6-4 温泉街ユートポーラ レンゲと夜に
夕食を食べ終えた後は、お風呂に入り、皆疲れているだろうという事で解散し、各々の部屋で眠る事となった。
夜も更けて周囲の雑音が静かなものへと変わっていき、静寂が訪れ始めた頃。
俺はまだ眠れないでいた。
先ほど一度寝てしまったからなのか、それともソルテ達のことを考えているからなのかはわからないが、どうにも眠れる気がしないのだ。
気分転換にバルコニーに出て以前作った大きめの椅子を広げ、横になって星空を見上げているのだが、どうにも良い案が浮かばない。
ふと、俺がこの世界にきてアイナ達が奴隷になった頃を思い出す。
当初は、レインリヒに言いくるめられて材料収集をお願いしていただけだったんだけどな……。
おかげで随分と助かっていたし、今考えても現状があるのは彼女達のおかげだ。
ウェンディの時も、彼女達が集めてくれた材料のおかげで大量のアクセサリーを作る事が出来たのだ。
その後、レンゲの勘違いから犯罪奴隷へと落ちてしまった三人。
原因こそ俺には無かったし、今思い出しても痛い出来事ではあった。
だが、あの時の行動を後悔など微塵もしていない。
「にぎやかになったよなあ……」
食卓を6人で囲んで取る事になり、騒がしくも楽しい食事を続ける事が出来ていた。
そこから、突然3人がいなくなると思うとやはり寂しく感じざるを得ない。
んー……。
そもそもの原因は俺にもあるんだよな……。
奴隷って制度は元の世界には無かったからな。
実際自由に出来ると言われても、正直な話扱いに困る。
そりゃあ据え膳ならば頂くが、そこに罪の意識が含まれるのならこちらとしてもよろしくない。
愛の無い性行為に意味は無いとは言わないが、どうしたって彼女達をそういった目では見ることが出来なかった。
それに、やはりソルテやレンゲはまだ自分がしたことに罪の意識がある気がするのだ。
だから、それを払拭しようとしているのは俺としてもありがたい。
だが、その方法が危険極まりなさそうなのだ。
……原因はシロ。
のように見えるが、シロはあくまでも自分の強さの秘密に、強者との戦いがあったと言っただけだ。
そこから、彼女達なりの考えで俺の元から離れる選択を選んだのだろう。
理由は……しっかりと話してから行くというのなら、そこで語られるのだろうか。
ああ、もう分からない事だらけだ。
危険な場所に行くのなら、シロの協力は必須だと思う。
だけど、付いて行かせることは出来ないだろう。
じゃあいざ危険が迫ればシロに助けさせ……も、難しいか?
大体どれくらいの距離まで行くのかもわからないし……。
「あー……。駄目だ。思いつかん……」
「……ご主人?」
星を隠すように影が生まれ、レンゲの太ももを確認後、ぱいを経て顔が逆さに映る。
「何もかけずに何してるんすか? 風邪ひくっすよ」
レンゲは手に持った厚手の布を俺の上にかけてくれた。
「レンゲこそ、どうしたんだ?」
「自分はトイレに起きたんすけど、帰り際になんか気配がしたんで見に来たらご主人がいたんす。風邪ひいちゃまずいだろうと思って自分の布団を持って来たっす」
「そうか……わるいな」
「いいっすよー! ううぅ……結構寒いっすね」
「そんな格好だからだろ……。レンゲも入るか?」
「いいんすか? じゃあ遠慮なく!」
レンゲはにかっと明るく微笑み、そのまま自分ももそもそと布団の中に入ってきた。
「はぁー……ぬくぬくっすね」
「そうか?」
まだ夜中ともなれば肌寒い上に、レンゲの格好は生地は柔らかめであるものの、普段とあまり変わらない布面積のへそだしパンツルックである。
「そうっすよー。ご主人の温もりがぬくぬくなんすよー」
「じゃあもっと寄るか?」
ぐいっとレンゲの背中を引き寄せて近づける。
ぱいが俺の胸に当たり、顔と顔の距離が一気に近くなった。
「おっぱいじゃなくて申し訳ないっすねえ」
「いや、十分あるほうだから安心しろ」
「……何をもって安心すればいいんすかね?」
俺基準の格付けではぱいなだけで、レンゲだってちゃんとある。
だから柔らかさはしっかりと伝わっているから問題ない。
「それで、こんな時間にどうしたんすか?」
「いや……」
「悩み事っすか? 自分でよかったらなんでも聞くっすよ」
ニカっとした笑い方ではなく、柔らかい表情で笑うレンゲ。
レンゲは笑顔が多く、周囲を安心させ、明るい雰囲気にしてしまえる子だな。
その言葉に、甘えるように俺は直接聞いてみることにした。
「近々出て行く……んだよな?」
「おお! ソルテちゃんと言えたんすね」
「まあ、言ったというか……聞いてしまったというか」
「えええ……自分がしっかり言うからって言ってたっすのに」
まあ、あれは事故みたいなものだからな……。
いや、起きなかった俺が悪いのかも。
「後で言いなおすとは思うっすけど、もう知ってるなら……そうっすね。ちょっと大会で思うところがあったんすよ」
「それって、シロに言われた言葉か?」
「そうっすけど……。知ってたんすね」
正確には俺も聞いてたんだけどな。
「……なんていうか、自分達は冒険者なんすよ。冒険に焦がれて、冒険に憧れて冒険者になったんすけど、今の力がついてから、冒険をしなくなったなって思うんす」
「冒険……?」
「そうっす! 冒険っすよ! 強敵を倒す! お宝を手に入れる! そういった、心が躍るような冒険っす! そういった冒険を経て、自分達は強くなっていったと思うんすよ!」
レンゲの目はキラキラと輝いていたが、すぐに自嘲するように笑ってしまった。
「まあでも……A級になって、皆からも頼られるようになって、遠出をする事も無く指名依頼された任務をこなす。指名依頼が無い日は、困っている人の依頼をこなしてたっすけど、それじゃあ今以上に強くなるわけもないっすからね……」
「だから、強敵を倒しに行くのか……?」
「んー……。今よりも強くなりたいっていうのは理由の一つっすね。一番大事なのは、大きなお宝が欲しいんすよ」
「ん? その強敵とやらを倒すと、手に入るのか?」
なんだろう。
ドロップアイテムが分かっているのだろうか?
それとも実はダンジョンで、ダンジョンの最奥のお宝が目当てという……あー……いや、うんまさか……な。
「そうっすねえ……手に入る、というか手に入れる為の度胸と勇気を手に入れるというか……」
「なんだ? 強敵を倒して踏ん切りをつけて俺に告白する! なんて……」
冗談だよ?
うん。思い上がってのぼせ上がって自惚れたわけじゃないからね。冗談だからね?
だから、そんな残念そうな顔で見ないでくれ!
「ご主人……そこはわかってても気づかない振りをするところじゃないっすか!?」
「あってた!? ごめん!! いやだって、まさかだろ……」
「そんなの最近のソルテとかアイナ見てたらわかるじゃないっすか!」
そりゃね!
同室になったら異様に喜ぶアイナとか!
俺が寝てる時に緊張しながら練習する切なそうなソルテとか見たからね!
悪いけど鈍感系ではないから気づくよそれは!
これが自惚れであったのなら、俺はもう恋だの愛だのに不信になるわ!
「はぁぁぁぁ……もう少しドラマチックに出来ないんすか?」
「ごめん。ごめんなさい……」
だって俺、サプライズとか苦手なんだよ……。
彼女とかにサプライズをするくらいなら、何が欲しい? って聞きたいタイプなんだよ……。
「ソルテがちゃんと言うって話なんすから、そのときはちゃんとしてくださいっすよ?」
「わかった。善処する……」
「自信なさそうっすね……」
あるわけがない。
演技力には自信が無いんだ。
ま、まあでも俺なりに頑張ってなんとか善処するから!
とりあえず「な、なんだってー!」とは言っちゃいけない事は分かってる。
「もう……」
「んー……いやまあ、な? それなら、今想いを告げてくれたらと思うんだが……」
「それが出来ないから行くんすよー!!」
「あー……じゃあ、あれだ。俺が先に想いを伝えるとか……」
「手遅れっす! もう完全に意思が固まって、試練を乗り越えてからご主人にしっかり言う! って決めてるんすよ! 今更言われても、何か変な感じになりそうっす!」
うん。
言ってみてそれは俺にもわかった。
結果だけを求めちゃ駄目ってことだよな……。
「いやさ、でも、もしかしたら死んじゃうんじゃないかって心配なんだよ……」
「だから色々考えてたんすか?」
「そう……だな。でもさ、俺が手を出したら意味が無いんだろ?」
「そうっすね……。今のソルテたんだと、逆効果になるかもしれないっす」
だよなあ……。
信頼してもらえなかった、って自信を無くさないか心配なんだよな……。
でも、それでも死なれてしまうよりはずっといい。
「……でもご主人、何かしようとしてるっすよね?」
「……ああ。やっぱりまずいかな?」
「いや、ご主人らしいっすけどね……。いいんじゃないっすか? そういう甘甘で心配性なところも全部含めて、皆ご主人が好きなんすから。ソルテたんも乙女力が強いっすし、意外とツンケンしながら内心キュンキュンになるかもしれないっすし」
褒め……られてるよな?
うん。褒められているように聞こえたから褒められたという事にしておこう。
「そうか。じゃあ遠慮なく、行うと宣言しておくわ」
「でもなるべく気づかれないようにしてくださいっすよ?」
「わかってる。まあ、それで嫌われたら、しょうがないな」
「そんな事で嫌うほど、自分達の想いは軽くないっすけどね」
嬉しさ四分の三、恥ずかしさ四分の一って感じだ。
人にここまで想われるってのは、嬉しいもんだ。
でも、俺だってそれくらい皆のことを想ってる。
それにしても、
「……レンゲもか?」
「そりゃあもう。だって男嫌いは変わってないっすもん。でも、ご主人とはこうしてこんなに近くにいれるんすからわかるっすよね?」
……キャラ崩壊じゃなかったのか。
むしろ男嫌いな所をあまり見ていないので、最初からそんなの無かったんじゃないかとすら思っていたんだが……。
「それに……ご主人にはもう全部見られてるっすから……」
レンゲが遠い目をして視線を俺から外してしまった。
あれはきちんと処理をしていなかったレンゲが悪い。
俺のせいじゃない。
「でもまあ、自分もちょっと今回は気合を入れて頑張るつもりっすよ。真面目に伝えたい事もあるっすからね」
真面目に……か。
そう言われると何を聞けるのかが少し楽しみだな。
「レンゲ」
「なんすか?」
「レンゲの明るくて誰よりも仲間思いな所が好きだぞ」
優しく微笑みかけると、レンゲは口を開けたまま固まった後、ゆっくりと閉じて顔を伏せる。
「……ご主人、そういうのはもっと空気を読んでから、言って欲しいっす……」
そりゃそうだ。はっはっは。
そう言いながら顔を俺の胸に当てて隠すレンゲ。
辛うじて見える頬が薄暗い月明かりの下で、紅く染まっているように見えたのだった。




