更に東に行った先。クエスト自体はユートポーラで受けて、その後はずっと洞窟に行くわ。……もし、帰らなかったらユートポーラのギルドから、アインズヘイルのギルドに連絡が来るから……」
「そんな話はするなよ。縁起でもねえ」
「……うん、ごめん。高難易度クエストで、弱気になってたのかも……。大丈夫。ちゃんと、帰って来るから」
「ああ……ちゃんと帰って来い。それと、見送りはするからな」
「主様、ありがとう……今日と明日準備して、明後日の朝には出ようと思うんだけど」
「明後日か……早いな」
「決心が鈍りそうだから……」
そう言ってソルテは俺ではなくウェンディとシロを、羨ましそうな瞳で見つめていた。
「……戻ってきたら、最大級の労いをしてやる」
「うん。楽しみにしてる」
「ああ、なんでも一つ、言う事を聞いてやるから今のうちから考えときな」
「うん! 主様はこれから寝るのよね?」
「ああ。何なら一緒に寝るか?」
「今日はいいわ。これから準備する事が沢山あるから」
「わかった。それじゃ、おやすみ」
「おやすみなさい。主様……」
リビングから出て行くソルテを見送り、天井を見上げて一息つく。
やっぱり高難易度のクエストだよな……。
しかも、数年、または十数年は放置されている討伐クエスト。
ってことは、相当敵は強いと見たほうがいいだろう。
「さて、シロ。起きてるよな?」
「ん……なんでわかったの?」
「寝息が変わりすぎだ」
枕を俺のほうに変えたときは寝ていたんだろうけどな。
ソルテが入室してから寝息を静かにさせすぎだぞ。
「むう……。ウェンディも実は起きてる」
「お?」
そっちは気がつかなかったな。
「ね、寝てますよー……」
いや、寝てる人はそんなこと言いませんから。
また古典的な……。
「って事は二人とも話は聞いていたんだな」
「申し訳ございません。……気になってしまって……聞き耳を立ててしまいました」
「ん」
「いや、別に話す手間が省けたからいいさ。それでなんだが……」
一先ず、やる事は決まった。
いやまあ、具体的にはやれることなんて殆どないんだけどな……。
「シロ、身体の調子はどうだ?」
「ん?」
「首とかまだ痛いんじゃないか?」
「んー……? まだ痛いかも……? ん。あーいたいー」
一瞬考えた素振りをみせたが、俺の意図に気がついて首が痛い演技をするシロ。
俺と一緒で得意じゃないのか、わざとらしいな。
「そうだろうそうだろう。打ち身には温泉だと思うんだが、どうだろうか?」
「ん。良い案」
「温泉街ユートポーラまで行かれるのですか?」
「ああ。たまたまシロの首がまだ痛いみたいだしな。湯治に行くには絶好のタイミングだろう?」
「……きっと怒りますよ」
「なあに、たまたま目的の方向が一緒なだけだからな。致し方ないと諦めてもらおう」
「もう……。ふふ、かしこまりました」
これでユートポーラまでは三人と同行できる。
それに、いざとなればここよりはすぐに向かえる距離だ。
となると……また何十日分かの仕事をやらねばならないな……。
こりゃ明日と明後日は同じく徹夜になりそうだ……。
それに――。
「……シロにはちょっと、また苦労を頼みそうなんだけど……いいか?」
「ん、問題ない。主が望むなら、それはシロの望み」
俺を見上げ、ちっぱいな胸をドンと叩き、頼りになる答えをくれるシロ。
いつもごめんな。
そして、ありがとう。
「……私もお役に立ちたいのですが、今回も出番はなさそうですね……」
「いやいや、俺はまた暫く錬金室に篭るから、その間に馬車とか食料の手配は頼むぞ」
「はい。それくらいならば私がします」
「……いつも助かってる。ありがとう」
小さい心遣いが、積み重なって大きな感謝へと変わっている。
いつもウェンディには心配をかけてばかりだが、それでも俺を一心に思い続け、支えてくれているのは分かっていた。
さて、出発は明後日の朝。
それまでにやるべきことが沢山ある。
まずはヤーシスへの報告と、大量のバイブレータの作成。
それと冒険者ギルド用に大量のポーションの作成だな。
ああ、後はアイリスからの発注品もレインリヒに預けなきゃいけないか。
それ以外にも、ちょっと思いついた物を作る時間も必要だし……。
これは……この後は流石に寝るとしてもその後は徹夜確定だな……。
「……とりあえず寝るか」
「ん」
「はい。起きたら皆で頑張りましょう!」
起きたら始まる忙しさを前に、今は一時だけ休息を取ろう。
ソルテ、悪いけど俺は俺らしく、陰ながら俺に出来る限りの万全を尽くさせてもらうぞ。




